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 コンクールの後も、二人は変わらず絵を描き続けたが、二人の作風は徐々に違うものになっていった。

 次郎は「自由な表現」を模索し始めた。当時は中二病という言葉はまだなかったが、いつの時代でも、この年頃の少年は他人とは違う自分になりたがるものである。

 次郎はわざとリンゴを紫色に塗ってみたり、自画像を斜めに傾けた構図で描いてみたりした。そういう奇抜な絵を、太郎は全部「いいねえ」と褒めてくれた。

 けれども太郎自身は、相変わらず鉛筆デッサンばかりで、目に見えたままの絵を描き続けていた。次郎の目には、太郎が絵に対する情熱を失い、惰性で似たような絵を量産しているだけのように映った。きっと入選を逃したから、意気消沈しているのだろう。

 次郎だって、少しはがっかりしていた。立派な画家になるような人は、きっと学生時代から大きな賞をもらって、注目を集めるものだろうと漠然と思っていた。でも、佳作をもらう人なんてごろごろいる。

 だからこそ俺たちはもっと上を目指すべきで、そのためにオリジナリティーを追究しなくちゃいけないんだ――それが次郎の考えだった。覚えたての「オリジナリティー」という横文字は、次郎にとっては常識にとらわれない色遣いや構図と同義で、それは写生画の対極にあるものだった。太郎のような絵を描く意味を、次郎はだんだん見出せなくなっていた。写生画を描くくらいなら、写真を撮ったほうが手っ取り早いじゃないか。

 それでも次郎が太郎に何も言わなかったのは、その必要性を感じなかったからだ。「たまには違う描き方してみたら?」なんて言わなくても、俺たちはいつでも一心同体、太郎だって心の底では同じ気持ちだと信じ切っていた。自分の分身同然の太郎に、何かを強制するのもいやだった。

 しかし、二年生に進級しても太郎の作風は変わらず、彼の絵はより写真に近づいていくようだった。

 このままじゃ、太郎がだめになっちゃう。

 勝手に危機感を募らせた次郎は、夏休みに一計を講じた。

「太郎、今年のコンクール、同じ題材で描こうよ」

「うん、もちろんいいよー。でも何描こうかな?」

「今度の花火大会とか、どうかな」

「今度の花火大会かあ、いいねえ」

 父さんは「これから土地の値段が上がる」と言って、二年前に転売目的で七中の裏山に小さな空地を購入していた。二人には日本の経済情勢は分からなかったが、そこからは多根川の花火大会がよく見えるのが嬉しかった。ちなみにこの土地、結局売り損ねたまま九〇年代初頭にバブル崩壊を迎え、時柴家専用駐車場兼花火見物スポットとして、太郎に受け継がれることになる。

 次郎には明確なイメージがあった。キャンバスの夜空を、黒や紺のような暗い色ではなく、輝く太陽のような白と黄金で塗りこめる。そして色とりどりの打ち上げ花火を、大きく鮮やかに、迫力いっぱいに描くのだ。きっと傑作になる。今度こそ入選は間違いない。もしかしたら、大賞だって獲れるかも!

 次郎には分かっていた。太郎は、きっと花火とそれを見物する家族の絵を描く。いくら上手に描いても平凡だから、せいぜい佳作止まりだろう。二人の結果に差がつけば、太郎も考えを改めて、新しい作風に挑戦するだろう――それが、次郎の作戦だった。

 二人は花火大会の翌日から、さっそく制作に取りかかった。毎日毎日美術室に行き、絵筆を握り、思い思いの色でキャンバスを彩っていく。美術室の窓から見える校庭のヒマワリは、はじめは元気に空を見上げていたけれど、八月が終わる頃には手つかずの宿題に青ざめる二人と一緒にぐったりとうなだれた。その代わりに、二人のキャンバスには立派な花が咲いていた。

 次郎は思い描いた通りに「花火」を描いた。余計な風景を一切排した眩しい画面に、カラフルな大輪の花が咲き乱れていた。

 太郎の作品は、まさに次郎の予想通りの構図だった。

 縦長い画面の上半分は濃紺の夜空で、大きな打ち上げ花火が五つ、どれも黄色系で微妙に色合いを変えながら描かれていた。

 下半分は家族の絵だった。砂利の上に敷いた縞模様のビニールシートは赤白青の三色で、その上に腰かけた母さんはうちわを手に持ち、父さんはビールを瓶から飲んでいる。立ち上がって両手を挙げている丸坊主の少年二人は、もちろん太郎と次郎だ。

「次郎の絵、かっこいいな」

 太郎は心から言っている。次郎には分かった。

「太郎の絵も、きれいだよ」

 次郎の言葉も嘘ではなかった。ただ内心、ビニールシートの縞模様が少しうるさすぎる気がしていた。入選するのは、自分だ。

 しかし、十月に出た結果は、次郎の期待に反するものだった。

 太郎の作品は昨年同様に佳作に選ばれた。家族の思い出が美しく描かれていることが高く評価されたものの、やはり構図の平凡さを指摘されていた。次郎が感じたのと同様に、ビニールシートの三色のせいで花火の印象が霞んでいる、という意見もあった。

 ここまでは予想通りだった。しかし次郎の作品は、佳作にも選ばれなかった。


〈一見目を引く絵ですが、動機がいまひとつ伝わってきません。つまり、あなたがどうしてもこれを描かねばならなかったとは思えないのです。奇をてらわず、素直な絵を描いてください〉


 審査員の講評を読んだとき、次郎は冷たい水をひっかけられたような気がした。図星だったからだ。

 確かに、何が何でもこの絵が描きたかったわけじゃない。ただ太郎に思い知らせるため、変わった構図と色遣いで賞を狙っただけだ。けれどもそんな浅はかな魂胆は、作品を通じて審査員の先生にしっかりと見抜かれていた。

「太郎、おめでとう!」

 口にした祝福の言葉に、嘘はなかったけれど。

「うん……」

 太郎はあまり嬉しそうではなかった。何も言わなくても、次郎には太郎の思いが手に取るように分かる。「また佳作かあ」と言いたいけれど、佳作さえもらえなかった次郎に気を遣って、言葉を濁しているのだ。

 ところで次郎は、「花火」というそのままの題名をつけていたが、太郎が自分の絵に与えた名前は、「家族」だった。

 二人で同じテーマを描いて、違うタイトルをつけたのはこのときが初めてだった。

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