おじさん勇者 竹蔵
木の子 猫
はじめの扉
第1話 いつもの通勤
商社に勤めて、今年で30年目、
いつも同じ道、いつも同じ電車で、同じ席に同じ時刻に座る。どう考えても味気ないこの世界に私は生きている。
同じ商社に長年働いていくうちいつの間にか課長を任されるようになっていた。とはいえ、楽な生活をおくっていたかというと、そうではない。部下の失態は、私の失態だし、上司の意見は、私の意見となる。上から言われたことを、部下に同じように伝えても思うようにことは運ばない。かといって上司は、部下に説得させる時間を用意してくれない。上からと下からの板挟みになった私の肩身はせまくなる一方である。
今日は、いつも人が座っている場所が空いていた。よく見ると、そこに小さなメモみたいな紙切れが落ちていた。
こうも同じ生活を繰り返していると、些細な出来事も大きく思えるものだ。ぐしゃぐしゃになっていたそのメモに、どこか自分と似ているものを感じた。
置きっ放しにしておくのも悪いと思い、私はそれを拾いポッケにいれ席に座った。私はそこで眠気を覚え、ウトウトと夢の中へ入っていった。
良い心地だ、夢は、なぜか明るく見えるのだ、嫌なことが起きても、そこに訪れるのは必ずハッピーエンドだからだ。
無くしたものは、必ず帰ってくるし、昔の思い出もかなり、綺麗に感じられた。若かりしころの私は、野原をかけるのが好きな少年だっただった。虫かごいっぱいの昆虫を家に持ち帰っては、よく母親に叱られていたのを思い出す。
今見ている夢は、その時の記憶をもとにしているみたいだ。
あのころは、可能性の限界をしらなっかった。家の周りの小さな草むらにも、新種の虫がいるし、雨でできた大きな水溜りの中に魚が泳いでいると本気で信じていた。
大人になると、その可能性は徐々に小さくなっていった。まるで膨らんだ風船に穴が開くように小さく、それも急激に形をかえていくのだ。社会の荒波は、良くも悪くもそれを教えてくれた。
現実には起こり得ない。
しかし、そんなことずくめのこの世界なら実現できる。
草むらに駆け寄り虫取り網をふるう、動く虫網、その感覚がさらに私の意欲を向上させる。ゆっくりと網を上げていく。私の目はそこに釘付けだ。いくら夢のなかでも、ここは慎重に、決して逃してはいけないのだ。
網をあげ、素早く手で掴む。かなり大きい。私の手には、カブトムシみたいなツノを持った虹色に光る羽を持つ拳大ほどあるバッタがギシギシと音をたてて動いていた。
これは、すごい。
私は、好奇の眼差しでその生き物を見つめた。隅からすみまで眺め、大切に虫かごのなかへしまった。
とても楽しい、日常とは違う空間に私は希望を抱いた。
しかし、そんな時間も長くは続かない。持っている虫かごが歪み、一瞬、いつもの見慣れた黒いカバンに見えた。現実が私を掴みに来たのだ。
今日の夢は、どうやらこれで終わりらしい、私が捕まえていたおかしな昆虫の輪郭がぼやけている。
もう忘れてしまうのだろうか、私はなんだか悲しくなった。
「お ん、 おきて さい、 」
「お客さん。」
「お客さんおきてください」
「んー」
肩を揺らされている、駅員にでも起こされたのだろうか、私は目をゆっくりと開いた。
するとどうだ、そこにいたのは駅員などではない。布切れのマントを羽織り、赤色の帽子をかぶった一人の少年がいた。
「ここはどこだい? 君は一体誰なんだね?」
周りを見て、さらに驚く、レンガのように大きな岩が重なって作られた門がそこにあるのだ。門とはいえ、大きさは普通のものより桁違いに大きい。
こんな門を誰がくぐるのか、
「おじゃまするよ、」
「あっレオンさん、どうぞ、」
少年が後ろの誰かに声をかけている。
後ろを振り返ると、4mほどはあるだろう一つ目の巨人が、牛を担いで門へ向かって進んでいた。
拍子を抜かして、倒れこむと、地面に手が触れる。
見た目はザラザラしているのに触ると、ツルツルしている。おかしな地面だ
驚いている私を、
なんだか懐かしくなるのだが、理由はわからない。
「キリマルですよ、」
「ここでは稀に出てくるんです。レアなモンスターですね」
「モンスター?」
「さあ、立ってください」
少年の手が私を掴む。暫くして私が立ち上がると垢抜けた笑顔で、こう言った。
「ようこそ 勇者の街 獅子の宮へ」
おじさん勇者 竹蔵 木の子 猫 @kitabata
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