パートタイム勇者

@TetsuU

始まりの扉


 わたしは凡人だ。

 何かに憧れ、何かに希望を持ち、何かに落胆し、何かに絶望し、平凡な変わらぬ毎日を過ごす、

1億3千万のうちの1億人に分類される人間だ。

 そう思っていた。少なくとも数日前までは。




 1月のある朝、その日も朝から憂鬱だった。

 気だるさをシャワーで洗い流し、食パンを焼きコーヒーを淹れる。

 テレビでは有名モデルが下着姿で視聴者を煽っている。

 数少ないリラックスできる朝の一時も、抱えた仕事のタスクチェックで気分は重たく暗い。

 ここ数日は年末年始に数日休んだ事を後悔するばかりだ。
 食事を終え小さくため息をつき、ジーンズと靴下を履き、ベルトを通す。シャツを着てニットを重ねる。自分を鼓舞する朝のルーティーンを終えコートを羽織る。

 覚悟を決め、玄関のドアノブに手を掛けて勢いよく扉を開けた所で、思わず硬直した。


 扉を開けたら出会うはずの当たり前の景色、当たり前にあるはずのマンションの廊下がそこにはなかった。代わりに目の前に広がるのは、1月も半ばとは思えない暖かな風が気持ちいい、草の匂いに満ちたなだらかな丘だった。


(これは見たことがあるぞ。アルプスの少女的なアニメに出てくる丘だな)


 夢を見ているという感覚はない。しかし現実とも思えない。僅かな興奮を自覚しながらも頭を過ったのは他の事だった。


(今日一日仕事しなくても何とかなるかな)


 ポケットに入っている携帯電話を確認する。ーー圏外だ。時計は9時半を表示している。

 出てきた扉を振り返ると、どうやら見慣れた自宅マンションではない。中世の酒場か宿屋のような外観に自分の部屋の扉が唐突にくっついている。

 恐る恐る扉を開けたり閉めたりしてみる。どうやら部屋には帰れるようだ。

 悩んでも仕方がないと思い、扉を出た時から目に入っていた建物に行ってみることにする。


(あれはアルプスの少女が住んでいる家だなきっと。あ、部屋の鍵は閉めておくか。)


 春の陽気には不要なコートを部屋に放り投げ、自宅(と言えるのか?)の鍵を閉める。

 自宅から徒歩30秒のアルプスの少女の家の前まで来た所で入り口脇の看板が目に入る。


 BAR : Fellowship


(バーなのか。仲間?英語?会話も英語ならお手上げだな)


 未だに湧いてこない現実感が湧くのを待たずに、思い切り良く入り口の扉を開けた。


「いらっっしゃいませ~!」


 カウンターからおっとりした女性の声。


「日本語なんかい!!」


 思わず声に出すと、カウンターの女性はキョトンとした表情でこちらを伺っていた・・・。

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