第7話 できれば、無駄に走らせないでほしい
いざ始めてみると、案外ルーペなしでも分かることは多かった。
最も手前に落ちていた白色の岩のような遺物は、表面に過度な装飾がなく、土埃は積もっているものの、もともとはかなりツルツルとしていたのが分かる。
装飾的な文様もなく、表面はツルツルに磨き上げられている……となると、これは建造物ではなく他の用途で“使われていた”ものだと推察できる。
「兵器……? いや、それにしては」
僕は呟いて、目の前の巨大な遺物を見上げる。
「でかすぎるんだよなぁ……」
兵器と言うからには、何かしらの手段でいろいろな戦場に持ち運んだはずなのだ。
そしてこれの素材だが、とてつもない硬度であるのは確かだが、年数が経っても劣化しておらず、錆臭さもないことから考えると金属ではなさそうだ。
金属ではないということは、火薬を詰めて発砲したりする『重火器』であった可能性は限りなく低い。
建造物ではなさそうである。しかし、兵器でもない……?
では、この巨大な遺物は何なのだろうか。
本で得た知識を脳内でこねくり回しても、目の前の巨大なオブジェクトに該当する情報は思い浮かばなかった。
「ねー! アシタ!」
遠方からエルシィに声をかけられて僕は目の前の遺物から視線をはずす。
数十メートル先に落ちている遺物の前で、エルシィがこちらに向かって手を振っていた。
「なんだよ!」
「ちょっと来て!」
今はこの遺物を調べているところなんだが?
どうせ大した用事でもないのだろうに、気軽に呼びつけてくれやがって。
舌打ち一つ、僕はエルシィのいる方へ歩き出す。
「早く!」
なぜか急かされてイラッとしながら小走りでエルシィの元に急いだ。
ちょっと走っただけなのに息は切れるし汗はだくだくかくしで最悪だ。
「はぁ……はぁっ……なんだよ」
「いやこの距離走っただけで疲れすぎでしょ」
エルシィは苦笑して、エルシィの前に落ちている遺物を指さした。
「ほら、これ見て」
「あ……?」
さきほど僕が見ていたものと同じくらいの大きさの遺物が、転がっている。
「なんか、『手』みたいじゃない?」
「手、だぁ……? どのへんが……」
舐めるように左から右へと、じっくりと観察してゆくと、その右端に目が奪われる。
「……確かに、手だ」
明らかに人間と同じ造形で作られたような、『手』が転がっていた。それも、僕を二人縦に並べるとちょうど同じ、といった具合の大きさの縦幅をもった手だ。
指の関節も疑似的に再現されている。
僕は近づいて行って、その関節をよく見る。
「ん……?」
関節の間をよく見ると、接着がされていない。
ただ白い岩のようなものが並べて置いてあり、結果的に指の関節のように見えているだけのようだ。
「偶然か……?」
それにしては、あまりにも。
あまりにもはっきりと『手』の形をしすぎている。
誰かが意図的にこう置いたとしか思えない。
「神……か何かだろうか」
僕は小さく呟く。
かつて滅んだネブルシュカ文明では、『ムジカ』という神を信仰し、その石像をさまざまな鋼鉄や岩を用いて作っていたという。
しかし、ネブルシュカ文明が栄えた時代に作られた石像や装飾品は、非常に多くの細かい彫刻がなされているのが特徴だ。
目の前にある、ただ白いだけのそれは、ネブルシュカ文明の遺物と考えるにはあまりにもシンプルすぎた。
「……分からねえなぁ」
「アシタでも分からないことってあるんだね」
僕の独り言を耳ざとく聞き取って、エルシィが意外そうに言った。
まるで僕が何でも知っていると思っていたかのような物言いに、僕は眉根を寄せた。
「そりゃそうだろ。僕は考古学者じゃない。本で読んだ知識を総合して考えてるだけだ。頭に入れた情報が足りなきゃ分からないものは分からないし、情報の組み合わせ方を間違えてたら分かるものも分からなくなる」
実際、さっきから胸の中でもやもやと何かが“つかえて”いるような感覚に襲われているのだ。
遺物の表面の“ツルツル”と磨かれた様子、そして、エルシィの見つけた『手』のようなオブジェクト。
何か、答えが出かかっているようで、ぎりぎりのところで結論にたどり着かない。
それはそもそも僕の知識の欠落によるものなのかもしれないし、僕が情報の組み合わせ方を間違えているがゆえに何かを見落としているのかもしれない。
僕が顎に手を当ててうんうんと唸っていると、再び遠くから呼び出される。
「アシタさん! こっちにも見てほしいものがあるんですけど!」
声のした方を見ると、アルマが控えめに手を振ってこちらを見ていた。
「分かった待ってろ! 走って行く!」
「待って、あたしの時と反応違いすぎじゃない?」
エルシィの言葉は無視して、僕は小走りでアルマの方に走ってゆく。
今は、ひとところで悩んでいるよりも、多くの情報を得る方が先決だ。
アルマが何か新しいヒントになりえるものを見つけたのであれば、すぐに見たい。
あと、手の振り方が可愛いので、すぐに駆けつけてあげたい。
しかし、僕の足は遅いし、体力はゴミ以下である。
「ハァーッ……ハァーッ……ウッ、それで、見てほしいものって……ゲホッ」
「だ、大丈夫ですか? 呼吸が落ち着いてからで大丈夫ですよ」
アルマの元にたどり着いた頃には僕の息はすっかり切れてしまっていた。
今になって気付いたが、この空間のことを『第六層に開いた穴』とエルシィは言っていたが、それにしては第六層自体よりも広いのではないか。
魔物もいないし、開けた空間なので距離が離れていてもお互いの姿が確認できるということで散らばって探索をしていたが、この広さでは他の仲間の元に向かうだけで一苦労だ。
ふと上を見上げて、僕は気付く。
「天井……妙に高いな」
地下ダンジョンに潜ってきたはずなのに、この空間の天井は不自然なほどに高い。感覚的な測量ではあるが、第四層あたりまでぶち抜いたのと同じくらいの高さがあるように思える。
「あ、確かにそうですね……だいぶ地下に潜ってきたはずなのに……」
アルマも僕につられるように上を向いて、驚いたように口をぽかんと開けた。
「ああ……それで、見てほしいものって?」
僕はアルマの元に来た本分を思い出して、彼女に尋ねる。
アルマも同じように、ああそうでした、と頷いて、僕に掌より少し大きいくらいの物体を手渡してきた。
「これなんですけど……」
「……っ!」
それは、蒼い光を中心に宿した、透明な結晶のような鉱石だった。
「これは……!」
僕はその鉱石の表面を指でなぞり、中心の光を眺め、そして確信する。
自ら発光し、それでいて表面に傷一つない鉱石。
そんなものを、僕はこの世で一つしか知らない。
「
僕が興奮気味に言うと、アルマの目がゆっくりと見開かれる。
「え、これがですか!?」
「そうだよ! それ以外に考えられない!」
魔晄石は魔術師の間でも一つの伝説として語り継がれている。
魔術とは、基本的にその素質を先天的に、もしくは後天的に獲得した者が魔力を体内や体外から放出して行使するものだ。
しかし、魔晄石というのは、人間の手に触れずに、独自にその中心に魔力を宿し、外に向けて放出し続ける物質なのだ。
数少ない研究者がそれを発見、研究したが、未だに魔晄石が魔力を放出するメカニズムは解明できていないという。
「なにそれ、売れるの?」
後からのんびりとついてきたエルシィがスッと現れて、僕とアルマの間に割り込むように話に入ってくる。
「いくらで売れるか分からんレベルだ」
「なんだ売れないのか」
「違う! どれだけの値段がつくか想像もつかないってこと!」
僕が言うと、肩を落としかけたエルシィが現金なほどに激しくぶんとこちらに首を向けた。
「そんなに!?」
「そんなに!」
僕も魔晄石の実物を見ることができた興奮からか、エルシィのテンションの上昇に乗せられてしまう。
エルシィはにまにまと笑って、顎に手を当てた。
「やっぱり、他の冒険者仲間に言わずに来たのは正解だったな」
勝ち誇ったようにそう言うエルシィに、僕は苦笑いを返す。
「お前、案外ちゃっかりしてるんだな」
「そりゃそうだよ! あたしがこの空間見つけたんだから、あたしが最初に冒険して何が悪いっての!」
「そんなに言うなら一人で行けばよかっただろ」
僕の言葉に、エルシィはムッとして僕を睨んだ。
「きみ、話聞いてた? 一回一人で来たけど、落ちてるものがよく分からなかったからアシタを連れていきたい、って話したよね」
「そういえば、そんな流れだったな」
完全に『古代エルフ文化史書』に気を取られていて、事の流れのディテールは忘れ去っていた。
「ともあれ、とりあえずこれを持ち帰れば『他にも価値のあるものがあるかも!』って言って商人たちも重い腰を上げてくれるかもしれないね」
エルシィがそう言って、うんうんと頷く。
「なあ、これ、持ち帰ったら売るのか?」
僕が魔晄石を持ち上げてエルシィに訊くと、エルシィは力強く頷いた。
「当たり前でしょ。あ、でも分け前はちゃんと四人で分けるからね」
「そうか……」
売ってしまうのか……。
すぐに手放してしまうにはあまりにもったいない物のように思える。
とはいっても、魔力も持っていない、研究方法もない、といった僕がこんなものを持っていたところで腐らせるだけだ。
然るべき人物が手に入れて、研究を進める方が幾分も世の中のためになる。
名残惜しさのようなものを覚えつつも、僕はエルシィに魔晄石を手渡した。
「お前が持っててくれ」
「え、なんで?」
「転んで割ったらやばいだろ」
僕が言うと、エルシィはなんとも言えない表情で僕を見て、その後に小さく言った。
「転ばないように努力はしないわけ」
「努力をしたところで、僕は転ぶ」
「
さて、とりあえずの収穫があったということで、今回は引き上げてしまっても良いのではないだろうか。
白い遺物の謎は解けなかったが、それはおいおい、調査に入った商人やら考古学者やらが解明してくれるだろう。
僕はその結果を本屋で聞けば良い。
「じゃ、そろそろ帰……」
「うぉーい!! これを見てくれーーッ!!」
僕の声を遮って、かなり遠方からラッセルの大声が聞こえてきた。
目を細めて見ると、米粒のような大きさで、ラッセルが手を振っているのが見えた。
どんだけ遠くまで行ったんだあいつは。
と、いうより……。
やはり、僕はこの空間の異様な広さが気になってしまう。
今まで冒険した第一層から第六層までの間のダンジョンとは比べ物にならない大きさの空間だ。
明らかに、“なんらかの意図”があって、作られた空間のように見える。
そして、ところどころにゴロゴロと転がっている白色に塗られた遺物。
この二つは何か重大な関係性を持っているのでは、と邪推してしまう。
「うぉーーーーい!!」
うるさい。
でかいのは身体だけじゃなくて声もか。
「今行くから待っててーーーーーー!!」
エルシィも負けじと大声で返し、僕を横目で見た。
そして、顎をクイッとラッセルのいる方向に動かした。
行く、ってことか……。
もう帰れると思ったのに。
僕は、ため息一つ、先行してすたすたと歩き始めたエルシィの後を追った。
思えば、ここで帰っておけば良かったのだ。
後悔は、先に立たない。
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