第5話  あの本を読むまでは死にたくない


 絶体絶命である。


 僕の前方数メートル先には、目を爛々らんらんと光らせ、鼻息を荒げている肉食獣がいた。

 肉食獣の中でも最悪な部類に遭遇してしまった。


 ラプチノス。

 生物の中で『ドラゴン』と分類される魔物の中で最も小型とされる種類で、体長は縦の長さだけで考えれば大体人間と同じくらいである。

 一般的に『ドラゴン』と呼ばれる魔物は、驚異的な体格をもって大暴れしたり、炎を吐いたりといった派手な攻撃で他の生物を害すものだが、ラプチノスの恐ろしいところはそういった点ではない。

 彼らは、その頭蓋の中で『脳』の占める割合が、他の魔物に比べてかなり大きい。つまり、頭が良いのだ。

 普段から群れで生活をし、自分たちよりも体長の大きい魔物を群れで狩ったりすることもある。『狩人』という通称の所以ゆえんだ。

 四つの足を持つ生物だが、後ろ2本の足で歩行、走行し、前足についた鋭利な鉤爪で獲物を始末する。

 冒険者にとっては非常に厄介な存在であり、できることなら遭遇したくない魔物に分類されるであろう。


 しかし、ラプチノスの情報を過去に読んだ本の記憶から引き出せば引き出すほど、疑問に思う点が増えてゆく。

 ラプチノスの主な生息地は平原地帯のはずだ。なぜこんな辺境の洞窟ダンジョンにこの魔物がいるのだろうか。

 群生が基本のラプチノスが、単体で活動していることも妙である。


 疑問は深まるが、今はそれよりももっと差し迫った問題が目の前にあった。

 どう、この場を切り抜けるかだ。


 正直、数日前の自分ならば今頃すべてを投げ出していたかもしれない。

 その辺に寝転がって、「食いたければ食え!!!」などと叫んでいたかもしれない。

 今の状況では、生き残ることよりも、死んでしまうことのほうがよほど容易たやすい。


 しかし。

 しかし、僕はまだ死ねない。

 なぜなら、まだ『古代エルフ文明史書』を読んでいないから!!

 あれを読まずに死んでしまったら死んでも死にきれない。

 エルシィの枕元に毎晩現れては耳元で「古代エルフ文明史書……」とささやき続けそうな勢いなのである。

 生き残れば、あの本を読むことができる。

 数年間本屋界隈の情報網を駆使して探し続け、それでも手に入らなった念願のあの本をである。

 絶対に、死ぬわけにはいかない。



 ラプチノスは注意深く、こちらの様子を伺っていた。

 今回に至っては、ラプチノスの知能の高さに救われた。

 即座に襲い掛かってくるような魔物であったなら、僕は今頃肉片になりラプチノスの腹の中に収まっていただろう。


 僕はといえば、ラプチノスとの距離間を変えないまま、脳内では必死に以前に読んだ『ラプチノス調教日誌』の内容を思い返していた。

 過去に、捕獲したラプチノスを調教し、騎乗できるほどまでにしつけることに成功した生物研究者がいた。そして素晴らしいことに、彼はその過程をすべて日誌につけ、本として出版したのだ。

 当時魔物の生態や習性の本を読み漁っていた僕は、たいへん興味深くそれを読んだのを覚えている。


 本の内容を思い返しながら、僕は胸中で最優先事項を確認する。

 今この場でラプチノスを躾ける必要はない。と、いうより、不可能だ。

 ただ、『対等な立場』になることが必要なのだ。

 今この場で、ラプチノスの『敵』になってしまってはいけない。敵として認識された瞬間に、僕の命は終わりを迎えると思った方が良い。


 ラプチノスは鼻をスンスンと鳴らして、こちらの匂いを遠くから嗅いでいる。

 少しでも多くの情報を、僕から得ようとしているのだ。

 それでいい。もっと僕に興味を持て。


 僕はまず、ラプチノスを刺激しないよう、非常にゆっくりな動きで、自分のポーズを変化させる。

 膝を少し曲げ、上半身は前傾姿勢に。

 そして、両腕は身体の手前でくの字に曲げ、手はだらりと下に下げる。


 そう、ラプチノスの基本姿勢の模倣である。

 まず僕が人間をやめる。そこからだ。

 僕がラプチノスを下に見てもいけない。逆に、下に見られてもいけない。

『対等』になるならば、『同類』に擬態するのが最も手っ取り早い。


 ラプチノスは訝しむようにグルルを喉を鳴らし、こちらを威嚇してくる。

 こちらは、威嚇には反応せずに、大げさに「フン、フン」と鼻を鳴らした。


 ラプチノスが、こちらに一歩だけ足を踏み出した。

 震えそうになるのを必死でこらえ、こちらはラプチノスが一歩踏み出してきた分だけ、一歩下がり、同じ距離を保つ。


 ラプチノスは鼻を鳴らし、そののちに、口をがばりと開いて、


「ォアッ! アッ! オェアーーーーーーーーーーッ!」


 何やら大声を発した。

 本で読んだ通りだ……! 僕は少し興奮気味にその様子を観察した。

 ラプチノスは知能が高い故に、群れでの狩りの際にもあまり声を発することはないと言う。

 声を出さなくとも、仲間同士の動きを見て先を予想し、必要な連携を自然にとることができるのだ。

 しかし、一人で対処ができないと感じる状況に出くわすと、仲間を呼ぶために大声を上げる習性があった。


 僕という存在は今、ラプチノスにとっては意味不明な存在だと言える。

 どう見ても自分とは違う生物のはずなのに、自分と同じ動き、習性をしているように見えるのだ。

 だから、対応に困り、仲間を呼んだ。


 ただ、これは僕の予想だが。

 この付近に彼の仲間はいない。

 仲間がいるのだとしたら、すでに一緒に行動をしているはずなのだ。

 おそらくだが、このラプチノスは群れからはぐれ、この洞窟に迷い込んでしまったのだろう。


「ァオーーーーーーーーッ! ェアッ! オッ!!」


 大声を上げても、仲間の返事はどこからも聞こえず、駆け寄ってくる足音も聞こえない。

 ラプチノスは困惑したように後ずさりし、鼻を鳴らしながら辺りをきょろきょろと見回した。


 やはりこの近辺に、あのラプチノスの仲間はいない。

 そうと分かれば、やることは一つである。


 僕は、覚悟を決め、羞恥を捨て、大口を開けた。


「ォ゛ア゛ーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 僕が、あいつの仲間になるのだ。


「オアッ! アッェアッ! オッ!」

「ア゛ァーーーッ! ォアッ! アッ、ォ゛ア゛ーーーーーッ!」


 おそらくこの光景を客観的に見ると滑稽以外の何物でもないだろう。

 人間が、大口を開け、目をひんむきながら、前傾姿勢で奇声を発しているのである。

 口をあけっぱなしにしているせいで、口の端からよだれがダラダラと零れてゆくのが分かる。自分が今どんなに人間を捨てた汚らしい顔をしているのか分からない。


 しかし、今の僕は、誰がなんと言おうと、ラプチノスなのである。

 ラプチノスだから目玉をひんむこうが唾液をだらだらと垂らそうが文句を言われる筋合いはないのである。


 人間を捨てた甲斐あって、ラプチノスの警戒心が薄くなってきているのが目に見えて分かった。

 開ききっていたラプチノスの瞳孔がだんだんと丸みを帯びた形に弛緩してゆくのが見えた。荒かった鼻息もおだやかになっている。

 よし。

 この調子で、ラプチノスと仲良くなってしまって、そしていい具合のところでサッと逃げれば生き残れる。

 希望が見えてきた。


「アッ! ェアッ!」

「ォア~、ゥアッ!」


 ラプチノスが声を上げたら、僕も必ずそれに応えるように声を上げる。

 相手が何を言っているのかは分からない。僕の必死のラプチノスの声真似も、向こうからすれば支離滅裂なものになっているだろう。

 しかし、今目の前にいるラプチノスにとって重要なのは、自分の声に反応する存在がいることだ。

 ラプチノスに『狩られる』側の魔物は、ラプチノスの声を聞けば一目散に逃げだす。

 つまり、ラプチノスの声に反応し、コミュニケーションを取ろうとしてくる存在は、消去法でラプチノスの味方、というふうにとらえることができるのだ。


 すっかり喉を鳴らして威嚇をしなくなったラプチノスに、僕はゆっくりと近づいてゆく。

 正直、ものすごく恐ろしい。

 このまま歩みを進めて、手の届く距離に来たところで急に我に返ったラプチノスがその鉤爪を突き立ててくることだってあるかもしれないのだ。

 しかし、ここで逃げたらすべてが台無しである。

 この短時間で作り上げた少しばかりの信頼関係は崩れ、ラプチノスと僕の関係は、捕食者と獲物のそれになってしまう。


 どのみち失敗すれば死ぬのだ。

 自分に言い聞かせ、震えそうになるのを必死でこらえる。


 一歩ずつゆっくりと歩みを進めて、もうすぐラプチノスに手が届く、という距離まで近づいたその時。


 視界の端に、人型の何かが映った。

 僕は再び冷や汗が身体から吹き出すのを感じる。


 そこには、弓矢を構えた“ジニア・ゴブリン”がいた。

 ジニア・ゴブリンは、ゴブリンの中でも特に知能の発達した個体で、一つのゴブリンの群れの中に3、4体いるとされている魔物だ。

 彼らは『道具』を使うことのできる知性を持っている。そしてそれを活用して、自分よりも大きく凶暴な魔物を狩って暮らしているのだ。


 そんなジニア・ゴブリンが弓矢を構えて、こちらを見ていた。

 矢じりは、ラプチノスの方に向いている。


 くそ、利用された……!


 即座に理解した。


 ラプチノスは脚力に優れ、正面から戦ったのならば弓矢などの遠隔武器を命中させるのは非常に難しい。

 しかし、今ラプチノスは目の前の『僕』という興味対象に気を取られていて、完全に動きが止まっている。

 ジニア・ゴブリンはその隙を利用してラプチノスを仕留めようというのだ。


 しかし、そんなことをされては僕とラプチノスの信頼関係はめちゃくちゃになる。

 ラプチノスに矢が命中した瞬間、興奮したラプチノスは僕を鉤爪で仕留めたのちに、ジニア・ゴブリンに襲い掛かってゆくだろう。


 最悪だ。

 なんてタイミングで現れてくれやがった。

 僕はつくづくゴブリンに悪い縁があるらしい。


 ジニア・ゴブリンはにやりと笑って、矢を抑えていた右の腕から力を抜こうとする。


 瞬時に僕は動いていた。

 ラプチノスの側面に飛び出して、ラプチノスを庇うようにジニア・ゴブリンとラプチノスを結ぶ一直線上に体を滑り込ませた。


 ドスッ!


「……ッ!」


 脇腹が、じわりとあたたかくなる。

 ジニア・ゴブリンの放った矢は、しっかりと、僕の右脇腹に突き刺さっていた。


「っあぁ……ッ」


 じわじわと鈍痛が広がる。

 地面に膝をついて、息を吐く。

 そうだ、ラプチノスは、ラプチノスは無事だろうか。

 痛みで霞む思考のまま、ラプチノスを見上げると、ラプチノスは困惑したようにジニア・ゴブリンと僕を交互に見た。

 ラプチノスと僕の目が合う。

 その眼には、はっきりと『迷い』が映っていた。

 もうとっくに、僕が人間というラプチノスとはかけ離れた生物であることはバレてしまったはずだ。

 しかし、ラプチノスは突如現れたジニア・ゴブリンと僕のどちらを敵として認識してよいのか判断できない。


 だから、僕が背中を押してやる。


 脳内でドバドバと興奮物質が生産されているのを感じた。

 脇腹の痛みは今はまったく気にならない。


 最大限に目をひんむいて、最大限に大口を開けて。


「ォ゛ア゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」


 僕はジニア・ゴブリンを指さして、大絶叫した。

 あいつをやれ!!!! そう、思いを込めて。


 その瞬間に、ラプチノスの瞳孔がキッと開いたのが見えた。

 そして、僕を飛び越えて、恐ろしいスピードでジニア・ゴブリンの方へ駆けてゆく。

 ジニア・ゴブリンは予想外の展開に、大慌てでその場を走り出す。

 しかしラプチノスがゴブリンに追いつく方が早く、ラプチノスが身体を捻って繰り出した尻尾での殴打を受け、ゴブリンは吹き飛ばされる。

 地面をごろごろと転がったのちに、ゴブリンはすぐに立ち上がって、そそくさと逃げて行った。


「はっ、ざまー見ろ……」


 僕はずるずると洞窟の壁に背中を当て、そのまま脱力するように尻を地面につけた。

 全身の震えが止まらない。

 傷口がじくじくと痛む。刺さった矢を抜いてしまいたい衝動に駆られるが、刺さったものは抜かない方が良いという知識は本で得ている。

 なんとかラプチノスに即座に食い殺される展開だけは避けることができたが、このままでは矢による負傷でポックリと逝ってしまいそうだ。


 そこまで考えて、僕はふと視線を上げた。そういえば、ラプチノスはどうしただろう。

 顔を上げると、少し離れたところからこちらの様子を伺うラプチノスと目が合った。

 その瞳を見ると、瞳孔はもう開いていない。鼻息も穏やかなもので、ただ、どうしていいか分からないといった様子で、小さく首を傾げてこちらを見ていた。

 その姿を見て、僕は小さく失笑した。


「お前、もしかして寂しいんじゃないのか」


 声をかけると、ラプチノスは驚いたように一歩後ずさりした。

 瞳孔が開きかける。


「大丈夫だ。僕は君に危害を加えないよ」


 どうせ何を言ったところで言語として彼に伝わることはない。

 分かっているが、僕はラプチノスに語りかけた。

 怪我をして朦朧としているせいもあってか、ラプチノスに対する恐怖のようなものは薄れてしまっている。


「ほら、おいで」


 手を伸ばして、僕が言う。

 伝わるはずがない。でも、伝わってほしい。

 相反する思いが胸中に渦巻く。


 ラプチノスはおそるおそる、クンと鼻を鳴らしてこちらの匂いを嗅いだ。

 そして、ゆっくりと、こちらに歩き始めた。


 もしかすると、言語ではない何かが、僕の想いをラプチノスに伝えたのかもしれない。などと、非現実的なことを考えながら、僕は力を振り絞ってゆっくりと立ち上がった。


「おいで」


 近付いてくるラプチノスに、もう一度手を差し伸べる。

 ラプチノスは僕の目の前までやってきて、もう一度鼻を鳴らした。

 僕は手を頭の後ろで組んで見せた。


「ほら、僕は何もしない」


 手を固定して、じっとラプチノスの目を見つめると、ラプチノスは、ゆっくりとその頭を下げて、僕のひたいへコツンとぶつけた。


 これって……。


 僕の脳内で、『ラプチノス調教日誌』のページがめくられる。


『ラプチノスが仲間同士で額をぶつけ合うのは、親愛のしるし』


 そういう一節があったのを思い出して、頬が自然と緩んだ。


「ははっ」


 笑いが漏れる。


 まさか、本当にまさかだ。

 生き残ることだけを考えていたのに。


 僕はラプチノスを躾けてしまったらしい。





「アシタ!!!!!」


 聞き覚えのある声が聞こえて、声のした方向に視線を向けると、そこには肩で息をしているエルシィが立っていた。


「……ッ! ラプチノス……!?」


 エルシィは僕の傍らに立っていた魔物を見て、目を見開く。

 反射的に、エルシィは背中の弓をとり、矢を取り出そうとした。


「あー!! 待て待て!!」

「何よ!!」


 僕が大声を上げると、エルシィはパニック気味に声を荒げた。


「こいつを撃つな! 僕の仲間だ!」

「は!? 何言ってんの!?」


 矢を構えながら、エルシィは信じられないというような顔をした。

 ちらりとラプチノスの方を見ると、瞳孔が開き、鼻息も荒くなってきている。

 まずい。明らかな敵意を向けられて興奮している。


「とにかく弓をおろせ!! 僕は大丈夫だから!!」

「大丈夫って……」


 まだ四の五の言おうとするエルシィの言葉を遮って、僕は殺し文句を言った。


「こいつを撃ったら二度とお前とは冒険に行かないぞ!!!」


 僕のその言葉と、本気の眼差しを見て、エルシィはゆっくりと弓を地面に下ろした。

 僕はそれを見て軽くため息をつき、即座にラプチノスの方に向き直る。


「大丈夫だ、大丈夫。あいつは敵じゃない。誰もお前を攻撃しない。大丈夫……」


 もう一度僕はラプチノスの額に、自分の額をこつんと押し当てた。

 だんだんとラプチノスの呼吸が落ち着いていくのを感じる。


「ど、どうなってんの……」


 エルシィが小声でつぶやくのが聞こえた。

 エルシィの後ろから、残りの二人の冒険者も走ってくる。


「生きてたのかアシ……うぉっ!?」

「アシタさん!?」


 ラプチノスの近くに立っている僕を見て、二人も反射的に武器を構えた。


「あー! 大丈夫! 大丈夫だから!」


 また鼻息を荒げ始めるラプチノスに、僕は必死の説得をした。






「……これで傷はふさがったと思います。痛くないですか?」


 アルマが、僕の脇腹の傷を優しくさすって、言った。

 本当に心配そうな顔をしてこちらを見ている。やはりこの子は女神だと思う。


「君のおかげで」


 僕が言うと、アルマは安心したように溜め息をついた。


「良かった……」


 自分で脇腹をさすると、さっきまで矢が刺さっていたのが嘘のように、傷口がふさがっていた。痛みもすっかり引いている。

 聖魔術というのは本当にすさまじい。


 ラッセルが僕に近寄ってきて、片膝をついた。

 そして、頭をぐっと下げる。


「すまなかった。俺がうかつなことをしたばかりに」

「いやいや……地面が割れるとは誰も思わないだろ」


 頭を下げられると妙にくすぐったい気持ちになり、僕は慌ててラッセルをフォローした。


「それに、なんとか生きてたし、大丈夫だ」


 僕が言うと、ラッセルは顔を上げて、小さな声で「すまない」ともう一度言った。

 そして、横目で、少し離れたところにドスッと腰を下ろしているラプチノスを見た。


「それにしても、ラプチノスを躾けるなんて聞いたことねえよ。あんた何やったんだ?」

「……ははは」


 目玉をひんむいて、よだれを垂らしながらラプチノスの声真似をしていました、とは口が裂けても言えない。



 とはいえ。

 なんとか僕は生き残ることができた。


 ほっ、とため息をつき、地面に寝転がった。


 やはり、本は偉大だ。

 誰かの書き記した本が、僕を生かしてくれた。

 見知らぬ著者に、僕は命を救われたのだ。

 本は、書いた本人が思いもよらないような形で、誰かに必ず届く。

 そして、その心に永久に住まい続ける。

 だから、僕は……。


 思考が徐々にぼやけて、急激な眠気に襲われる。

 身体の貧弱な僕には、今日の運動量はすでにキャパシティオーバーだ。

 少し、休ませてほしい。

 エルシィが起こした焚火の炎をぼんやりと眺めながら、僕の瞼は徐々に閉じていく。


 ああ、早く古代エルフ文明史書が読みたい。

 眠りに落ちる寸前に、そんなことを考えた。



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