第42話 初めてなんです。

 ホテルイノウエの業務は、繁忙期に向け徐々に忙しさの度合いが増しつつある。

俺はハヤトとチナツの担当をしながら、時間の空きスペースに次々と入室されてくる新たなお客様との日々を、なんとかこなしていた。

 

 体長1メートルを超える青ダイショウの六さんは、長い身体の持ち主だけれど、たまに水入れをひっくり返す意外はとても静かなお客様だった。ひっそりと過ごしていることが多かったので、あまり声をかけずにおく。


 巣箱大好きのチンチラ、ホビー君は室内を掃除している間も、砂や食事を交換している間も、まるでお地蔵様のようにちょこんと座って目を閉じている。体長が悪いのか?と心配になりカルテを確認すると、自宅でもお地蔵さんをしてるらしいと知ってホッとした。


 美しいコンゴウインコのマリーさん、輝く羽に魅せられ撫でようとすると、黒いくちばしに激しく叱られた。

 そこへ、背後から有野がひょいと顔を出す。

「噛む力は70㌔を越える個体も多いよ。そうだな、波多野が怒ったときに噛む力をだいたい40㌔とすると、俺が笑いながら噛む力がおよそ60㌔だ。どれだけ痛いかわかるな?」

 有野……わかりずれー!それにその悪夢のような例えやめろー!


 垂れ耳のロップイヤーは、動くぬいぐるみだった。

いや、ぬいぐるみを超えるぬいぐるみのようだった。って、自分でも何言ってるかわかんなくなるぐらい、強烈な破壊力のある可愛らしさを持つウサギの茶太郎さん。

 こんなに可愛い子を女子にプレゼントしたら一発で惚れられるって。

 俺じゃない、うさぎがな。


 体全体がゴツゴツした60センチ近いトカゲは、赤ちゃん時代は幼虫などの昆虫食だが、大人になったら野菜食になる面白い食性を持っている。フトアゴヒゲトカゲのネームプレートを見て多少焦った。

 「花ちゃん 7歳」ガチな女の子じゃん!


 次から次へとその数を増してくるお客様の対応に追われ「確実に噛みます」の張り紙がしてあったセキセイインコのケージを、つい保護手袋をせずに扱ってしまっていた。そこへ通りかかった藤宮さんに、優しく諭される。


「守野君、怪我をしないって言うのも、プロの条件のひとつよ。どんなに気を付けていても避けられない事もある。けど、そのリスクを限りなくゼロにしていくのもプロの仕事。はい、これ使ってね」


 手袋を受け取りながら、思わず伸びそうになる鼻の下を制御しつつ(俺えらい)、ここに来てふと浮かんだ疑問を投げてみた。


「藤宮さん、ここんとこ俺、全部が全部、初めて接する種類のお客様担当なんです。けっこう時間取られてる感じで、みんなの足を引っ張ってるんじゃないかと」

「それね、大丈夫」

 即答だった。


「振ってるの私なの。だから大丈夫」

 え?

「割り振ってるのが藤宮さんって、何か理由があるんですか?」

「んー。修行、かな? たぶん」

 今にも、テヘペロ、を音声にしてしまいそうな藤宮さんの様子に、思わず拍子抜けしてしまう。かな?って、めちゃめちゃテキトー感漂ってるんでるけど。

 そのままのノリと言うか雰囲気のまま、小さな唇が開かれた。


「守野君、今日は……急すぎるよね。今度2人でご飯でも行かない?」

 



 

 

 


 


 

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