第9話 平地にて

 肩で息をする自分とは対照的に、彼らに息の乱れは見られなかった。森の中での戦いと同様、ジョルダンは左半身に構えていた。気付けば自分と彼との距離は大きく開いていた。魔物達は昨日の魔物とほとんど同じ体躯たいくに見えた。魔物達は並んで居たが、一頭が突進し、牽制けんせいの様にやや遠い間合いから後脚の一撃を放った。ジョルダンはまた、左足を引き小さく跳躍ちょうやくしたが、直後に大きな跳躍を余儀なくされ、着地と同時に真横に転がる事で二頭目の突進を回避した。剣戟けんげきの音が聞こえた事から、二頭目とのれ違いざまに彼が剣を振るった様だが、魔物は別段何事も無い様に見える。ジョルダンと離れていた為に、魔物は近い方の彼に狙いを定めている様で、彼が挟撃きょうげきされる形になった。何とか助けに行こうと思い走り出したが、「そこに居ろ」と彼が声を張ったので動けずにいた。彼は飯盒はんごうやら背負い袋やらをなりり構わず投げ捨てると、魔物達をの字にのぞめる様に緩やかに後退していたが、魔物達が同時に駆け出したのを見て、森側に居る魔物に向けて走り出し、衝突する直前に真横に転がってかわし、直ぐに立ち上がってもう一頭に左半身で対すると、ジョルダンの前方で停止して右回りに半回転する敵の、その左側に前転ぜんてんし、勢いをそのままに、膝立ちになりながら、あご下の急所へと剣を突き入れた。森の奥では見せなかった急戦きゅうせんで一頭を仕留めたが、察するに、そうでもせねば二たい一の不利を返す事は難しかったのであろうか。しかしこれで、一対一である。森での戦いと同様に事を運べば勝利は目前もくぜんである。相方が倒された怒りからか、残された魔物は大きく鳴き声を上げ、大地をふるわせた。ジョルダンを見れば流石に息が上がっていたが、油断なく左半身に構えて対峙していた。

 魔物は慎重になったのか、あるいは恐怖からか、中々仕掛けず、両者がにらみ合ったまま数分が経過して、ジョルダンが動き、有ろう事か魔物に背を向けた。私はただ混乱するしかなかったが、しかしその理由は直ぐに判明した。森からの新手である。その突進を、またしても地を転がって回避し、体制を立て直して構えなおした。元より居た魔物と並ぶ様にして居る新手の牛型魔物を良く観察して見れば、たいの大きさはさほど変わらぬし、おおむね同じく黒色の脂艶あぶらつやであったが、頭角とうかくかぶとの如く目の上で渦を巻いてひたいと頭部を覆い、何より、首を覆う豊かな体毛は顎下あごしたまで伸び、まるで金柑きんかんの様な金色こんじきで、月光の様に淡く輝いていた。加えて増援は一頭のみにあらず、さらに二頭の新手がのそりと登場した。新たな二頭は見慣れた通常の牛型魔物の様で、あの金色の一頭だけが特別な様である。都合四頭の魔物によって、ジョルダンは四方を囲まれ、大変にひどい危機的状況であると思えた。せめてこちらに背を向ける金色の一頭だけでも、一撃でもくれてやってどうにか引き離せぬかと考え、駆け出したが、時を同じくして魔物達が四頭同時に仕掛けたのが見えた。これは到底とうてい間に合わない。彼が跳躍ちょうやくしようが、転がろうが、四頭全てをかわせるとは思えず、彼の死が鮮明に脳裏のうりよぎり、口から悲鳴とも叫び声とも付かぬ大声をはっした。

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