第2話-4 はぐれ者班



 戦技試験から一週間が経った。


 ぼうぼうと膝下まで伸びた草を掻き分け、同じ班となったアベルとムクロは少し離れて何かを探している。

 二人がいるのは学府校舎の裏手に入った山の中だ。すぐ傍に人の営みがあるとは思えないほど新緑が生い茂っている。


「どうだ、そっちはなにか良さそうなのはあったか? こちらは野芋と茸だ」

「こちらも野芋と、あと藪苺の果実を見つけたよ。果物はユーリィンが欲しがってたから喜ぶよ」


 二人とも、両手一杯の野芋を抱えている。大収穫だ。

 ふいと空を見上げると、丁度太陽が中天に差し掛かった頃だ。


「もうそろそろ約束の時間のはずだから、いったん戻ろうか」

「ああ。デッガニヒのところはどうする?」

「そうだなぁ…」


 少し迷ったが、船着場とは目的地からそう離れていないことを思い出したアベルは先にそちらに向かうことに決めた。


「判った。何をどれだけ渡す?」

「芋が多めだから、半分かな。あとは茸も少し。あまり少ないとデッガニヒさんも困るだろうし」

「その辺の判断はお前に任せよう」


 二人は来たときに立ち木につけた傷痕を元に帰り道を進んでいく。


「しかし…まさか、アグストヤラナに入った後でも家にいたときと同じようなことをするとは思わなかったなぁ」


 アベルはぽつりと漏らしていた。


 アグストヤラナでは基本的に自給自足での生活が求められる――そう生活実習担当の教師コツラザールから知らされたのは一週間前、戦技の授業の夜のことだった。


 一年生の週の半分は戦技と、自給自足のための食料や資材の採掘或いは採取に費やす。


 寝る場所や、炊事場、調理用具、最低限の武具などは学府が貸与してくれるし、週末と週の中で好きな日一日は食堂でのしっかりした食事も可能だ。

 しかし、それ以外は食料をはじめ、それ以外の生活用品は自分で採ってくるか、学府が専用に設けた購買部での購入・交換のみで賄うのが原則となっている。


 尚、荷物の取引を行う購買部では取引用の掲示板も用意されており、そこには採取などの仕事も張り出されているのでそれをちゃんと活用すれば食いっぱぐれることはない。

 こうして今、芋掘りに勤しんでいるのもその依頼の一つであった。


「食べられるには食べられるが、な…」


 ムクロが言ったのは、どうしても入手できないときのための緊急措置として、大食堂に於いて2デクストラ銀貨を支払うことで食事を購入できることを指す。


 しかし、一般の市場と比べても割高に設定されている(ウィベルの酒場なら5ボメル銅貨で一汁三菜のそれなりに豪勢な定食が食べられるだろう)ため、毎食食堂を利用するなどよほど裕福な実家を持つ一部しかできないのが実情だ。

 反面、購買は採取したり加工した物については色を付けて交換・買い入れしてくれるため、素材などを自前で確保したり自炊した方が手間は掛かるもののよっぽど安上がりになる。


「でも、それもいずれは見越さないとね」

「何故だ?」


 アベルが自分の経験を思い返し説明する。


「冬になったりしたら食べられる物を探すのが大変だからさ。それまでには何とか、班員全員分の対策を何かしら立てなくちゃならないだろうな。食べ物を多めにとっておいても全部残せるわけじゃないから、なるべくは余った分を保存できるように平行して加工していかないと。さて、と、デッガニヒさんは…と。あ、いたいた」


 桟橋に出て周りを見渡すアベルたち。デッガニヒはちょうど小船で戻ってきたところだった。


「おーう、アベルかぁー。なんじゃ、依頼かの?」

「はい。えーと、野芋を持ってきました。それと確かこの茸は食べられたと思ったんですが」

「おう、じゃあ見せてもらおうかの…ほう、ほう」


 手渡された茸と野芋をざっと見て、デッガニヒは頷いた。


「足りなかったですか?」


 依頼は適当な食べ物をもってこい、という内容だ。量などの指定は特に無かったが、それでも真面目なアベルはちゃんとそれなりの量を用意した。


「いんや、違う違う、逆じゃ。よくこれだけ持ってきてくれたの、ありがとう」

「いえ、それはいいんですが…芋ばっかりですけどそれでもいいんですか?」


 アベルの問いに、デッガニヒは無造作におうと答えた。


「そのくらいならわしの朝飯一食分くらいにしかならんからの」


 こともなげにそう答える老人にアベルは呆れた。アベルたちからすれば、これだけあれば班員全員が丸一日賄える分量だ。


「さて、それでは代金は金が良いかね? それとも食いもんかの?」


 少し考え、アベルは答えた。


「そうですね…今はとりあえず、食べ物が欲しいので…」


 デッガニヒはにかっと笑って大きくうなずく。そうした笑顔は実に愛嬌たっぷりだ。


「うむ、そうじゃの。新しい素材にはまずは慣れるのが賢いやり方じゃ。何が食えて何が食えないのか、どんな味か、それすら知らんとどう保存したり使えば良いか判らんからのぅ…ん、これくらいかの」


 傍の魚篭からざらざらと小粒な巻貝を大きな手で無造作に四掴みほどひっつかみ、傍に生えていた植物から大きな葉を毟り取るとそれに無造作に包んで放りよこした。明らかに渡した芋の倍以上量がある。


「いいんですか、こんなに?!」

「ああ、構わんよ。元々そういう取り決めじゃし、何より他の奴は大抵ろくなのを持ってこんからの。腐らせるよりはぜーんぜんマシじゃ」

「でも…」


 なおも迷うアベルたちに、デッガニヒが顔を寄せ小声で囁く。


「大体、あのルークとか言った奴などそこらに生えてる草を一本引っこ抜いてよこしてきおったからの。お返しにこちらも貝殻を力の限りぶつけてやったら、泣きべそかいて逃げていきおったわぃ」

「あ、あはは…」


 その光景が目に浮かび、苦笑するアベルは肩をすくませるムクロと顔を見合わせる。


 こうしてお互い満足いく取引を終えたアベルたちは、早足で自分たちの作業室に向かった。


 一年の各班は班員数に応じた教室を一部屋ずつ作業室として割り当てられ、そこを主に食事や自習、道具の整理などといった多目的に使える集合場所として使用できることになっている。


 アベルたち専用に割り振られた教室は校舎の一階右棟の端にある元倉庫で、広さこそましなものの薄汚れた部屋だ。


 配置したのはメロサーだそうだが周りには空き教室しかなく、そういう事情も手伝って影ではアベルたちのことを『はぐれ者班』と呼んでいる者も結構いるらしかった。


「ああ、良い匂いがしてきてるなぁ…」


 真正面にある大食堂からの香りに、思わずアベルは鼻をひくつかせた。


「…行こう。ここでこうしてても腹は膨らまんからな」


 悲しそうに首を振ったムクロに、アベルも同意する。


「…そうだね。ルークたちに見られたらまた何言われるか判らないし」


 厭わしいことに、大食堂での豪華な食事を終えたルークたちがちょくちょく嘲笑を浮かべながらわざわざアベルの教室の前を見下しながらゆっくり通り過ぎるときがある。

 そういうこともあってから、いつしかアベルたちは半ば意地になって可能な限り自炊するようにしていた。


「ただいまー」

「おっそーい!」


 引き戸を開けて入ってきたアベルたちを、リュリュのぶんむくれた声が出迎える。


「ちょっと遅いよ二人とも、今まで何してたのさ!」

「ふっふっふ…見て驚くなよ」


 教室の中央に備え付けられた大机の上に、今日の食材を置くとリュリュたちの目が輝いた。


「うわーっ、貝がたくさーん!!」

「どうだ、これでも遅いか!」

「いえいえ、アベル様ムクロ様ぁ」

「ありがたやありがたやぁ」


 両手を合わせて拝む二人にアベルは現金なものだと苦笑した。


「…おい、お前たち。茶番もそこまでにして、さっさと支度するぞ」

「はいはい。もう時間も良い頃合だし、はじめるとしますか」

「貝はついでに海水も汲んで来たことだし、潮煮にしようと思う」

「潮煮って、なーに?」

「塩水で煮るだけだ。新鮮だからそれだけでも十分美味しくなるが…そうだな、リュリュ。この前ユーリィンが教えてくれたソイユの実を多めに採ってきてくれないか。大体二つかみもあればいい」


 共同生活をしてはじめて知ったが、ムクロが魚介類の調理を嗜んでいるのは嬉しい誤算だった。アベルは鹿や兎の解体には自信はあったが、海の魚には余り縁が無い。一方、リュリュとユーリィンは森の中で過ごしてきたため植物中心の食生活に造詣が深い。自然、各自得意な料理を教えあう形式になっていた。


「分ったー」

「それじゃあ芋は茹でたらあたしに任せてくれない? この間に鍋でお湯を沸かしておくから」

「ああ、分った。じゃあ僕はその間に芋の皮むきしておくよ」

「茹で上がったらそのときも手伝ってね。力仕事お願いしたいから」


 おう、と掛け声をあげてみんな持ち場に移動する。


 アベルはすでに食卓に着いていたユーリィンの対面にある椅子に腰掛け、野芋の皮をくるくる剥き出す。二人の間を外からリュリュが鈴なりになった小さな赤黒い実を抱えてきては戻り、ムクロの向かう大釜のことことと茹立つ音だけが室内に響いている。


 そうやってしばらく誰もが無言で作業に取り組んでいたが、

「終わったぞ」

 そういうとムクロはざっざっとざるで貝を湯切りし、手近にある木皿に移すとユーリィンと場所を交代した。


「お疲れ。こちらもちょうど今さっき芋の皮を剥き終わったところだよ」

「じゃああとはあたしが茹でるから、二人はソイユの実から汁を絞り出しておいて。そうそう、絞った実は捨てないでよ。これも茹でてからすりつぶせば良い調味料になるんだから」


 ユーリィンに芋を渡し、アベルは代わりに受け取ったソイユの実をムクロと一緒になって実を絞りはじめた。

 力を入れると、薄い皮が柔らかい実と共にぱつっと裂け、そのまま絞るとどろりとした真っ黒い果汁があふれ出てくる。この汁がただの塩とはまた違った味わいを齎してくれるのだ。


「不思議な実だよなぁ、これ」

「ああ…甘い果実なら俺も幾つか知っているが、しょっぱいのははじめてだ」

「うん。しかもただしょっぱいんじゃなくて、妙に味わい深くて美味しいんだよね。癖になるよ」


 ソイユは学舎の近くに沢山生えているが、アベルも調理に使ったのははじめての経験だった。

 リュリュもかなりのものだったが、ユーリィンの自生する果実や草についての知識はとにかくずば抜けていた。山育ちのアベルですら知らなかった調味料になる野草や果実だけが学府の敷地内だけでも数十種類あり、それを使った料理のおかげで味付けが単調にならない。

 なかでも、このソイユの実のしょっぱい味わいはアベルの大のお気に入りである。


「前もって言っとくけど、美味しいからってソイユの実だけを一杯食べたり、汁を杯一杯にがぶ飲みしたりしたら死ぬから止めてね? あ、リュリュ、あたしが準備してる間に平たくて持つのにちょうど良さそうな石を四つほど集めて綺麗に洗ってきて」


 アベルの考えたを見透かしたか、ユーリィンは横目でにらんだ。


「死ぬってそんなまた、大げさな…」

「実際に死んだ人がいるからそう言ってるの。でも良いわよ、信じないなら信じないでも。どうぞ、お好きなだけお食べになって?」

「わ、わかったわかった」


 両手を振って応じるアベルを尻目に、ムクロが肩をすくめた。


「ほどほどが良いということだな、何事も」

「そういうことね。多くても数粒までだって、あたしも大婆様たちから口をすっぱくして言われたものよ。と、うん。ちょうど良い石ね」


 早速外から行って戻ってきたリュリュから石を受け取り、検分したユーリィンは満足そうにうなずく。


「さ、芋も茹で上がったし、ソイユの汁もそれくらいでいいわ。後は、みんなでこれをひたすら潰すわよ!」


 力作業の宣告に、リュリュが慌てて飛び上がる。


「え、ボクも?! ボ、ボク頭脳労働担当だから…」

「ならリュリュは食べなくていいわね」


 が、ユーリィンがぴしゃりと答えるとリュリュは慌てて小石をひったくった。


「ああっ、やる、やるよぉ!! まったく、小翅族使いが荒いんだから…」


 彼女たちのやり取りをみて、アベルはあははと笑う。


「…まったく、騒がしい奴らだ」


 三人を横目で見ながらそうしみじみ呟くムクロの口元も、いつしかほころんでいた。


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