終章 『帰還』 See You
どんなものにも終わりはある。永遠に続く苦しみも無ければ、終わりなき幸せも存在しない。
生物はいつか生命活動を終え、形ある物はやがて朽ちていく。平等に与えられた時間は平等に流れ続け、ありとあらゆる事象に結末を導きだすのだろう。
しかし、それらがこの世界を去る時、行き着く場所は同じなのだろうか。
その時、私はどこへ帰るのだろうか。
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『神』が死んだ影響か、次々とガラスケースが破られると、閉じ込められたキャラクターたちは我先にと階段へ詰め掛けていった。
「本当の『ゲームオーバー』ってやつだな。神もラスボスもいなくなったこの世界、後は『ニューゲーム』でやり直すだけ」
山王ことメイカーは床に落ちた邪神を抱えると、ゴウトに手渡した。
「改めて、ゲームクリアーおめでとう。後は本来いるべき場所に帰るだけだ。あんた、外から連れてこられたプレイヤーなんだろ?」
「あ、ああ……」
ゴウトはまだ混乱が治まらない中、メイカーの顔を見た。
「話がよく見えないんじゃが、あんたもダンテと同じ……」
「そう、故郷をなくした宇宙人さ。ダンテの作ったゲームに入り込み、第二の人生を送るつもりだったが……未練がましく現実を引きずっていたクチだよ」
メイカーは斧を抱えなおした。
「ただ、主人公ってのはどうにも柄に合わなくてね、せめてあいつの作ったゲームに水をかける様な、そんな道化師を演じたかった」
メイカーが扮する『山王』は、声や態度はでかいが見かけ倒しという滑稽な大男。それはダンテが用意しなかった未知のキャラクター、この世界におけるイレギュラーな存在であった。
「もしかして、闘技場の時からか?」
「ゲームの進行上ではな。ただ異変が起きているのは明らかだったし、こっそりあんたたちの後を付けたりした。お陰でダンテにたどり着く事が出来た」
「……復讐したかったのか?」
「さっきも言ったが、恨みじゃないよ。ただ仲間だったよしみで、ダンテを止めたかった。それだけさ」
いつの間にか、ガラスケースにいたキャラクターたちは全て脱出しており、階段下からは騒音が聞こえてきた。
「どうやら没キャラと裏キャラの戦いが始まったな。あんたたちは行きと同じく、エレベーターを使って帰るといい」
「お前さんは?」
「俺もゲームキャラの端くれさ。自分の運命くらい、自分で切り開いてみせる」
メイカーは斧を肩にかけると、階段に向かって歩きだす。
「そうそう、ニューゲームはいつでも発動出来る。俺たちの事は気にせず、好きなタイミングでこの世界を終わらせてくれ」
後ろ手を振りながら、メイカーは階段を降りていった。
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ゴウトが『禁断の塔』を出ると、風が強く吹き付ける。ゴウトはふと辺りを見回した。
眩い青空と生い茂った木々や緑、そして透き通るような青い海。女神も邪神も力を失ったこの世界を脅かすものはもう何もいない。そんな平和と虚無を感じさせるような景色に、ゴウトはふと戸惑った。
「……そういえば『破壊と創造の力』とは結局何じゃ、そいつで全てが丸く収まるのか?」
ゴウトは抱え持った邪神に話し掛ける。
【ゲームには、現在の状況を記録する『セーブ』と、記録された状況を再現する『ロード』という二つの機能が存在します。手っ取り早く言えば、事件が始まる前の平和な時代、つまり『オープニング』をロードします】
「それでこの世界は直るとして、ワシらの世界はどうなる?」
【『女神が暴走しない』世界になる事で、痕跡も記憶も残りません。最初から何も起きなかったのですから】
「そいつは寂しいな」
聞き覚えのある声、振り向けばメラ、ベル、キオ。そして金王と連れの竜が見えた。
「みんな!」
「金王が『神の息吹』で蘇生してくれたのさ。金持ちサマサマだな」
金王へ目をやると、彼は少し照れくさそうに顎を触った。
「結果はどうあれ、世界の混乱を治めた勇者様だ。代金はいらねえよ」
「しかし、この世界の人々は勇んで向こうの世界へ旅立ったのでは?」
「そして、誰も帰ってはこなかった。女神が焚きつけた開拓者への道ももうおしまい。俺たちはとっくに罰を受けたのさ」
金王の言う通り、女神に言われるがままに現実世界へ足を踏み入れた者たちはことごとく散っていった。もし生き延びたとしてもそこは法と秩序が安寧をもたらす世界。力を振るう術しか知らない者たちにとって、決して居心地の良い場所にはならないだろう。
もっとも、邪神の言う事が正しければ、そんな彼らも何事もなかったように人生をやり直せるのだろうが。
「それより、今の話って本当? 帰ったらみんな忘れちゃうの!? そんなの嫌だよ!」
【記憶は無くなります。しかし、あなたたちが生きてきた証、戦って切り開いた運命は、来世さえも変える力を秘めているそうです】
「それまた宗教くせえ話だな」
【私も存在を確認してはいません。しかしこの大いなる力を、古代人は『つよくてニューゲーム』と呼びました】
「ふん、名前もいい加減だな……それでどうする? さっさと現実に帰るか?」
メラの提案に、一同は押し黙る。しばらくしてキオが沈黙を破った。
「待って、一日だけ! 最後にこの世界を見て回りたい!」
「言いにくい事をよく言ってくれる……俺も賛成だ」
キオの一声で、ゴウトたちは一度近くの大陸に移動した後、解散する事になった。口にはしなかったが、全員それなりに思い入れはあったらしい。
ゴウトは塔で起きた出来事を皆に話そうかどうか迷ったが、結局自分の胸に留める事にした。話したところで水を差すような気がしたからだ。結果がどうあれ、自分たちのゲームは終った。それにどうせ消えてしまう記憶なら、話したところでしょうがない。
「あんたもどっか寄ってくか?」
残った金王に話を振られ、ゴウトは慌てふためいた。
「ワシはその……」
「まあ無理にとは言わないけど、どうせ明日になれば全部忘れちまうんだ。どうせ一日潰すなら派手に遊んできたらどうだい?」
(明日になれば全部忘れる……)
ゴウトはふと周りを見渡した。当たり前の様に過ごしてきた空間が、もう少しで消えてなくなる。あれほど帰る事を目指していたのに、何故だかそれが寂しく感じた。
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「また負けた!」
「資金不足か、服でも売るか?」
「うるせー!」
メラはバハラのカジノにいた。スロットマシンを打つ傍に、頭を抱えるヤックの姿が見える。その後ろには腕を組んで無愛想に立つドイがいた。
「やっと帰ってきたと思ったら……もっとやる事があるだろう?」
「まあまあ、最後の思い出作りだ。所持金を気にせずギャンブルに注ぎ込む、現実じゃ絶対できんわな……っと!」
そう言って、メラは今まで貯めてきた資産をメダルに換金し、湯水の様に使い続ける。
「国王亡き今、あの国は混乱している。家臣たちも既に逃げ出してしまった」
「そうカリカリすんな。お前一人じゃ何も出来ないべ」
「だから……お前たちが必要だと言っている。私たちで国を再興するのだ」
「でもなあ……歴史的に見て軍人が政権を握った国はロクな事にならんよ。それより少しは遊べって」
そう言ってメラは、自分の席にドイを座らせた。
「私は……」
「ほれ、コインを入れてレバーを下ろすだけ。模様が揃えば当たりだ。お前はもう少しガス抜きを覚えろ」
ドイは言われるがまま、仕方なくレバーを下ろす。カシャンカシャンと音を立て王冠のマークが揃い、そして最後の王冠が止まると軽快なファンファーレが鳴り響いた。
「お……おいおいおい! ドイ! やったな大当たりだよ!」
「よく分からんが……何か良い事があったのか?」
王冠が三つ並ぶ。スリーセブンすら越えるこのマシン最強の役、それを引き当てた天文学的な数値の幸運に、ドイはまったく気が付いていなかった。
「良いなんてもんじゃねえ! 奇跡だ! 竜退治や神殺しなんかより、よっぽどの大業だよ!」
「大業……?」
「ああそうだ。とんでもない幸運だ、この金を使えばどんな未来でも掴める。なあメラ……」
振り向けば大柄な男が拳を鳴らし、こちらを見下ろしている。メラの姿は見えない。ヤックはこの光景に既視感を覚えていた。
「その通りです。先程から調子が良い様で……」
「あ、あんたか……久しぶりだな……」
いかつい大男を見るなり、ドイは真顔で言い放つ。
「なるほど。これが褒美か?」
「……ドイよう、お前もそういう冗談が言えるんだな」
二人は溜め息を吐くと、剣を引き抜いた。
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「ベル!」
「久しぶり。みんな元気そうだな」
ベルは『エルフの里』にいた。魔王軍の襲撃を受けて以来、生き残った僅かなエルフたちが『母樹』を中心に、森の蘇生を試みている。
エルフは森が生んだ、外敵から身を守る抗体の様な存在だ。体に流れる血液や身にまとった魔力でさえ、全て自然から与えられた物である(それが機械仕掛けのものであっても、有機体と結合し適応してしまえば、一般人の目からは自然であるとしか言い様がない)。
そしてエルフたちは今、自分たちの命を削って森にエネルギーを返していた。
「あんまムチャすんなよ、先にお前らがくたばったら誰が森を守るんだ?」
「そりゃ子供たちだよ。見てみろ」
エルフが視線を向けると、そこにはエルフの子供たちが弓や格闘技の練習していた。甲高い掛け声が響くが、見た目と裏腹に俊敏な動きに目が釘付けになる。
「枯れた木が水を吸うように、あの子たちは急速に成長している。体力の差は明らか、俺たちが抜かれるのも時間の問題さ」
「で、『老兵は去りゆくのみ』と。定年退職には早すぎやしねえか?」
「ていねん……? よくは分からないが、俺たちが出来る事は、あいつらを見守ってやる事、そして一日でも早く森を蘇らせる事だ」
彼らは明日「ニューゲーム」を迎える事により、何もかもが無くなって、この世界がまた一からやり直される事を知らない。
だが、仮に知った所で彼らは何一つ慌てず、やはり同じ様に再生を試みるだろう。ベルは不思議とそんな事を考えていた。
「……わーったよ。で、そいつはどうやるんだ?」
「お前もやるのか? いいだろう。まずは地面に腰を下ろしてだな……」
ベルはあぐらをかくと、言われた通りに精神を研ぎ澄ます。体が青白い光を発すると、その光がいずこへと向かって飛んでいくのが見えた。
「見事だベル。それがお前の『命の光』だ。森が蘇る日も、そう遠くないだろう」
献身的な精神は人間に変化を与える。自ら命を捧げる事で、ベルはまた一つ成長した。
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キオは小さな村にいた。かつて魔物に狙われ、そしてクミと名乗る淫魔と出会った、名前すら覚えていない村だ。あれ程の事件を経ても、相変わらず村人は何事も無かったように平和な時間を過ごしている。
思い返せば、あの戦いは何だったのだろう。彼女が死んだのは何故だろう。見た目は人間と変わらないのに、魔族というだけで彼女は戦っていた。諜報活動をしていた少女の姿と、作戦を指揮した大人の姿。二人のクミが今もなおキオの脳裏を過る。
(ゲームって、敵と味方がいないとダメなの? 悪いヤツだから戦わなきゃならないの?)
キオこと
人には好き嫌いがある。全てを好きになれる人なんて、世界中を探したっていないだろう。だけど嫌いだからって争ったりするのは、やっぱり良くない気がする。キオの考えでは、まだそこから先には進めない。
(クミが死んだのは誰のせい? 作戦を台無しにしたぼく? 彼女を撃った誰か? そうなる様に仕向けた神様? そうなっても仕方がなかったクミ自身のせい?)
もし彼女がイベントの為に死んだのなら、ゲームを遊んだ自分たちが殺した事になる。自分たちさえここに来なければ、彼女とは戦わずに済んだのだから。
そして、彼女たちは当初の目的通り、村を乗っ取る事が出来たのだから。
(会わなきゃ良かった? 違うよ! 村の人たちは助けなきゃいけなかった! 見捨てるわけにはいかなかった! けど……)
キオはまだ子供で、難しい事は分からない。それに帰ったらこの世界の事は忘れてしまうだろう。答えの見つからない悩みに、時間を取られる事もきっとなくなる。だが……。
(ダメだよ! クミの事は……絶対に忘れない! 忘れるもんか!)
彼女と会えた事、そしてほんの僅かにだが、共有した時間や思い出だけは、ずっと覚えていたい。キオは強くそう思った。
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【あなたはここにいて良いのですか?】
「ん? ああ……」
皆が出掛け金王も帰っていった後、ゴウトはその場に残り、何となく邪神の傍にいた。今やただの機械の塊だが、本当に彼女は世界を元に戻せるのだろうか。ここまで来ておきながら、現実味のない話だとゴウトは思った。
「明日になれば全部元通りか……寂しいもんじゃな」
【段階を踏んで初期化を行います。まずあなた方の世界に侵入したキャラクターたち……ほぼ全滅しましたが、生き残った者に呼び掛け、こちらの世界に戻ってもらいます】
「やっぱり元の位置にいないとマズイのか?」
【『ニューゲーム』はあくまでゲーム内での行為です。ゲームの時間を巻き戻し、結果として現実世界の修復を試みます。あなた方もここではゲームキャラクターと見なされるので、その前に現実世界に戻らなければなりません】
「じゃあ、もし戻る前に『ニューゲーム』が始まったら……」
【心配ありません。発動までに数十分は掛かります。それにあなた方が現実世界に戻れば、境界線を速やかに閉じます。変な気さえ起こさなければ、無事に、確実に帰れますよ】
「そうか……」
ゴウトは仰向けに倒れると、ふと空を見上げた。雲一つ無い澄み渡る青空は、現実のものよりずっと綺麗で、生涯二度と見られない事を直感した。
「……明日って、厳密に言えば何時間後じゃ?」
【宿屋を使わなければ、後およそ10分後に夜が、更に1時間後には朝、約束の期日になります】
「なんじゃ、すっかり出遅れちまったのう」
【私なら高速飛行で、数十分もあれば世界一周出来ますけどね】
意外な言葉に、ゴウトは目を丸くした。
「……サービスが過ぎやしないか? 神様って、もっと放任主義というか、冷たいものかと」
【心は変わるものです。ものの数分で考え方や世界が変わったり、人を好きか嫌いになったり、人間なら珍しい事じゃないとお聞きしておりますが?】
「……まいったな。お前さん、心が変わっちまったんだな」
ゴウトが邪神を持ったまま立ち上がると、自然と体が浮き始める。
【さあ、どこへ行きますか? 勇者様】
「そうじゃな……お言葉に甘えて、日帰り世界一周とまいろうか」
そしてゴウトは音もなく、一瞬にして飛び上がり、成層圏へと辿り着いた。
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翌日。
「……爺さんは?」
「いや、見てないが……」
集合場所と指定された『絶対荒野』に戻ったのは三人。キオ、メラ、ベルだけであった。
見れば現実世界との境界線は俄然開いたままだが、誰も出てくる気配がない。ゲームキャラは既に撤退を終えたのか、はてまたは現実世界で命を散らし、帰る事が出来なくなったのか。丸一日が経った今、それらを確認する方法も時間も無い。
逆に、日本人がこちらにやってくる事もなく、現状、邪神の言う「ロード」の条件としては、この上なく恵まれていた。
「邪神の姿も見えねえ……留守番してんじゃなかったのか!?」
「その爺さんと邪神がペアでいないんだ。多分、二人してどこかへ出ていったんだろう」
「甘かった……ジジイとガキは旅行先で迷子になる。一人にすべきじゃなかった」
「ぼく迷子じゃないよ! ちゃんと帰ってきたよ!」
間髪入れずに、キオが反論を上げた。
「まあ、焦る事もないだろう。全員揃わなきゃ初期化も何もねえ。どの道邪神がいなきゃ帰れないんだからな」
「それは分かってるが、誰か妙な里心が付いて『ここに残る』とか言いださないか?」
「まさか、そんなら気絶させても連れ帰るぞ」
「だから、じいちゃん戻ってこないの?」
キオの一言に周囲が凍り付いた。
「……そうなのか? まさかハマっちまったのか?」
「かもな。一つ、爺さんが帰りたくないと、邪神を拉致した場合。二つ目は邪神が爺さんを帰したくないと、爺さんを拉致った場合だ」
「一はさておき、二つ目の『爺さんを帰したくない』って何だよ」
「プレイヤーキャラを一人でも残して、ゲームを存続させる。今更そんな事に意味があるのか知らないが、可能性も無くは……」
「あ! じいちゃん!」
キオの叫び声に一同が驚くと、ほんの一瞬にして、空からゴウトが「降って」きた。あまりの衝撃波に、全員が後方に吹っ飛ばされる。
「すまんすまん! 少し道に迷って……ありゃ? 皆の姿が見えたと思ったんじゃがな」
【遅刻とは予想外ですね。まあ、のんびり待ちましょう】
(このクソジジイめ……)
土砂に埋もれながら、ベルは両足だけをどうにか動かしてみせた。
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「すまんすまん、加減が効かないもんでな」
ゴウトはやっとの事で、土砂に埋まった三人を掘り出す。
「まったく。しかし、こんなバカやるのも、これで最後なんだな……」
全員揃った所で、改めて四人は邪神を囲った。
【まずは確認します。取り返した水晶玉はちゃんと持っていますね?】
言われて、ゴウトとメラとベルは水晶玉を取り出した。ゲームを買ったあの日、購入特典として渡され、そしてゲームとの架け橋となった、現代の科学では考えられない装置だ。
【これがある限り、この世界とあなた方の世界は繋がったままです。ですから……】
邪神の小さな体から光線が放たれると、水晶玉は一瞬にして破壊される。キオは思わず「あっ」と、小さな声を洩らした。
【これで、もう『境界線』が作られる事はありません。そして同時に、あと10分程度でこの『境界線』は消滅します】
「……一度戻ったら、二度とこっちには来れなくなるんだな。この罰ゲームみたいな服装も元に戻るのか?」
【『ロード』が実行されれば、プレイヤーの情報も完全に消去されます。あなた方がゲームを開始する、その直前まで時間も戻ります】
「ご丁寧にありがとよ。制限時間付きなら踏ん切りも付く。でも、みんなの事は忘れちまうんだよな……」
「おやおや、ブタが一丁前に泣き落としか」
からかうメラに、ベルは何も答えずに肩を震わせた。
「……みんなには感謝してる。この
「忘れないって……男は本当にロマンチストだな。データが消えちまうんだぜ?」
「データが消えたって、俺の培った『経験値』は消えやしねえよ。絶対に……絶対にな!」
ベルは顔を隠すように、慌てて境界線へ飛び込んでいく。一瞬にして、永遠の別れであった。
「……こうして残されるとツライな。オレも帰るよ」
メラも意を決して前へ出る。
「お姉ちゃん……」
「キオ……いいや学。あんた結構カッコ良かったよ。そのまま捻くれず大人になって、可愛い嫁さん見つけて幸せになりな」
メラはキオの頭を撫でると、ゴウトの方を向いた。
「爺さん、長生きしろよ」
「お前さんにしては陳腐な挨拶じゃな、まあワシも……」
言い掛けた所で、メラはゴウトの頬にキスをする。目を丸くしたゴウトに、メラはいたずらっぽくウィンクをした。
「少しは若返っただろ? じゃあな!」
メラは手をぶんぶん振ると、笑いながら境界線の向こうへ消えていった。
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ベルとメラが目の前から姿を消して、ゴウトとキオは立ちすくんでいた。後は自分たちも帰るだけ、そんな分かり切った事なのに、二人は身動きが取れなかった。
「ねえ……ぼくたちも帰ろ?」
やっとの事でキオが声を発する。間違った事は言っていない。それなのに……。
「ああ……」
ゴウトの返事がキオには少し引っ掛かった。いつの日だったか、遊園地から帰ろうとして、少し嫌がった自分に似ている。そんな既視感をキオは感じた。
「……ここは綺麗な世界じゃな」
「そうだね。出来れば、みんなとずっと旅をしたかった……かも」
「そうじゃな……」
その言葉を、キオは激しく後悔した。
「学……爺ちゃんの旅はまだまだじゃ」
「え?」
祖父の顔を見ると、彼は寂しそうに笑っていた。その光景を最後に、キオは意識を失う。神をも殺したゴウトの豪腕が、キオの頭部を完全に捉えていた。
「すまんな」
ゴウトはキオを担ぎあげ、そっと境界線の向こうへ送る。
【いいのですか?】
「ダンテが言った通りじゃよ。ゲームキャラクターになってしまえば、勇者として、しかも永遠に生きられる。図星じゃよ。ワシはこの世界にのめり込んでしまったんじゃ」
ゴウトは足元を見た。『絶対荒野』と呼ばれた死の大地に、ほんのわずかだが雑草が生えていた。
「役割が決められていても、ゲームキャラクターはその運命を受け入れ、繰り返される人生の中で、より良い道を選ぼうとする。『天国』って、案外そういう場所なのかもしれんな」
【私には『天国』なんてものは理解できません。しかし……】
境界線が徐々に閉じていく。気付けば、人一人がようやく通れるぐらいの狭さになっていた。
【まだ間に合います。本当にそれで良いのですか? 現実のあなたは植物人間になり、眠る様に死んでしまうのですよ?】
「ああもう、老後の楽しみぐらい選ばせろい」
ゴウトの言葉に、邪神はようやく全てを理解した。これは咄嗟の思い付きではなく、既に出されていた彼の答えなのだと。
「……やはり身勝手かね」
【いいえ、それはあなただけの人生。誰も口を挟む事なんて出来ませんよ】
「ありがとう」
境界線が完全に閉じられた事を確認すると、邪神の体が光り始める。瞬く間に周囲が白くなり、地面も空も、何もかもが溶け込んでいく。
世界の終わりと始まりの瞬間、ゴウトは目を見開いてその時を迎えた。
【See you 『FANTASTIC FANTASY』! 】
【Welcom to the new world!】
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