第19話 そんなつもりじゃなかったんです。

 トン、と目の前に湯気の出る白いクマ型のマグカップが置かれ、その向こうに波多野がどさっと座り込む。


「でかい声で俺を殴れとか、周りが驚くでしょーが。まあ、そうしてやっても構わないけど? それでいいなら。2、3発で歯が飛ぶかもね」

「ごめん、すまなかった。本当に俺が悪かった。熱くなって、女の子にでかい声出すなんて最低だった。だからホント好きにしてくれていい」


 下げた頭を上げると、波多野の顔が予想外に近いところにあり、思わずのけぞった。

「ほんっとに悪いと思ってるの?」

 低い声で腕を組み睨みつけながらなお、俺の顔をのぞき込んで来る。近っ!

 小鹿のような顔の口元から漂う甘い香りに思わず、男の本能がくすぐられそうになる。


 これが藤宮さんならここでがばっとその唇を……なんていかんいかんいかん!馬鹿過ぎること考えてんじゃねーよこの馬鹿!


「ほんと、本当に悪いと思ってる、ごめん」

「じゃあ許す。許すから、1人飯に付き合え」

 へ? 飯? いやいやいやいやいや、俺飯とか食いに来たんじゃないし謝りに来たんだし、仮にも1人暮らしの女の子の部屋に居座って飯なんか食ったらまずいんじゃないんだろうか。その前に有野にぶっとばされるだろ。


「いやいいよ、俺帰るよ、そんなつもりじゃ……」

「付き合えって言ったよね?」

「はい」


 待ってる間、何をしていいかわからず、手際よく準備する波多野の後ろ姿を見る。

 さっきまで気が付かなかったけど、白いふわもこしたトレーナーに、お揃いっぽい短パンとニーソックス、その間からチラ見える太ももは女の子そのものだった。


 俺は混乱している。

 今まで付き合った女の子は何人かいたし、そのあれだ、経験もある。けど性格が鬼のようで部屋も見た目も完璧女の子って、どう接したらいいのかわからん。


「守野、これ運んで」

 あれこれやましいことも含め考えていた脳に声が飛んできた。

「あ、うん」


 綺麗に盛り付けられているハンバーグのプレートを慎重に持ってテーブルへ置く。

「これもね、置いたらもう座って」

「あ、うん」

 色鮮やかなサラダボールとグラスを受け取ると、その手の華奢さにドキっとする。


 大人しく座って待っていると、波多野がプルトップを開けた缶ビールを持ってきてグラスに注ぐ。

「あ、ちょ、俺自転車だし」

「歩いて帰れ」

「はい」


 箸を入れるとジュワ―と流れ出る肉汁が流れ出すハンバーグは、シャキシャキした野菜の歯ごたえと相まって絶妙だった、付け合わせのピクルスもジャガイモのキッシュ、その魅力に胃袋を虜にされた。

 美味い、マジで美味い。

 注がれるビールも同じように美味い。

 緊張感が抜けてきた俺は、なんだかふわふわした気分にもなってくる。


 色んな事をお互いに話した。主に仕事のことが中心だった。あーでもこーでもとお互い1歩も引かず議論を交わしあう。譲れない部分もあったが、いつもつんけんしている波多野の考えや気持ちを聞けるのはありがたかった。


 トン、と波多野がグラスを置く。

「守野、命について考えたことある?」

 不意に投げられたボールを受け取り、どう投げ返したものか、アルコールで少しぼんやりした頭で思案した。

「あるよ。と言うか、いつも考えてる」

「へえ」


 それは意外、と言う顔で冷蔵庫に立った波多野が振り向いた。

「ビール出すよ、チーズ食べる?」

「取りに行くよ」

 立った俺に2本缶ビールを渡そうとして、1本がずれ落ちる。あっ!とお互い取りに手を伸ばし落ちるのを防ごうと、体制を崩した波多野を抱きとめる感じになった。


 柔らかい、なんだこの柔らかさは。

 ハッとお互いに顔を向けた視線が避けきれない。











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