Episode:1

少女は桜を抱く

誰かの選択

 ハッキリ言って、この『人生の書』のブースは何もすることがない。いや、だって人が借りに来るわけでもなければレオ先輩や司書長のブースみたいに常時本が暴走するわけでもない。暴走と言えば、この禁書ブースに配属されてから2日目にして早速起こったのだ。確か……司書長の管理するブースで。


『アルウィック!』

『はい!?』

『どけ!』

『のわっ!?』


 こんな横暴なことがあっていいのだろうか、というレベルで司書長は自身が得意とする火の魔術を逃げる禁書に向かってぶっ放した。しかも、全くの遠慮なく。


『司書長!? 本燃えますよ!?』

『安心しろ、この禁書共はそう簡単には消滅しない。故に燃えない』

『どんな理屈ですかそれ!?』


 実際、炎に当てられたであろう禁書は全くの無傷だ。多分、加減しているんだろう。でないと封じた魔術が出て来て大騒ぎになりそうだ。ぴょこぴょこと奥に進む禁書だったがその先に居た相手が悪かった。何せ、真正面からもう一発炎を食らったのだ。この図書館にて、こんな横暴な真似をする司書はそう多くは存在しない。ね、本は丁寧に扱いましょうね! 普通は燃えて塵になるから!


『これまた面倒な書が逃げてましたね』

『お前はもう少し丁寧に本を扱わないか』

『そういうアリスも同様です』


 炎を食らってピクリとも動かなくなった本を丁寧な動作ながらも扱いがやや雑に拾ったのは、レオ先輩だった。何だかあの禁書、疲れ果てて諦めの相が見えるぞ。大丈夫か?


『また追いかけっこしてたんでしょう? 飽きませんね、この禁書は』

『まあ、「広範囲転移」の書だ。遊ばせてやらないと好き勝手遊ぶからな』


 司書長、自分の管理してるブースの本野放しにしてるんですか嘘でしょう。今発言からはそう取れる。しかも、常習犯ときた。レオ先輩なんて呆れているしどうなってるんですか!?


『アリス、アルが混乱してますよ』

『ん? ああ、この書は有害指定書でな』

『有害指定書?』


 それは初めて聞く禁書の分類だ。ああ、『人生の書』は特級禁書指定されている。他者が干渉することでその人の人生と生命は大いに狂わされてしまうからそうなったのだが『人生の書』は別に禁書指定しなくてもいい気がする。


『意志を持つが故に、好き勝手に人を飛ばしては遊んでいた問題児だ』

『ええ、何ですかそれ……』


 禁書は意志を持つと言うが、それ故に事を起こすから厄介だ。まあ、仕方が無いと言えば仕方が無いのだけど。禁書とて、誰かに望まれて生まれた魔術なのだ。それが、今の時代では危険視されてしまっている何とも可哀想な産物になってしまって。その実用性は高く評価されるがものによっては人の命さえ奪うような魔術もある。


『この禁書の魔術自体はほぼ害がない、が』

『人を危険にさらすんですね……』

『ああ、だから有害指定書だ』


 この禁書は何度追いかけっこして捕まっても懲りることを知らないらしい。そのことから、この禁書を創り上げたのはまだ幼い子供だったのではないかと言う話だ。禁書は魔術書と同じで、制作者の魔力を媒体として紙に記される。その魔力を辿ることさえできれば、制作者がどんな人間だったのかくらいは簡単に分かる……そうなのだ。俺にとっては次元が違いすぎて分からないが。そんなことできるのは魔力量が膨大な一握りだけ。ちなみに、司書長やレオ先輩はできるらしい。なんだそれ、強すぎる。

 ……なんてことがあったのを書を整理しながら思い出す。今日も逃げ出した書はなし、と。ここを元々管理していたレオ先輩によると時折勝手に居なくなる書が居るらしい。意志持ちの書は元気ですね……管理する側の身にもなってほしいんだけどなぁ……。捕まえるこっちの身にもなってほしい、逃げた禁書相手に追いかけっこって、魔術が使えない俺にとっては本当しんどい話だ。た、体力不足が見事に足を引っ張ってる……。このだだっ広い書庫で鬼ごっこって、凡人である俺にはきついんだっつーの!!


「ん?」


 右目の端に薄ボンヤリとした光を認識する。隣の書架に陳列された『人生の書』の一角から認識できる。レオ先輩呼んでこようか、俺『人生の書』が光るとかそんな話聞いてないんだけど……!?


「は!?」


 目が眩むくらいの強い光が迸る。というか、光が強すぎてめちゃくちゃ痛い。それはほんの一瞬で目の痛みが引いた頃には視界に問題もなく、何ら変わりない――いや。


「えええ、何だこれ……」


 先程光っていた本が、宙に浮いてパラパラと独りでにページをめくっている。クスクス、クスクスと子供の声がどこからかする。何このホラー!? というか、これは一体どういうことなのか。目を離すのは危険だけど、流石にレオ先輩を連れてきた方が良い気がしてきた。足音を立てずにその場を去ろうとして、とんでもない魔力をいきなり肌に感じた。


「!?」

「ちょっと悪戯が過ぎるね――大人しくしてろ」


 唐突に宙に浮いていた本が落ちた、その際に流石は意志を持つ本。ページは閉じられていて、傷は遠目から見てもなさそうに見える。ちょっとほっとしたところで、後ろから「大丈夫だった?」という声が足音と共に聞こえた。


「レオ先輩……!」

「初仕事だね、アル」

「はい? 初仕事?」


 大丈夫じゃなかったです! と言おうとしてちょっと待った。初仕事? 今初仕事って言った? 聞き間違いかと思い、一瞬固まるがこの数日。レオ先輩の笑顔を見て分かったことがある。笑顔で無言の時はあれだ。


「そう、初仕事」

「聞き間違いじゃなかった……」


 現実逃避したいことへの全否定だ。えええ、嘘だろ!? いや、そりゃ配属されたからには仕事はあるんだろうけど管理だけだと思ってました。レオ先輩は先程浮いていた書に近づき、手袋を嵌める。


「あれ? レオ先輩、いつもの手袋はどうしたんですか?」

「あの手袋は反魔術用の手袋、こっちは反精神干渉魔術用の手袋」

「精神干渉魔術!?」


 すみません、初耳なんですけど。『人生の書』が精神干渉系の魔術とか初めて聞きましたけど。え、嘘だろ??


「あれ? 言ってなかった?」

「全く聞いてませんけど!?」


 『人生の書』。それは人一人の人生、つまるところ過去、現在、未来の全てが綴られている書物であり、人一人の誕生と共に創造に想像される産物だ。それは、学生時代に軽く習ったくらいでこのブースに配属されてからも俺はただ単に管理をしているだけだった。その他のブースの魔術書に散々遊ばれていたから、こっちのことを気に掛ける余裕がなかったとも言う。すみませんね!!


「あー、そうか。ブース案内の時に配属しか言ってなかったかも」

「レオ先輩、人生の書って禁術指定の本ですよね!?」

「だからここにあるんだよ」

「そうなんですけど!!!」


 まあまあ、と笑うレオ先輩はいつも通りだ。なんでそんないつも通りでいられるんですかぁ……!? 本を拾ったレオ先輩は適当に本をめくり始めた。何なんですか、一体。


「……ああ、ここか」

「はい?」

「アル、おいで」

「いや、あの?」

「大丈夫だから」


 何が大丈夫なのか教えて欲しい。とはいえ、『人生の書』の担当は俺であることは変わりない。意を決して恐る恐る近づくとレオ先輩から本を放り投げられた。いや、ちょ、本は大事に扱って下さいってば!!


「レオ先輩!?」

「そこ、よくみてごらん」

「はい!?」


 慌てて開いているページを見れば、そこだけ何故か白紙……までは行かないけど、何故か文字は意志を持って動いているし、記載されていたであろう文字がない。え、何これ?


「これが、アルの初仕事」

「……は!?」


 いやいやい、待って意味が分からないです! と抗議すれば、レオ先輩は意志を持って動く文字にそっと指を置いて一言。


「止まれ」


 えええ、俺そんな貴方の低い声初めて聞きましたよ……こっわ、なんて思っている暇もなく。彼も声で止まった文字が綺麗に整列し始めて止まった。


「アシェカ・リーリエ……?」

「この人生の書の持ち主だね」

「へ!?」

「さっき人生の書が光ったのは、彼女が人生における重大な選択肢の岐路に立ったからだ。人生の書というのは、持ち主が人生の重大な選択肢の岐路に立った時に反応して反応して動き出す書でね」


 いや、その辺の話とか初めて聞きましたけど? これ、絶対学院で習わなかったことだよな?


「あれ? 司書長が説明してたんじゃないの?」

「されてないですね全く!!」


 そうかぁ、とのんびりした返事が返されて気が抜ける。さて、とレオ先輩が俺から本を取り上げて、元々仕舞われていた場所に戻した。え、覚えてたんですか?


「それじゃあ初めてだし、僕も一緒に行こうかな」

「え」

「今の会話から、アルが何も知らないってことが分かったから。これはアリスのせいだけど、前任者である僕のせいでもあるからね」


 ほら、とレオ先輩に呼ばれて人生の書の……ごめんなさい、もう何すればいいのか分からないです!!!


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物語を紡ぐ司書 四月朔日 橘 @yuu-rain

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