物語を紡ぐ司書
四月朔日 橘
Episode:0
司書への第一歩
配属先はまさかの。
人間における『物語』とは何か。人間の『物語』を例えるならその人間の「人生」だ。
人は「人生」の中で選択をする。それは、どこに何があるか分からない、その分岐点がいつ存在するのかは分からない。
一種、「物語」と同じである。
「物語」の定義というのは、「話し語ること。様々な事柄について話すこと」である。つまり、人の「人生」とはその人が辿る道筋であり、そこにはその人の全てが語られている。自分はどういう人間か、自分は何が好きで、何が得意で――……そうやって、他者に自分の「人生」の一端を時が経つにつれて話していく。そこにできるのは一つの「物語」そのものである。
「人生」そのものを本にするということは数ある選択肢ごと本に刻み込む、ということだ。うち、人は生きている中でその選択肢のほんの一握りの選択肢を迷い、考えて答えを探している。もちろん、その答えが必ずしも正解というわけではない。
人の人生、苦難あり山あり谷あり。楽な道などどこにもないのが当たり前である。そうでなくては『人生』という物語は面白くなく楽しくもない。
人生はそれだから楽しい、そう言った誰かが人間一人の『人生』を本にした。それは人間一人の数ある選択肢を記載した本。
やがて、その本は人間が選択を迫られた時に動き出して混乱を来した。もう一人の自分がいる、そしてその未来を知っている。
人生の選択肢は様々で、決して勝手に決められるものではない。果たして、人間の『人生』を記した本は禁書指定となった。分岐点に立った時に勝手に動き出す、選択肢を飲み込んでしまうものとして、人一人の『人生』を勝手に決めてしまうものとして。
これはそんな禁書指定となった人間の『人生』を記した本を管理する司書達の誰かの巡りを見守り、自らの答えを探し続ける物語である。
*・*・*・*・*・*・*・*・*
目の前にそびえる大きな建物はこの国一番の図書館だ。今日からこの図書館に新しく司書として赴任することになったのは俺・アルウィック・ネオラストを加えた5人だ。
この国・フォンメルトーン王国は周囲の国よりも発展を遂げた国であり、魔術が最早生活の一部になっている。けど、その魔術を使うにも無知では使えない。いくら適性があろうと、使うことは許されないのだ。
魔術を使うには魔術書という専門書が必要となり、それは基本図書館の管理下に置かれ学院で配布される支給品以外は全て持ち出し禁止となっている重要資材だ。
他にも、魔術の他の学問の為の参考書や、医師や医療術士になるために必要な医術・医学書、子どもの教育のための絵本や図鑑などありとあらゆる種類の本が各図書館に置かれている。
俺が司書を目指したのは、ただ単に本が好きだからという安直な理由からだ。本は沢山の知識を与えてくれるし、自分では想像できないような物語が沢山広がっている。それを読むのが楽しくて、司書を目指した。が、司書になるのは全くもって楽ではなかった。
この国で司書になろうと思ったら、何か一つでも簡単なものでもいいから魔術を覚えなきゃいけない。その明確な理由は不明だが、募集要項にそう書いてあった以上は遣えるようにしておかなければならないのは必須事項。
適性が弱い俺は学院で日々泣きそうになりながら何とか魔術を身につけた。本当、魔術適性が弱いと補習補習補習と苦難の日々だ。もうあんな経験はこりごりだ本当に……。
学院を卒業して、流石に現役で受けるのには全く実力が及ばないとみた俺は……いや、普通なら現役で行けるはずなんだ。俺はその、何というか学院からせめて二年経ってから司書試験を受けてくれと泣きながら懇願されてその指示に従ったのだ。
俺が身につけた魔術は使う人が余りいなくて、馴染むのに時間がかかるだろうから、と言われたのもある。今でも、何でこの魔術に適性があったのかが不思議なくらいだ。
結論からして、だが今年の司書試験に受かったのは最早奇跡に近いと思う。筆記試験と面接はどうにかなった記憶があるが、この魔術試験だけは落ちた気がしたのだ。
司書に魔術、何の関係性もないように見えるが本を裏で売買する連中らを取り締まるのも役目であり、そのために魔術がいるんだとか。それは募集要項に書いておくべきことだろう、と心の中でツッコんだのはきっと俺だけじゃないはずだ。しかも、それは警備隊の仕事だと思う。面接官には言わなかったけど。
「アルウィックさんは、どこ希望してるんですか?」
「んー、できれば専門書系」
図書館の指定された集合場所に向かいながら、それぞれの希望配属場所について話す。大きな図書館名だけあって、蔵書数は優に一万は超えている。それに、分類わけもそれなりにされているから、この図書館の司書は万年不足している。なのに、試験はめっちゃくちゃ難しい。嫌がらせの域かっていうほどには。
「よく来た、待っていたぞ」
指定の集合場所に居たのは、五十代くらいのまさに司書です的な感じのオジサンだった。灰色に変わりつつある髪をオールバックにし、きっちりとネクタイまで締めて自然体でそこに立っている。
「私はこの王立オーウィス図書館の図書館長を勤めるクレインザック。クレインと呼んでくれ」
図書館長か、この人が。ん? そういえば、この人に面接されたような? もう一人居た気がするけど。
「司書試験、合格おめでとう。本来なら、明日から仕事についてもらうんだが生憎今日は貸出日ので一番忙しい日でね。今日から配属場所で働いてもらうことになった」
貸出日とは、月に三回だけ本の貸し出しを行う日だ。本は貴重資材。安易に外に持って行くことは禁止されている。以前は貸出日なんて設けていなかったらしいが、それで沢山の本が裏で売買されたり消失してしまったことがあったりしてから貸出日が設けられたのだ。
その売買や消失した本の中には国の指定財産だったものもあったとか。行方は知らないが、まだ存在するとして今でも捜索し続けている。
「じゃあ、配属先を発表していくから先輩の指示をよく聞くように」
図書館長は俺を除く四人の配属先を読み上げていく。俺はどこに配属されるのか。緊張しながら身構えていれば、俺の名前が呼ばれた。
「アルウィック・ネオラスト」
「はい」
「君は禁書ブースが配属先だ」
「……は、い?」
え、今なんて言われた? 禁書? 禁書ってあれだろ、国家重要機密書類とか、一級指定魔術書とか、その辺りが蔵書されてるところだろ? そんなところに何故俺が!?
「レオトラ」
「はい、居ますよクレイン図書館長」
俺の背後から声がして、驚いて振り返れば優しそうな笑顔を浮かべた司書が一人。胸元についたバッジは黒い見開きの本。
司書はそれぞれのブースが分かるように胸元にバッジをつけている。黒い見開きの本のバッジは見たことがない。
「初めまして、アルウィック君。僕はレオトラ・ケレス。君の配属先の先輩に当たる者だ。よろしく頼むね」
「あ、はい。アルウィック・ネオラストです。よろしくお願いします」
レオトラ先輩は挨拶もそこそこに俺を連れて皆と反対側に向かっていく。禁書ブースってどこにあるんだろうか。先輩の後をついて行きながら周りを見回す。……ん?
「ここから、別館に行くんだ。覚えておいて。ああ、忘れてたな」
別館? 周りの蔵書は明らかに何かが違う。そう思っているといきなり手を取られて壁につかされる。何だ何だ!?
「これで君の情報は全てインプットされたから、自由に行き来できるよ」
あれか、指紋認証的なアレか。なんつーハイテク技術。魔術絡んでるのなら当たり前か。
「じゃあ、こっち」
そう言われて、またも壁に手を当てると動いた。は!? え、別館ってどうやって行くんだよ!? と思ったら、開いた壁の向こう側に地下に続く階段がある。下はかなり暗い。えええ、こんなところから行くのかよ、別館どんなところだよ……!?
「足元気をつけてね、よく踏み外すから」
それは先輩がですか、別の人がですか。と思わず問いたくなった。いや、でもそう言った割には先輩は慣れたように足取りが軽い。なら、別の人なのかもとか思ったがそこでまた疑問符が生じる。……ここに、他に誰か来るのか?
禁書ブースなんて限られた人しか入れないだろうし、先輩以外にも担当の司書が居るのかもしれない。
「あの、先輩」
「ん? ああ、ここだよ。で、ちょっと防御張っておいて」
「……はい?」
それを聞こうとしたら、遮られた挙句にいきなり目の前のドアをバンッ! と勢いよく開けるとこれまた勢いよく手を振り下ろして……ええええええ!? 先輩が手を振り下ろしたのって、本相手に!? しかも、何か生きてるみたいに動いてるし!! 瞬間、俺の髪をチリ、と焦がす音がして光の速さで何かが通り抜けた。……!?!?
「レオ、本の扱いが雑過ぎるぞ」
「そういうアリスも何本相手に容赦なく魔術ぶっ放してるんですか、焦がす気ですか」
いやいやいや、何言ってるんだこの人達は!? え、本の扱いってこんなに雑じゃダメだよな!?
まだ動く本を片手で拾い上げた先輩は、今気づいたように俺に対面してた相手を教えてくれた。が、ん??
「忘れてました、アルウィック君。この人がこのブースの責任者で司書長のアリス・ツィベルタです」
「新人か、司書長のアリスだ。よろしく頼む」
……目の前に居たのは、どう見ても少女でした。
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