トレジャーハンターと冒険家


「お客さん。お客さん! 着いたよ」


 声をかけられて目を開けると、辺りの景色が一変していた。

 あたたかい日差しと、つんと肌に染みるような潮風。

 ぼやける目をこすって魔車の荷台から顔を出すと、顔が生温かい潮風に吹かれて、少し目が覚めた。

 数日魔車に揺られて、私は貿易都市トラトリオにやってきた。


「お客さんよく眠ってたねぇ。かなり飛ばしたから揺れただろうに」


 魔車の運転手がそう言ったが、魔車で眠るのはもう慣れっこだった。

 いくら揺れていようが、騒音がしていようが、眠ろうと思えばいつでも眠れる。

 睡眠欲と睡眠時間のコントロールは、冒険者には必須のスキルだと、個人的には思っていた。


 荷台からぴょいと飛び降りて、私は魔車の運転手に歩み寄った。


「はい、お代。ちゃんと数えてね」


 彼を雇う時に取り決めた『金貨4枚』という金額。

 急ぎで、と頼んだのに金貨4枚という料金は破格だったので即決だった。


「ありゃ、お客さん。5枚あるよ」


 1枚返してこようとする運転手に、私は首を横に振った。


「眠れるくらい快適だったから。受け取ってよ」

「そうかい。じゃあありがたく……」


 運転手が麻袋に金貨をしまうのを見届けてから、私は運転手に質問した。


「美味しいお店知ってる? お腹減っちゃってさ」


 魔車に乗ったときは、必ずこれを訊くようにしているのだ。

 運転手は各地を転々として客を得ていることが多い。意外と食通な運転手もいたりして、何度も“安くて美味しい店”を教えてもらえた。


「ああ、それなら大通りの突き当りにある『フィシャズ・レリフ』が美味いぞ」

「海産系?」

「もちろん」

「いいね。オススメは?」

「俺はホエルの薄焼きを毎回頼むね。魚くさくてたまらねぇが、それが最高にイイんだよ」


 ひとしきり海産メニューの話をしていたら腹の虫が鳴きだした。

 今回も、良い店を聞くことができた予感がする。


「ありがと。帰りも気を付けてね」

「お客さんも、良い冒険をな」


 運転手と別れて、私は軽い足取りで大通りを歩き始めた。

 行き先はもちろん、教えてもらった『フィシャズ・レリフ』である。






「おう待たせたなエルシィ……ってなんだその顔」

「満足の顔……」


 冒険者ギルドの総本山、『トラトリオ・ユニオン』のロビーの待合椅子に座ること数十分。

 大剣を担いでやってきた大男の名は、ラッセル・ノイマン。

 彼は待ち合わせの時刻より少し遅れてやってきたが、私はもうそんな些細なことは気にならないくらい幸せだった。


「満足って何がだよ」

「いやね、大当たりのお店引いちゃってさぁ」


 さきほど食べたホエルの薄焼きの味を思い出して口角が自然と上がってゆくのを感じた。


「お前ほんとメシ屋巡り好きだよなぁ。今日はどこだよ」

「フィシャズ・レリフって店」

「ああ、あそこは確かに美味い。けどちょっと値が張ったろ」

「値段なんていいじゃん美味しければさぁ! そこそこの値段払って味もそこそこ、っていうのが一番最悪でしょ」


 私が言うと、ラッセルは「確かに」と頷いて肩を揺らした。


「ま、楽しんできたならなによりだぜ。随分遠くまで呼び出しちまったからな」

「いいよ、あたしの方がラッセルよりは忙しくないしね」


 私の言葉にラッセルは少し困ったように肩をすくめて笑った。

 言葉にするかしないかの差で、私の方が暇なのは事実だ。

 単身でトレジャーハンターをしている私よりも、冒険者ギルドをとりまとめる頭として全国のギルドを渡り歩いてはダンジョンの様子を確認して回っているラッセルの方が、私の何十倍も忙しいだろう。


「それで、結局どうすることになったの?」


 私は早速、本題を切り出した。

 ラッセルは小さく頷いて、机に片腕を乗り出すように置いて、話し出す。


「当分あの洞窟ダンジョンの六層以下は封鎖だな」

「……やっぱそうなるよね」


 私は苦い顔で頷いた。

 こうなるだろうということはあらかじめ予想できていたのだ。


「突然あんだけの大きな空間が見つかって。しかも中には魔晄石とゴーレム、と来たもんだ。不確定要素が多すぎる。好き勝手に冒険させて死人が出ても困るからな」


 ラッセルの言葉は冒険者の秩序を守る『ギルドの長』としては当然のものだった。

 しかし、冒険者の私としては、せっかくの新天地を封鎖されるというのは面白いことではない。かといって、反抗する気もさらさらない。冒険者を名乗るのであれば、冒険者のルールに従うのは当然だ。


 しかし、第六層以下を封鎖するとなると、絶対に反対するであろう人々の存在が懸念される。


「商人たちはどうするつもりなの」


 私が訊くと、案の定ラッセルは眉根を寄せてため息をついた。


「それなんだがなぁ……」

「魔晄石とゴーレムが出てきちゃってるからねぇ。商人としてみれば当然、『もっといろいろ出て来るかも!』ってなるでしょ」


 金の匂いを敏感に嗅ぎつけて、それを手に入れるルートを迅速に準備するのが商人の仕事だ。

「新しい宝が見つかるかもしれないが危ないので封鎖します」と言われて黙って引き下がるとは到底思えない。


「まあ、すでに商人ギルドの長からは猛反対を受けてる」

「でしょうね」

「だから、その点については妥協することにした」


 ラッセルはポンと手を打って、言葉を続ける。


「俺が同行できる時のみ、商人には調査を許可する」

「はは、それってつまり年に数回ってこと?」

「……まあ、そうなるな」


 ラッセルはぽりぽりと頭を掻いた。


「精一杯の妥協点だ。これ以外の条件では許可できねえ」

「随分慎重なんだね、今回は」


 私の言葉に、ラッセルは少しだけ表情を曇らせた。


「そりゃ、慎重にもなる。お前もゴーレムとやり合ったんだから分かるだろう。あれは今まで戦ったどんな魔物よりもやばかった。ゴーレムの拳を受けたとき、冗談めかして言ってみたが、ありゃ冗談抜きで“俺じゃなきゃ死んでる”一撃だった」


 ラッセルはその時のことを思い返すように額にしわを寄せて、拳をぎゅっと握った。


「アシタがいなきゃ俺もあのままやられてたかもしれん。ましてや、商人なんざ知識のあるやつからないやつまでいれば、冒険に関しては素人な場合がほとんどだ。そんな奴らが気軽にほっつき歩ける場所じゃない」


 いつも元気よく冒険者に接しているラッセルだが、こういう時にはひたすらに真面目だ。冒険者や商人の安全を守る、という点においては彼以上に多くのことに目を向けている冒険者はいないだろうと思う。

 だからこそ、彼が冒険者の長を務めているのだが。


「まあ、ラッセルがそう決めたのならだれも文句は言わないでしょうよ。あたしも含めてね」

「だが、お前には悪いことをしたなと思ってる。お前が見つけた空間だし、どう考えてもあれは大発見だ」


 ラッセルが申し訳なさそうに私を見つめてくるので、私はいたたまれない気持ちになる。


「いや、いいよ別に。あたしたちはすでにちょっと“うまみ”を得てるしね」


 意味ありげに言ってやると、ラッセルも鼻を鳴らした。

“うまみ”というのは、魔晄石とゴーレムの身体を売って得た金貨のことだ。

 あれは、先行して冒険をした私たちのみが得られた恩恵のようなものだ。……まあ、それに見合うほどの危険な目にも遭ったが。


「まあ、な。おかげで俺も常飲酒のランクを一つ上げた」

「ほんと、生きて返ってこられて良かったよねぇ」


 私がそう言って椅子の背もたれにぐいと寄りかかると、ラッセルは急に押し黙った。

 不思議に思って、ラッセルの方に視線をやると、ラッセルはまじまじと私の顔を見つめていた。


「な、なにさ」

「お前、あのアシタって男と組む気はないのか?」


 あまりにも真面目な表情でラッセルがそんなことを言うものだから、私は失笑してしまう。


「はは、アシタをバディに? 冗談でしょ」

「本気で訊いてるんだ。お前とあいつ、なかなかいいコンビだと思うけどな」


 笑いながらラッセルから視線を逸らす。

 ラッセルは食らいつくように言葉を続けた。


「最近、ずっとあいつを連れまわしてたろ。お前が同じ人間と何回も冒険に行くなんて珍しいから気になってはいたが、あいつは並の冒険者よりもダンジョンや魔物に詳しいじゃないか。だからてっきり、お前もそのつもりで……」

「ないよ」


 ラッセルの言葉を遮って、私は彼の言葉を否定した。


「そんなつもり、ないから」


 そうはっきりと言い放つと、ラッセルも勢いをなくしたように黙ってしまった。

 私も、ラッセルのその沈黙に甘えて、黙り込む。


 少し、嘘をついた。

 今は、アシタを相棒にしようという気はない。それは本当だ。

 しかし、最初からその気がなかったかと訊かれれば、嘘になる。

 彼は賢く、冷静で、かつ、優しかった。

 本人はまったくその自覚はないようだが、彼はなぜか他人に対して献身的だった。

 他人と自分を切り離して考えられない性格のようで、つい相手の心情に寄り添って考えてしまうのだ。

 結果、いつもいざこざに巻き込まれてゆく。


 私は、彼のその性格を“利用して”しまっていた。


「ちょっと、嘘ついちゃった」


 私が口を開くと、ラッセルは下げていた視線を私に戻す。


「最初はね、アシタがあたしの相棒になってくれれば上手く行くかもって思ってたんだ」


 私が言葉を続けると、ラッセルは黙って聞いていた。


「アシタ、ダンジョン行くのものすごく嫌がっててさ。でもなんだかんだで、何回も来てくれたの。危ない目に遭っても、懲りずにさ」


 私は、昔を思い出すように目を細めて、語る。


「あたしもさ、昔は冒険なんて全然好きじゃなくって。でも、お父さんが冒険者だったからさ、無理やり連れ出されて」

「そりゃ、初耳だな」

「初めて言ったもん」


 ラッセルは鼻をならして、小さく頷いた。

 ラッセルはガサツなように見えて、案外他人の話を聞くのがうまい。

 必要以上に口を挟まないけれど、ときどき相槌を打ったり、軽口を言ったり。

 こちらが語りやすい空間を作ってくれる。


「だからね、アシタもあたしみたいに、無理やり連れまわされてるうちに冒険するの好きになるんじゃないかなって。勝手に思ってたの。でも……」


 でも、それは違った。


 数日前の、私のベッドに座って語った、彼の言葉。


『だから、僕は本を読む。読める限りの、本を』


 そう静かに言った、彼の声のトーン。そして優しい表情。

 あの、“夢を語る”顔。純粋な気持ちのこもった、声色。

 そのすべてが、私の脳に焼き付いていた。


「アシタの幸せは、本を読むことの中にあるんだよ。たぶん、それは何が起こっても変わらない。だから……」


 だから、無理に連れ出すことはもうしない。

 ここに来る前に、そう決めたのだ。

 彼に相棒は、頼まない。

 もう、頼めない。


 私が言葉を区切ると、ラッセルは小さくため息をついた。


「そうか……まあ、お前がそう言うなら俺も無理強いはしねぇがよ」


 ラッセルはそこまで言って、ぽりぽりと首の後ろを掻いた。


「まあ、なんだ。男から見て、女ってのが不思議な生き物なのと同じでな」


 突然何の話をし始めたのかと思いラッセルを見ると、ラッセルは大真面目なようだった。


「女から見ても男の気持ちっていうのは理解しがたいものがあると思うんだよ」

「え、なんの話」


 彼の言葉の意図を掴み切れずに私が口を挟むと、ラッセルは再びぽりぽりと首を掻いて、困ったように笑った。


「あー、なんて言ったらいいんだろうな。まあ、つまり、あれだ」


 ラッセルは大きく頷いて、声のトーンを上げた。


「男の言うことを真に受けるな! ってことだな」

「どういうこと……」

「嫌だ嫌だと言ってても、心の中ではどう思ってるかわからんってこと」


 ラッセルはそう言って、どんと自分の胸を叩いた。


「俺は、好きな女の子をいじめちゃうタイプだったしな」

「いや、聞いてないし……」


 私が苦笑すると、ラッセルは豪快に笑って、ぱん、と手を打った。


「まあ、お前がアシタを気に入ってるってんなら。ダメ元でも時々誘ってみろよ。案外あいつも心変わりしてるかもしれん」

「そういうものかなぁ」

「そういうもんだ」


 私は納得したような、そうでもないような気持ちで、小さく頷いた。


「まあ、気が向いたらね」


 私の言葉にラッセルは満足げに頷いて、席を立った。


「数日はこっちにいるのか?」

「二、三日はね。海岸遺跡も見ていきたいし」


 私が答えると、ラッセルは肩をすくめて苦笑した。


「お前も大概、冒険バカだよなぁ」

「ラッセルにだけは言われたくない」


 お互い失笑して、私も席を立った。


「まあ、洞窟ダンジョンのことは申し訳なかったが、他に何か困ったことがあったら言ってくれよ。いろいろ融通はつけてやる」

「ありがと。そっちもいろいろ頑張ってね」


 拳と拳をこつんとぶつけて、微笑み合う。

 ラッセルは何も言わずに踵を返して、建物の出口へと向かった。


 さて、これでラッセルとの用事は済んでしまった。

 次はどこに向かおうか。


「あ、そうだ! エルシィ!」


 次の行動を考え始めたところで、建物の出口の前でこちらへ振り返ったラッセルが声をかけてきた。


「なに!」


 私が返すと、ラッセルはにんまりと笑って、言った。


「あの手の男は意外とモテるからな! 狙ってるなら早めに動けよ!」

「馬鹿! そんなんじゃない!」


 ラッセルはゲラゲラと笑って、今度こそ建物を出て行った。


 まったく……。


 アシタのことは、人間としてそれなりに尊敬はしている。

 冒険の相棒になってくれたらいいとも思っている。

 しかし、それ以上の感情は何もない。


「でも……」


 ふと、アルマに対して鼻の下を伸ばしているアシタの表情が脳裏に浮かんだ。


 あれは、少しムカついた。

 理由は、分からない。



「さて……適当に携帯食用意して、ダンジョン潜ろうかな」


 私はぐいと伸びをしてから、『トラトリオ・ユニオン』の出口へと歩みを進めた。

 せっかくトラトリオに来たのだ。

 海岸遺跡をくまなく歩いて、目新しいものがあれば拾って帰ろう。

 そして、アシタに見せてやるのだ。


 私が書店に入ったときの、あのげんなりとしたような顔が、また見たい。


 建物を出た私はふふ、と一人で失笑して、上機嫌に大通りを歩き始めた。


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