司書長は少女


 何故、こんなところに少女がいるのか。外見は10歳くらいの女の子だ。そんな女の子が光の速さと同等の魔術を本に向けてぶっ放し、あまつさえは司書長ときた。何の夢だ、これは。


「……あの」

「ん?」

「この子は……?」

「だから、司書長だと言ってるだろう」


 そう答えたのはあの少女。ちょっと待て、そんなことがあっていいのか。この子どう見たって成人してないだろ。思わず先輩を見れば、おや? と首を傾げていた。いやいやだから待って下さいってば。なんでそんな顔してるんですか先輩。


「レオ、お前言ってなかったのか」

「言うより見れば早いかと」


 先輩の方法が直接的すぎて流石に司書長を名乗る少女も顔が引きつっていた、が一息吐くと俺の方に向き直る。どうやら慣れているらしい、先輩まさかいつもこうなのか? それが顔に出ていたらしく少女がやや呆れ顔で頷いた。先輩は説明を省く常習犯らしい。マジか。


「レオに任せた私が悪かったな、改めて言うが私が司書長のアリス・ツィベルタだ」


 アリス・ツィベルタ。それが、彼女の名前らしいが……出されてた手を見てやはり彼女の顔を見てしまう。身長差もあるが見下ろしてしまうのは仕方がない。


「どうした?」

「いや、あの……本当に司書長、なんですよね?」

「そうだが?」


 首を傾げて肯定する彼女の歳は実際幾つなんだ。見た目10歳で司書長は務まるものではないだろう。いくら、魔術が強いからと言ってそれが可能であるというのならばこの図書館はどうなっているんだ。


「お幾つですか」

「女性に歳を聞くとはお前は怖いもの知らずなのか」

「まあ、アリスの外見見たら誰しも聞きたくなりますよね」


 先輩、俺の本心をどうもありがとうございます。でも、それ本人の前で言うものじゃないと思うのは俺だけだろうか。いや、彼女に歳を聞いた俺もだが。


「アリスはこう見えて28ですよ、もう三十路手前です」

「レオ、お前は少し黙ろうか?」


 本人がバラさず他人がバラす結果となったが28なのか!? それでこの外見は何なのだろうか、何かしらの魔術を使っているのかはたまたただ単に成長が止まっただけなのか。どう言う理由にせよ、彼女が子供なのがとにかく気になるのだが。


「私の容姿に関しては聞くな。好きでこの姿な訳ではない」

「この方が魔力の消費量を抑えられるからって言えばいいのに」

「レオ! お前はさっきから何がしたいんだ!?」


 見事な2人の漫才をぼけっとしながら見るしかなかったのだが。先輩は司書長をいじるのが楽しいんだろうか……さっきから完全に司書長のことをこの人が全て言ってる気がする。司書長もキレてるみたいだけど、何せ容姿が子供だから迫力はない。声は怖いけど。


「アル君」

「あ、はい!?」

「アル君がこのブースで働くにはアリスの許可が必要になるわけなんだけど」

「……待てレオ。何だそのふざけた話は」


 俺も初めて聞きましたけど。配属されたからにはそこで普通に働くと思ってたんですけど……。


「君の固有魔術見せてくれない?」

「……はい?」


 にこにこと笑顔で俺にそんなことを言う先輩に疑問しか持てない。何故、俺の固有魔術を見せる必要があるんだ? 確かに、司書になるには魔術が必要になるしその中でも特定の人間しか使えない固有魔術は使えなければいけないと言うことも分かっている。けど……このブースだと、魔術はいらないんじゃないか……? いや、さっき使ってたけどアレは応急措置みたいなもんじゃなのか? そんな俺の疑問に司書長がため息をつきながら答えてくれた。


「禁書ブースの本は意志がある」

「意志……」

「そうだ、勝手に動き回り挙句の果てには人間に害を及ぼす作用を持つ本も数多に存在する」


  何ですか、その完全危険区域。禁書というくらいだから国指定の閲覧制限のある魔術書があるくらいだと思っていただけなのだがそんなとんでもないかところだったのかこのブースは!? 思わず先輩を笑顔で見ればこくり、と頷かないで欲しかった!!


「禁書って、閲覧禁止指定のみじゃないんですか!?」

「もちろん、閲覧禁止指定が殆どだがごく稀に閲覧禁止ではないが制限がかかっているだけの本も存在する」


 ちなみにさっき逃げたのは閲覧禁止指定の本らしい。いや、聞きたいのはそこじゃない。


「禁書ブースに放り込まれたのなら、少々希有な固有魔術なんだろう」


 固有魔術によってブース分かれるとか初めて聞きましたけど。まあ、確かに俺の固有魔術は他とは違う、適性がないと持てない固有魔術であることは認める。司書長はそれだけ言ってもう諦めろと小さく呟いた。


「禁書ブースに固有魔術が必要なのは分かりましたけど、一般魔術だけでも大丈夫じゃないですか?」

「甘いな、一般魔術じゃ禁書ブースの本には効力がないに等しい」

「えええ……」


 どれだけ面倒な本が揃ってるんだ、禁書ブース。一般魔術が効かないとか、そんなのありなのか。そこは禁書だからか。


「それに、禁書ブース内で一番厄介なのは人生の書の管理だ」

「人生の……それって」


 人生の書。それは人間一人の全てが記されている本。神が定めた運命の岐路全てがそこに記されている特殊な本であり、人間が生まれると自然と生まれる摩訶不思議な本。人生の全てが記されているとなるとどんなものなのか見てみたくもなるが張本人は見られないという話だ。噂で聞いてはいたけど、本当に存在したんだあの本……。


「存在を知っているのなら、話は早い」

「はい?」

「他の禁書にも必要だが、人生の書は取り扱いが難しい上によく所持者に反応して暴走するんだ。そのために固有魔術が必要なんだ……取り押さえるためにも」


 ぼ、暴走って。簡単に言ってのけてくれたけどそれは結構ヤバめな話ですよねぇ……? 取り押さえるために固有魔術が必要となると俺の固有魔術はあまり役に立たない気がしてきたぞ?


「司書長と先輩の固有魔術は一体……?」


 本は傷つけないが鉄則だが、何やら物騒な気配が満載なのでこの際だ、聞いておくことにする。先輩は確実にヤバい固有魔術な気がする……。


「私は封印術だ」

「封印術?」

「禁書ブースの司書長になると受け継がれる固有魔術だ。禁書共が閲覧できないように能力ごと封印するんだ」

「それはまた……」

「私自身の固有魔術は『炎天』だから、この場で使おうものなら先に全てを燃やしきるな」

「危ないんで絶対に辞めて下さい」


 なんだそれは。俺、さすがにそんなことで死にたくはないかな!? 司書長が持つ能力は五大要素の一つ、炎に準じた能力なのは分かった。ついでにその実力も。燃やしきるなんて言い切るって事はヤバいよなぁ。図書館、そんなことにならないようにまず防御結界四重に貼られてるから。


「じゃあ、先輩は?」

「……正直言って、私よりもレオの方が遥かに危ない」


 司書長にそう言わせる先輩の固有魔術って何なんだ。恐ろしすぎて聞きたくなくなってきた……。そんなことお構いなしに先輩は変わらない笑顔で固有能力を宣告してきた。


「僕の固有魔術は『反転思考』」

「考えてること全て逆思考にさせるんですか?」

「思考だけじゃなく、行動も発言も感覚も全て逆になるんだ」


 思考といっておきながらその対象は全てですか。待って、何それ怖い。


「まあ、常に魔術を展開しているから耐性のない人は僕には近づけないから安心して」

「はい!?」


 いや、安心できないですよ!? 耐性のない人は近づけない? なのに俺、普通に近づけていたよな!?


「アル君は珍しいんだ、初対面で僕の固有魔術に耐性がある」

「ちなみに耐性がない人は……?」

「魔術酔いして僕に近づけないどころか拒否反応が出るよ」


 そんなことなんでサラリと言ってるんだこの人は……。先輩は中々に食えない人だなぁとは思ってはいたけどここまでとは。司書長が諦めろと言った理由がよく分かる気がする、今更だけど。


「じゃあ、アル君の固有魔術を拝見させてもらおうかな」

「……するんですか?」


 俺の固有魔術は本当、収納特化型で攻撃系ではない。どう足掻いて頑張ったところで防御系でもない。とにかく、使える範囲がめちゃくちゃ限定される固有魔術なのだけどそれでもいいんだろうか……。


「レオの固有魔術に耐性があるということは、お前の固有魔術はやはり希有なんだろう」

「確かに、俺の固有魔術は使い手が少ない魔術ですけど……」


 と、躊躇っていても仕方ない気がしてきた。とはいえ、俺の固有魔術の最大の欠点は使い手である俺自身であることを言わないといけない。


「あの、俺の固有魔術……一日一回展開するのが限度なんです」

「少ないな」

「俺の魔力量は一般人以下なんで一回展開するだけでも結構消費するんです」

「つまり」

「ぶっ倒れます、よろしくお願いします」


 魔術を展開するにもそれ相応の量が必要となる。生活魔術を展開する分にはあまり支障はないが固有魔術となるとかなり厳しい。なので、先にぶっ倒れる宣言をしておくに限る。


「『刻の狭間を繋ぐ回廊よ、この場に接続せよ』」


 詠唱して魔力の消費量を少しでも抑える。詠唱破棄なんてしてみろ。0.1秒で視界がブラックアウトするに決まっている。俺の右隣に拳ほどの大きさの穴が出現する。それを限界ギリギリまで大きくすれば、半径1メートルくらいまで広がった。


「ほう、この固有魔術はお前が継承したのか」


 司書長の言葉に、ん? となるがすでに意識を保つのが精一杯な俺は何とか口を開く。


「俺の固有魔術は『空間収納』です……これ、役に立つんです……」


 か、と言う前に魔力がつきて意識がフェードアウトした。司書長と先輩の「あ」という声を聞いたのがフェードアウトする寸前に聞こえた声だった……気がする。

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