第9話 なんとかしてほしい
ゴーレムとは。
簡単に言ってしまうと、全身に魔力回路を張り巡らされた岩の人形である。
エドリズナ王朝の王であるエドリックがこれを開発し、この兵器によりネブルシュカ文明は滅んだと言われている。
身体中に張り巡らされた魔力回路は“殺戮”にのみ特化した伝達信号を送り続けており、誰の指示を受けることもなく、起動中は常に生物を攻撃し続ける。
身体は金属に近い硬度の鉱石で作られており、相当な威力の物理エネルギーをぶつけないことにはとうてい破壊はできない。
しかし。
身体が頑丈、そして破壊の限りを尽くす。
これだけが特徴であったならば、このゴーレムはネブルシュカ文明の人間にとってそれほどの脅威ではなかったかもしれない。
ネブルシュカ文明人にとっての最もの難点は、ゴーレムが“魔法をはじく”という特性を持っている点だった。
ゴーレムの全身にめぐる魔力回路に、魔晄石の魔力が送られることで、身体の表面には魔力を反射する皮膜のような、いわゆる“バリア”が形成されていた。
これが、ネブルシュカ文明人を苦しめた。
ネブルシュカ文明は、主に魔法の力で発達した文明であった。
魔力の是非・多少でカースト制を敷き、多くの魔術を駆使して社会を形成した。
産業も魔術によって行われ、戦争も、魔術を使って行われた。
つまるところ、ネブルシュカ文明人は、『肉体を強化した戦士』を用意していなかったのだ。
大抵の争いは、魔力の大小によって片が付いたからである。
魔法をはじく存在が現れることなど、まったく予想だにしていなかったのだ。
結果として、エドリックの開発したたったの“5体”のゴーレムが、ネブルシュカ文明を崩壊に追いやった。
そして、そのうちの一体が。
今、僕たちを全力で追いかけてきている。
「おい!!! どうすんだあれ!!」
ラッセルが、全力疾走しながら叫ぶ。
背後をドスドスと走ってくるゴーレムは、一歩の幅が僕たちの何倍もあるせいか、どんどんと距離を詰めてきていた。
「足止め……ッ、するから……ッ」
はぁはぁと息を切らせながら、エルシィはラッセルに視線を送る。
それに気付いたラッセルは、首を傾げつつエルシィの動きに注目した。
「だから、ラッセルは“これ”抱えて走って!!」
ん? これ?
エルシィの言う“これ”の指すものを僕が理解するのとほぼ同時くらいに、僕を支えていたエルシィの腕が思い切り横に振られる。
そして、その反動を利用するように逆方向にぶんと僕の身体が振られ、そして、僕はエルシィの腕の中を離れた。
「パス!!!」
「おぉぉぉぉぉいぃぃぃぃ!!!」
僕は飛んだ。
アシタ! キャッチボールしようぜ!
お前ボールな!
「ウ゛ッ!」
そして何十秒にも感じられた滞空時間ののちに、今度はごつごつとした腕の中に、僕の身体は収まった。
「大丈夫か?」
顔を上げると、ラッセルのたくましい顔が目の前にある。
当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、ラッセルの腕の中はエルシィに比べて妙に安定感があり、同時に安心感があった。
もしかして、お前が僕の王子様なのかよ……。
謎の錯覚に襲われている間に、僕を投げ飛ばしたエルシィは弓矢を構え、ゴーレムに矢を放とうとしていた。
「止まりなさいよ!」
エルシィが素早く矢尻を離すと、一直線に矢が放たれた。
そして、ゴーレムの頭部の“目”のように光っている部分へと吸い込まれるように飛んでゆく。
エルシィもさすがに熟練の冒険者である。短い時間で大抵の魔物の弱点である“目”に狙いを定め、正確に射撃をした。
しかし。
カツン!
情けない音を立てて、矢はゴーレムにはじかれるように宙を舞った。
「うっそ!」
エルシィは慌てて
「うわっ!」
エルシィはすんでのところで前方に飛び跳ねて、受け身をとった。
すげぇ。俺なら受け身をミスして首を折っているところだ。
ゴーレムも、全力で打ち込んだ右拳が地面に埋まってしまい、少しの間身動きがとれなくなっていた。
地面に埋まる拳ってなんだよ。当たったら木っ端みじんだろ。
「あ、やべえな」
ラッセルがエルシィに視線をやりながらつぶやいた。
僕もそれを追うようにエルシィを見ると、受け身の後によろけてしまったエルシィが、再び転倒していた。
ゴーレムは右手を地面から引き抜いて、エルシィの方にギョロリと目を動かしている。
ラッセルの言う通り、このままではまずい。
状況を把握してからのラッセルは、素早かった。
「アルマ!!!!」
大声でアルマを呼ぶラッセル。
「はい!?」
ラッセルの斜め前方まで退避していたアルマがこちらを振り向いた。
そして、僕を抱えていたラッセルの腕が、激しく横に振られる。
え、ちょっと待って。
「パス!!!!!」
再び、僕は飛んでいた。
アルマのいる方角へ。
「それは無理だろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ラッセルの野郎、僕よりもか弱く見える女の子に容赦なく投げやがった!
さすがに僕も思い切り尻餅をつくのを覚悟する。
「ほっ!」
覚悟したが、次の瞬間には、僕はアルマの腕の中に納まっていた。
「えぇ……」
「ふふ、“奇跡的に”受け止めちゃいました」
舌を出して、ウィンクをするアルマ。
ママ……。
聖母の腕の中であやされる赤子のような気持ちになりながら、僕はあらためて聖魔術のすさまじさを思い知る。
おそらく、僕を受け止める直前にアルマ自身に肉体強化の“奇跡”を付与したのだ。
あまりに、便利すぎる。
それにしても、こんなか弱い女の子に僕を投げて寄越すなんてとんでもない奴だ。
文句の一つでも言ってやろうとラッセルの方を見ると、彼はもうそこにはいなかった。
あれ、どこに消えた?
視線を移すと、ラッセルはエルシィのいる方向に全力疾走していた。
そのまま視線をさらに移動させると、ゴーレムが左腕をエルシィに向けて振りかぶっているまさにその瞬間が目に映る。
「させるかよォ!!!」
間一髪のところで、エルシィとゴーレムの間にラッセルが入り込む。
そして、いつの間に抜いたのか、大剣を身体の前にかざし、ゴーレムの左拳を真正面から受けた。
「……ッ!!」
ゴーレムの拳から伝わる物理エネルギーは尋常ではない。
ラッセルは後方に弾き飛ばされ、背中から地面を転げた。
「ラッセル!?」
庇われたエルシィはゴーレムから即座に距離をとりつつラッセルの方を振り向いた。
ラッセルはのろりと立ち上がって、首をぐるりと回す。
そして、舌なめずりをしながら、言った。
「やべえ一撃だった……俺じゃなきゃ死んでたね」
脳みそまで筋肉詰まってそうな奴だと思っていたが本当にそうだった。
さすがの武闘派冒険者である。
ゴーレムの攻撃を受けて平気で立ち上がるとは尋常じゃない鍛え方である。ネブルシュカ文明人も見習った方がいい。もう滅んだけど。
ゴーレムはラッセルをこの四人の中で最もの脅威と認識したようで、すぐさまラッセルを追うように走り出した。
ラッセルはゴーレムと距離をとったり、ゴーレムの拳を大剣で受け流したりしながら応戦する。
エルシィはそれを横から補助するように弓を放ったが、まったく効き目はなく、見向きすらされていなかった。
まずい。
ものすごくまずい。
単純に逃げようにも体格差からすぐに追いつかれてしまうし、現状のラッセル頼みの戦闘も、ラッセルのスタミナが尽きればそれでおしまいだ。
どうする。
どうやってこの状況を打開する?
僕は脳の中の本を何冊も何冊もめくっては閉じ、めくっては閉じ……考えられる打開策をリストアップしてゆく。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
古代エルフ文化史書を未読なのだ。
そして、僕が貧弱なばかりに他三人まで巻き添えというのはどうしても納得がいかない。
ラッセルに拳を次々と繰り出しているゴーレムを睨みつけながら、僕は必死に打開策を考えた。
単純な話だ。
ゴーレムの背部にとりつけられた魔晄石を取り外すことができれば、ゴーレムの活動は停止する。
しかし、その方法がまったく思いつかない。
あれほど暴れているゴーレムの背後にとりつくこと自体が不可能に近い上に、ゴーレムの表面には“バリア”が貼られているのだ。
その“バリア”が魔力だけをはじくものなのか、物理的な干渉すら許さないものなのかは、今まで読んだ本で得た知識からでは判断ができない。
実際にやってみるしかないのだ。
しかし最も身体能力の高いラッセルがゴーレムと真正面からやり合っている以上、彼がゴーレムの背後に回り込むのは不可能だろう。
となると、エルシィあたりが適任なのだろうが、そもそもエルシィではゴーレムの背中に手を届かせることができない。
いや、エルシィでは、というよりも、この場にいる全員がゴーレムの背中に届く身長とジャンプ力を持ち合わせてはいないだろう。
ゴーレムの背中に届くほどの脚力を持っているのは……。
ハッとする。
いるじゃないか。脚力の優れた味方が。
脳内で一つの可能性が生まれたのを感じた。
「アルマ! 僕に聖魔術をかけられるか?」
「え、あ、はい! かけられますけど」
アルマは僕を抱きかかえたまま答える。
「あ、足を治しますか?」
「違う! 聖魔術で、“障壁を無効化”させることってできるか?」
僕が訊くと、アルマは一瞬言葉に詰まる。
「何かを無効化させるという“奇跡”は高位の聖魔術師でないと行使できない聖魔術ですが……」
アルマはそこまで言ってから、少し照れくさそうに、付け加えた。
「私はできます」
結婚しよう。
間違えた、それでいこう。
「足の治療はいいから、それを僕の右腕にかけてくれ」
「え、右腕ですか?」
「そう右腕! 急いで!」
僕が言うと、アルマは慌てたように僕を地面に下ろして、僕の右腕に両手を添えた。
「アシタ・ユーリアスの右腕に、“奇跡”の福音を……如何なる障害をも振り払う力を与えたまえ」
小さな、小さな声でアルマが囁くと、僕の右腕に何やら赤色の光が灯ったのが見えた。
そして、その光が一瞬で消える。
「これで大丈夫です」
「え、終わり?」
「終わりです」
本当にこれだけ?
呆気に取られている僕に、アルマは大きく頷いて返した。
「魔力障壁、物理障壁程度なら簡単に破壊してくれるはずです」
「お前何者だよ……」
エルシィが気軽に連れてきた冒険者にしてはいろいろとできすぎではないか。
僕が訊くと、アルマははぐらかすようにふにゃりと笑って、言った。
「しがない
疑問は残るが、今はそれどころではない。
横目でラッセルの方を見ると、彼は未だにゴーレムと激戦を繰り広げ、ゴーレムの注意を一心に引き付けてくれている。
僕は、僕のやれることをやろう。
アルマが見ている前でこんなことをするのは気が引ける。
正直、死んでしまいたくなるほど恥ずかしい。
しかし、やるしかない。
僕は意を決して、息を大きく吸い込んだ。
そして。
「ォ゛ア゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
全力で、僕の仲間を呼んだ。
「え、アシタさん、大丈夫ですか」
「ッアーーーーーーーーーーーーーーー!! ェアーーーーーーー!!!!」
「あ、頭がおかしくなっちゃったんですか!」
「ォア゛ッ、エッ、アッ、アォア゛ーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「アシタさん!?」
アルマの問いかけは無視して、ひたすらに僕は叫んだ。
そして、すぐに、僕の呼びかけに応えるものが現れた。
「ォアーーーーーッ!!!!」
全力でこちらに向かってくるラプチノスの姿の頼もしさときたら。
第五層でこいつと会ったのは、運命だったのかもしれない。
「あ、彼を呼んでいたんですね……」
本当に頭がおかしくなってしまったのかと心配していたアルマも、ラプチノスの姿を見て安堵したようだった。
僕はラプチノスがこちらにたどり着くよりも先にラッセルに向けて大声を上げた。
「ラッセル!! あと数分でいいから、そいつを引き付けておいてくれ!!」
「言われなくても! そのつもりだ!!」
ラッセルはこちらを見向きもせずに、ゴーレムと渡り合っている。
あの調子ならまだだいぶ長い間戦っていられそうな様子だ。
「エルシィ!!」
「なに!」
次にエルシィに声をかけると、彼女はこちらを振り返った。
「お前はゴーレムの足元でちょろちょろ走り回れ!! そこで矢を撃っててもあいつにはまったく効果がない!」
「はぁ!? 足元で!?」
エルシィはぎょっとしたような様子で、アシタとゴーレムとの間に視線を行ったり来たりさせる。
「踏まれたら死ぬって!!」
「すばしっこいお前なら大丈夫だ!! 足元ぎりぎりとは言わないから、とにかくあいつの目に留まるようにチョロチョロ動き回れ!!」
ゴーレムは、“動く生物をすべて”攻撃するように作られていたという。
ネブルシュカ文明人が愛玩していた“ネッコ”という動物も、可哀想なことにゴーレムに根絶やしにされたという。
つまり、ラッセルが攻撃を受け、ひたすらエルシィがちょろちょろとゴーレムの視界の中で動き回れば、ゴーレムは攻撃対象を一つに絞れず、攻撃の勢いがやや弱まると予想できる。
「分かった!!」
エルシィもこういった時は素直なもので、返事をするや否やゴーレムの足元に向かって突っ走っていった。
よし、後は。
僕がやるべきことをやるのみだ。
「アルマ、お前は僕についてきて」
「あ、はい! ……えっと、どうしてでしょう」
アルマは返事をした後に、小首を傾げた。
「すぐに分かる」
僕が言うと、アルマは再び首を傾げてきょとんとするが、僕はもう次の行動へと意識を向けている。
そばにやってきてくれたラプチノスの背中を、優しくなでた。
「いいか、今から、お前に乗るからな」
伝わっているのかは分からない。
しかし、ラプチノスは頷くように、首を縦に振って、鼻を鳴らした。
無茶なのは分かっている。
ラプチノスについて何十年も研究し、その上でラプチノスを躾けることに成功した『ラプチノス調教日誌』の著者ですら、ラプチノスに騎乗するのには数か月がかかったと言っていた。
しかし、無茶でも通さねばならない時がある。
今この場にゴーレムの背中まで届くジャンプ力がある者はラプチノス以外にいない。
ラプチノスがジャンプし、僕が奴の魔晄石をアルマの“奇跡”付きの右手で取り外す。
それしか方法はない。
「いいか! 乗るからな!」
僕はもう一度大声で言って、ラプチノスの背中をぽんぽんと叩いた。
そして、僕はすぐにぐいとラプチノスの背中に腕の体重をのせて、股をかけた。
「お、おお……」
なんとかまたがることには成功した。
ラプチノスは嫌がっている様子もない。
こいつ、本当に野生の生物かと疑いたくなるほどに僕に対して警戒心が薄いな。
今回に限っては本当に助かっている。
「よし……走れ!」
僕がそう言ってラプチノスの背中をばしりと叩くと、ラプチノスは即座に後ろ脚を動かし始める。
こいつ、人間の言葉を理解していないか?
そう思ってしまうほどに、彼は僕のしてほしいことを忠実に行ってくれていた。
しかし。
予想はついていたことだが。
非常にバランスが悪い。
「うわっ!」
ラプチノスが数歩走ったところで、僕はラプチノスの背中の縦揺れに耐えられず、ラプチノスから転げ落ちた。
地面に足がつき、すぐに激痛が走った。
「アッ!!!」
「アシタさん!?」
後方から走り寄ってくるアルマ。
僕は首だけ持ち上げて、アルマに言った。
「足の骨、折れちゃった」
「あ、治しますね」
アルマは僕が「ついてきて」と言った理由を正確に理解したようで、無駄な言葉は一切言わずに僕の足の治療を始めた。
『ラプチノスの騎乗は、トライ&エラーの繰り返しであった』
と、調教日誌にも書いてあった。
乗れるまで何回でも繰り返すぞ。
アルマが後ろに控えているというだけで、百人力な気分だった。
骨の十本や百本くらい折ってやってもいい。
ふとラプチノスの方に目をやると、ラプチノスは僕を心配するように、小首をかしげてこちらを見ていた。
こいつとなら、やれる。
そんな気がしていた。
「終わりました! もう動かせるはずです!」
アルマがそう言うや否や、僕は立ち上がり、再びラプチノスの背中に乗ろうと試みる。
ラプチノスの背中につけた両腕にぐいと力を入れ……入れすぎた。
僕はラプチノスの背中を飛び越えるような形でラプチノスの身体を挟んで反対側に転落する。
「アッ!!!」
思い切り左腕から着地して、僕はおなじみの情けない声を上げる。
「アシタさん!?」
再び駆け寄ってくるアルマ。
「左腕、折れちゃった」
「あ、治しますね」
トライ&エラーだ。
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