最終章

第57話 新しく、よろしくです。

「お願いします、私なんでもします! 本当になんでも。体力には自信があるんです!」

 オーナー室から漏れ聞こえてきた悲痛とも言える声に、有野と2人、思わず顔を見合わせる。

 俺たちは今、満面の笑みでどーん体当たりの挨拶をしてくれた、超大型犬のお客様方をお迎えして、人懐っこい一家にじゃれ倒されてきたばかりだった。


  通りかかった佐久間の首根っこを摑まえて事情を聴こうとすると、俺の顔を見ていきなりふふーっと噴き出しやがった!

「す、すみません、その、あの、だって、守野さんみたいな事言ってて、ふふーっ」

何をそんなに笑ってやがる。

「佐久間、ハンカチありがとな」

 取り敢えずクマ柄のハンカチをその顔面に押し付けると「何するんですかひどーい」と言いつつも、ふふふ笑いをしながら通り過ぎて行く。


 重厚な扉をノックして、すこしだけ開くと珍しく困った表情の刈谷崎さんが目に入ってきた。その反対側には、テーブルに頭を擦りつけるようにしているさっきの制服女子が居る。

 なんだこれは。

「あのー、何かお手伝いとかいります?」

 

「守野か。有野もいたか、まあ入れ」

「はあ」

あっさりうなずいた刈谷崎さんに、間抜けな返事をして入室すると、肩口に60センチ強のフトアゴヒゲトカゲを乗せた波多野が、少し離れたところで椅子にかけているのが見える。そばに行って小声で聞いてみることにした。

「なんでアゴちゃん連れてきてんだよ。昨日ご来店されたユタカちゃんだろ?」

「今お散歩の時間だし、この子抱っこが好きだから」

「ふうん。で、どうしたんだよあの子」


「ここで働きたいんだって」

「へ? 基本学生はダメなんだろ? 怪我とか感染症のリスクあるから」

「さっきからそう刈谷崎さんが言ってる」

なるほど、それでサングラスの困った顔か。


 制服女子は、ゴチンと音がするほどテーブルへ勢いよく頭を下げると言い放つ。

「あの私っ、雑巾がけしろって言われたら1日中それやってます。窓ふきしろって言われたら、安全ロープに安全靴で屋上からすべての窓ふきをやりきってみせます。体力には自信があるんです!」

「だから、体力とかそういう問題じゃなくてね」


その時、隣でこらえきれないと言った様子で有野がふーっと噴き出した。

「なんだよ」

「だってさ、体力だけはって入社当時の守野と同じこと言ってるから…」

「言ってねえよ」

「いや確かに言ったぞ!」

ちょ、そこだけハモルのやめてもらえますか刈谷崎さんと有野くん。


「あ、あと私、藤宮さんの…」

「藤宮さんの何だって?」

やれやれと言った様子でのけぞっていた刈谷崎さんが、姿勢を正し身を乗り出した。


「ここに、藤宮さんがいらっしゃったと思うんですけど、辞めたって聞いて、いてもたってもいられなくなってそれで」

「藤宮は確かにここのスタッフだし、辞めたのも本当だ。それと君に何の関係が?」


「あ、あの!私、藤宮悟先輩の後輩で、その、先輩はあんなことをなっちゃったけど、帰ってくるならここかなと勝手に思ってて、でもそのお姉さんが居なくなっちゃたから、先輩が帰って来た時ここで待ってなくちゃって、その…」

 ふうむ。


 俺は、制服女子のそばに椅子を持って行くと、目の前に腰をおろす。

「お前さあ、言ってることめちゃくちゃなんだけど、それわかってる?」

はっと顔を上げた女の子の顔は必死だった。

「あの、近寄ると馬鹿がうつるって言われてた守野さんですよね?」

うつらねーよ、本気にすんなよおいっ!


 ふう、とため息をついた刈谷崎さんが、静かに問いかける。

「ひとつ聞いていいかな? どうしてここに、藤宮悟君が帰ってくると思ったの?」

「それは…勘です」

 その答えに全員が全員、天を仰いだ。

 まさかの勘かよ、どれだけ猛進するイノシシ型なんだよ、さっきは可憐な少女だと思ったけど撤回ねー、はいはいありえませーん。

と思った瞬間、俺の耳は信じられない声を聞いた。


「よしわかった。採用。ただし、志願理由は他言無用だぞ」

へ? 今なんて? あのーもしもし? 刈谷崎さーん?

「波多野、仮入社の書類作ってやってくれ。その前にユタカちゃんをお部屋に戻してこい」

「は、はい!」


「それから守野。この子はお前に預ける。以上だ」

「え? なんで? なんで俺が?」

「この子は守野2号だからだ」

今度は隣で、思い切り有野と波多野が噴き出していた。










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