第43話 出来ることは、もっとあるかもしれません。
2人でご飯、2人でご飯。
その言葉が、なんでも叶えてくれる魔法のように頭の中を駆け巡る。
日々のスケジュールを、なんとかこなしているレベルなのは変わりなかったが、どなたがお客様であっても、驚かずに対応できるぐらいにはなっていた。
藤宮さんがどんな意図を持って、初めてのお客様ばかりを振ってくるのかはわからないけれど、今の俺に出来ることは、ひとつひとつ丁寧に自分に出来る最善を尽くすだけだ。
本館の仕事が一段落すると、急ぎ足でバードフィ―ルドに向かう。
2羽ともよく食べよく眠り、ハヤトとチナツの様子は安定していて、
順調に行けば、最初の6個から数日置きに産まれることになる。
ハヤトはチナツに求愛する合間にも、俺に蹴爪を打ち込む隙を狙うことを忘れない。ホントお前パワーあり過ぎ。
と言うか、もしかしたらこのスペース、ハヤトには物足りないのかもしれない。
そう思った瞬間、頭の中にケージの増築計画が立ち上がってきた。一気に進めるのは難しくても、土台に沿って一部屋ごと増やすなら出来るんじゃないだろうか。後で有野に相談だ。固まったら刈谷崎さんに談判だ。
そのことを日誌にメモると、隣り合った
卵の様子は、と四角い窓から覗き込むと、低いモーター音が聞こえてくる箱の中では、小さな卵たちがひっそり並んでいた。
温度37.3、湿度47%。
1度の転卵は90度で、1日5回に設定してある。
卵は、90度転がされると、その中身は片側から片側に向けて、およそ30分ほどかけゆっくりと移動する。こうすることで、中の胚が内側の殻にくっ付いてしまうことを防止できる。
逆に、亀など爬虫類の場合は、一様ではないけれど卵の上下を動かさないことが重要になってくるので、鳥と同じように転がしたりはしない。
ふう、ひとますは安定だな。
もう一度、数字をチェックしてから室内を出た瞬間、扉の陰から飛び出した黒い影に飛び上がる。
脅かせたことを「ハハハ」と笑いながら喜ぶ有野だった。
「て、てめっ、暇人かよ!」
「違うよ、守野がさ、またハヤトの奥さんにちょっかい出してないか見に来たんだ」
自分で言ったことがツボに入ったらしく1人で笑っている。
「うおいっ、それまだ言うかっ」
デカい体に飛びついてヘッドロックを喰らわすと「悪い、悪かった、ハハハ」と手だけで参ったをしている。
まったく、やけに機嫌がいいじゃねえかよ。
「さっき、滑川様からお電話をいただいたのさ」
「ハヤトとチナツの?」
「そう」
呼吸を戻した有野の様子が何かこう、嬉し気だ。
「近く、様子を見に来られるそうなんだ。それで滑川さんは今、ある企画を立ててるらしい」
話しながらハヤトたちのケージの前に立つと、有野が日誌と一緒にさっき見たばかりのカルテを手渡してきた。目を落としてもなんら変わることはない。
「守野、お客様情報欄を見てみろ。滑川建設って書いてあるだろ」
「ああ、それがどうしたんだよ」
「クジャクカフェ」
守野が不意に、耳慣れない言葉を口にした。
へ?
「滑川さんは、正確に言うと滑川建設として、クジャクカフェの構想を練っているそうなんだよ。まあそれは、クジャクの手乗りが出来たらの話なんだけどな」
「それってあれだよな?猫カフェとかフクロウカフェとか、それに近いやつ?」
俺の質問に、力強くうなずく有野。
「へえ。そうなんだ。っておい!それは今、孵卵器に入ってる卵の話なのか?」
「そう」
マジかよ。全く発想の端にもなかったパターン。
「なあ守野。もし、もしこの企画が実現出来たら楽しそうだと思わないか?」
そう言いながら笑顔を向ける有野が、俺にはなんだか眩しく見えた。
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