第11話 帰還

 村長のナバタに背負われて村に帰還した時には、夕暮れに差し掛かっていた。彼の背に揺られながら、みち々小言を聞いていたが、我が家に到着してようやく解放された。旅の汚れが染み込んだ洋服を脱ぎ捨て、隣人が共同井戸からんでくれた水で手と顔を洗い体をいてから、もうとこきたいのを我慢して、母の形見の小刀を取り出した。には汚れがなく、また刀身に着いた血の汚れはあの場でジョルダンがぬぐってくれていたが、道具を引き出しから出してきて手入れを始めた。柄を外して、紙で汚れを良く拭い、打粉うちこをポンポンと掛けて別の紙で拭ってから、傷やさびの無い事を確認し、また別の紙で全体に薄く油を塗り、柄を戻して手入れを完了した。我ながら手馴れたものであるが、母から教わったほとんど唯一の事であるので当然である。片付けを終えてから床に就いて、長かった一日を追想ついそうするも、直ぐに眠りに落ちた。

 早朝、平時いつも通りに日の昇るやや前に目がめて、体中の筋肉が痛み、上手く動かせない上、何やら頭も判然はんぜんとしない事に気付いた。床を抜け出す気力も無く、ぼんやりしていると、おおい、居るかと声がして、何者かが侵入してきたが、生憎あいにくもてなす事など不可能で、ただ声の主の到着を待っていれば、それはジョルダンだった。なんだ、まだ寝て居るのかと呆れ顔で言ってくるので、目は覚めて居るのだが体が動かんのだと告げると、やはりそうかと呑気な声で返してきた。やはりとはどう言う事だと聞けば、昨日きのう無理な動きをしていただろうと言うので、大した動きなどしておらんと思ったからそう述べれば、なんだ無意識にやっていたのかと返ってきた。聞けば、あの黒と金色こんじきの牛型魔物と対峙たいじした時、私は尋常じんじょうらざる速度で動き、奴を倒したのだと言う。そう言えば急にあいつが遅くなったのは何故なぜだったのかと思い出し、あれはこちらの方が速くなったのだと説明を受けた。信じ難い話であるが、彼もこれまでに幾度いくどかその様な体験をしたし、また、一流と呼ばれる冒険者は自由にその状態になれるのだと言うので、納得をした。それでこのていたらくとどう関係するのか聞けば、体の動かぬのはまさにそれが原因だと返ってきた。頭もぼんやりするが、それもそのせいかと聞けば、それは恐らく他の因果いんがだと言うので困った。思い当たる節が無いので、例えばどう言う事が原因に考えられるのかと聞けば、魔力の枯渇こかつかも知れぬが、心当たりは無いかと言うので、無いと答えると、少し考え込んでから、「あのなたを投げた時じゃないか、あれは途轍とてつもない速度で飛来ひらいしてきた、そう言えばリンネは風の魔法が使えるんだったよな」と言うので、確かにあの直後に膝を付いたのだったから「そうかも知れん」と伝えたら、それも無意識にやっていたのか、やはり、筋が良いなあと言ってカラカラ笑いだした。この笑い声を聞くのもなんとなく久しぶりの気がして、ようやく日常に戻って来られた様な気持ちになっていた。

 しばら微睡まどろんでいたらしく、気が付くと不思議なにおいがただよっていた。薬の匂いだと気が付いたのは、彼が水と、せんじ立ての粉末を持って来たからだった。台所を借りたぞと述べて、筋肉の痛みと魔力の枯渇に良く効くから飲めと言うので、介添えを受けて背を起こし、震える手を懸命に動かしてそれを飲んだ。優しい味がした様に思えたが、「苦いぞ、なんだこれは」と伝えてまた横になり目を閉じると、段々と眠気が押し寄せたので、それに身を任せた。見えるはずも無いが、何故だか彼が微笑ほほえんでいる様な気がしていた。

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聖魔戦争ものがたり 田中かなた @Kingery39

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