第二話 こんなはずじゃなかったプロローグ

 もう、あたしにできることは何もない。PCのパーツを組み合わせて自作する程度の技術は持ってても、ハードディスクそのものの故障をどうこうする技術は持ってないから。


 でも、専門家だったらどうだろう?


 職業柄、壊れたディスクからのデータ復旧サービスなんかのことを耳にすることはある。まぁ、金額が数十万から百万オーバーもザラという話ばかりだから、手が出ないんだけどね。


 そう思いながら、何気なく検索すると……


「はれ? 五万弱で、できるの?」


 疲れ果てたことで眼鏡を通しても霞み気味の視力が魅せた幻かと思ったけど。


 どうやら、個人向けのサービスで500GB以下なら五万程度のサービスが結構あるようだ。


 今回の故障ディスクはちょうど500GB。ギリギリ対象範囲だ。


「あ、ここなら、仕事帰りに、持ち込めるか……」


 そんな中で、データ復旧サービスを提供する職場近くの店舗を発見した。


「うん、そうね。この値段なら、どうにかなるか?」


 今回壊れたディスクには、仮想サーバとしてファイルサーバと外部公開用のサーバが動いていた。


 仮想サーバというのは、一台のサーバの中に、言葉通り仮想的に複数のサーバを構築する技術。ま、一人○役、みたいなノリで、物理的な一台のサーバに何役もさせる技術、みたいに思えば大体あってるわ。


 で、細かい説明は省くけど、仮想サーバからみてのハードディスクは、実際には物理的なサーバ上の一個のファイルになるの。


 このファイル=OSが入ったハードディスクってことね。


 だから、別のサーバにそのまま持っていって同じように仮想サーバを動かす環境を構築しさえすれば、簡単に元と同じように動かすことができるわ。


 で、サーバのOSを入れ、ミドルウェアをセットアップし、諸々の設定をして環境を構築するコストは、仕事でやるなら五万なんて安値でできる内容じゃない。


 今回のディスクの中には二台の仮想サーバが動いていた。つまり、十万でも効かない技術が詰まってたってこと。


 趣味での自己投資とはいえ、技術者の端くれとして、技術料金はしっかり計上しないとね。


 そう考えたら、たった五万で仮想サーバ二台が復旧できる可能性があるんだったら、十分元がとれる計算になる。


 絶望の中、少しだけ光が見えた気がした。


「そうよ。このデータ復旧がサーバ復旧へのプロローグなのよ……」


 とはいえ、もう三時を過ぎている。


 今からどうこうするよりは、少しでも休んで明日の仕事に障らないようにしないと。これも技術者として、社会人としての嗜み。


 この連絡先を控えておいて、明日の昼休みにでも連絡していけそうなら持ち込んでみよう。


 サーバから取り出したディスクを乾燥剤と共に静電気防止袋に入れ、緩衝材で包み、適当なハードディスクの空き箱にしまい、通勤用に鞄に入れる。


「寝なきゃ、ね」


 布団に入り、眼鏡を外し、しばしの休息を取る。



 そうして翌日を迎え、寝不足による目の下の隈を化粧で隠す程度の乙女の嗜みは駆使してから眼鏡を掛けて視界を確保してどうにかこうにか遅刻せずに出勤し、午前の仕事もこなして迎えた昼休み。


 早速、控えてきた番号へ電話を掛けてみたんだけど、

 

「え? 税抜き十九万から? え? え?」


 ディスクが動かないという現状を伝えた途端、電話越しにそんな見積もりが返ってきたのだ。


「重度物理障害は対象外……」


 物々しい用語で説明されたが、要するにハードディスクが物理的に壊れている場合は、サイトに表示された金額の適用外ということだった。


 そこで、昨夜のあたしの確認の足りなさに気付かされた。


 その気付きを確認すべく、ちょっとした質問をしてみる。


「あの、仮になんですけど、持ち込んだディスクが実は壊れてなくって、単純にファイルコピーしてデータが抜き出せた場合とかも料金が掛かるってことですか?」


 そうして、返ってきた返事は、


「えっと、おっしゃる意味がよく解りませんが……データが抜き出せた以上、復旧に成功したわけですから、当然料金は発生します」


 予想通りのものだった。


「ああ……だったら、済みません。予算的に厳しいので、今回は依頼しないことに致します」


 なので、サービスの利用は諦めることにした。


 これで、復旧へのプロローグはご破算。


 こんなはずじゃなかったって思いはあるけど、でも、あたしが都合良くサービス内容を解釈したのが問題なのよね。


 先ほどの担当者の返事を考えれば、解る。


 五万程度のサービスは、少なくとも困ったらディスクを抜いてUSBインターフェイスで繋いでデータ救出を試みよう! とかいう人には無用のサービスだ。


 そもそも、ハードディスクを本体から取り出す方法も解らない、PCのハードに関する技術をまったく持たない人のために、そういったところから代行してくれるサービスなんだ。


 だとすれば、自分でどうしようもない状況において大切なデータを救い出してくれるんだから、専門知識と技術の提供価格として五万程度の設定は、救出したデータを持ち帰るためのハードディスクの貸し出し料金も含んでるみたいだし、そう馬鹿高くもなく、むしろ良心的なものといえるわ。


 技術を売って生活してる身だから、そこは理解できる。


 正直、ハードディスクの物理的な障害の場合の税抜き十九万からってのも、技術料としてはきっと高くはないのは解ってる。


 断ったのは、単に十万オーバーの値段はだせないっていう懐事情の問題。


 己にない技術を買う金がないんだから、潔く身を引く。


 それが、ジャンルは違えど技術者としての矜持よ。


「うう、仕方ない、か」


 データの復旧はならず。


 そうなると、一からサーバの構築のやり直しだ。


 多分、客先で仕事としてやれば結構な値段が取れそうな作業を、これから粛々と自分のためにやっていく日々が始まるのだ。


「とりあえず、帰りに交換用のハードディスク買わないとね」


 まだまだ開き直れるほど気持ちの整理はつかないけど、仕方ない。


 まずは、切り替えて午後の仕事に臨まないとね。

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