第59話 ちょっと待ってください。

「おい、今日一緒に帰ろうぜ」

 鳩が豆鉄砲を喰らうとこういう顔になる見本、みたいな顔をして波多野が俺を見ている。

「な、なんであんたなんかと一緒に帰らなくちゃいけないの」

 あいつがいる、と伝えようとするも、怖がらせたらと思いやめた。

「泉の母ちゃんがもう少ししたら迎えにくるらしいから、挨拶だけしたらすぐ行くよ。じゃ、駐輪場で」

「ちょっと!」


 波多野の声を聞き流すと、事務室に戻り明日の予定をチェックする。新規のお客様が8件にお帰りが3件、一時お預かりの未定が2件、と。

「晃先輩、お母さんが挨拶したいって」

「ん、今行く」


 泉に声を掛けられ、玄関先で泉の母ちゃん、じゃなくて保護者の方と挨拶をかわし、担当者として泉はるかを大切にお預かりさせていただくことを約束する。

 菓子折りまでいただいて、恐縮しながら守るべき約束をあらためて心に誓った。


 それにしても、泉の母ちゃん美人だったなー。ふっくらした唇、綺麗だったなー。

 と、やましいこと、いや素直な感想を抱きながら駐車場へ向かう途中で、波多野の声が耳に飛び込んくる。

「離してくださいっ」

 そうだった!


 陽が落ちた奥まった駐車場で、身体をよじる波多野の腕をつかんだニヤケ野郎の声が聞こえてくる。

「いいじゃん、ご飯ぐらい。減るもんじゃないしさあ。この間のことブログに書かなかったお礼してよね?」

「何を、あれはあなたがっ」

「僕が何かなあ? 時間経つとさ、人の記憶って薄く曖昧になるもんだしね。防犯カメラの記録も新しくなってるころだろうし」


 俺は静かに波多野の隣に立った。

「加藤さん、その手を離してくれませんか。美咲、嫌がってるんで」

 振り返った野郎が、すっと目を細めてだるそうに口を開く。

「毎回、君邪魔。さっさと首になればいいのに。これからすぐそうしてやってもいいけど?」


 思わず足が一歩前に出てしまう。

「あはー、また俺に凄むつもり? 学習出来ないヤツはこれだからねえ」

 俺はぐっと唇を噛み頭を下げた。

「凄むつもりはありませんし、俺は学習出来ない馬鹿です。ですが美咲は俺にとって大切な存在なんです。どうかその手を離してもらえませんか」

 より深く、願いを込めて頭を下げた。


 そこへ脱兎のごとく飛び出してきた者がいる。派手な黄色い声を上げながら。

「うっはー!加藤さんじゃないですかぁー、あのブログで有名な?!お会い出来て嬉しいですぅー!」

 ニヤケ野郎の腕を取り、親し気に絡みいているのは佐久間だった。

野郎に見えない位置で「行け」と俺たちにジャスチャーをしている。

「すっごいかっこいいお車ですね~、私お腹空いちゃったなあ、どこかご飯でも?嬉しい!イタリアンがいいなあ私」

 佐久間の積極さに、さすがの野郎も呆気にとられて固まっていた。


 













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