第20話 やっぱダメですよね。

 見詰め合って……いいわけねーだろーがっ!

「うわっ、ちょっ、ごめん!」

「ほえっ、ご、ごめん」

 ほえって……あの波多野が動揺してるのか?


 ここはひとつ、男の俺が正々堂々と、あれ威風堂々だっけ?この際どっちでもいい、とにかくそんな風にだな、男の余裕と言うヤツでこんなのなんでもない風に、気まずさも一緒にさらっと流そう。


 体制を立て直し、冷えたビールを受け取るとカッコよく言った。

「ビール俺持ってくから」

 つもりが、意に反し裏返った声がめちゃくちゃ恥ずかしい。

 全然ダメじゃん、上がってんじゃん、どこにも余裕ないじゃん、くそっ、この手から柔らかい感触消えねえよ。


 気持ちを落ち着かせようと一気にビールを流し込む。

「あ……あ、うん、あたしチーズ出すね」

 急に静かになった感のある波多野を見ると、頬がうっすらとピンク色に染まっているようにも見えなくない。

 ビールのせいだよな?これってアルコールの影響としか考えられないよな?


 不意に息苦しさを感じる。

 やっぱダメだこれ。場違いすぎる。と言うか女の子の部屋は密度濃すぎ。

 と思いつつも帰るタイミングを失い、あれこれどーでもいいことをしゃべり続けている。トイレを借りることにした。

「お手洗いってさ」

「お風呂の隣」


 白木の扉を開けると、うわあ。

 換気用の小さな窓辺には小さな観葉植物が葉を広げ、白くまのラグとカバーとタオルと、柑橘系の爽やかな香りが迎えてくれる。

 なんでどこもかしこもこんなに可愛いんだよ。


 そろそろ帰るよ、と言いに部屋へ戻って息を飲んだ。

 波多野が、無防備な姿でクッションに寄り掛かっている。

 寝てる――!マジかよ爆睡かよー!!


 まてまてまて、落ち着け。

 このままじゃ風邪ひくよな、ちゃんと寝かせなくちゃだよな。

 つってもどこへ寝かせりゃいいんだ。


「にゃあ」

 背後から突然聞こえてきた声に飛び上がる。

 振り返ると、光沢のあるグレーな短毛にブルーの瞳を携えたロシアンブルーのにゃんこがキラキラした瞳でこちらを見ていた。


「おまえ綺麗な猫だなあ、大事にされてるんだろ。なあ、ご主人様の寝床を教えてくれないか」


 半開きになった扉に、背中をすりすりしながらまた「にゃあ」と鳴く。

 こてっと寝ている波多野の身体の下に両の手を入れ、そっと持ち上げる。「ううん」としながら無意識のうちだろうが胸に顔を寄せてくる小顔に心臓の爆走がとまらない。


 振動を与えないよう、ゆっくりベットへ降ろすと、すやぁと眠りに落ちている波多野を見た。いやいやいや、見たらダメだ。

 ベットの足元にきちん畳んである毛布と掛け布団を掛けると部屋を出る。


 ふう。

 テーブルの上を片付け、流しへ運び綺麗に洗う。空き缶をまとめ、静かに帰ろうと思いはたと気がつく。

 鍵どこだろ。

 開けっぱで帰るわけにもいかないし、かと言って女子のバックを勝手に開けるわけにもいかない。


 冷蔵庫から新しいビールを取り出すと、眠り姫の番よろしく飲みながら時間をつぶすことにした。と、その膝にロシアンブルーが「にゃあ」と乗ってくる。

 可愛い奴だなおまえ。


 いつしか自分も、ストンと眠りに落ちていた。

 







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