第10話 行方《ゆくえ》

 私は、大声をはっしながらも、右手に持つ鉈を投擲とうてきした。別段、考えがあった訳でもなく、届くとも助力になるとも期待した訳ではなかった。ただ、彼の死を、座して待つ事は卑怯に思えて、何らかの自己の満足の為に、反射的に動いたのだと思う。狙いをれて手を離れた鉈は、地面と水平に回転しながら、不思議と到底とうてい人が投げたと思えぬ速度を持って、緩やかに曲がりながら飛翔ひしょうし、正に突進最中さなかの金色の毛の魔物のを斬り飛ばし、四頭の一角を担っていた魔物の横腹よこばらに命中して、停止した。自らが放った鉈の起こした奇跡をの当たりにしたのと、金色の体毛の魔物が大きくえたのとで、ひざの力が抜け、ほうけた顔をして座り込んだ。みなが現在起こった状況に浮き足立ち、時が止まっていたが、ただ一人、瞬間的に立ち直ったジョルダンは、横腹に受けた衝撃で横向きにした魔物へ向かって駆け、急所を斬り裂き、包囲を突破した。ジョルダンが魔物達に向き直り、余裕を持って構え直した頃、魔物達はおの々、ほとんど同時に動き出し、通常種の二体は、ジョルダンへ向けて突進したが、金色こんじきの体毛の魔物は、反転してこちらを見えた。未だに少し笑っている膝をこらえて、咄嗟とっさに立ち上がり、鉈を手放した事を思い出して、腰裏に装備していた小刀を引き抜き、重荷を投げ捨て、身軽になった。小刀の刃渡りは、鉈やジョルダンの短剣よりやや短い四十センチメートル程、さやつかは木製で、緩やかにった曲線が美しい、片刃かたはである。命を預けるにはやや心もとないが、母の形見でもある為に、定期的に手入れをしており、斬れ味は悪くないはずである。彼の言う正攻法を試すべく、左手を前にして、半身で構え、「あんな奴、一ひねりだ」と勇気を振り絞った。ジョルダンが居るであろう方向から、牛型の魔物の、断末魔の様な鳴き声が聞こえて来たが、それを確認するほどの余裕も無い。直後、奴が突進を開始し、高速でせまり来る。はたから見ていた時には感じ得なかった気迫を受けて、この場を放棄して今直ぐ駆け出したいのを何とか押し留めた。余裕など欠片かけらも無いはずなのに、ふと、あいつはこれほどの速度を相手取り、立ち回っていたのかと頭によぎって、おかげで心に少々のゆとりが生まれた。一撃でも貰えば重傷はまぬがれ得ぬだろうなと思えば、殊更ことさらに集中力が向上するのを感じて、左手に触れる程の距離にまで敵が迫った所で、不意に敵の動き全てが、減速した。理解が追いつかぬまま、ひとず、幸いだと思う事にして、ジョルダンが森で見せた動きをなぞる様にして、すべる様に踏み込み、密着する様に奥のつのつかみ、あご下から小刀を突き刺した。相変わらず遅い動きのままであるが、魔物は気にした素振そぶりも無く、しっかりと前方の虚空を見たまま走るのをめないので、焦燥しょうそう感に駆られて、もう二度三度と突き刺した所で、初めに刺した傷口からようやく飛沫しぶきが上がった。不思議な事にその血飛沫の流れさえも遅い。五度目の刺突しとつを終えた時、急に魔物が元の速度に戻り、ぐらりと揺れたので慌てて離れて間合いを取って、油断く構えて観察していれば、転倒し、突進の勢いそのままに砂煙さじんを上げ、一瞬静止した後、吠えて、そのまま沈黙した。左方から「リンネ、大丈夫か」と大声が聞こえて来たので、「終わったのか」とつぶやくと「ああ、終わったよ」と肩に手が置かれて、力が抜けた。私がどうにも立ち上がれないのを確認したジョルダンは、二人して放り出した荷物をひろいに行き、魔物達の角を切り落として回収していった。それをぼんやり見ていた時、後方から大軍の足音と、何やら金属のガチャガチャした音が聞こえたので、驚いてそちらを見れば、村のおとこ衆であった。各々おのおのかまやらなべやらで武装して、村長のナバタを先頭にして駆けて来たので、どうしたのだ、と呑気のんきに問えば、「魔物と戦うお前達が見えたから駆けつけたのだ」とられた。聞けば、日課の畑仕事に私が現れぬから、心配した隣人が自宅へと上がり、残した書き置きを発見したので村長に報告したのだと言う。村長は大変慌て、森へ突撃しようとするのを村人達が懸命になだめ、森を見下ろす丘に監視人かんしにんを置いて、森から出てくるのを待っていたらしい。そうか、しかしそんなに心配する事では無かろうにとまた呑気に考えていたら、未だ立ち上がれぬ私の頭に、拳骨げんこつが落ちて来た。あそこには近づくなと言っていただろうだの、みなに心配を掛けたのだぞだのとひとしきり怒鳴られた後、「無事で、良かった」と頭に手が置かれたので何やら照れ臭くなった。

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