第2話

多くの生徒が下校、部活へ行く放課後に、俺は生徒指導で視聴覚室に向かっている。何の用で呼ばれたのかは分からないが、呼び出しは日常茶飯事だから深く考えないことにした。雪にも言われたからな。

生徒が行き交う廊下、階段を上がって、3階の視聴覚室に着いた。両開きの扉は閉まっていて、緊張感がする。

この先に待っているのは1体1の拷問…説教か。はたまた1体1の面接補習か。

「どっちでもいいか」

扉の取っ手を握り締め、大きく開いた。



「お前たちー、なんで呼ばれたのか分かってるな?」

黒板の前で厳しい顔をする明智先生。生徒指導では優しい方の先生だ。

ぐるっと教室内を見る。明智先生と生徒2人。そう、意外にも今回は1体1ではなく3対1の説教だったのだ!

「成績が悪いから、ですよね」

ボソボソっと発言したのは俺の右にいるメガネの男子。頬に傷跡がある。結構深めの。

「そうだ。今日はお前たちの成績について話をする。2年だからな、進路先も考えなくちゃいけない時期だしな」

「………早すぎんだってば」

またボソリ。それには同感だ。

しかしコイツ、見た目は頭良さそうなんだけど…。人は見た目によらないっていうからな。

「で、お前たち。自分の順位は気にしてるか?」

順位。おそらく、テスト明けに張り出されるあの紙のことだろう。1位2位とか、数字で決められて、上位のやつは崇められる…。

「見てません」

俺はキッパリと言った。

だって自分の名前は小さく下の方に書かれているのだから。

「あのなぁ。それ逃げてるって言うんだぞ。ちゃんと自分の順位と向き合わんか」

数字と向き合うなんて無理な話。

「勝村は家庭と体育の実習なら良いんだけどな」

「そりゃどーも」

「態度」

褒められたからヒラヒラと手を振っただけなのに、ああ睨みつけられては不快だ。人の思いを踏みにじりやがって(棒読み)。

「リュウザキ、お前はどうだ?」

リュウザキ、そう呼ばれてハッとする。

そうだ、右のメガネはリュウザキイブキとかいうカッチェー名前の野郎。同じクラスだ。話したことは無い。

「一応見てますけど…意味無いですよね」

ハァ、とため息。本当に勉強ができないんだな…。

「エイダ。お前は?」

俺とリュウザキが左を見る。そこにはアホみたいなツラをした奴が座っていた。

「知らない!」

発言もアホだ。バカを擬人化したようなそんな感じ。貼り付けたような笑みから人間さがまったく感じ取れない。なんか恐ろしい生命体を見つけたような、そんな感じ。

「エイダは偏りすぎだ。理科の、しかも天文学しか取れてないじゃないか」

「えへへー」

「えへへーじゃないっ」

明智先生が一生懸命指導をしているが、おそらくコイツ、本当のバカだ。

「……はぁ。とにかく、成績は上がらないだろうけど最低限の処置として補習を受けてもらうぞ!」

「だりぃ」

「勝村っ!」

明智先生は正直者だからなんとなく好きだ。だって、補習を受けても成績は上がらないだろうなんて言う先生なんていない。

「今日の指導はここまでにしておく。職員会議があるからな。お前たちに割く時間は無いんだ!」

正直過ぎて少し傷つくこともあるが。

「なんでー?生徒を優先してくださいよー」

「それじゃあ後1時間ほど」

「すみませんでした。出てって下さい」

冗談だ、とヘラヘラからかう明智先生を扉まで押していき、自分も一緒に出ていく。

「とりあえず補習には来いよ。もしかしたら…夏休みまでには終わるかもしれないし」

「行かなけりゃ?」

「夏休みも補習三昧!」

それだけはゴメンだ。2年の夏休み、それは中学生にとって最後のパラダイスだからな。

絶対に行きます、と固く約束をし、俺は先生と別れ帰路についた。



朝。俺は少し早めの登校をし、自分の席でうたた寝をしていた。5月は丁度いい気温と湿度だからとても眠りやすい。特にこの最後列の席だと授業中なんかもいつの間にか…ということがたくさんある。

「…っお、おい!勝村!」

上から声がする。目を擦りながら頭を上げると、そこにはメガネをしたいかにも優等生風な男が立っていた。

「………リュウザキ?」

「そうだ!」

それは昨日、補習の話で呼ばれたリュウザキイブキだった。

別に仲良くないし、話したこともない。俺に話しかける用もないだろう。

安眠を妨害されて露骨に嫌な顔をしてみるが、リュウザキは少し眉をひそめただけだ。目立たないやつだから「あ、起こしてごめんね」ぐらいは謝ると思っていたんだが…。

「昨日の補習の話…勝村は行くの?」

「…ああ、アレ。行くぜ」

俺がそう言ったことに驚いたのか、目を見開いて「うーん」と唸り始めた。

「勝村は不真面目だから行かないと思ってたや」

「ケンカ売ってんのか」

「勝村でさえ行くのに、僕が行かないのは嫌だなぁ…でも行きたくないし…」

馬鹿にされたうえに無視された!

「おい!」

朝イチでイライラしていることもあってか、俺がコイツに手を出すのは早かった。胸ぐらを掴み、恐喝する。

「や、やめてよぉ。お互い問題は犯したくないだろ?」

しかし、コイツの反応と言ったら、両手をあげて降参ポーズをとったかと思えば、謝るわけでもなく和解の道を選びやがった。

別に殴りかかろうなんて考えてない。ただ、俺を貶したことに謝ってさえくれれば…そう思っていたんだが。

「チィッ」

「話の分かる奴は長生きするよー」

手を降ろし、机に再び突っ伏す。

コイツのこの性格は俺とは合わねぇ。

「勝村は生粋のヤンキーだと思ってたけど、頭良いんだね」

「…補習に呼ばれてんだぞ」

「違う違う。勉強の話じゃないよ」

首を横に振って全面否定するリュウザキ。何が違うって言うんだ。

「生きてく上でのノウハウっていうかな?そういうものを持ち合わせてる」

そう言われて、昨日の雪の言葉を思い出した。勉強以外に大切なもの、生きていく上でのノウハウ…?

「本当に頭が悪いなら、今、僕のことを殴ってるはずだよ」

まるでそういう奴を五万と見てきたような言いぶりに、少し笑えた。見た目が見た目だからだろうか。

そして目の前に手が差し出される。

「改めて言わせて。僕の名前は竜崎息吹。勝村とは上手くやっていける気がするんだ。なんとなく、今感じた」

照れくさそうに笑う竜崎。俺は差し出された手を呆然と見ていた。

……いや、唐突すぎるだろ。しかもなに?これ、友達になってください的な?握手?今のいまで俺はお前に怒ってたんだぜ?なんで…、

「…バカかよ」

「僕のこの前の数学は20だったよ」

俺より上だ。

「お前…友達いないだろ」

「うっわ、無神経!当たりだよ勝村」

少し吹き出してしまった。俺の友達にはいないタイプだ。そして、なにより正直者は得をする。

俺はその手を少し乱暴に握り返した。

「友達になるのはまだだが、お前なら俺の友達になれそうだぜ」

「上から目線だねぇ。いいよ、なってやんよ」

そしてお互いに手を強く握りあった。

竜崎息吹…俺に気力を戻させてくれる人物との出逢いだった。

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