第一話


 店内には思わずお腹が鳴ってしまいそうないい匂いが立ち込めている。表にはバーと書かれていたが、朝はカフェかレストランとして営業しているのだろうか?トーストとコーヒーの粗末な朝食の後では食事を頬張る客達がとても羨ましく感じる。

 先ほどの、カウンターの女性は怪訝そうな表情でこちらを見ている。年は20代後半くらいだろうか、佇まいは大企業の受付のように凛としている。格好がまるでメイドのコスプレであることを除けばだが。

 女性は受付のプロと言える穏やかな表情に切り替え、こちらへ話しかけてきた。


「いらっしゃいませ。新規登録をご希望でしょうか?」

「登録?」

 予想外の(何を予想していたわけでもないが)問いかけに、思わず間抜けなトーンで返す。

「ここはどういった店なんですか?」

 今度は怪訝そうな表情など微塵も浮かべずに、流れるような仕草で手元を操作すると、カウンター上に透明のガラス板がニョキッと現れる。女性が手元の操作を続けると、そのガラス板になにやら画像と文字が浮かび上がった。


「ここは冒険者の酒場。冒険者の新規登録、旅の仲間の斡旋、実績の報酬受け渡しを行うことができます。また簡単な食事、宿泊施設も併設しておりますので冒険の拠点としてお使いいただけます。」

「冒険者の酒場とはまたベタベタだな。」


 そう言いながらガラス板に表示されている情報へ目を落とす。どうやらこの施設の紹介のようだ。宿の部屋のような写真、美味そうな料理の写真、なにやらスポーツをしているような人達の写真などが並んでいる。その下には登録は簡単、手数料はかかりません、などと怪しい文章が書かれている。

 しかしこのガラス板はなんだろうか。こんな技術開発されてたっけなどと考えながら、表示されたディスプレイを触っていると、カウンターの隣へ『客』がやってきた。


「受け渡しを頼む」

 

 ぶっきらぼうに一言だけ伝えて携帯電話のような端末をカウンターの別の女性に渡しながら、男は今にも床にへたり込みそうだった。


「遅くまでお疲れ様です。今回の報酬は・・・65万3千円になります。現金で受け取られますか?それとも」

「クレジットにしてくれ」


 女性の言葉を遮り、また一つぶっきらぼうに伝えると、男は携帯端末を回収して踵を返した。

 そのまま出て行くのかと眺めていると、おもむろにこちらへ近づいてくる。


「あんた新人かい?ここに来たのは幸運かもしれないが、ツイてるなんて思わないほうがいいよ。これなら普通にサラリーマンやってたほうが楽だった。とにかくよく考えて行動したほうがいい。」

 何やら鉄の匂いと生臭さの混じった匂いのする男は、唐突にそう言い放って店を後にした。


(65万3千円・・・何の報酬でそんなに貰えるんだ。)

 男の言葉より報酬が気になっていたが、案内の女性がこちらを伺っているのに気がついて思わず質問する。


「冒険者って何をすれば報酬が貰えるんですか?ここに手数料はかからないと書いてますが・・・」

「ご説明致します。当店は冒険者ギルドという平たく言うと冒険者を監理、補助、育成する組織に属している施設です。登録には細かな条件があるのですが、登録戴いた冒険者様には、活動に応じてギルドから報酬が支払われる仕組みになっております。」

「活動といいますと?」

「主な内容は、周辺に出没して害を与える害獣の退治、ギルドへ申請される周辺の住民からの依頼を受ける、ギルドが出した害獣の討伐などです。」

「ゲームみたいだな。」

 ここで今更な疑問が浮かぶ。


「周辺と言ってますが、ここは渋谷区じゃないんですか?」

「ここはアルン地区です」

「・・・」


 扉を出た時から薄々解ってはいたが、よくわからない場所に来てしまったようだ。覚醒夢を見たことはないが、夢を見ているという感覚は、ない。


「冒険者として登録をお願いできますか?」

 結論を出すまで時間はかからなかった。意外そうな表情を浮かべながら受付の女性は言葉を続ける。

「かしこまりました。では情報を登録致します。このサークルに両手を置いてください。」


 黒いガラスの天板だと思っていた箇所は、どうやらなにかの機器が埋まっていたようだ。言われるままに表示された円に両手を置くと、判別不能な勢いで文字列が流れていく。異世界?未来?などと考えながら眺めていると、文字列は10秒ほどで停止した。


「続けてお名前を登録します。お伺いしてもよろしいでしょうか?」


「アズマ ヒロユキです」


 現実味のない状況とは裏腹に、今まで味わったことのないワクワクがこみ上げていた。

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パートタイム勇者 @TetsuU

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