第2話-1 はじめての仲間

「馬鹿な! 放校しないだなんて、処分が軽すぎます!」


 反論したのはリティアナだった。新入生歓迎会が終わってすでに半時が経っている。


「そうかね?」

「そうです!」


ばんと机を叩く音が校長室に響く。


「甘い対処をすれば、また同じように校長に刃を向ける者が現れないとも限りません。何より、また切りかかるかもしれないじゃないですか! メロサー先生はじめ、他の先生方にもそう懸念する声が上がっています」


 眉一つ動かさずに答える彼女に対し、当の校長はやれやれと苦笑する。


「それは多分、無いと思うがね」

「何故そう言いきれるのですか」


 その質問に、ガンドルスはしばし考え込んだ後。


「勘だ。長年の軍人、そして教師としてのな」


 リティアナの眉がかすかにひそめられた。


「と言っても信じられないだろうが…納得してもらうしかないな。お前だって知っているだろう?」

「…ええ。ご決断された以上、私たち第三者がどう言っても翻さないのでしょう」


 にやり、とガンドルスの口元がゆがむ。


「ま、そういうことだ。まあそれはそれとしても、仮にまた襲ってきても問題あるまい。何せ新進気鋭の冒険屋でもある君をはじめ優秀な生徒たちもいるしな」


 かっかっかと高笑いするガンドルスに、リティアナはふぅと小さく吐息を吐いた。確かに、普段の彼に傷を付けることがどれだけ至難なことかは彼女も知っている。


「というより、わしはむしろ歓迎してるくらいだ」

「歓迎…ですか」

「うむ。聞くが、我が校の理念は?」

「戦うだけしかできない兵士ではなく、国や種族と言った狭い範疇に拘ることのない、大切な者を護ることのできる一人の存在として育てる…です」


 うむうむ、と嬉しそうにうなずくガンドルス。


「少なくとも、箔付けのため送り込まれる貴族よりは自分で何をすべきか考えてきておるではないか。将来がとても楽しみだ」

「ご自分の命が狙われていると言うのに…」


 盛大にリティアナはため息をついた。


「なぁに、人生にはそれくらいの刺激があったほうが面白いもんだ」

「…私には、よくわかりません」


 声にやや不満げな響きが混じっているのを感じ取り、


「それならばいっそ君が監視で四六時中張り付けばどうだ?」

「お断りします」


 今度はあからさまに硬くなった口調にガンドルスは苦笑する。


「ともあれ、当面は彼も生徒の一人として扱うのは決定事項だ。他の先生たちにも伝えてある」

「ですが…」


 堂々巡りになるのを避けるため、ガンドルスは片手を上げて彼女を制する。


「まずは二ヶ月。その間に彼が何故わしを狙うのかをはっきりさせよう。それに応じて今後の対応を取り決めるつもりだ」

「二ヶ月…雨勝月あめがちのつき、ですか」

「うむ。それだけあればどういうつもりだったか見極めもつこう。その答えに納得できないようなら君にも動いてもらう…それでどうかね?」


 少しの間を置いて、リティアナは分りましたとうなずいた。


「よし、それでは決まった。ではもう夜も遅い。君も宿舎へ帰りたまえ」


 分りましたと言って部屋を出たあと、ガンドルスは髭をしごきつつ椅子に深々ともたれかかった。


「やれやれ、真面目なのは良いことだが…どうしたもんか、な」





 ほぼ時を同じくして。


「どうしても理由を言う気は無いのですか?」


 答えようとしないアベルに、ドゥルガンは深いため息を吐く。ここにきてから何度目かのやりとりだが、進展は未だ見込めなかった。


「事情も説明しないで最高責任者に切りかかるような人物を置いておくのは風紀の面でも、また生徒や教師の安全面でも許可しがたいのですが…」


 アグストヤラナの地階に設けられ、主に懲罰房として用いられている石造りのひんやりした小部屋の中のアベルに向かい、扉の向こう側にいるドゥルガンは校長の下した裁定を告げた。


「僕を、処罰しない?」


 それを聞かされたアベルは首を傾げたものだ。思わずかっとなって飛び出してしまったが、まさかのお咎めなしになるとはさすがに思いもしなかった。


「ええ…大変遺憾ですが。まったく、あの人は変に意固地ですからねぇ…」


 部屋に備えられた唯一の家具、粗末な寝台に腰掛けたままのアベルからはドゥルガンの顔は見えない。それでも、彼が極めて渋い表情をしているだろうことは声から容易に推測できた。


「ともかく、罰則として今日一日そこで頭を冷やしなさい。明日から授業を行いますので、そのときには出してあげましょう。と、その前に前準備が必要ですが、何をするのかは…」


 そこで視線を上げたドゥルガンは、廊下の突き当たりをにらみつけた。


「そこの二人。あなた方が教えてあげなさい」


 そういうとつかつか大足で出口に向かった。


「あちゃ、気付かれてたか」


 すれ違い様、ドゥルガンは一瞥する。


「君は気配を隠す技術が今後の課題ですね。森人にしては直情過ぎて、今のままでは気配が駄々洩れですよ」

「…そりゃどうも」


 ドゥルガンが出口に繋がる石段を昇っていったのを確認し、口を尖らすユーリィンの服の裾からリュリュが飛び出してきた。


「アベル、大丈夫? 酷いことされてない?!」

「う、うん。大丈夫、怪我とかはしてないよ」

「よかったぁ!」


 ほぅっと胸をなでおろしたリュリュを見るに、大分彼女はこの人族のことが気に入ったらしい。そうユーリィンは感じていた。


「こら、まずやることあるでしょ」


 勢い込んで覗き窓に飛びついたリュリュが隙間から潜り込もうとするのを無理やり引き剥がしてから、ユーリィンは荷物をごそごそとやりだした。その間リュリュはユーリィンの頭の上で警戒のつもりか、灯りをつけた松明を手にきょろきょろと落ち着き無く周囲に目を光らせている。


「食事前に飛び掛ったから、なんにも食べてないでしょあんた。ほら、手を出しなさい」


 ユーリィンはそういって何かを覗き窓から滑り込ませてきた。


「わっ、とっと」

「冷めてるけどそれくらいは諦めて。こうやって差し入れしていいかもわからなかったし」


 無事受け取ったそれは、両手からはみ出しそうな程大きい、二枚重ねした厚手の麦餅だった。


「これは?」

「リュリュに感謝しなさい。彼女があんたのためにわざわざ食べ物を用意するよう言ったのよ。自分が食べたいのも我慢してね」

「そうなんだ。ありがとう、リュリュ」

「どーいたしまして!」


 麦餅の間には灰色がかった褐色の練り種が厚めに塗られている。その色合いが不気味だ…が、空腹には勝てず、アベルはさっそく大口を開けて齧り付いてみた。


「これは…?」


 頬張るとねっとりした濃い味わいが滑らかな舌触りと相俟って伝わってくる。


「大きな魚の肝をね、練り潰して味付けにした奴なんだって! ねね、どう、美味しいでしょ?」


 生き生きと答えるリュリュにつられ、アベルも表情を和らげた。


「うん、すごく美味しいよこれ」


 アベルが貪るように食べている間表の二人は黙って待ってくれていた。


「本当にありがとうリュリュ、おかげで助かったよ。それにユーリィンも。二人ともわざわざありがとう」


 ふうと一息ついたアベルの礼を受け、リュリュが嬉しそうに羽を羽ばたかせる。


「えへへっ、どーいたしまして! それにしてもそんなに気に入るなんて、他の料理も食べられなかったのが残念だったね。他のも、すごくすごく美味しかったんだよ!」


 悪気の無いリュリュの言葉に、アベルも苦笑するしかない。


「あ、あはは…まったくだね。こんなことなら食べ終わるまで我慢すればよかったよ」

「にしても驚いたわよ、いきなり校長へ切りかかるなんて。何であんなことを?」


 軽口めいたやり取りに、これなら聞けるかもとユーリィンは質問するが、


「…ごめん。今はそれについては言いたくないんだ」


 にべもなく断られたユーリィンはこの場で動機について聞き出すのは諦め、本題に入ることにした。彼女たちの来訪の目的はアベルの陣中見舞い以外にも別にある。


「あ、そう。まあ、言いたくないなら今は良いわ。それより、今は差し迫った問題があるからそれから片付けないと」

「問題?」


 何か彼女たちに迷惑を掛けただろうかとアベルは首を傾げたが、元々二人とは連絡船で偶然知り合っただけの関係であり、思い当たる節が無い。

 首を捻っていると、ユーリィンがこほんと一つ咳払いをした。


「明日から授業が始まるのは聞いたわよね?」

「うん。ドゥルガン先生からそう聞いた。…僕も含めて、ね」


 アベルが自嘲気味に付け足したのを聞き流し、ユーリィンはつづけた。


「で、その際に何人かで班をつくらないとならないんだってさ」

「班?」


 はじめて聞く単語にアベルは聞き返した。それはドゥルガンから聞かされていない。


「ええ。最低三人から、最大六人での組み分け。その集団でこれから共同生活をしろ。一応仲間の変更は可能だけど、基本その仲間とで卒業まで行動するんだ…って」

「共同…生活……え?! 昨日出会ったばかりなのに?」


 ユーリィンの言葉にアベルも目を剥いた。


「無茶苦茶だなぁ、お互い良く知らないのに…」

「まあねぇ…」


 ユーリィンも困ったような顔で頷く。


「…ちなみに、もし誰とも組めなかったら?」

「一ヵ月後、誰とも組めなかった者は退学なんだって」


 はぁ?と思わずアベルは聞き返した。


「横暴だーって、ボクたちだけじゃなく、他のみんなもそう言ってたんだけど…」


 『喧しい、それが我が校の方針だ!』とガンドルスに大喝されたそうだ。


「本当に無茶苦茶すぎる……」


 首を振るアベルに、しかしユーリィンは意外と気落ちしていないように語りかけた。


「まあでも…考えてみれば、『一ヶ月もある』と思うべきなのかも知れないわよ?」

「どういうこと?」


 アベルに問い返されたユーリィンはあっさりした口調で答えた。


「仲間を探すのが最終目的じゃないのだから、一年もだらだら仲間探しに時間を掛けてもしょうがないってことなんじゃない?」


 なるほど…そう言われて見ればその通りかもしれない。


「ま、嘆いててもしょうがないしお互い因果なとこにきたと思うしかないわ。それで、話を戻すけど」


 こほん、と咳払いが聞こえる。


「あなた。あたしたちと組まない?」


 ユーリィンの申し出にアベルは少し考え込む。迷惑をかけてしまうかもしれないから先ほどは詳細を伝えずにいたが、元々ここへはリティアナかガンドルスの情報を得るために来たのだ。元気そうな彼女に会えたことは嬉しいが、ここで放校されては二人のことが何もわからずじまいになる。

 意を決し、アベルは口を開いた。


「僕は構わないけど…そういう二人はいいの?」


 その言葉にリュリュが嬉しそうに顔をほころばせうん、とうなずく。 ユーリィンもまた、ほっと安堵の吐息を吐き出していた。


「もちろんだよ!」


 それに、とユーリィンがつづけた。


「他の連中はあたしたちと組みたがらないからね」

「そうなの?」

「…うん」


 言いよどんだリュリュの代わりにユーリィンが説明する。


「元々各国の軍に上がるための踏み台としてみている貴族ばっかなのよ、ここ」


 かつてここで鍛えられた先人は他の軍学校卒業生よりはるかに質が良く、今ではアグストヤラナを卒業したことそのものがある種のお墨付きとして各国で重宝されている。そのため、昨今は成り上がり貴族をはじめ、箔を付ける為にこぞって入学させようとする者が増えているのだそうだ。

 有名になりすぎたが故に、理念とは真逆の状況になっているのは皮肉といえよう。


「一方で、人族の社会に比較的関わる天人族とかならともかく、そもそも森の中に生活圏をつくって外と関わりを持ちたがらないあたしら森人族や小翅族はここにいること自体珍しいことなの」

「今年の新入生の森人と小翅族はボクたちしかいないんだ。獣人族はいないし、他は天人と魔人が一人ずつだけ」

「へぇ~」

「他人事みたいに…まあ、そんなわけでわざわざあたしらと組むような物好きはいないのよ。それに」

「君たちと組むと、船のときみたいに後々ちょっかい出されるかも知れない…ってこと?」


 意外にアベルの頭の回転がはやいことに、ユーリィンはちょっと驚いた。


「そうなんだけど…分ってるなら、考え直したら?」

「なんで?」


 間髪入れず返され、ユーリィンはリュリュと顔を見合わせる。


「なんで…って、今の話聞いてた?」

「やだな、ちゃんと聞いてたよ。でも、だからと言って君たちと組まない理由にはならないだろ?」


 あっさりそう言われ、ユーリィンは思わず目を丸くする。彼女がこれまで接した人族でここまで他種族へ拒否反応を示さない者はお目にかかったことが無い。


「…あんた、やっぱ変わってるわ」

「えぇ?! そうかなぁ…」


 心底不思議そうに呟くアベルに、ユーリィンも苦笑するしかない。


「そうよ。ま、この方があたしたちも助かるわ。まったく、ここに来るまでどう切り出そうか悩んだのが馬鹿みたいじゃない」


 自慢げにリュリュが口を挟んでくる。


「だから言ったじゃん、大丈夫だって!」

「あのねぇ…あたしはあんたみたいにお気楽極楽じゃないのよ」

「いやぁ、そんな褒められると照れちゃう~」

「褒めて無いわよ」


 えへんと胸を張るリュリュのおでこを指で軽く弾いたユーリィンも、自然と笑顔になっていた。


「まあいいわ、余計な時間をとらせたわね。それじゃあ、明日の朝になったら迎えに来るわ。そのときはよろしくね」

「うん…あ、ちょっと待ってくれないかな」


 そう言って階段に向かって歩き出そうとしたところを呼び止められ、二人は再び戻ってきた。


「ん、どしたの?」

「そういうことなら、一つ提案があるんだけど」

「今すぐここから出る手伝いをしろってなら残念だけど無理よ?」

「そうじゃなくて…」


 アベルは先ほどの二人の話を聞いてから思いついた提案を口にする。


「…ええーっ!?」


 アベルのお願いを聞いた二人の口から飛び出た驚きの声が、廊下にわんわんと反響した。

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