第58話 だーかーらー言ってるでしょう。
高校2年生の制服女子、泉はるかは、学校が終わるとすぐにホテルイノウエへやって来る。土日になると早朝から出勤して外回りの掃除をしているらしい。
「晃先輩、おはようございます! ロッカー磨き終わりました!」
「お、おう」
「晃先輩、飼料の搬入終わりました、次は何をしたらいいですか」
「飼料って30キロ25袋終わったの?」
「はい!」
「晃先輩、お弁当作ってきました、どうぞ!」
「お、おう。っておいちょっと待て」
「?」
「その、あれだ、一生懸命やってくれるのはありがたいけど、弁当とかそこまでしなくていいよ」
泉が急に辺りを見渡し、耳元に口を寄せて来る。
「あの、これはその、悟先輩が帰って来たときのための練習と言うか…」
俺は……単なる練習台だったのかよっ!
午後の本館は、宿泊と一時お預かりのお客様で賑わいを見せていた。ご案内とご説明、一通り受付業務が住んだころ、ふと気が付くと泉の姿が見えない。
空いた客室清掃と倉庫の整理を頼んだのはもう2時間前だ。
預かった俺としては、その姿が見えないと落ち着かない気分にもなる。
「おい波多野、泉見なかったか?」
小動物のゲージを4つ抱えた波多野が、冷たい視線と氷のような温度の答えを投げて来る。
「知らない」
「なんだよ冷てーなー」
トランシーバーを手に、泉へ送信する。
「こちら守野、応答よろしく」
反応なし。
「おーい、泉応答しろよ」
反応なし。
本館から出て、外のフィ―ルドに目を凝らすと、敷地をぐるり取り囲むフェンスの一番遠いあたりに何かが見える。あれって、草刈機持ってるよな? エンジン付きで鉄の歯が回転するヤツ!
早歩きをダッシュに変えてフィ―ルドを横切った。
「おいっ!」
後ろから声を掛けるも聞こえない。高いエンジン音に声がかき消されていく。
ゴーグルを掛けた泉は、草刈り払い機を動かしながら、フェンスぎりぎりの草を刈り器用に取っていく。
驚かさないよう、ゆっくり正面にまわると両手を大きく振った。
「はい?」
やっと気付いたかっ
「エンジンを切れ、歯の回転が止まったら地面に置いて」
静かになった草刈り機を地面に置くと、ゴーグルの間から流れる汗を拭いて、泉が嬉しそうな笑顔を向けて来る。
「晃先輩、仕事ですか?」
「あのなあ、お前は学生だ、そして未成年だ。頼むから怪我に繋がるようなことはやめてくれ。何かする前に俺に聞けって。何度も言ってるだろう、勝手にいなくなるなよ」
「晃先輩、忙しそうだったから、1人でやれることないかなって、それで……」
唇を噛みながらうつむく泉を見て焦る。泣くなよおい。
「とにかーく、これは倉庫に片付けてこい。と言うかこの燃料どうした? 昨日の点検では空だったはずだけど」
「ガソリンとオイルを25:1に配合して入れました」
制服女子泉、お前は学校でいったい何を学んでるんだ。
本館に戻ると、ついーっと視線を外す波多野とすれ違う。
あいっかわらずだよなー、俺がいったい何したっていうんだっつーの。
舌打ちしたい気分でロッカーに向かうと、有野がクイクイと手招きをしている。
「どした?」
「あいつが来てるんだよ、ミサミサを置いてったやつが駐車場に」
「まじかよ」
難しい顔をした有野が、ふっとため息をつく。
「僕は今日夜勤だからさ、波多野送ってくれない?」
「んぁあ!? 俺が?!」
「そ」
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