第8話 分からないなら触らないでほしい
「でっっっっっっか!!!」
大口を開けて、エルシィは目の前の巨大な遺物を見上げた。
僕も同じようにそれを見上げるが、エルシィの反応も頷けるほどの大きさの白い遺物がそびえていた。
ラッセルに呼ばれて向かった先にこれがあったのだが、今まで見ていたものの二倍かそれ以上の大きさの遺物に、全員が圧倒されてしまった。
「なんでこんなもんが地下に……」
そう思わずにはいられない。
これだけの大きさのものを外から運び入れたのか?
あれだけ狭い洞窟ダンジョンを通って?
誰が、何故。
そんなことを考えながら遺物を下から上へと眺めて、僕はある一点に目を奪われる。
それは、明らかに『模様』として掘られたようなくぼみだった。
今まで落ちていた遺物は、そのすべてが表面になんの模様もないものだった。
しかし目の前のそれには、はっきりとくぼみが彫ってある。
そしてその形は。
「……兜、か?」
頭にすっぽりとかぶり、視界を確保するための横一本の掘り、そして呼吸するための縦一本の堀りが施されている兜。
古代の戦士がこれを身に着け、剣を槍を用いた接近戦で戦闘を行っていたという記録がどこかの歴史書に記されていたはずだ。
確か、ネブルシュカ文明が滅んだ後に栄えた、エドリズナ王朝の戦士だったか。
目の前の遺物の頂点に突き出すように飛び出している『頭』のような岩と、その『兜』をかたどったような彫刻。
「武神か……?」
神を祭り上げる一環として、戦争に勝つためのまじないのように武神を祀るという習慣は多くの国や文明で見られた特徴だった。
兜をかぶった石像、となれば武神をモチーフとしたものだと考えるのが妥当だ。
しかし、エドリズナ王朝は戦争を繰り返す、というよりはその技術力を駆使した産業で栄えた王朝だったはずだ。
鎧や兜というのも、何か特別な式典を行う際にそれを兵士が着て行進する、という象徴的な意味合いでしか使われていなかったとされている。
エドリズナ王朝時代での兜をモチーフとした“武神”というのは、妙なミスマッチ感を覚えるものだった。
推察の方向性を間違えているような気がしてならない。
先ほどから感じ続けている胸の“つかえ”がもっとひどくなるのを感じた。
「シワ、寄ってるよ」
エルシィに眉根をツンとつつかれて、僕はハッと現実に引き戻される。
「考え込みすぎでしょ」
「ああ……まあ」
曖昧な返事をして、僕は首を横にぶんぶんと振った。
エルシィの言うとおりだ。少し考えすぎた。
すでに魔晄石を手に入れて、とりあえずは商人たちを動かせるだけの材料は得ているのだ。
この遺物の正体を確かめるのは専門の考古学者などに任せればいい。
何を意固地になっているのか。
「あの、アシタさん」
「うわ! ……なんだアルマか」
突然遺物の裏側からひょこっと顔を出したアルマに驚いて、僕はびくりと肩を震わせた。
「裏側に回ってたのか。崩れたら危ないぞ」
「大丈夫ですよ。聖魔術で身体の表面に物理障壁を張っているので」
ちょっと、聖魔術便利すぎない?
胸中で苦笑していると、そんなことより、とアルマが僕を手招きした。
「こっちへ」
「ん?」
僕をそんな狭い暗がりに連れ込んで何をするつもりかね?
少し鼻を伸ばし気味にアルマの呼ばれた方へ歩みを進めると、後ろでもザッと足音がした。
振り向くと、当然のような顔でエルシィとラッセルがついてきている。
「……なんでお前らまで」
「なにか不都合でも?」
妙な迫力を伴った笑顔でそう言われて、僕は渋々それを黙認した。
遺物の裏側に回ると、アルマが小さく手招きをしてこちらを見ていた。
「こっちです、こっち」
なぜか声を潜めるようにそう言うアルマ。
ああ確かに、暗くて狭い場所だと声が小さくなってしまうよな。分かる分かる。
僕はアルマのそばに寄って、アルマが指さしている点に目をやった。
「……へこんでるな」
「そうなんですよ」
表から見ていた時と同じように、裏もつるつると磨かれていて、基本的に凹凸がない形となっていたが、一部分だけ露骨にへこんでいる部分があった。
「いや、へこみというよりは……くぼみ?」
僕が言うと、アルマが頷いた。
「しかも、この形……」
アルマがそこまで言うと、隣のエルシィが声を上げた。
「あっ!!」
「なんだよ」
エルシィは自分の腰につけているポーチをごそごそとやって、中からさきほど拾った魔晄石を取り出した。
「一緒!!」
「ん……?」
エルシィの手元にある魔晄石と、くぼみのかたちを見比べる。
確かに、魔晄石の横に長いひし形のような形と、くぼみの形はほとんど同じように見えた。
エルシィがぐいと背伸びして、くぼみに魔晄石を当てて確かめてみようとするが、くぼみはだいぶ高い位置にあり、エルシィが背伸びをしてもまだ届きそうになかった。
しかし、魔晄石がぴったりはまるくぼみ、というのはどういう用途なのだろうか。
石像の後ろに魔晄石をはめて、一体何になると……。
そこまで考えて、僕の脳内で『カチリ』と音がしたような気がした。
ツルツルに磨かれた硬度の高い素材。
『手』のようなオブジェクト。
『兜』をかぶったような巨大な彫刻。
そして、魔晄石……。
一気に、僕の頭の中で情報と情報が絡み合ってゆく。
そして、一つの答えが、導き出された。
「どれ……俺が代わりに」
ふと見ると、エルシィから魔晄石を受け取ったラッセルが、自慢の長身を駆使してくぼみにそれをはめようとしていた。
「おい待てやめろ! はめるな!!」
「え?」
僕が声を発したのと、ラッセルがくぼみに魔晄石をはめたのは同時だった。
グォォォォォォン…………
今まで聞いたことのないような重低音が、目の前の遺物から発せられた。
「な、なに?」
「出ろ!! 今すぐ表に回れ!!!」
何が起こったのか分からない、というふうにきょろきょろする冒険者三人を、僕は必死に遺物の裏の狭い空間から追い出す。
僕の予想が当たっているならば。
僕たちはとんでもないものを起動させてしまった。
慌てて遺物の裏側から僕たちが飛び出すのと、遺物が音を立てて空中に浮かびだすのはほとんど同時だった。
「え、なに、浮いてる!?」
エルシィがぎょっとしたように声を上げる。
先ほどまで地面に落ちていた遺物は、その表面を薄青く光らせながら、空中に浮遊していた。
そして、すぐに新たな異変が起こる。
「おいおいおい! なんか来たぞ!」
ラッセルが声上げて、遠方を指さす。
今まで順に見て回っていた遺物も空中に浮き、目の前の巨大な遺物の元へ集まって来ていた。
僕はゾゾゾと背中に悪寒が走るのを感じた。
「走れッ!!」
僕は咄嗟に、叫んでいた。
だというのに、未だに状況を理解できていない冒険者三人は、大口を開けたまま目の前の遺物を見上げていた。
「アシタ、あ、な、なに、あれ何!?」
エルシィが謎の力で目の前に完成してゆく“巨体”に目を見開きながら訊いた。
『兜』の彫刻が施されていた巨大な塊が“胴”となり。
『手』の形をしたオブジェクトは“両の腕”となり。
入口付近に落ちていた柱のような遺物は“脚”となった。
「あれは……」
僕も実物は初めて見た。
見ることがあるなどと、思いもしない代物だ。
「“ゴーレム”だ」
僕がそう言ったのと同時に、遺物の『兜』の部分に、青白い光が灯る。
その光はまるで目のようにぎょろりと動き、確実に、僕たちをその視界に捉えた。
「走れ!!!!」
反射的に僕が叫ぶと、三人も身の危険を肌で感じたようで、即座に全力で駆け出す。
僕もそれに続いて……。
足元の石に躓いた。
「ウ゛ッッ!!!」
初動の勢いが良かったせいもあってか、僕は派手に転んでしまい、地面を転げた。
「なにやってんの!!」
エルシィが僕を振り返って、声を上げた。
「早く立って!!」
僕はハッとして後ろを振り返る。今にも動き出さんと、ゴーレムは小刻みに震え始めていた。
早く逃げなくては。
膝を立て、足を地面につけなおしたところで、僕は再び声を上げた。
「アッ!!!」
足首に激痛が走ったのだ。
転んだ時に思い切り捻ってしまったようだ。
「なに! どうしたの!?」
僕の後方にいるゴーレムと僕に視線を行ったり来たりさせながら、エルシィはソワソワと僕を待っていた。
僕は、大きな声で、言った。
「足首やっちゃった!!!」
「貧弱!! 馬鹿!!」
エルシィが見かねたようにこちらに走ってくる。
「もう……ッ!」
「え、おい……!」
右腕を、僕の背中に。
そして、左腕を、僕の両の膝裏に添えて。
エルシィは僕をぐいと抱きかかえた。
「走るよ!!」
そして、エルシィは走り出す。僕を抱えて。
そう、これはまさに。
お姫様抱っこである。
いや、お姫様抱っこならぬ、王子様抱っこである!
「お、降ろせ馬鹿!!」
「死にたいの!?」
今まで感じたことのないような羞恥に襲われて僕はじたばたとしたが、エルシィも同じく必死である。
僕を抱えて走っているとは思えない速度で、エルシィは走った。
首をぐいと回して後ろを振り返る。
「ウワァーーーーーーッ!!! 来てる来てる!!!」
僕が大声を上げると、エルシィも走りながら一瞬後ろをちらりと振り返って、ぎょっとしたように目をむいた。
「なんで追っかけてきてんのーーーー!!」
そう、ゴーレムが、その巨体を揺らしながら僕たちを追ってきていた。
それも“走って”である。
本当に、とんでもないものを起動させてしまった。
今僕たちを追いかけているのは、ネブルシュカ文明を滅ぼしたとされている、“巨大魔導兵器”であった。
誰だ、安全に冒険できそうだとか言ったやつは!!
お気楽野郎め!!
ぶち殺してやる!!
生きるか死ぬかの状況に瀕しながら、僕は数時間前の自分の発言を呪った。
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