第2話-3 戦闘の適正
直後、ムクロが地面を蹴る。充分あったはずの間合いが瞬く間に詰められ、アベルは横殴りの攻撃をかわすだけで精一杯だった。
「う、わ、わわわっ」
「アベル!!」
今叫んだのはリュリュだろうか。
しかし、そちらに気をとられる余裕はまったくない。
(迅いっ!)
間合いの短いはずの短刀相手に元来であれば寄せ付けずに済むため、有利となるはずの長剣だが、むしろ素早く懐に入り込んで切りかかってくるムクロ相手では逆にとり回しが不便となる。
(しっかり、視るんだ…っ、さもない、と、やられるっ)
祖父との訓練のおかげで速さにはそれなりに慣れてきた。だが、まだまともな戦闘にならない。
相手の命を心配して手を抜くどころか、追撃を大きく跳び退ってかわすもすぐに間合いを詰めてくるし、何とか剣を振る機会を得ても腰が入らないため、剣先の速度が乗り切る前に間合いの外に逃げられてしまう。
(やっぱり、凄い…!)
頭を狙った軌跡を身をかがめてやり過ごし、下からの切り上げを身を捻って避ける。なんとか隙を伺いながらもムクロの斬撃をかわしつづけていたアベルだが。
「しまっ、た、った!」
足がもつれ、ぐらりと倒れ込む。ちょうど切り下ろそうとムクロが飛び込んだところで、二人はもつれ合うようにして体勢を崩してしまった。
「むっ」
それでもムクロは転ぶ前にたたっ、と軽やかな足の運びで追撃せず間合いを離している。無様に転んだのはアベルだけだ。
「大分息が上がってきたようだが、降参したらどうだ?」
「も、勿論。これからが本番だよ!」
どうにか立ち上がったアベルだが、肩で息をしている。さすがにやせ我慢しているのは誰の目にも明らかだった。
「…ふん。まあいいだろう。深呼吸をして息を整えろ。それくらいは待ってやる」
「…ぜえ、はぁ…あ、ありがとう」
「礼を言われる筋合いは無い。後でごちゃごちゃ言いがかりをつけられるのは御免だからだ」
アベルは深く息を吸い、呼気を整える。その間、思考をまとめていた。
(判っていたけどどうやら正攻法で勝つのは無理そうだ。なら、最初に考えたやり方しかないか…)
「考えごとか、余裕だな?」
「そう、みえる…かい…?」
「さてな。準備はできたようだな…いくぞ!」
先に息を整え終えて待っていたムクロが再び踏み込んでくる。
「うわっ、まだなのに…ええい、ままよっ! こうなりゃぶっつけ本番だ!」
小ぶりな動きで斜めに切り下ろしてくる短刀を弾き、更なる追撃も目を凝らしてしっかり弾く。
「…む?」
ムクロの眉が一瞬、ひそめられた。
「おやーぁ? ふぅーん? ほほぉーん」
メロサーも興味深そうに身を乗り出したが、彼の呟きは周囲の喧騒に掻き消され聞いた者はいない。
「ほほおーぉ、なるほどなるほーど…あの破落戸はこの授業の真意に気付いたみたいですねーぇ。校長が目を掛けた理由がーぁ、ちょっと分った気がしまーす」
その間も、先ほどまで同様ムクロの猛攻はつづいている。
だが、今度はアベルの動きが変わっていた。
「お、おい…」
「あ、あれ? なんか、おかしくないか?」
数人目ざとい生徒たちも気付いたようで、ユーリィンもその一人だ。
「へえ…なるほど、面白いことを考えるわねぇ」
いつしかぎぃん、ぎぃんという鎬を削る音のほうが生徒の私語より大きくなっていく。
独り言を聞きつけた、まだよく判っていないリュリュがユーリィンに尋ねた。
「え? ね、ねえユーリィン、何? 何? どゆこと?」
「うっるさいなぁ。見てれば分るよ」
「わかんないから聞いてんの! ねーねー、何ー、何があったのってばー!!」
はじめは無視していたが、執拗に髪の毛を引っ張るリュリュの嫌がらせにユーリィンは根負けした。
「んっもう、邪魔臭いっ。よくアベルの動きを見てみてなさいよ、さっきと何かが違うって気付かない?」
「んー?」
なおも重ねあわされる剣と短刀。しかし…
「くっ、やあっ!」
アベルが振り下ろされかけた短刀を剣の根元で受け止め、腰を入れて大きく突き返す。
吹き飛ばされることはないが、それでもムクロはたたっと後ろに離れ、その間にアベルはぜぇはぁと肩で荒い息をしながらも素早く動けるよう、再びこじんまりとした構えに戻った。
そして、そのまま再びじっと睨みすえている。
「んん? あれ…? なんか、戦い方を変えた? どっしりしてる? さっきまでは追撃してたと思ったけど…」
リュリュの回答に、ユーリィンは大きくうなずいた。
「そう。さっきは速い攻撃を大きく避けていたみたいだけど、今は違う。どちらかというと、相手の行動をしっかり読んだ上で最小限の動きで防いで隙をつくらせてる」
「へえ~…って、でも何でそんなめんどくさいことしてるの? 隙がつくれたならどんどん攻めて倒せばいいじゃん?」
ユーリィンは小さい友人を小馬鹿にしたように横目で見やった。
「あんたねぇ…それが許される相手なら、彼だってわざわざこんな疲れる戦い方を選ばないっての。まともに戦っても到底適わないって判ったからこそ、売り込み方を変えたんじゃないのよ」
実際、アベルの消耗はかなりのものだった。
今も尚ほとんど汗をかいていないムクロに比べ、彼の足元には滴った汗が大きな水溜りをつくっていた。
防ぎきれないことも多く、致命傷こそしっかり防いでいるものの肩口や二の腕などには幾つもの切り傷ができている。
何より、強い相手を前に剣を合わせ続ける重圧が疲労をいや増していた。
「じゃあ、なんでそんな七面倒なことしてんの? アベル勝てそうにないじゃん?」
「そこが面白いとこなんじゃないの」
ユーリィンはふふっ、と笑った。
「リュリュ、メロサーの言ってたこと覚えてる?」
「えーと…『戦え! そして勝て!!』だっけ?」
まったく考えるそぶりすら見せず、リュリュは元気に即答した。
「…違うわよ。『戦うことでどれくらい戦闘への適正があるかを見る』。つまり、勝敗は判断の条件に入ってないの」
「そういうことなんだ…ん? でも、じゃあこの試験ってなんの意味があるの?」
「そう、そこよ」
リュリュに顔を寄せ、他の生徒に聞こえないように声を落としつづける。
「忘れた? あたしたちは今後、班単位で活動しなくてはならない。つまり、班で組むことを前提とした上で戦闘の適正を見る、そうも言ってるの」
「えーっ!?」
「うるさい!」
慌ててリュリュの口を塞いだユーリィンは、納得できなさそうな彼女にもう少しかいつまんで説明してやる。
「考えてみなさいよ。武器なんて握ったことが無い人も中にはいるんだから、単に武技の腕前だけで適正なんて決められるわけ無いでしょ。そんなことより、初見の相手でもしっかり隙を作れるよう動けるだけの技術を持ってるって伝えられるのは他の人にしてみればかなり心強い…違う?」
「なるほど…それはそうだね」
確かに、後衛向きの戦い方をするリュリュたちとしてみれば、長持ちする前衛がいるだけで大分戦いやすさは変わる。
「それに、ここの理念もそう。『自分で考える』…まさしく、もう授業ははじまってるってわけね」
「なるほどなぁ…」
ようやくリュリュも納得したようだった。
「まああたしもあいつのやってることを見るまでは気付かなかったんだけどさ。彼、面白いわ」
言いながら視線を戻すと、アベルが十何度目か押し返したところだった。
「…飽きた」
そこではじめて攻め手を止めたムクロが、構えを解いた。
短刀を後ろ腰の鞘に納めながら、メロサーに向かって言い放つ。
「俺の負けで良い。降参だ」
えええ、というどよめき。ムクロが優勢だったのは傍目にも明らかだ。
しかし、メロサーも満足げに大きくうなずいた。
「わかりましーた。そういうわけでーぇ、勝者ーぁ! アベル=バレスティンー!!」
それを聞き届けた直後。
「アベル?!」
どさり、とアベルが膝から頽れた。顔色が青白くなっており、激しい疲労に加え緊張の糸が切れたことで気を失ったのだ。
慌てて駆け寄るリュリュとユーリィンに、ムクロが声を掛けた。
「お前たち、こいつの仲間か?」
「そうだけど、悪い?」
「いや…誘っておいて俺を自分の評価を上げるのに利用するとは…抜け目無い奴だ。気に入った」
そういう口元はわずかにほころんでいる。
「もしそいつが起きたら伝えてくれ」
「じゃあ…」
「ああ、お前の提案を受ける、とな」
それだけ言い残すと、二人の返事を待つことなくムクロは立ち去った。
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