第40話にして終章-2 眠るリティアナ
決戦から一週間。
ディル皇国をはじめとしたフューリラウド大陸は、戦のあとの平穏を噛み締めながら復興作業に精を出してにぎわっていた。
それはアグストヤラナ軍学府においても同様だ。あちこちに戦の爪あとを残す学府では戻ってきた生徒や教員、融資していた各国から派遣された職員たちとが一丸となって働いている。
しかし、その中で唯一、静かに過ごす者たちがいた。
「アベル、またここにきていたのかい」
アルキュスにそう声を掛けられるも、アベルは保健室の寝台の傍に腰掛けたまま微動だにしない。その手は、寝台に眠るリティアナの手を握り締めている。
「そこまで心配しなくても、ちゃんとその娘の面倒は看るさ。お前がリティアナを案じる気持ちは心底見上げたものだが、今から気を張り詰めてたら明日からの探索だけじゃなく、今後にも差しさわりが出るだろ。そうなっちまったら本末転倒じゃないのかい」
そこまで言われ、未だ名残惜しそうな風情を残しつつアベルは席を立った。
悄然と部屋を後にするアベルを見送ると、アルキュスはふぅとため息を吐いて眠り姫をみやった。
「まったく…つくづく罪作りな女だねぇ、あんたは」
リティアナは、あれから結局一度として目を覚ますことは無かった。
当初、意識を取り戻さないのは彼女の人格が崩壊したせいでは無いかと危ぶまれたが、理事長がそういう訳では無いと太鼓判を押したことでひとまずは落着を見た。
理事長やアルキュス、バゲナンたちが調べた上での見立てでは、どうやらベルティナとリティアナ、二人の人格の競合による負荷に耐え切れなくなったことで脳が自ら外部の負担を減らしたがためらしい。
原因はわかったが、問題はその解決だ。
その理屈で言えば、失われたものと同質の核鋼を用意し、そちらへベルティナの意識を移すことで改善は見込めるらしい。移すこと自体は、以前レニーたちが地下遺跡から拾ってきた遺物を使えばできそうだとの話だが、肝心の『高品質でかつまだ何も登録されていない無垢な核鋼』を探すことが至難を極めた。
現在市場に出回るような物は論外だ。容量が小さくて到底器には成り得ないし、質も悪い。
かといって高品質な物も、大抵すでに魔素が打ち込まれていて新しく人格を移すことはできない。無理に移そうものなら入り混じり、ベルティナの人格が崩壊する可能性が高いためだ。
藁をも縋る思いで学府の地下遺跡に行き、過去にベルティナを生み出したらしき機械を弄ってみたが、それも徒労に終わった。
ベルティナの人格を除外するということに対してはアベルが頑なに反対した。いずれはどちらかを選ばなくてはならないかもしれないが、リティアナが命を賭しても守ろうとしたベルティナを消滅させることに強い抵抗があったためだ。
残る手段は一つ。
ディル皇国の未だ邪神が眠る遺跡を探索し、ベルティナを受け入れられるだけの容量をもったまっさらな核鋼を見つけ出す。
それが、アベルが新たに自らへ課した使命だった。
そのため、アベルは学府にリティアナの面倒を診てもらうことと住処を借りる代わりに、件の遺跡の調査を行う冒険屋としてディル皇国と専属契約を結んだ。
部屋に戻り、わずかな仮眠を取ったアベルは窓外から差し込む曙光によって目を覚ました。手早く荷物を取ると、かねてからの約束どおり転送室へ向かった。
今日から単独での探索行がはじまる…はずだった。
「おっそーい!」
転送室の扉を開けた途端、リュリュの不機嫌な声が出迎えた。
「え? リュリュ…いや、みんなも何故ここに?」
すでに集まっている仲間を見て、アベルは驚いた。
冒険屋として契約した際、自分の我侭だからとハルトネク隊を解散したのだ。
「奇遇なことに、私たちも冒険屋として登録したのですわ」
「そしてこれまた奇遇なことに、同じところを調査する仕事が回されてな」
「まあ、そんなわけだしせっかくだから一緒に行かない?」
レニー、ムクロ、ユーリィンが笑いながら、戸口で驚きに目をしばたたかせているアベルを誘い入れた。室内にはアルキュス、デッガニヒの姿もある。どうやら彼らですでに申し合わせていたらしい。
「だけど、これは僕の問題で…あいたっ」
文句を言いかけたアベルの鼻っ柱を、リュリュが軽く蹴っ飛ばした。
「何するんだよリュリュ…」
「もうっ、何回同じこと言わせんの! アベル、三年前とぜんっぜん変わってない! ボクたちの気持ちを勝手に決め付けないでよ!!」
真剣に怒るリュリュの剣幕に、鼻頭を押さえながらも抗議しようとしたアベルは口を噤まざるを得ない。
「大体、前に言ったよね? ボクは何があってもアベルについていく、支えるって!」
ひゅう、と口笛を吹いたユーリィンがやるじゃんと呟いた。
「それとも何、アベルは嫌なの? ボクがついていくこと!」
「いや…」
言葉を失ったアベルに向かい、ムクロたちも畳み掛けていく。
「大体、リティアナは俺たちにとっても仲間だろ」
「ベルティナだってそうですわ。何故、仲間を助ける手助けを私たちにもさせてくれないんですの? リュリュの台詞じゃないですけど、いい加減自分で何でも抱え込む癖は治したほうがいいですわよ」
「腕の良い森人と天人と魔人と小翅が暇してるのに、連れてかないなんてあんた見る目無さ過ぎよ。何よりもねぇ、誰も踏み込んでない、面白そうなところに行くんなら誘うのが仲間ってもんでしょうが」
「ねえ、アベル」
立場をなくし、縮こまっているアベルの顔をリュリュが覗き込む。
「こういうとき、なんていえば良いか…もう、知ってるよね?」
見れば、仲間たちもじっとアベルを真剣な面持ちで見ている。
「…そう、だね。ごめん、周りの見えない班長で」
一斉に同意の声が上がる。
顔を赤くしてはにかんでいたアベルだが、やがて顔を引き締めると一旦仲間たちをみわたし――そして、深々と頭を下げた。
「お願いだ、みんな。リティアナを助けるため…僕に、力を貸してくれ」
そして、手を伸ばす。
四人は力強く頷くと、その手に自らの手を重ねた。
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