第10話  骨が何本あっても足りない


「アッ!!!」

「治しますね」


 もう、何本の骨が折れたか分からない。

 アルマも慣れたものである。

 僕がラプチノスから落下するたびに、僕が着地する際に地面にぶつけた部分を正確に見極めて、僕が何を言わずともその部分に聖魔術をかけてくれた。


「はい。治しました」

「次こそ……」


 僕はまた起き上がって、ラプチノスの背中に手をのせた。


 感覚は掴めてきたのだ。

 幸い、ラプチノス自体は僕に乗られることを嫌がっていない。その時点で警戒心の強いラプチノスを一から手なずけて騎乗するよりもだいぶ緩い条件のはずなのだ。

 しかし、背中の横面積がほとんどないラプチノスに上手に騎乗するにはコツが必要だった。

 ラプチノスが走るたびに発生する揺れに合わせて自分も重心を移動しないといけない。重心がラプチノスから少しでもぶれると、僕は振り落とされてしまう。

 そこで、僕は考えた。

『背中に乗ろう』と考えるのではなく、『しがみついてしまう』のが一番手っ取り早いのではないかと。


「よっと!!」


 まず、ラプチノスの背中にまたがる。

 そしてバランスを崩さぬうちに両手をラプチノスの首の付け根に回して、がっちりとホールドする。

 ラプチノスの身体はつるつるとした硬い鱗で覆われているため、首に手を回したところで息は詰まらないようだ。

 自然と前傾姿勢のような形になる僕の身体。


「よし! 走れ!」


 ラプチノスに声をかけると、ラプチノスは鼻を鳴らして、走行を開始する。

 さっきまでは、ラプチノスが十数歩走ったころには僕は振り落とされていた。

 しかし、今は。


「もっと速く!!」


 僕が大声でラプチノスに声をかけると、ラプチノスはさらに脚に力を込めて、速度を上げてゆく。

 これだ。この状態。

 ラプチノスの走行速度が上がったことで、僕の身体は空気抵抗を激しく受ける。

 結果、僕はしっかりとつかまったラプチノスの首を起点として、下半身は浮き上がるような形になっていた。

 またがってバランスをとろうとしたのがいけなかったのだ。

 またがる、とは形のみで、ラプチノスの身体から完全に僕の身体が離されてしまわない程度に軽く両足で挟む程度だ。

 ラプチノスが地面に足を突くたびに僕の股間がラプチノスの背中にぶつかって正直ものすごく痛いが、今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。


「アシタさん!! 乗れてます! 乗れてますよ!!」


 後方のアルマも興奮気味に声を上げた。

 乗れている。

 ラプチノスに乗れている。


「やったぞーーーーーっ!!!」


 言いようもない達成感を覚えて雄たけびを上げるのもつかの間。

 すぐに僕は最大の目標を思い出す。

 ラプチノスに乗るのは手段であって目的ではない。

 このままゴーレムの裏まで回り込んで、さらにラプチノスを跳躍させなければならない。

 そして、僕がゴーレムの魔晄石を取り外すのだ。

 ……できるだろうか。

 正直、脳内でやるべきことをシミュレートするだけでも、これらをすべて自分が成し遂げるビジョンがまったく想像できない。

 しかし、やるしかないのだ。


 ちらりとゴーレムを見ると、ラッセルとエルシィが完全に注意をひきつけてくれているおかげでこちらには目もくれていない。

 今のうちだ。


「ラプチノス! このままゴーレムの裏側まで回るぞ!」


 僕の声に、ラプチノスがぐいとゴーレムの背面に回るように大きく方向を転換した。

 何度も思うが、本当にこいつは人間の言葉を理解しているとしか思えない。

 本で読んだ以上に、賢い動物なのかもしれない。



「ストップ! ストップ!」


 完全にゴーレムの背後に回った僕とラプチノス。

 一度そこで僕はラプチノスを停止させた。

 ラプチノスは僕を振り返って、なんだよ、と言わんばかりに僕の顔をまじまじと見つめた。


「このまま助走をつけてゴーレムに向けてジャンプするぞ。できるか?」


 僕が尋ねると、ラプチノスはその場で突然、僕を乗せたままぴょんと跳ねた。


「うぉっ……ン゛ッ!!!」


 ラプチノスがドスッと着地するのと同時に、僕の股間にラプチノスの背骨が激しくぶつかった。

 どうだ、という風にもう一度振り返って僕を見るラプチノス。


「……お、おう……ナイス……」


 息も絶え絶え、僕はラプチノスに親指を立ててやる。

 やることはしっかりと伝わっているようだ。

 本当に、賢い魔物だ。ただし、僕の股間に対する配慮はいささか足りていない。

 アルマに「僕の股間に聖魔術をかけてくれ!」と言いたいくらいに股間が痛んでいるが、どう考えてもアウトな発言なので僕はぐっとこらえる。


 深呼吸をして。

 僕はゴーレムの背中を睨みつけるように凝視した。

 背中の中心部に、蒼く光っている鉱石が見える。

 魔晄石だ。

 アルマの聖魔術のかかった右腕でゴーレムの表面に張られたバリアを排除して、魔晄石を取り外すのだ。

 僕が成功させれば、全員が助かる。


「よし……」


 ラプチノスを走らせる。

 ラプチノスをジャンプさせる。

 そして、僕も、跳ぶ。


 やることは単純だ。

 何度も頭の中でイメージする。


 そして。


「行くぞ!!」


 大きな声でラプチノスに声をかける。

 ラプチノスはそれを合図に、全力で駆け出した。

 どんどんとスピードが出てゆく。

 ゴーレムとの距離が詰まってゆくにつれて、僕の鼓動はどんどんと早まっていった。


 あと、数十メートル、数メートル。

 ゴーレムとの距離はあっという間に詰まって。

 僕は覚悟を決める。



「跳べぇぇぇぇぇぇッ!!!!」



 僕が叫ぶと、ラプチノスは地面を強く、強く蹴った。

 そして、とんでもない脚力で、ゴーレムに向かって跳躍した。


「うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 今まで味わったことの無い飛翔感に恐怖しながら、僕はラプチノスの背中に足を引っかけ、さらに、跳んだ。


 迫るゴーレムの背中。

 僕は聖魔術つきの右手を突き出して、ゴーレムの背中に突撃した。


「壊れろ!!!」


 そして、僕の右手がゴーレムの背中に触れる。


 ピシッ!!!


 何かが割れるような音と共に、ゴーレムの全身から放たれていた薄青色のオーラが消えたのが確認できた。

 どうやら、結界の無効化に成功したらしい。

 それと同時に。


 ゴキィッ!!!!


「フン!?!?!?!」


 僕は、あらぬ方向に自分の腕がひん曲がる瞬間を見てしまった。

 よくよく考えれば、当然の結果だった。

 鋼鉄に近い硬度のゴーレムのボディに、ラプチノスが全力疾走した慣性を持ったまま飛び込んだのである。しかも、右手を無防備に突き出して。


「痛っっっっ!!!!」


 腕がへし折れたのを認識した瞬間に、激痛が右腕を襲う。


「あぁっ!?」


 それより、魔晄石を……!

 慌てて左腕をゴーレムの背中に突き出したが、もう遅い。

 僕の身体は落下を始めていた。

 そして、自由落下を始めてから僕が着地するまでは一瞬だった。

 背中から地面に落下し、僕は地面に打ち付けられる。


「ぐっ……は……!」


 バキッ、という音や、ミシッという音が自分の体内から鳴ったのを、はっきりと聞き取った。

 今の着地で何本骨が折れたか分からない。


 着地と同時に、僕はどうしようもない絶望感に苛まれた。

 終わった。

 僕は、失敗したのだ。

 結界を無効化することには成功したが、肝心の魔晄石を取り外すことはできなかった。

 ゴーレムは、まだ起動している。


 背中から突然の突進を受け、さらに自分の防壁を破壊されたのを感じ取ったのか、ラッセルに気をとられていたゴーレムも慌てたように僕を振り返る。

 そして、地面に仰向けになっている僕を認識して、身体を僕の方へ向けた。


「アシタ!!!」


 エルシィの叫び声に近い呼び声が聞こえる。

 ぐっと全身に力を入れて起き上がろうとするが、身体は動いてくれない。

 ゴーレムが右拳を振り上げようと、手前に振るのが視界に映る。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 ラッセルが再び自分にゴーレムの意識を引っ張ろうと、ゴーレムの脚部に大剣で攻撃をしかけたが、ゴーレムは振り向かない。


 終わった。

 僕はここで死ぬ。

 打てる手はすべて打った。

 もう仕方がない。


 僕の方へ完全に体を向けたゴーレムをまじまじと見ながら、僕は妙に悟ったような気分になり……。


 ん?

“僕の方へ完全に体を向け”た?


 ゴーレムの今の状況を見て、僕の脳が一気に覚醒する。


 そうだ、今のゴーレムにはもう魔力結界も、物理結界もない。

 そして、ゴーレムは今“僕の方を向いて”いるのだ。


 気付いてから、僕が叫ぶまでは早かった。


「エルシィ!!!」


 ゴーレムの拳が、高く振り上げられる。

 僕は、ありったけの力を込めて、叫んだ。


「背中の魔晄石を、撃て!!!」


 僕が言うや否や、ゴーレムの背後にいたエルシィは素早く弓を構え、矢をつがえた。


 ゴーレムの右腕が振り下ろされる。


「アシタさんっ!!!」

「アシタ!!!!」


 アルマと、ラッセルの叫び声が聞こえる。


 僕はぎゅっと目を瞑って、その時を待った。

 おそらく、僕がゴーレムの拳に叩き潰されるのは免れられないだろう。

 しかし、僕をデコイとして、他三人は生き延びることができる。

 全員共倒れ、という最悪な展開だけは回避できた。

 本屋の店員にしては頑張ったと思う。

 後は、痛みを感じるまでもないように、ゴーレムが全身を叩き潰してくれるのを待つだけ……。


 ってちょっと拳振り下ろすの遅すぎでは!?


 僕が目を開くと、ゴーレムは拳を振り上げたままのポーズで停止していた。


「えっ……」


 僕が絶句していると、ゴーレムの“目”が、どんどんと色を失ってゆく。

 ゴーレムの身体から常に鳴っていた重低音も、だんだんと音量が小さくなっていった。


 ハッとしてエルシィの方を見ると、構えた弓からは、すでに矢は放たれた後だった。

 僕を見て、ニッとエルシィが笑った。


 ま、間に合ったのか……。

 安堵の感情が胸中を支配して、僕は大きな溜め息をついた。


 光っていたゴーレムの“目”は完全に光を失い、すぐに“身体”を形成していた遺物はガラガラと崩れて、再びただの白い塊へと戻った。


「……終わった、のか?」


 ラッセルがきょとんとしつつ、呟いた。

 僕は、首だけを上げて、ラッセルの方を見る。

 そして、口角を上げて、言った。


「どうやらそうらしい」


 僕の言葉を聞いて、皆が顔を見合わせる。

 そして、数秒の間を開けて。

 皆ほぼ、同時に。


「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ラッセルが拳を高く突き上げ。


「やったーーーーーっ!!!」


 エルシィは無邪気にぴょんと飛び跳ね。


「はぁぁぁ……」


 アルマは安堵の溜め息をつき。


「……ゲホッ」


 僕は血反吐を吐いた。


 朦朧とする意識。

 霞んでゆく視界。

 僕の目が閉じられる寸前、こちらに向かってかけてくるラプチノスの姿が見えた。


 今日は、お前に助けられてばかりだったな。

 本当にありがとう。


 ラプチノスに投げかけたかったその言葉は、口にすることができなかった。


 目を閉じるのと同時に、僕は思い出す。



 まだ、古代エルフ文明史書、読んでないんだけどなぁ。


 そんなことを考えながら、僕は意識を手放した。




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