第40話にして終章-1 終戦

 化獣兵はベンナグディル城から出てくるのが大半だったが、すべての化獣兵が城内に駐屯していたわけではない。セプテクトの狙いは戦場の混乱にあったため、各部隊に分散して配置されていた。その中には日中の戦いで水を浴びずに済んだ幸運な者も多くいる。


 そして、後期に作成された化獣兵は自意識が強く扱いにくかったドゥルガンの事例を踏まえ、セプテクトが命令を下すまでは自意識を保つように改良されている。

 そのため、アリウスが己が下に付くことを命じる前に正体を現し、孤立している部隊を襲撃しはじめた者たちもいた。


「くそっ、まずいよこのままじゃ!」


 かつてユーリィンと相対した、女刀術士が弱音を吐くと、ドリスが怒鳴りつけた。

「うるさいっ、まずいのは見りゃゃ判るんだよ! 泣き言抜かす暇があるなら、刀を振るんだよ!」


 襲われている者たちの中にはドリスの部隊も含まれていた。他にもセイゲツの生徒たちとで集まり、露営の準備をしていたのだが、元々数が少なかったことが災いしたのだ。


「だがどうする、ドリス。どうやらここいらでは俺たち以外動ける奴はいないようだぞ」

 間断なく周囲を見渡しザウェモンがドリスにだけ聞こえる声で囁く。


 ここはディル皇国の市街地でも最も外れに近く、民家などは見えない。他国の軍も引き上げたからか、すでに倒れているセイゲツ兵以外ではかつてハルトネク隊と戦った五人だけが立っている状態だ。その五人も、あちこちに返り血と怪我を負っており、激戦があったことを物語っている。


「んなこたぁわかってんだよ。だけどどうしろってんだい。こいつら見捨ててあたしらだけセイゲツへ帰れって言ったらあんた納得できるのかい?」

 ザウェモンが首を振る。


「だろ、あたしだってそうだよ。ならすることは決まってんだろ、ここであの鼻持ちなら無いハルトネク隊が勝利するまで、襲い掛かってくる奴を片っ端から切って切って切りまくる。それだけだよ!」

「ですが…それもどうやらしなくて済みそうですよ」

 シュゴイネルが安堵したように言う。言われて彼の視線の先を見れば、それまで爛々と目を輝かし、牙をむき出しにして熱い血潮を存分に味わおうとしていた化獣兵たちは軒並み俯き動かなくなっていた。


「なんだい、こりゃあ? 一体何が起きたってのさ…」

 仲間たちも首を傾げるばかり。


 そうこうしている間に、化獣兵たちは糸が切れた操り人形のごとく続々と力なくその場に倒れつき、そして更には人の姿を取り戻していった。


「ふぅん? こりゃあ、もしかして…」

「ああ、多分。俺も同じことを思ったよ」

 ドリスとザウェモンが互いに顔を見合わせると笑いあい、そして安堵したように腰を下ろした。他の三人が目を白黒させていると、しばらくして遠くからおぉいと人の声が聞こえてきた。


「良かった、お前たちは生きていたんだな」

 顔中汗みずくにして駆け寄った男は、周囲を見渡し嬉しそうに破顔した。


「あんたは?」

 眼光鋭く尋ねるドリスに、オリゼガと名乗ったディル皇国兵は事の次第を説明した。


「ふぅん、じゃあこいつらはさしづめはぐれ化獣兵って訳ね」

「そういうことだ。しかし、セイゲツ生と言ったか、お前たちもなかなかやるな。まさかここまで化獣兵相手に渡り合うとは。他の国の部隊ではまるまる全滅したところもあったそうだぞ」

「へっ、あたしらをそこいらの奴と一緒にしないで欲しいね」

 憮然とした面持ちで言い放つドリスに、オリゼガは苦笑した。


「いやはや、今時の若いもんは凄い粒揃いだな。アグストヤラナの生徒も凄かったし。特にあの、何とかという名前の変わった隊。彼らがこの戦いを終わらせてくれたともっぱらの評判だぞ」

 その言葉にドリスは苦々しげに唾を吐き捨て、ザウェモンはやはりなとばかりに得心する。三者三様の反応に、いまだに事情の飲み込めていないシュゴイネルが情けない声を上げた。


「な、なぁ、お前らだけで完結するなよ。何があったか、判ってるなら教えてくれって」

「決まってんだろ」


 詰まらなさそうに返すドリスの代わりに、ザウェモンがにっこり笑って答えた。


「ハルトネク隊が、やったのさ。やり遂げたんだよ」

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