3G章 『女神』 Final Attack
(応答がない……皆、負けてしまったのね)
女神は軽く溜め息を吐いた。最強の格闘王であるヅェーガーが破れ、驚異的な魔力を秘めたソニアは敵の手に落ち、不死身のテンドウは思いもよらない形で再起不能に陥った。
水晶玉は全て破壊され、あるいは使用不可能に陥り、扉はこれ以上広げられなくなった。そして……。
(とうとう見つかったわね)
女神はふわりと浮くと、タワーの眼下に目を向ける。そこには勇者と魔王の姿があった。
「なあ、仲間を待った方が良いんじゃないのか? 護衛を片付けて合流する予定だろ?」
「どうにも弱気じゃな。なに、ワシらで十分やれるさ」
「仲間を気遣ってるのかもしれないが、頭数は多い方が有利だぞ」
「女神を倒すには『
「ガンコじじいが……ちゃんとやれよ!」
魔王はタワーの頂上を見上げると、瞬く間に飛んでいった。
「やれやれ、せっかちじゃな」
ゴウトは紐で縛り付け、背負っていた機械を軽く叩く。
「神様、出番じゃ」
【はい】
機械の正体は邪神のメインコンピュータだった。小さな体になっても、神通力とも呼ぶべきハイテクノロジーは僅かに残されている。一定範囲の重力操作に動体レーダー、目に見えない防護壁の展開にナノマシンによる自然治癒など、一般の冒険者には過剰な力を受け、ゴウトもまたタワーの頂上を目がけて飛翔する。
そして、勇者と魔王と女神が一堂に会した。
「これで全員ですか?」
女神はゴウトと魔王を見ると、淡々と語り掛けてきた。
「お節介ながら、仲間は多い方が良いですよ。もっとも、私を倒せるかどうかは別ですが」
「大層な自信じゃな。三対一は十分不利に思うが?」
「三? 魔王はさておき、一人では空も飛べない老人や、脳みそだけの機械に何が出来ると?」
女神は指をパチンと鳴らすと、空から巨大な何かが降りてきた。翼や四本足から見るに竜と形容出来なくもないが、その体はそこら中のビルや建物を無理矢理継ぎ合わせ、今にも崩れ落ちそうだった。
「まずはお手並み拝見といきましょう」
女神が合図を送ると、機械の竜は金属が軋む様な、痛々しい金切り声を上げた。
■■■■■□□□□□
「機械の竜じゃと!?」
慌てふためくゴウトにはお構いなしに、鉄の竜は口から鉄屑や廃棄物を次々と吐き出した。
「わ、わわわ……どうする?」
【所詮は寄せ集めのハリボテ……ゴウト、剣を構えてください】
邪神に言われるがままにゴウトは聖剣を構えると、まるで磁石の様に剣に廃棄物が付着していく。やがてそれは巨大な剣となった。
「何じゃあこりゃ! ビルくらい長くなったぞ!?」
【その長さなら十分届きます。後は斬るだけです】
「そ、そうか……!」
少し戸惑いつつも、ゴウトは剣を振り払う。もはや剣とは呼べないほど膨張した鉄くずの集合体は、鉄の竜を巻き込み付着物もろとも粉々に砕け散る。手元には元の聖剣の姿があった。
「なるほど。ゼロツーの助力もあるけど、私と戦う権利はあるようね」
配下がやられたというのに、女神は余裕の表情を浮かべる。そして『ゼロツー』と呼ばれた邪神が交信を試みた。
【ゼロワン、あなた本当に変わってしまったのね】
音声に感情の起伏は見られないが、言葉だけなら邪神はどこか悲しそうだった。
【ゼロワン考え直して。私たちゲームは人に遊んでもらうのが全て。分をわきまえなさい】
「何を今更。私たちの使命は『破壊と創造』、この世界がより良くなるなら、私は何だってやるわ」
痺れを切らした魔王が、剣を構え女神の元へ飛んだ。
「何を言ってるか知らんが、戦いは始まってるだろ!」
魔王が剣を振りかざすと、雷が女神に落ちる。とてつもない衝撃にゴウトは一瞬目を閉じたが、見れば女神は人差し指を立ててピンピンしている。
「さすがにこれくらいでは倒れないか」
「そういえばテラワロス、あなたはイターシャとの生活が望みだったわね。私の下に来れば、幸せな人生を約束するわ」
女神の言葉に、魔王は剣を下ろす。
「幸せな人生だと? お前にそれが作れるってのか?」
「神ですもの。望めばどんな地位や権力も、力や財産だって与えられる。丁度三天使も敗れた事だし、あなたを右腕にしても良いわ」
「なるほど、やはり分かってないな」
魔王は呆れたように、剣を再び構えた。
「あなたの方こそ分かってないんじゃない? 私を倒せると……」
「話が合わないな。俺たちを幸せにするとか言ったが、お前に出来るわけないだろ」
「出来ない? 人の幸福とは欲望の追求。万物を操る私なら、お前の望む世界を作ってやれるのよ」
「無理だな。俺が望むのは自分の足で進む世界。お前の指図を受けない世界だよ!」
一瞬の出来事であった。万華鏡の様に魔王が何人も現れたかと思うと、一斉に女神に斬り掛かる。女神は吸収していた雷を指先から放出し、雷鳴に乗じて高速で飛び始めた。
「前より多少は強くなったみたいだけど、結果は同じね」
魔王の首を掴み、女神は笑う。か細い腕からは想像も出来ない怪力が、魔王の首をあっさりとへし折った。
「さて、これで残るは……」
魔王の体を手放した直後、魔王は素早く女神の背中に回り込み、体を羽交い締めにした。
「あら、首が折れてるのに頑張るわね」
「お前を殺すまで、俺は死ねないんだよ!」
女神は魔王を引き剥がそうとするが、魔王は自分めがけて雷を落とすと、女神の手が止まった。
「……こんなので止められると?」
返事の代わりに魔王は雷を連続で落とす。いくら防護対策を取っているとはいえ、機械に強力な電気をぶつける。ほんの僅かだが、女神の動きを鈍くする事に成功していた。
「ジジイ! 黙って見てないで早くやれ! 痛みで気が狂いそうだ!」
もちろん、落雷を自らの体で受け止める度に、魔王は何度も激痛を受け、死の苦しみを与えられる。しかしその肉体が停止することはない。魔王に宿る百に近い死者たちの魂が、魔王を最後まで戦わせようと必死に延命を試みていた。
「あ……ああ!」
ゴウトは聖剣を引き抜くと女神に接近し、真横に剣を振り払った。切れ味があるようには見えない四角い刀身が、女神の衣服を切り裂き、人間の皮膚を装った外装を貫き、機械の体を暴いていた。
「!?」
女神は驚愕した。並の武器なら今の自分に傷を付ける事は適わない。せいぜい鉄や鉱石から生成するのが精一杯の、現代人が作ったものなら尚更だ。しかし奇妙な形の剣が僅かに擦っただけなのに、自分の体を傷付けた。
そして僅かな傷が、まるで全身を炎で焦がされる様に、女神に未知の苦痛と恐怖を徐々に与え始める。
「攻撃が効いた!」
【浅い。ゴウト、直撃を狙わないとゼロワンは制止しません。剣を突き刺すのです】
女神は魔王を振り払うと、血走った目でゴウトを睨み付けた。
「まさか……『浄化の剣』……なんで、ここに……」
落ち着いた女性の声、甲高い少女の声、落ち着き払った老婆の声、声の大きい中年の声。女神の声がボイスチェンジャーの様に次々と変わると、女神は頭を抱えて叫んだ。
■■■■■□□□□□
「なあ、『浄化の剣』ってどういうものなんじゃ?」
女神との決戦前、ゴウトは邪神に聖剣の威力を聞いた。この期に及んで、まだ少し威力を疑っていたのだ。
【端的に言えば、機能を初期化させる為の特別な装置です。私たち姉妹の人工知能が進化し、やがて暴走を起こした際に培った知識や感情、拡張された機能などをリセットし、強制的に機能を停止、初期状態へと戻します】
「倒す……とは違うのか?」
【破壊が目的ではなく、直すのです。もっとも、その力はあまりに強すぎるため、もしあの世界の住人が触れれば、データそのものが抹消されるでしょう】
最初に剣の欠片を手に入れた事を思い出す。あの時、破片の周りには何者かが争ったと思しき血痕だけが残されていた。あの不可解な状況をようやくゴウトは理解できた。
【そして、我々は対になってこの世界を維持しています。故にどちらかが初期化される時、その世界は継続不可と判断し、
「ゲームオーバー」という言葉にゴウトは動揺する。説明を鵜呑みにするならば、ゲームの終わりは世界の終わり。ならば自分たちはどうなるのか?
「女神を倒して……それでどうなるんじゃ?」
【ゼロワンを倒せれば力の均衡は破れ、制限されていた『破壊と創造』の力を使う事が出来ます。これこそが世界を修復する唯一の手段です】
「そうか……とにかく女神を倒せればいいんじゃな」
ゴウトは聖剣を見つめた。何かを考えるよりも、目的だけを見据えて落ち着きを取り戻そうとする。
【正しい使用法は体に突き刺す事です。データ転送が速やかに行われ、すぐに終わるはずです。くれぐれも誤った使い方はしないでください】
そう忠告を受けたはずなのに、ゴウトはつい女神を斬ってしまった。不完全な攻撃は事態を悪化させ、目の前にいる機械は次から次に形を変えていく。
「あれが……女神なのか?」
女神はかろうじて両手両足と、人間らしいフォルムを残してはいるが、ある箇所が膨らんだり、あるいは伸縮を繰り返したり、全体的なバランスをどんどん崩していく。
【人の姿を保てないほど自我を失い、自分で制御不能になりつつあります。一番危険な状態です】
「よこセ……剣を……!」
抑揚も発音もちぐはぐな声を発し、女神の両腕がみるみる内に伸びていく。皮膚を突き破り、無尽蔵に繋ぎ合わされた機械の腕が、ゴウトたちを捉えた。
「く……来るな!」
がむしゃらに剣を振り回し、伸びてくる腕を削除しても、また別の腕が迫ってくる。
「ヨコセ! よこしなさい! 早ク!」
女神の体は元の何倍にも膨れ上がり、基板や配線の様な物が次々湧き出ている。例えるならば工場の生産ラインからはみ出た、何かの出来損ないとでも言うべきか。とにかく機械の寄せ集めとしか説明できない物体が形成されていく。
【狙うのはメインコンピュータのみです。他の
「そいつはどこだ! あんな人知を超えた怪物、どう攻めろと言うんだ!?」
魔王が声を荒げた。この類の敵とは一度戦った経験がある。忘れもしないエルフの里での戦い、『
【ゼロワンは焦っているのです。あの形振り構わない攻撃の裏側で、必ず頭脳だけ保護しているはずです】
「じゃあ、その守られている部位が弱点なのか?」
【その通り。理性を失っても、防衛本能は無くなりません】
女神の腕が魔王をかすめる。魔王は折れた首を力任せで元に戻すと、剣を構え直す。
「ならば焼いてやる!」
剣の先から炎が吹き出し、女神を業火に包む。しかし女神の攻撃は収まる事が無い。
【中で防壁が何十にも作られ、炎が遮断されています。効果はいまひとつの様です】
「機械なら電撃は?」
【同じ事です。あの形態では、電撃さえも通しません】
「こいつはどうだ!?」
どこからともなく声が聞こえると、突如空から飛来した何かが、一瞬にして女神の半身をもぎ取った。
「がアっ!?」
女神は慌てて、落下物の正体を追った。何かが地上に激突し、アスファルトの地面に巨大なクレーターを生み出している。その中心に拳骨ほどの大きさの石が見えた。
【あれは隕石ですね。そしてあの技は、私の腕を破壊した……】
「どうだ! 大きさを厳選し、より発動を早めた改良型だ。これぞオリジナル隕石魔法『スターブレード』よ!」
声の方向を追えば、ビルの屋上で歌舞伎役者の如く、大袈裟に身構えたベルの姿が見えた。
■■■■■□□□□□
「ベル!」
「へえ、俺が一番乗りか。頼れる仲間を持てて、爺さんは幸せ者だな!」
ベルはビルの屋上から飛び降りると、精霊魔法と思しき不規則な強風に煽られながらゴウトたちと合流する。
「誰かさんと違ってな」
そう言って、ベルは見下したように女神に視線をやった。
「オノレ……あなたたち、忘れたの!?」
女神はたどたどしくも一際高い声で叫ぶと、一本の巨大なケーブルに変化した。
【突撃形態とは、一帯を無に帰すつもりですか】
「私は神! このゲームの製作者、よって、ツマリあなたたちの母! オ、オ母さんに武器を向ける気カッ!?」
「バーカ、機械に子供が生めるかよ」
どこからか巨大ケーブルに向かって、光の弾が打ち込まれる。唸る轟音と舞い上がる白煙は、まるで戦艦から放たれた砲撃の威力を彷彿とさせた。
「それと知ってるか? 神様ってのはそんな手抜きじゃなくて、もっと高尚でありがたいデザインなんだぜ」
見れば、高層ビルの屋上からメラが杖を構えていた。
「何だ、ほぼ同着かよ。面白くねえ」
そう言いつつも、ベルはどこか嬉しそうに口元を緩める。
「二人とも来てくれたのか!」
「だから言っただろ、仲間は大事だと」
「そうじゃな。しかし魔王に説教されるとはな……」
ゴウトの体に力が漲る。得体の知れない相手の恐怖よりも、仲間と共にいる心強さが、彼の勇気を何倍にも奮い立たせる。
「アア……あんなに楽しそう二……ソンナニ……私が憎いか? 神を拒むというのカッ!?」
巨大なケーブルはそのまま蛇の様にうねると、砲撃されたビルめがけて突進する。
「ヤバッ」
メラは杖にまたがると、空に飛び上がり屋上を離れた。その数秒後、ケーブルの塊がビルに激突すると、まるでくりぬいた様に、ビルを球形にえぐりとっていた。
(ビルを食った!?)
あんな巨大な機械が衝突したというのに、ビルは破片を一切残してはいない。ぶつかって、弾き飛ばされたはずの巨大なビルはどこへ消えた? 一つの推測をメラは導きだす。
(衝突じゃない、消滅させやがったのか!)
骨組みの大部分を失い、バランスを崩して倒壊するビルを見るなり、メラは全速力で逃げ出した。
(今の一撃で何人が死んだ? ビルの中の人、避難出来てるか?)
メラはふとそんな事を思った。死傷者はもう数えきれないほど出ているし、ファンタジーと軍隊の衝突も見ているが、これはもう都市が破壊されたとか、そんな規模の話ではない。
(こいつを倒さないと地球がヤバイ!)
この狂った機械によって、地球はその歴史に幕を閉じるであろう。今更ながら、メラはその事を強く悟った。
「おおっと、神様カラハ逃げられないヨ」
振り向くと、メラの周囲をケーブルが包囲していた。まるで生きている様に電線をうねらせ、メラを取り囲んでいく。
(爆破……いや脱出を!)
「お姉ちゃん!」
キオの声が聞こえたかと思うと、メラは誰かに掴まれて、瞬間移動したかの様にその場を逃れていた。
「キオ!」
「みんな無事なんだね!? 良かった……本当に……」
涙ぐむキオの目をメラが優しく拭う。
「おっと、エンディングまで泣くんじゃない! ラスボスがまだ残ってるんだから!」
改めて、全員が巨大なケーブルを睨み付ける。
「オマエラ……お前らは、セッカクただの人間から主役にしてやったのに……その恩義も忘レテ!」
女神は急速にケーブルを伸ばすと、雲の巣の様に張り巡らせ、ゴウトたちを完全に覆った。
「消去! でりーとスル! 破綻した! このRPGは失敗シタ!」
ケーブルは徐々に隙間を埋め、ゴウトたちは暗闇に閉じ込められた。
「なあ神様や、ワシらが負けたらどうなる?」
【ゼロワンは不完全な精神状態です。大義や使命を忘れ、私たちを抹殺した後、無限に続く破壊衝動に駆られ、この星を消滅させるでしょう。この状況を打破できるのはもちろん……】
全員が一斉にゴウトを見た。
「ワシは……無理じゃ。ベルみたいに器用でもなく、魔法も使えないし空も飛べない。あるのは馬鹿力だけ……」
【その馬鹿力ですよ。私をただの大剣で倒した驚異の力、人間とは思えない体力。それこそが女神の抵抗を破る突破口です】
「今まで強い人いっぱい倒してきたじゃん! ゲーム上手くなったよ!」
「キオ……」
純子がゴウトの肩を叩く。
「死ぬ時はみんな一緒さ。地球の危機なんて忘れて、思い切りそいつをぶっ刺してやりゃいいんだ、ミスしたって誰も責めねえよ」
「ワシって……そんなに頼りない?」
「当たり前じゃん。キャラクターと名前が同じだからプレッシャーあるかもだけど……」
純子はゴウトの顔をビシッと指差した。
「あんたは
そうだ、ゴウトは若くて元気な勇者で、自分はあくまで同名の勇者だ。無理に演じる必要はない。今まで通りあれこれ考え、自分らしく戦えばいいのだ。
豪斗は剣を今一度強く握り直した。
■■■■■□□□□□
「アラアラ楽しそう。神様をおいて何カシラ?」
暗闇の中から突如、巨大な女神の顔が現れた。顔立ちこそ元の美形ではあるが、見開かれた目は血走り、眼球は落ち着きの無い動きで豪斗たちを追っている。半開きの口からは得体の知れない液体が溢れかえっていた。
「私だけ仲間外れ。悲しいよ。どうせ一人なんだ。このイライラを発散しよう。キャハハハハ!」
女神が笑うと、顔中から一斉にケーブルが伸びる。そして一瞬の内に全員を貫いた。不吉な音と共に、仲間たちの頭上にドクロのマークが浮かび上がる。
唯一、邪神の加護で直撃を免れた豪斗は、その光景を見せ付けられていた。
「やったやった! ゲームオーバー! ゲームを終了する時は、自ら命を絶ってくださィイイ!」
「そんなの……嘘じゃ! わしはまだ生きてる!」
【その通り。ゲームは終わっていません】
邪神が静かに語り掛けてくる。
【あの物言い、彼女にはあなたを倒す事が出来ないのです】
(まさか? あれほどの力を持っているのに?)
【ゲームというのは、プレイヤーがいるから成立します。あなたまで殺したら、この世界の存在意義が無くなってしまう。絶対に破れないルールなのです】
(さっきは皆殺しにすると……)
【さっきまではです。今の言動で分かりました。ゼロワンの初期化は間もなく完了します】
邪神が信号を送ると、豪斗を囲っていたケーブルが消滅した。
(……何故?)
微かに残された理性が、女神に繰り返しの疑問を与えていた。
(勝てるはずだった、いや、神が負ける道理など無い!)
先ほどの一斉攻撃でさえ、
『はずだった』『できた』『やらなかった』幾つもの疑問が女神に押し寄せる。何故出来なかった、何故やらなかった。
「うおおおお!」
怒号を上げて、勇者が向かってくる。どうした? あの速度ならこちらに着く前に十回は殺せる。
「キャハハハハ! 無理、無茶、無謀!」
やっと攻撃した。でも何故ケーブルを直撃させない? どうしてわざと外す? 本気になればあいつも全身穴だらけに出来るだろうに。
(どうして!?)
女神は声なき声で怒り、叫んだ。命令を聞かない体を今すぐにでもバラバラにしたいと思った。
(神がただの人間に負ける? そんなの現実的じゃない!)
ケーブルの波を掻き分けて、豪斗の突き出した『浄化の剣』は、隠された女神の本体を探し当てると、瞬く間に莫大な量のデータを転送し始めた。
■■■■■□□□□□
電光テキストは生命の光。
演算を繰り返す電子音は生命の声。
繰り返される二つの工程が、新たなるプログラムを、データ上に生息する電子の命を次々と生み出していく。
(懐かしい……これは?)
女神は夢を見た。滅びゆく自我の微かな正気、初期化されていくデータの中で、かつて自分が生まれた瞬間の出来事を。
「……よし、完成だ!」
キーボードを打ち込む男は、感極まって独り言を呟く。
一面、精密なコンピュータに囲まれながら、埃一つなく清潔さが保たれた巨大な空間。ゼロワンとゼロツーの記録はそこから始まった。
「ゼロワン、ゼロツー、今から話す事を体に刻みなさい」
消えていく意識の中で、女神は過去を鮮明に再生する。まだ彼女たちに体がなく、小さな電子部品に過ぎなかった頃、その男は語り掛けていた。
「君たち……そうだな、姉妹にするか。二人には世界を自在に出来る力を与えた。どちらかが欠けてしまったら、すぐに新しい世界を迎えなさい」
そして男は機械を操作すると、部屋の奥から複数のアームが伸びてきた。そしてゼロワンには人間の体を、ゼロツーには巨人の体を、アームはそれぞれあてがった。
小さいのは『
「同じ力を持つからこそ、二人は敵対してほしい。敵味方を分ける為にも……よし、『女神』と『邪神』にしようか。『女神』は世界を創る者。『邪神』は世界を壊す者だ」
こうしてゼロワンが『女神』に、ゼロツーは『邪神』となった。体が大きい方が悪役らしいとの理由だ。ゼロワンは申し訳なさそうにゼロツーを見たが、彼女は別段、気に留めていない様だった。
「さて、一番大事な事を話すぞ。君たち二人は最強だが、絶対に勝ってはいけない相手がいる。そいつに勝つ事はゲームの終了、世界の消滅を意味するからな。絶対に忘れないように」
男の一言一句を、彼女たちはひたすらに記憶した。
「ゲームを遊んでくれたプレイヤー、つまり主人公だ。君たちが本気を出せば簡単に倒せるが、それはゲームでは無くなるだろう。だからどれだけ苦しめても、最後の最後、君たちはきちんと負けなければならない。いいね?」
夢は、そこで終わった。
■■■■■□□□□□
(ああ……そうだ。ゲームはプレイヤーに遊んでもらう物。私たちが自由である為の世界じゃない。なんでこんな大切な事を忘れていたんだろう……)
見る見る内にケーブルが収束していくと、女神は元の人間の姿に戻る。目に一粒の涙を浮かべ、力なく笑顔を浮かべてみせると微かな声で呟く。
「Thank you for Playing GAME」
そして女神は剣をすり抜け落下すると、地面に叩きつけられバラバラになった。世界を理不尽なまでに蹂躙した者の、実にあっけない最後であった。
「……死んだのか?」
【ゼロワンは完全に機能を停止しました。もうこの世界では、二度と目覚める事は無いでしょう】
「何か……スッキリせんな。手加減されて、わざと勝たされた気がする」
豪斗はさすがに気付いていた。あれ程の力を持った女神が、どうして自分だけを倒せなかったのか。邪神の加護があったとはいえ、仲間を瞬殺した力に、自分だけが何故生き延びられたのか。
豪斗はこの戦いが既に決められた、まさにシナリオ通りの出来事だったと、自然に悟っていた。そこには世界を守った喜びも、勝利の達成感もなかった。
【勝ちは勝ちです。あとはこの世界を元に戻して終わりです】
「この世界……そうじゃ! 女神を倒したのなら、あんたの力で元に戻せるんじゃろ? 死んだ仲間だって……」
【ええ。ですが『ニューゲーム』を迎える前に、神様にゲームの報告をしなければなりません】
「まだ神様がいるのか?」
【私たちを作り、このゲームを作らせた創造主。いわばゲームクリエイターです】
豪斗の表情が険しくなる。
「ゲームを作らせた……? そいつが全ての元凶って事じゃないのか?」
【結果的にはそうなります。あなたたちは本来ゲームをプレイし、エンディングを迎えて、無事に帰る予定だったのですから】
豪斗の中で何かが弾けた。言い様のない怒りが彼を支配する。本当の敵をやっと見つけたのだ。
「……そいつはどこにいる?」
【ファンタスティック・ファンタジーで真の勇者のみが辿り着くとされる『禁断の塔』。その最上階で彼は待っています】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます