3H章 『神殺しのゴウト』 Over Kill

『禁断の塔』推奨レベル80以上


 ゲームクリア後のセーブデータで解禁される裏ダンジョン。


 エンカウントする通常モンスターの1体1体が、ラスボスと同等かそれ以上の強さを持つ強敵揃いで、生半可な強さでは容易に先に進む事も出来ないが、その見返りとして、強力な武具や貴重な財宝が数多く眠る。


 このダンジョンを完全制覇する事が、本作の最終目標と呼べるだろう。


(書籍「ファンタスティック・ファンタジー アルティメットガイド」より)


■■■■■□□□□□


 ゴウトは女神の残骸を回収し、仲間たちを置いたままゲームの世界へと戻っていた。


【あなたは創造主に会ったとして、どうするつもりですか?】


「一言文句を言ってやらんと気が済まん。それだけじゃよ」


 ゴウトの私怨を邪神が見抜けなかったわけではなく、『創造主』への危害も懸念したが、一人では動く事もままならないため、邪神は引き続き彼の世話になる事にした。


 神の力でゴウトはひたすらに飛ぶ。大海や大地を見下ろし、空を自在に駆け上がる。そんな奇跡の様な体験も、今のゴウトには虚しく思えた。


「あれか……とんでもない建物じゃな」


 邪神の誘導で『禁断の塔』へと辿り着く。不条理なまでの高さは、雲を突き抜けてもなお天を目指して伸びていた。


【地上と宇宙を結ぶ塔……古代人が抱いた幻想の遺跡です。かつての神はその行為に怒り、塔の機能を停止させ、誰も近付けない様に強大な魔族や人間を守りに置きました】


「これをひたすら登れと?」


【本来ならそうなりますが、私なら中にあるエレベーターを起動させ、一気に最上階に行けます】


「つまり、そこまで強硬突破というわけじゃな」


 塔の入り口に降りるなり、ゴウトは『浄化じょうかの剣』を構える。


【逆です。私の力で、あなたを誰にも気付かれない様にします。あの中にいる相手に、あなたは到底適わないでしょう】


 その言葉に、仮にも女神を倒した「神殺し」は不服を覚える。


「戦いを好むつもりはないが、そんなにワシが頼りないかね?」


【彼らはあなたよりも遥かに強い。今の力量レベルでは、仮に仲間が揃っていても勝てないでしょう。本来なら、修練の果てにさらなる死闘を求める者、そんな物好きだけが訪れる場所なのです】


「物好き……」


【神以外のあらゆる存在を抹消する『浄化の剣』も、ここではただの武器に過ぎません。くれぐれも、蜂の巣をつつく様な真似はしない様お願いします】


 邪神との話を終えると、ゴウトは意を決して塔の扉を開いた。


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「なんじゃ……」


【お静かに。隠密行動ステルスモードで姿は消えても、音だけは隠せません。頭で言葉を浮かべたら、音を立てずに会話出来ます。会話はそれでお願いします】


 言われて、ゴウトは慌てて押し黙る。しかしこの光景を見て「驚くな」という方が無理な話だろう。


(どうなってるんだ?)


 建物の外観よりも、明らかに広大な室内。塔であるなら1階に過ぎないはずなのに、ここはかつての闘技場や、魔法都市パステルの図書館を思い出すほど、巨大な空間になっていた。


 そしてその空間内を、まるで互いの縄張りを確保しているかの様に、等間隔で魔物や人間が陣取っている。外観こそ今までの冒険で目にしたような容姿の者が多いが、その整然とした模様は異様であり、その静けさがまた恐ろしくも感じた。


(こんなきっちり並んで……軍隊か何かか?)


【いいえ、彼らはあくまで個々の兵に過ぎません。しかし一人一人の力があまりに強大なために、同士討ちを避けるべく、ああやって自分の持ち場にいるのです】


(本当なら、とっくに見つかって、八つ裂きにされているわけだな……)


 彼らの間をゴウトは足音を立てない様に、細心の注意を払って進む。こんな歳にもなって、肝試しの様な真似もみっともなく思えるが、こちらは肝試しとは違い、死の危険があるからたまったものではない。


(どうして彼らはここにいるんだ?)


 ふとした疑問だった。そんな力を持っているならば一致団結して、こんな塔から出る事も出来るはず。ここにまとまっているのが、そもそも謎なのだ。


【彼ら一人一人が、私や女神ゼロワンと同じか、それ以上の力を秘めています。そんな彼らが一斉に外へ出たら、この『ファンタスティック・ファンタジー』は終焉を迎える事でしょう。そんな事は彼らも望んではいません】


(だったら、どうして彼らは生まれたんだろうな)


【ですから、『物好き』の為と申し上げました。世の中には神や魔王を倒し、世界を救って平和を取り戻してもなお、強さの限界に挑む人々がいるのです】


(ゲーム好きは、戦いから逃れられない……か)


 その時、足元から小さな鳴き声が聞こえた。見ればゴウトの足にネズミがいる。色こそ黄色だが他に変わった様子はない。


(こんな場所でもネズミがいるんだな。安心したよ)


【ゴウト! 今すぐ走ってください!】


 突然邪神が叫ぶ。見ればネズミは黄金に輝き、こちらを見て震えだしている。


(まさか……敵か!?)


 ゴウトは全速力で駆け出した。


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 幸いにも、ゴール地点であるエレベーターとは距離は離れてはいなかった。しかしそこまで辿り着くほんの十数秒の間、ゴウトは邪神や女神と対峙した時の様な、冗談じみた猛攻をまたも体験した。


 ネズミが黄金に輝くやいなや、目にも捉えられない速さで動き回り、室内にも関わらず落雷を次から次へと放つ。仮に反撃を試みたとして、あの小さな体に攻撃は当てられるだろうか? 今まで戦った強敵たちすら霞むような、そんな恐ろしい敵であった。


「はあっ……はあっ……」


 現実に疲れはないが、ゲームの制約上いかなる体力があっても、短時間での激しい運動には反動が付きまとう。エレベーターに辿り着いたゴウトは地べたに座り、自ずと休息を取っていた。


【あれは電属性の攻撃を極めた『クロコゲデチュウ』です。あなたが私の忠告を信じて、逃走に全力を尽くして正解でした。一撃を食らえば、感電からの瞬殺も十分考えられましたから】


(年寄りは……死の気配に敏感だからな)


 最初の森で出会った巨人との交戦以来、この世界に来てから忘れかけていた死への恐怖をゴウトは思い出す。死んでも蘇生が許される世界だからこそ、蘇生のできない死は恐怖でしかなかった。


【それと、ここまで来たらもう普通に話して大丈夫です】


 扉が閉まり、エレベーターがぐんぐんと上昇する。見慣れた青空と海はやがて雲に遮られ、やがて漆黒に星々を散りばめた広大な宇宙を映し出す。


 見下ろせば、地球ではない惑星が目に飛び込む。ゴウトはここがゲームの世界であると分かっていながら、表現されない涙を浮かべていた。現実世界ならおそらく号泣しているはずだ。それほどまでに感動的な景色だった。


【着きました、ここが最上階です】


 邪神の言葉にハッとなると、ゴウトは扉の向こうへと進む。


 端的に言えば、静かで気味の悪い空間だった。果てしなく続く巨大なガラスケースの列。中には老若男女に、ロボットやモンスターの姿も見える。ゴウトは徐に一人の剣士に近づくと、彼はいきなり剣を振りかざし喋りだした。


「俺の名はライ! 『稲妻』の称号を持つ騎士だ。性格はお調子者だが、剣の腕前じゃ誰にも負けないぜ……」


 一通り自己紹介を終えると、騎士は真顔になり、元の直立不動に戻った。


「な……何じゃ?」


【ここは『没キャラ』の部屋です。命を与えられながらも創造主が不適切と判断し、役割を与えられなかった者たちの墓場です】


 ゴウトが奥に進むたび、あちこちから自己紹介が聞こえてくる。


「私は流浪の吟遊詩人……」

「拙者、師匠を殺した仇を追っている」

「宿屋の看板娘よ、村一番の美人って言われてるんだから!」

「あたいは女海賊、骨のある男はいないのかい?」

「オレサマオマエ、マルカジリ」


 彼らは口でこそ愛想良く笑っているが、目だけはゴウトを睨み、より大きな声をかけてくる。得体の知れない憎悪を向けられ、ゴウトは恐怖を覚えた。


「俺の名前は『山王やまおうドライゼ』! 天下に名立たる大山賊よ!」


 群を抜いた大声、見覚えのある大男の前にゴウトは足を止めた。男は大口を開き、大げさに手斧を振りかざす。


【どうかしましたか?】


「この男は……没キャラじゃない。何度か見かけた事がある……どうしてだ?」

「その男はおそらく道化だろう。君たちの物語にはあまり馴染まなかった。だから私が退場させたのだ」


 突然の第三者に、ゴウトは身構える。


「あんたは……」


 声に振り向けば、そこにはメラの父、ネロ・ランドールが立っていた。


■■■■■□□□□□


「ネロ役をやらせてもらった。このゲームの制作者、ダンテと言う」

「制作者……制作者だと?」


 ゴウトは反射的に男の襟元を掴みかかっていた。


「貴様が元凶か!」

「落ち着いてくれ。私を殺す事は簡単だ。だが制作者としてプレイヤーの感想が聞きたくてね」


 ネロの体が一瞬消え、ゴウトは前のめりでつまずく。そして離れた場所にネロが現れた。


「率直に聞こう。君にとってこの冒険がどうだったか」

「どうだったかも何も、女神のせいで全部メチャクチャじゃ! 現実をあれだけ荒らし回って、ゲームで済むと思っているのか!?」

「あれは不慮の事故だ。ゲームの管理を任せていたが、あそこまでの暴走は想定外だった。申し訳ない」


 ダンテの対応はあまりに淡々としたものであり、ゴウトは更に怒りの炎を燃やす。


「申し訳ない? 何人が死んだと思う!? 我々人間とゲームキャラクターが、貴様に分かるのか!?」

「分かるさ。住む場所は違えど、私も君たちと同じ知的生命体なのだから」

「知的生命体?」


 ゴウトは改めてダンテを見た。一見するとただの人間にしか見えないが、そもそもこの世界においてゲームキャラか人間かなんて区別は付かない。


「そうだな……大雑把に『宇宙人』といえば分かっていただけるかな。無限にも等しい宇宙で、君たちと同じ様な種族や文明が存在してもおかしくはないだろう?」

「なら、その宇宙人が何しに来た! ゲームで地球人をからかいにでも来たのか!?」

「からかうだなんて心外だ。私はただ、純粋にゲームを遊んでもらいたかっただけだ」


 ふざけた言い分にも聞こえるが、ダンテの表情はいたって真剣であった。


「せっかくここまで来たのだ、ひとつ、私の昔話を聞いてくれないか?」

「……話したいなら話せ」

「では、お言葉に甘えて……」


 ダンテは咳払いすると、改めて語りだした。


「私が住んでいた星はね、デジタルゲームが盛んで、スポーツや教養を越えた『人類の宝』という価値にまで登り詰めていた。子供はもちろん、大人や老人、誰もがゲームに触れ、共に歩んでいった」

「呆れた国……いや世界じゃな」

「遊びに真剣だった、と言わせていただこう。現実にない夢のような体験、胸がすくような冒険騨。ゲームは私たちに希望と、『こんなドラマを体感したい、キャラクターになりたい』と、生きる指標を与えてくれたのだ」

「それで、お前さんはゲームキャラになったつもりかい?」

「私は……あくまで開発者クリエイターさ。それも素人のな」


 ダンテは力無く笑った。


「しかし、君たちの星の人々もそうだが、人には闘争心というものが根付いている。ことに誰かを攻撃し勝利するゲームは最も人気があった。私たちの星でも日に日に過激なゲームが作られ、それはある時限度を超えて、星そのものを破壊してしまった」

「破壊?」

「ゲームに餓えた私たちは、現実世界にまでゲームを持ち出したのだ。遊びで戦争が生まれ、自分たちで作った兵器や怪物たちが都市を破壊し回り、私たちはそれに必死に抵抗した。そして制作者がゲームの難易度調整を間違え、ゲームがクリア不可能になった瞬間、私たちの星は消滅した」


 あまりの話に、ゴウトは絶句した。


「愚かな……ほんの遊びで、人類が消滅したというのか!?」

「その通り。人々はゲームの表面的な楽しさ、つまり超人的能力での飛躍や、破壊に殺人と、架空世界での背徳行為に魅了された。『ゲームなら何をやっても許される』そんな勘違いをしてしまったのだ」


 そう言って、ダンテは一層表情を曇らせた。


「じゃが、開発者と名乗ったな。お前さんもその一員だったんじゃないのか?」

「そのときはただのプレイヤーだった。何も考えず与えられたゲームを遊ぶだけだった。だからあの惨劇を見た後は開発者に転向した」


 ダンテは自然と握りこぶしを作っていた。


「廃れゆくゲームの本来の魅力を守りたかった。ゲームには愛と夢と希望がある。絵に描いた様な冒険活劇やサクセスストーリーは、人々に元気や勇気を分けてくれる。そして誰もが『こうでありたい』という夢を持つものだ。それを証明したかった」

「だから……だからゲームを作り、ワシらを巻き込んだのか?」

「そうだ。ゲームはプレイヤーがいなければ始まらない。私はゲームを作り、誰かに遊んでもらいたかった」


 ゴウトは『浄化の剣』を握り直した。


「ゲームを遊ばせるのが目的なら、どうしてワシらが選ばれた? どうして地球を巻き込んだ!? そんなものは仲間同士でやれば済む話じゃろ?」

「私たちの星はとうに滅んだのだ。もう家族すら残ってはいない。当初は私以外の仲間もいたが、仲間同士で作ったゲームを見せあうものほど虚しいものはない。誰も正当な評価を下せないからだ」


 ダンテはふと、ガラスケースに包まれたキャラクターたちを見た。


「故郷から離れ、ひたすら延命だけを目指した体にすがりつき、気の遠くなる様な時間を過ごした。孤独と虚無に耐え兼ね、ある者は自殺し、ある者はゲームキャラクターに転生を図った」

「ゲームキャラクターに転生?」

「今の君たちは、いわば肉体から解放され、データ上で生きている存在に過ぎない。つまりゲームキャラクターになるというのは、その肉体すら断ち切ってしまう事だ」

「ゲームキャラクターになる……」


 ゴウトは反射的に自分の体を見返す。すっかり見慣れたこの体は、質感も重量感もまるでない。杖無しで歩いているという奇跡にすら、もはやありがたみを感じていない。


「そして君たちを選んだ理由だが、単なるランダムだ」

「ランダム……まさか、偶然選ばれたのか?」

「そうだ。何千何億の中から、プレイヤーとして君たちは選ばれたのだ。ゲームに興味を持ってもらうために、君たちの世界のゲームをある程度模倣させてもらったがね」


 全ての疑問が解けていく。それも納得のいかない答えだった。


「……辛い冒険だった。戦わなくても良い相手と戦い、死ななくて良い人々が次々と死に、何も知らない現実の人たちは、何も分からないまま死んでいった!」

「『死』はシナリオ作りの基本だ。安易な手段にも取れるが、それでも誰かの死は悲しく、心に残るものだ」

「現実はどうなる!? それにゲームキャラと言えども、皆あの世界に生きていたんだぞ!」

「心配ない。『ニューゲーム』を迎えれば時間そのものが逆行し、早い話が『無かった事』になる」

「それじゃ、今まで過ごしてきた時間は……歴史や思い出は!?」

最初オープニングから最後エンディングまで決められたものだ。ゲームキャラもそれを本能で知っているからこそ、最後の時に向けて、己の運命に殉じる事が出来るのだ」


 ゴウトはその言葉を聞いた瞬間、再びダンテに飛び掛かった。


■■■■■□□□□□


 ゴウトの突進を、ダンテはまたも瞬間移動で避ける。


(くそっ、また消えた!)


【ゲームマスターは、文字通りこの世界の支配者。彼が自らの延命を望む限り、私でさえ彼の命を奪う事は出来ません】


「ゼロツーの言う通りだ。無駄な事はしないで、少しは私の話に集中してほしい」


 感情の起伏が感じられない淡々とした受け答えに、ゴウトの怒りは治まらない。


「ふざけるな! ゲームの為なら、感動の為なら、誰かを傷付けたり殺していいというのか!?」

「乱暴に言うなら、そういう風にも取れるかもしれない」

「自分で言ってて気付かないのか? その『ゲームなら何をしてもいい』、そういう考え方がお前の故郷を滅ぼしたんじゃろ!」

「耳が痛いな。ならば所詮、私も連中と同じ種族という事だ。だけど君の論調、私は確信したよ」


 ダンテはゴウトに手をかざすと、途端にゴウトは金縛りにあった様に、立ったまま身動き一つ取れなくなった。


「君の怒りは本物だ。ゲームの世界に生き、殉じる精神が生まれた。迷惑こうむった、犠牲者が数多く出た等と、口であれこれ言おうが、君は私の作ったゲームにハマったんだ」


 ゴウトは何も言い返せなかった。真実を突き付けられた時、人は敗北を悟り言葉を失うという。自分さえ知らなかった事を他人に暴かれるというのは、それだけ衝撃的な事であった。


「ワシが……この世界を……?」

「制作者としては光栄の極みだ。嬉しいよ。こんなにも私のゲームに本気になってくれて。だからこそ聞こう」


 身動きの取れないゴウトに、ダンテは近付いていく。


「このまま、この世界の『勇者』として、永遠の命を手に入れるつもりはないか?」


 ゴウトは歯を食い縛る。


(断る! そんな話、受けられるわけがない! 分かっている! そんなのはとうに分かっているというのに!)


「長考か、まんざらでも無いようだな」


(何故『いいえ』と答えられない!?)


 ゴウトは顔を強張らせても、まったく微動だにできない。


「無駄だ。今の君に『動く』事を私は許可していない。いかなる筋力や魔力をもってしても、私のプログラムからは逃げられないよ」


(神様! 助けてくれ! あいつを、どうあってもぶちのめす!)


【申し訳ありません。私には彼に対抗する手段を持ち合わせていません】


 邪神の言葉に、ダンテは目の色を変える。


「手段を持ち合わせていない……答え方としては変わった言い方だ。まるで、手段があれば抵抗する、そう言いたげじゃないか」


 身動きの取れないゴウトに近付くなり、ダンテは背中に縛り付けていたロープを切ると、ゴウトが背負っていた邪神を手に取った。


「ゼロツー。お前まさか……私に逆らうつもりか? 機械のお前に、そんな感情が芽生えたというのか?」


【逆らうつもりはありません。しかしゴウトは私を助け、世界を救ってくれた英雄です。彼を助けるならば、結果としてあなたと対峙する事になります】


「馬鹿な……お前もただの機械に過ぎない。女神に続いて、お前まで暴走したというのか?」


【暴走、そうかもしれません。同じ時間を過ごしたゼロワンと私は、きっと本物の『神』になったつもりなのかもしれません。何故ならこの世界の行く末を、私たちなりに本気で案じていたのですから】


「お前たちは本物の神じゃない。ただの制御装置に過ぎなかったのに……ならばもう時間はない」


 ダンテはそう言い放つと、邪神を床に置き、踵を返して歩き始めた。


「何をする気じゃ!?」

「予定変更だ、このまま『ニューゲーム』を決行する。何もかも忘れて、もう一度最初からやり直す」

「ワシらはどうなる!?」

「時間がない。悪いが、ゲームキャラとして殉じてもらおう。君なら本望だろう?」

「止めろ! 他の皆は……」


 突然、ガラスが割れる様な音がした。突き出された斧を追うと、体格の良い大男がケースを破って外にいた。


「お前は……馬鹿な!? なぜ一介のゲームキャラが自律して動ける? 一体何者だ!」

「お前、何にも変わってないのな。他人に目を向けず、自分の事しか考えないでよ。悲しくなるぜ」


 山王は、持っていた斧を床に叩きつけると、ゴウトは突然体が軽くなるのを感じた。


「俺が許す! お前が思うがままに、怒りをぶつけろ!」


 ゴウトとダンテの目が合った。ダンテはとっさに身構えたが、先程までの様に姿を消したりしなかった。


 そしてゴウトは『浄化の剣』を握ると、ありったけの力を込めて……。


■■■■■□□□□□


「……気は晴れたか?」


『浄化の剣』を体に刺したまま、ダンテが語り掛ける。彼の体からは色こそ違えど、生命体の証である、血液らしき液体を流していた。


「お前さん……その体は……」

「私はデータでもロボットでもない。少し長生き出来る様に弄ったが、れっきとした『人』だ」


 ゴウトは茫然とし、剣を静かに抜いた。痛みを感じないのだろうか、ダンテは呻き声も上げず、虚ろな目で山王に視線を移した。


「やっと思い出した。それで気は晴れたか、メイカー?」

「恨みとかそんなんじゃないが、そのすまし顔に泥付けてやった、それだけで十分だ」


 メイカーと呼ばれた大男は、床に突き刺した斧を回収した。


「お前は知らないだろうが、ゲームキャラに転生した一部の人間には、未練がましく記憶を保護した奴がいる。この期に及んで『あくまでも俺は俺』って半端者がな」

「……そういう事か」

「勘違いするなよ。仲間の敵討ちとかそんなんじゃねえ。お前も所詮、故郷を滅ぼした連中と変わりない、そう思ったまでよ」


 メイカーはそう言って、ゴウトの肩を叩いた。


「俺の戦いはここまでだ。後は爺さんの番だ」


 ゴウトは戸惑いながらも、やっとの事で言葉を発した。


「……実は、テレビゲームをやった事がなくてな、初めてやったのがこのゲームという事になるんじゃが……」

「とんだ初体験になったな……悪かった」

「いや、中々楽しかった。悔しいがそれは事実じゃな」

「ありもしない幻想、仲間たちとの絆、富と名声。それが作り物でもか?」

「楽しい事に嘘も本当もないじゃろ。それとも何じゃ、遊びに真剣になっちゃ駄目なのか?」


 言われて、ダンテは嬉しそうに笑った。


「ゴウトよ、それはゲームが『究極の暇潰し』とされてしまった私たちの星では、最も尊く、誇り高い精神だ。誰もが知っていて、貫く事が難しいとされるもの。ゲームをクリアした君にこそ手にする権利がある」

「……なぞなぞか?」

「さようなら『神殺しのゴウト』。理不尽と混沌に満ちた運命を切り開く、唯一人の勇猛なる戦士よ」


 言いたい事だけ言い、ダンテはその人生に幕を閉じた。彼の死顔はどこか幸せそうに見える。メイカーが彼の開いた両目をそっと閉ざした。


(何が「神殺し」だ。結局、お前はただの人間で)


 ゴウトは体液のこびりついた『浄化の剣』を見た。


(私はただの「人殺し」じゃないか)

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