第18話 お邪魔します。

 食事と歯ブラシが終わると。さあ遊ぼう!とばかりにデカい体をでろーんと伸ばし、床に座った俺の膝に無理くり乗って甘えに来るジョンは、ただただ愛らしい。

「こいつ~重いぞ~」と文句を言ってみるが、ヤツもこれが口先だけの文句と知っていて、柔らかい腹を見せながら全体重をかけぐりぐり迫ってくる。

 

 「ていっ」

 絨毯の上にコロンとひっくり返してやると、今度は嬉しそうに鼻息荒くどーんと背中に乗ってきて、耳元をベロン。

「ちょっ、それ反則、ベロン反則」


 ひとしきり遊んだあと、おやすみをして給仕室へ戻ると、有野の姿は無く、ピカピカに磨かれた床と流しが静かに待っていた。


 すっと頭が冷えてくると同時に気持ちが沈む。

 はき違えるどころか、俺はただの勘違い野郎じゃねえか。

 しかもかなり恥ずかしいタイプの。


 波多野に電話しよう、と思ってやめた。

 ダメだ、声だけじゃ伝わんねえ気がする。


 ホテルの裏手から出て、自転車にまたがり坂道を一気に下ると、正面から吹く風が後方へ勢いよく流れ飛ぶ。

 何度目かの信号待ちで、そろそろこの辺りだったようなとスマホを取り出し、連絡先の住所を確認する。ここが1丁目だから3丁目の角までもう少しだ。

 ペダルを踏み込んで帰宅を急ぐ人々を追い越しながら、このコンビニを曲がればすぐのはずだぞーと視線を泳がせつつ進むと、左手に小奇麗な2階建てのアパートが見えてきた。

 壁面にある可愛らしいクローバーマークの隣に「メゾンスフレ」の文字が。


 自転車を止めるともう一度スマホを取り出し、部屋番を確かめ、そこではたと思い出す。


 待てよ。

 やっぱ先に行ってもいいか聞けば良かったか。

 かといって、今家の前なんだけど、とかするのもあれだし。

 せめて都合ぐらい聞くべきだった。


 ここにきてこれかよ!

 情けねー俺、行くぞ。


 勢いをつけ階段を駆け上がると、201号室前通過、202号室前通過、そして203号室前。

 表札に名前は無く、お辞儀をしたかわいい白うさぎのイラストが入っていた。なんだこれ、あいつが書いたのか? 軽く深呼吸すると、インターホンに指をかける。


 ピーンポーン。


 少し間を置いて、内側から「えっ」と小さく息を飲むような声が聞こえると、カチリ開錠されたドアがそっと開かれた。

 がばっと頭を下げ、反省を込めた一声を気合を入れ発する。


「すまん! 波多野すまん。俺が悪い、俺が悪かったごめん!」

「ちょっとちょっと、え、なんで守野がここに、え」


「ホント悪かったと思ってる、俺は馬鹿だ、俺を殴ってくれ、気の済むまで殴ってくれていいよ」

「ちょっと、声でかいし、中に入って」


「へ?」

「とにかく入れってもうっ」


 閉められた扉に押され、そう広いスペースではない玄関内に引っ張り込まれた俺は、意図せず体を寄せることになり、お互いハッとする。

 き、気まずいと思った瞬間先にパッと離れた波多野が、歩きながら手だけでおいでおいでをしている。いや入らせてもらうつもりなかったんだけど。


「あ、あの、お邪魔します」


 手招きされるまま通された室内にたじろいだ、うおっ、なんだこれやべえ、完璧女の子の部屋じゃん!

 ふんわりとした柔らかなパステル調で整えられた部屋は、ほのかに柑橘系の香りに包まれ、俺めちゃめちゃ場違い間違いない。


「好きなとこ座って」

「はあ」


 間抜けな返事を晒し、白く丸いテーブル、いやよく見たら耳がついてる形だから白くまテーブル、の前に大人しく座る。

 なんだよこれ、可愛すぎる、普段の波多野とギャップあり過ぎだろ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る