禁書の定義


 ボンヤリと意識が回復した感覚、と同時に襲ってくるのはこの固有魔術を使用する反動で発症する頭痛だ。とりあえず言おう、クソ痛い。この頭痛、人間殺せるんじゃないかって言うくらいに頭をギリギリと締め付ける感覚が酷いのだ。あの固有魔術を使用するのに魔力量が致命的に足りない俺は毎回使用後、この頭痛と長くて1週間ほど格闘する。どんな治癒魔術も効かないためもう頭痛と根比べしている状態だ。魔術を使用するにも適正魔力量が存在し、その魔力量に達してなければ反動で身体に何らかの症状が出る。尚、一番重い症状は頭痛だ。一番軽くて目眩、と言ってもその感覚は周囲がぐにゃりと曲がって見えるために決して軽いとは言いがたい。

 魔力量が足りない俺に何故あの固有魔術が使えるのかは学園の先生達も不明過ぎて頭を捻っていた。挙句の果てには実は俺の魔力はどこかに封印されているんじゃないかとかいうばかげた話も出て来たりしてちょっとした騒動になったこともある。ちなみにどこにも俺の魔力は封印されてませんでした。これが俺の精一杯の魔力何だっつーの!!

 『空間収納』を展開したことによってちょっとした過去を思いだした俺だったが一息ついて我に返る。ひとまず……ここは何処だ。あの魔術を展開したことによってぶっ倒れたのは覚えている。詠唱しても足りない魔力量なものだから、ぶっ倒れるのは必須事項だ。もう諦めた。


「ああ、目が覚めたかい?」

「……先輩」


 右側の聴覚が拾ったのは、レオトラ先輩の声だ。片手に本を持っていることから数時間前からここに居た……て、ちょっと待て!?


「先輩、仕事は!?」

「僕の担当ブースは比較的穏やかな本が多いからそこまで手がかからないんだ」


 その言葉を信じ切れないのは何故だろうか。先輩の笑顔が胡散臭いとか、そういう理由じゃなくて何故かそう思ってしまう。


「とはいえ、流石は『空間収納』。あの魔術、本当魔力喰うためだけに存在してるようなもんだよね」

「先輩、俺の固有魔術知ってたんですか……」


 『空間収納』は消費魔力量が多すぎるが故に所持者が中々現れないことで有名な固有魔術として有名だ。とはいえ、保持者が一人というわけではない。俺の他にもあと一人居るそうだ。


「先々代が使っていたって聞いたしね」

「先々代!?」


 それって、司書長の先々代の話だよな!? と思わず同意を得るようにレオ先輩を見れば楽しそうに頷いた。俺、先輩にからかわれてるよな……?


「で、僕が来た理由なんだけど君の担当ブースを案内しようと思ってね」

「……元々、案内してくれる予定だったんですよね?」

「そうだよ、まさか倒れるとは思わなかったけど」

「それはスミマセンでした!!」


 酷い頭痛に悩まされているとは言え、慣れてないわけではない。実際、絶対安静だったりするのだがいつもある程度落ち着いていたら座学も普通に出ていたから何の問題もないはずだ、多分。


「起きられそうなら案内をしよう」

「大丈夫です……」

「あまり頭痛が酷いようなら早めに言ってね」


 本を閉じた先輩は俺が起き上がるのを待ってくれた。くっそ、本当に頭痛すぎて考えるのも嫌になる……が、配属先のブースを確認しないことには話にならない。何せ、明日から本格的に仕事に就くのだ。禁書ブースって、人来なさそうだからやることなさそうだけどな……。


「禁書ブースが5つに分かれているのは知ってる?」

「いえ、知りません」


 そんなに多いのか、禁書達……。司書長が言っていた閲覧禁止類と閲覧制限がかかっている本、一級禁止魔術が封術されている本はどこかで聞いたことがある程度だ。


「アル君が担当するのは扱いが地味に難しい『人生の書』のブース1つだから安心して」

「安心していいんですか……」

「定期的に問題を起こすけどそれだけだから問題ないよ」

「十分問題ありますよ!?」


 定期的に問題を起こすって何!? もうそれだけで安心できないんですけど!?


「僕が担当しているのは一級禁止指定の古代魔術書と闇魔術書、特殊部類に指定された魔術書」

「一級禁止指定って何ですか?」


 禁書の種類だろうか。学院では習わなかった気がする。そもそも、古代魔術とか闇魔術とかは現代では使われることが少ない上にかなり強力で王宮に使えている魔術士達でも対処のしようがない代物なのでは……?


「王宮の筆頭魔術師と高位の司書が世界を滅ぼすものと指定した魔術のこと」

「すごい物騒ですね!?」

「今じゃあまり指定されなくなったけど、極々稀に指定されるらしいからね」


そういうのは王宮の図書館で管理したらいいと思うんだけどそれだとダメなのか? その考えが分かったらしい先輩は小さく笑った。


「王宮は厳重な管理はしていても、それを興味本位で使う輩も多くてね」

「……え?」


 先輩がいうには、閲覧権限を持つ高位魔術師が過去に禁書に触れて大事件になったことがあるらしい。王宮の高位の魔術師は一部ながら研究のために禁書の閲覧権限が与えられているらしく禁書の中でも比較的害のない魔術のみの詳細が得ることができるという。だが、その問題を起こした魔術師はあろうことか禁書の封印を破って詠唱をしたらしい。禁書の封印を解くことができるのは筆頭魔術師のみだが、その魔術師は不運なことに封印術に長けていたとかで興味本位で封印を解いてしまったとか。


「その魔術師はどうなったんですか?」

「禁書に閉じ込めた」

「は?」


 え、今なんて言いました? 頭痛で考えることを放棄しかけている頭で理解が追いつかない言葉が飛び交っている。閉じ込めた? と言うことは筆頭魔術師が、って事になるんだよな多分。


「その禁術が精神乗っ取り型の闇魔術でね」

「何でそんなもの解除したんですか!?」


 興味本位の域越えてるだろ!? テロだと思われても仕方がないようなもの解除したんだな!?


「さあ? 僕とアリスが要請された時にはもう精神全部乗っ取られてて話ができる状態じゃなかったしね」

「ああ、だから閉じ込めたんで……え、司書長と先輩その場に居たんですか?」

「居たというか、呼ばれたんだよね。筆頭魔術師の封印術が全く効かないような相手だったから」

「ああ、司書長の固有魔術に封印がありましたね」

「そう、それでね」


 筆頭魔術師を超える封印術を持つ司書長の実力が計り知れない。そう思うと先輩に実力も分からないのだが。


「アリスが王立図書館司書の権限で永久禁書指定の本に封印されて騒動は終着」

「王宮の筆頭魔術師よりも高い権限持ってる司書長って本当何者なんですか……」

「ああ、もしかして筆頭魔術師の方が権限高いと思ってた?」


 意外そうに先輩が言うものだから、素直に頷くと違うよ。とこれまた懇切丁寧に説明してくれた。先輩が始めの方に説明した中で高位の司書、という言葉が出て来ていたのだがこれは地位が高い司書のことを指すのではないという。


「高位の司書というのは禁書に抗えるだけの魔力と知識、それから固有魔術『封』を所持する各図書館の禁書ブースの責任者のことを指すんだ」

「各、図書館の禁書ブース?」

「そう」


 確かに、この国には図書館が他にも幾つか存在するがその図書館全てに禁書ブースが存在しているとは……いや、もしかしたら知らなかっただけで普通なのかもしれない。一般人にとって、禁書とは縁のない代物なのだし。かくいう俺だって、ここに配属されなかったら一生縁がなかったと断言できる。


「アリスがまあ、一番司書長歴が高くて魔力も知識も多いんだけどね」


 司書長の他にも『封』の固有魔術を持つ司書が居る、というのは驚きだが別に不思議なことではない。司書長が完全な閲覧制限と禁書制限をするのならば筆頭魔術師が行う封印術は一体何なのだろうか。


「筆頭魔術師が行う封印はあくまで一時的処置。主にここに送られてアリスによって禁書指定と閲覧制限指定がされるからそれまでの繋ぎって感じかな」


 なるほど。そう言う理由か。確かに、力を持った魔術書は勝手に暴れ出すという話を聞いたことがある。そのための一時的処置ならば納得がいく。俺がようやく理解を示したのが分かったのか先輩は本題であった5つのブースを教えてくれた。いや、俺がもう分からないってギブアップしたからなんだけど。


「ここでは『人生の書』、特級と一級の禁止指定魔術書、闇と特殊部類指定の魔術書、閲覧禁止もしくは閲覧制限がかかった書と永久禁止指定の書を取り扱っているから覚えておいてね」


 一級が世界を滅ぼす魔術なら特級は一体どんな魔術なんだ……想像もつかず先輩に聞こうとしたところで着いたよ、と言われる。先輩の話に引き込まれていたけど本来の目的は俺の担当ブースを案内してもらうことだったのをすっかり忘れていた。


「……膨大ですね」

「まあ、大陸全土の人間の『人生』が詰め込まれている書だからね」


 俺の目の前には高さ5メートルほどの棚が横にびっしりと並んだブース。奥までは見た感じ……分かりたくない。とりあえず長いし広い。ここが明日からの俺の担当ブースなのかと思いつつ……先輩の言葉に現実逃避したくなったのはいうまでもない。


「毎日異常がないか確認してね」

「毎日!?」


 これで明日から俺のとんでもなく大変な日々が幕を開けることになった。



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