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 一九八三年四月。市立第七中学校、略して七中に入学した二人は、夢に一歩近づくため美術部に入部した。

 ところがこの美術部、実質的にはゆるい漫画同好会みたいなものだった。顧問の先生はなぜか美術ではなく社会科の教師で、絵の描き方を指導できるような人ではなく、放課後の美術室に立ち寄ることもなかった。二十人近くいる部員の大半は何も描かずに漫画本を回し読みしているか、更紙ざらしに鉛筆で雑なイラストを描いているだけだった。

 それに比べれば、ケント紙につけペンで、裸で睦み合う男性同士の漫画を描いていた三年生の女子はまだ真面目なほうだったといえるだろう。だとしても、「〆切が近いから手伝って!」と巻き込まれるのには、さすがに二人とも辟易へきえきした。

「なんだか、想像してた美術部と全然違うなあ……」

「俺たちは、周りに流されずにちゃんと絵描こうな」

 美少年の頬をスクリーントーンでほんのり染める作業をしながら、太郎と次郎はささやき合った。他人は他人、俺たちは俺たちだ。

 二人は果物や花瓶を机の上に並べたり、漫画を読む子にモデルになってもらったりして、鉛筆片手にデッサンに励んだ。

 努力はすぐに結果となって表れた。十月、二人の合作が全国の油彩画コンクールで佳作に選ばれたのだ。

 作品のタイトルは、「時柴兄弟」。太郎が次郎を、次郎が太郎をお互いに描き合った二枚一組の肖像画だ。初めて手にした油彩で試行錯誤しながら描いたものだったから、次郎の喜びはひとしおだった。

「全国で佳作だって! やったじゃん、太郎!」

「うん、良かったね」

 次郎と比べると、太郎の喜び方は控えめだ。入選を逃したことと、審査員の選評が、太郎の心に引っかかっているためらしい。


〈『時柴兄弟』は、一卵性双生児ならではの作品だ。肖像画でありながら、自画像でもあるところが非常に面白い。意識的に揃えたのか、それとも偶然そうなったのか、どちらも落ち着いた色調で写実的に仕上げられているが、色遣いに関してはもっと自由な表現をしてもいいと思う〉


「自由な表現、かあ……」

「俺たちまだ油絵に慣れてないもんな。頑張れば来年はきっと大賞だって獲れるよ」

「うん……」

 気が抜けたような太郎の返事が、次郎には少し気がかりだった。

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