第40話 な、なんでですかー!
空気が動いた。
不意にとん、と壁際へ押されるようにして柔らかな体がふわっと離れるのを感じる。
室内の灯りが点いた、と思ったらスイッチに手を伸ばしたままの波多野が立ち尽くしている。
どうした、と声を掛ける間もなくキッとした視線が向けられた。その頬はほんのり赤く染まっている。
え?そのー迫力のある睨みはなんで?
「守野!」
「へ?」
「あたしはただ、ただっ」
息を切らしながら話そうとする波多野を落ち着かせようと、なるだけ穏やかに声を掛ける。
「ちょい落ち着けって、大丈夫だから、な?」
それが火に油を注いでたなんて俺にわかるはずもない。
「馬鹿なあんたに、大丈夫とか言われたくないしっ、落ち着けとかもーホント馬鹿!」
身を翻すように出て行った波多野の余韻を見詰めながら、1人頭を抱える。
女の子はわからねー!謎過ぎ―!
そこへ、扉からすまなそうな様子の有野が遠慮がちに顔を出してきた。
「波多野、真っ赤な顔して走り去っていったよ、相当やり込められたな?馬鹿って大声聞こえたし。まあ守野、このぐらいで済んで良かったよ」
「ああ、うん」
いやまーそうなんだけど、ちょっと違うって言うか全然違うって言うか、今のは何だったのか誰か教えてくれよ!
もう一度頭を抱えそうになったところへ、藤宮さんの声が飛んで来る。
「守野くーん、ごめん、帰る前に外の見回り頼んでもいい?」
「あ、大丈夫です、行きます」
頭を冷やすのにちょうどいい。外の空気を吸い込みながら、各フィ―ルドを点検しながら見回りをする。小さな劣化や抜け落ちが大きな事故に繋がってしまうこともある、日々違う生き物と過ごす空間とは常にそういったリスクを抱えているものなのだ。
なーんてこれ有野の受け売りだけど。
バードフィ―ルドに入り、ハヤトとチナツの様子をそっと確認しに行く。ライトで驚かせないよう静かに近付くと、シルエットから2羽とも2階の止まり木で眠っているようだった。
チナツが居た角には、盛り上げられた木材チップの上に、6つの卵が静かに並んでいる。夜。この時間にチナツがそこに居ないと言うことは、抱卵をしないと言うことだ。
決断に迷いはなかった。
ライトを口にくわえ静かにケージ内に入る。チップを敷き詰めた丸いパットに、そっと卵を並べると、素早く退散する。
早る気持ちを抑えつつ孵化飼養フィ―ルドに入ると、雑菌を防ぐために卵を洗浄し殺菌する。鶏の卵より、ふた回りまではいかない大きさで丸っこい形が可愛らしい。
それからひとつひとつ丁寧に孵卵器に並べ、温度と湿度の確認をし、日誌に記入した。順調なら、27~28日後には新たな命の誕生となる。
守野と波多野の講義の中で、知識としてはわかってるつもりでいるけれど、実際に触れるとなると全然別だろうな。
この命、絶対繋げる。
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