3F章 『継続』 Never Giveup
『テンドウモンク』
マイル社の看板ゲームタイトル『テンドウモンク』シリーズ、及び同タイトルで主役を務めるキャラクター「テンドウ」を指す。
【人物造形】
本名「テンドウ・ゴンペー」。シリーズによって若干容姿が変わるものの、修行僧という設定と、トレードマークである帽子は絶対である。若さゆえに自分の力を過信し、大きな事件に当たっては、それを乗り越える事で成長していくキャラクター。
拳法が得意で「十字拳」と呼ばれる独自の格闘技を扱うほか、様々な念力や道具を使いこなす。運動神経抜群で、作中において平和な時にはゴルフやテニスなどスポーツまでこなす。
【登場作品】
パソコン用ソフト『テンドウ坊主のどんなもんだい』にてデビュー。ゲーム内容は固定画面アクションで、テンドウ(この頃は子坊主という設定だった)が寺に侵入してくる妖怪や動物を追い払うというもの。シンプルながらも起伏に富んだステージで評判になり、またテンドウは開発者に気に入られ、同時期の別作品でゲストキャラとして抜擢されている。
その後、何作品か挟んだのち、家庭用ゲーム機で発売された『アメージングテンドウモンク』が記録的ヒット作品となる。これは今で言う横スクロールアクションの走りなのだが、テンドウが新たに身に付けた「十字拳」と呼ばれる格闘アクションにより、従来の作品を凌駕した戦略性、及び豊富な行動パターンが人気を呼んだ。以降、同シリーズは『アメテン』の略称で愛され、数多くの続編や外伝、コラボ作品を生み出す事となる。
すっかり人気者になったテンドウは、ゲームのみならず、グッズ展開やメディアミックスにも積極的で、その人気は国内だけに留まらず、世界中に響き渡る様になる。あまりの人気に、一部の人間はゲーム全般を「テンドウ」と呼ぶという風習まで生まれた。
■■■■■□□□□□
「どうした、もう終わりか」
気付いたらもう夕方だ。学はテンドウという男を、何度も倒しては目の前で復活する様を見て、段々と気圧されていくのを感じた。
「学、まだやれますか?」
(へーきへーき!)
心の中でキオに強がってみせるも、学にはまだ彼に勝つイメージが無い。何せ倒しても倒しても、何事もなかったように復活するのだから。
戦って分かった事といえば、まず武器は使わない事。そして技はカンフーや空手のような、とにかくすばしっこくて蹴る殴るといった小技が多い。
しかし、突き出される正拳や蹴りのひとつひとつの威力はそこそこあり、何より不慣れな格闘戦に学は翻弄され、何度か攻撃を受けていた。
(体力勝負なら……竜の姿が良いのかな?)
相手は技術こそあれど、肉体は(不死身の秘密こそ分からないが)普通の人間、超人という範囲ではない。そして超人とも呼べる竜人の耐久性、学はその根本的な差で生き長らえていた。
「まだ戦うのか?」
不意に男が話し掛けてきた。帽子が邪魔でどんな顔なのか分からない。
「へへん! こんなに時間をかけて、まだぼくを倒せないくせに!」
「じゃあ、何故こんなに時間をかけて、私を倒せないのだ?」
学の精一杯の強がりも、テンドウの問いを前に言葉を詰まらせる。答えは簡単、テンドウがいくら倒しても死なないからだ。
「まあいい、見ての通り私は不死身だ。何回やられようが、最終的に君を倒す」
「ズルいよ! そんなにして粘って、そんなにこの世界をメチャクチャにしたいの!?」
学の問いに、テンドウは一息置いてから返す。
「論点がどうにも一方的だな。じゃあ聞くが、何故お前は我々の邪魔をする? 今のお前なら、これから迎える『次世代』の子供になれるのだぞ?」
「何だよその『次世代』って! ゲームじゃあるまいし……」
「その通り。ゲームと現実が融合した、新しい世界だ。そこでなら私もお前も、揺るぎない支配者になれる。嬉しくはないのか?」
「うるさい!」
学は渾身の蹴りで、一瞬にしてテンドウを蹴り上げる。すると気の抜けたメロディと共にテンドウが消滅し、目の前には新しいテンドウが立っていた。
「せっかく手に入れた力を手放すのか? よくよく考えた方がいいぞ」
「さっきからうるさいって! こんな力、ゲームだけだよ!」
「そのゲームを終わらせる必要があるのか?」
「えっ?」
学はテンドウの目を見た。真剣な眼差しは、一見すると嘘を吐いているようには見えない。何より子供の学に、大人の心情を読み取る技量は無い。
「これから起きるのはゲームと現実の融合だ。それに伴い、新世界のキャラクターの選抜が始まる」
「選抜?」
「新世界に見合う理想のキャラクターだ。善と悪と中立、強き者に弱き者、老若男女。多種多様な種族が選ばれる。私はもちろん、君程の実力者なら新世界でも主役になれるだろう」
「主役って……選ばれなかった人は?」
「さあな」
「じゃあダメだよ!」
言うと同時に学は飛び掛かるが、テンドウはあっさりと避ける。
「お母さんにお父さん、学校のみんな……」
「おそらく消えるだろうな。キャラクターの数は限られている。それに突出した個性は必要だ」
「そんなの……絶対に許さない!」
「そう怒るな。逆に考えれば、お前の裁量で家族や友達を助けられるかもしれないぞ」
その言葉に、学は一瞬立ち止まる。
「それで……他の人は? 友達の家族や、友達の友達は?」
「そこまでは無理だな。キリが無い、それに友達の友達は他人だ。気に留める事はない」
「するよ!」
学のパンチは空振りした。まただ、まるで紙みたいにヒラヒラと避けられる。
「友達の友達が他人? いつか仲良くなるかもしれないじゃないか! そうすれば家族の人だって会うし、他人なんて言いきれないよ!」
「『人類皆兄弟』か、人殺しはゲームで十分。我々には狭い世界に一生閉じこもっていろというわけだな」
「そんなつもりじゃ……」
「まだ分かってないな。いいか、我々ゲームキャラはその生涯を曝され、生死を操られ、束縛された運命の輪をひたすら歩かされているのだ。人間によってな」
「違うよ! ぼくたちはゲームを遊んで……」
「その遊ばれる身になった事があるか? 成果が気に入らないからと、五体満足なのに自殺に追い込まされたり、面白半分で装備を剥がされ、全裸で街を歩かされたり、心無い会話で人を傷付けたり……」
学は慌てて蹴りかかると、振り上げた足に、テンドウは蝶々の様にふわりと飛び乗った。
「お前には分かるまい」
テンドウはそのまま飛び上がると、学の頭にピタリと両足で止まった。大男が頭にいるというのに、学には重量が微塵も感じられない。
「少しは考えた事があるか?『遊ぶ』という行為がどれだけ無慈悲で、残酷なのか。そしてゲームが受ける苦しみを」
「分からない……分かるわけがないよ!」
学はテンドウの両足を素早く掴むと、地面に叩きつけようとした。しかしテンドウは両腕で地面に踏ん張ると、勢いを付けた足さばきで学の両腕を振り払う。
「やはり子供だな。分からないものはねじ伏せる。そんなお前に我々を邪魔する資格は無い」
「何を!」
「学! 落ち着いて、さっきからずっと同じ調子だよ」
キオの呼び掛けに、学は突進を思い止まる。
(キオ、君も邪魔するの?)
「そうじゃないけど……あんまり怒ってると、相手の思うツボです」
(怒るなって事? あんな事を言われて、怒るなって!?)
テンドウは、身動き一つ取らない学をじっと見ていた。
(人知を超えた存在である竜人……勇者一行の中では最も厄介だと思ったが、所詮は子供か。戦う理由すら話にならん)
説得して仲間に引き入れようとも考えたが、どうやらその気は無いらしい。しかし怒りに身を任せた戦いは、やがて自らを窮地に追いやるだろう。
(こんな奴に負けてたまるか! ぼくの方がスピードは上なんだ!)
(……分かる。お前の怒りが、その叫びが。ハッキリと聞こえる)
テンドウは両腕を構える。すると声だけではなく、学の攻撃してくるであろう拳を突き出す姿や、その軌道が薄らと見えてきた。
「人の心を読む」この禁断の魔法はかつて『テンドウの心眼』(テンドウチェック)と呼ばれ、対峙した相手は為す術もなく、その力を発揮出来ないまま倒されていった。
それをより完全な物に仕上げたのが「十字拳」と呼ばれる独自の戦闘スタイルである。両腕を広げ、それを上下と左右いっぱいに伸ばす。たった一人の人間が八方向もの方角、角度に対応するこの構えは、全方位のあらゆる攻撃に備えた究極の奥義であった。
「竜人の子よ、強さを手に入れた者には人を導く使命がある。それが出来なければ……」
テンドウは学の高速移動を捉えると、放たれた右ストレートを片腕で絡め取り、空いた胸に目がけて拳を深々と突き刺す。
「そんな力は、重荷でしかない」
テンドウがゆっくり手を引き抜くと、学は膝を付いて倒れた。
■■■■■□□□□□
(……子供とはいえ、こうでもしなければ止まらなかった)
テンドウがしばし倒れた学を見下ろすと、あろうことか学がゆっくりと立ち上がる。胸には先ほど拳で空けた大穴が開いたままだ。並みの生物であれば再起不能になる致命傷、さすがのテンドウもこれには眉をしかめた。
「……お前は誰だ?」
「私はキオ。竜人です」
(少女の声……二重人格か?)
少年からは先程までの怒りは感じられず、冷静な心が読み取れた。
(一方的に足をすくわれたのは、単純な腕力じゃなくて、何か超越した力が働いているのかも。もっと落ち着いて戦わなきゃ)
少年は微動だにしない。しかし目ではこちらの動向を常に追い、警戒心を張り巡らせる。そして沈黙の一方で心は饒舌に語り続けていた。
(無闇に突撃してこなくなったか……困ったな)
相手の攻撃を読み、それを無効にしつつ不可避の攻撃をくわえる。いわゆるカウンターがテンドウの持ち味だ。ゆえに相手が待ちに入ると、自分から攻めるリスクが生まれてしまう。
格闘では遅れを取らないだろうが、相手は人間を超えた竜人だ。予想外の反撃も十分考えられた。
(ずっと睨んだまま、やっぱりこの人、自分から攻撃したくないんだ)
キオの結論を読み取った瞬間、テンドウは構えを解くと、急に背を向けた。
「戦う気が無いなら帰れ。私にはやる事がある」
「え、ちょっと……待ってください!」
慌てて駆け寄ろうとするキオを、テンドウは見逃さなかった。まるで水道の蛇口を思い切り捻ったホースの様に、不規則な動きでテンドウの拳が伸びてくる。
(やっちゃった!)
キオの腹部に渾身のストレートが突き刺さる。そのまま衝撃で、キオは遥か後方に吹っ飛ばされた。
「ぐっ……」
「なるほど。二人の意思が一人の体に……互いに休みながら戦うとは、便利な力だな」
壁にもたれかかるキオを、テンドウは見下ろした。
「それでも……あなたの不死身にはかなわない」
「不死身……そうだな。不死身みたいなものだな」
テンドウの返しを見計らってキオは竜に変身した。背中の建物を力任せに殴り付け、辺り一面に瓦礫を降らす。するとまたいつもの、気の抜けたメロディがどこからともなく流れだす。
「私は何千、何万、何億回も死んで、そして蘇る」
「また復活!?」
キオは素早く辺りを見回した。テンドウの姿がどこにも見えない。
「気が遠くなる様な痛みも、声にならない業火の熱さも、逃れられない時の残酷さも、ありとあらゆる死が私を何度も襲った」
■■■■■□□□□□
――――――――――――――
【このゲームについて】
・『アメージングテンドウモンク』は、主人公であるテンドウを動かして、数々の敵を打ち倒し、城に捕らわれたお姫様を助け出すゲームです。
・テンドウは運動神経バツグン、どんな敵とも戦える勇敢なお坊さんですが、それでも無敵のヒーローではありません。敵の攻撃に傷付き倒れ、奈落の穴に落ちたり、溶岩に落ちたりと、様々な死の危険がこの世界に満ちています。
・テンドウを導き、世界の平和を取り戻せるのは、プレイヤーのあなただけなのです。
『アメージングテンドウモンク』説明書より。
――――――――――――――
ゲームの数だけ命が生まれ、ゲームの数だけ死者が増える。平行世界で繰り返される、閉じられた世界の無限の営み。全てはプレイヤーがゲームを楽しみ、そしてクリアする為に。
『アメージングテンドウモンク』は国内だけでなく世界的なセールを記録し、全世界のプレイヤーが彼のアクションを堪能した。何千、何万ものテンドウが世界中を駆け回り、敵を倒し、倒され、世界の平和を何度も救い、救えなかった。
「テテッテ テテッテ テンテンテン」
テンドウが死んだ時、気の抜けたメロディが流れる。それはどこか愉快で、すぐに口ずさんでしまう様な印象深いものだが、それはミスしたプレイヤーを励ます応援歌であり、同時に死にゆくテンドウへの鎮魂歌でもあった。
敵にぶつかり、倒れながら消滅するテンドウ。
「テテッテ テテッテ テンテンテン」
ジャンプが届かず、奈落の落とし穴に姿を消していくテンドウ。
「テテッテ テテッテ テンテンテン」
制限時間を越えて、目に見えない力で強制的に命を落とすテンドウ。
「テテッテ テテッテ テンテンテン」
死は彼にとって日常であり、永久的に強いられる運命でもある。世界で一番売れたゲームソフトの主人公は最も多く命を授かり、そして殺された。
(……こんな出来損ないの、不死身の体はもういらない! だから!)
瓦礫の山からテンドウが飛び出すと、巨大な竜に向かって何度も突きや蹴りを放った。技の速度はどんどん増し、やがてテンドウの腕や脚が一筋の光の様に、キオの全身をまんべんなく叩いていく。
(お前たちを倒し、私は人間になる! 女神は約束したのだ!)
テンドウの思いが、さらなる拳の加速を実現させていた。
「……ねえ?」
打たれる一方であったキオは、おもむろにテンドウを鷲掴みにした。攻撃に集中していたテンドウは、避ける間もなく掴まってしまう。
そして少年から発せられた声は、さっきまでの少女ではなく元の少年に戻っていた。
「どうした? 殺さないのか?」
「復活する前に聞きたかったんだけど。お兄さんに仲間はいないの?」
「仲間……女神や他の三天使の事か?」
「違うよ。女神はさておき、他の二人とは空気が違う。それに本当に死なないなら、わざわざ死体が消えたり、新しく出てくる理由になってないよ」
キオは『ファンタスティック・ファンタジー』でのキャラの生死を何度も見てきた。復活出来るキャラは死体が残り、そうでないキャラは消滅してしまう。テンドウの言う『不死身』は、その定義には当てはまらない。つまり……。
「じいちゃんが話してくれた『他のゲームから来た三天使』。お兄さん、多分アクションゲームの人だよね」
「その通り。だが、それがどうした?」
「お兄さん、元のゲームはどうなっちゃうの? 誰かが欠けちゃ、ゲームは進まないよ?」
その言葉に、テンドウの動きが止まる。
「……もう、私のゲームはなくなったよ」
「それって……どういう意味?」
「言葉通りさ。そして私は、仲間を見捨てて一人逃げた」
テンドウの体が突然光りだすと、キオは突然、掴んでいた手が強い衝撃でこじ開けられるのを感じた。
「急造のゲームキャラには分からないだろうが、ゲームキャラは生まれたその時から、いくつもの分身が作り出される。痛みも、思い出も、経験値も、全てが蓄積されていく」
「それが……何だってんだよ!」
「ならばハッキリ言ってやろう。今の私は残り機数119999995。君の指摘通り不死身ではないが、限りなく不死身に近い命を持っている」
「えっ!?」
さらにテンドウは、両手から鷲掴みした大量の札を見せびらかした。
「これは無敵アイテム『輝きの札』だ。全ゲーム世界から取り寄せ、今手元には29999999枚ある」
札を一枚空へと掲げて、光に包まれたテンドウは再び構えを取った。
「さて、これから本番といこうか」
■■■■■□□□□□
「ムチャクチャだよ! 1億って……ほとんど残機無限みたいなもんじゃないか! ズルもズルだよ!」
学は竜人に戻ると、空へ飛び上がる。
「学! ひょっとして逃げるつもり?」
(一旦だよ! 今行っても勝ち目が無い。何とか倒す方法を考えないと!)
一方、テンドウは落ち着いた様子で空を見上げる。手には何枚かの札が握り締められていた。
(飛行能力か、中々速いが『飛鳥の札』と『韋駄天の札』の相乗効果で……)
――――――――――――――
【お札について】
・このゲームではいたる場所にお札が隠してあり、テンドウはそれらを入手し使う事により、冒険をより円滑に進める事が出来ます。
・お札は一部の物を除いて、組み合わせて使う事も出来ます。
・お札はそれぞれ9枚までしか持てませんが、それ以上取ると得点して加算されます。
(一部のお札の説明)
・『飛鳥の札』
一定時間の間、飛ぶ鳥の様に空を自在に舞う事が出来ます。
・『韋駄天の札』
一定時間の間、足がとても速くなります。
・『輝きの札』
一定時間の間、テンドウが光に包まれ、どんな攻撃も受け付けなくなります。
他にも、様々なお札があります。中にはとてつもなく強力なお札も……?
――――――――――――――
「ウソでしょ!?」
学は心底焦った。単純な直線距離なら、誰にも追い付かれるはずのない高速飛行に、テンドウはぴったり付いてくる。
「言っただろ、私は一人じゃない。たった二人のお前に負けはしない」
「人数の問題じゃない!」
学は両足を踏ん張り急ブレーキをかけると、テンドウの裏側に回り込む。そしてそのままテンドウの体を羽交い締めにした。
「何だか知らないけど、仲間を見捨てる様なヤツに負けてたまるか!」
「お前に何が分かる? 永遠に繰り返される死と挫折、その苦しみが!
テンドウはまたも大量の札を握り締める。学は光を警戒して咄嗟に手を離したが、予想とは裏腹に、テンドウの全身から火の玉が現れる。
「『鬼火の札』! あの子供を焼き尽くせ!」
「飛び道具!?」
火の玉は上下左右、学を取り囲む様にして飛来する。紙一重で何とか避けるものの、中々前に出る事が出来ない。
(あとは『
テンドウが手の平を突き出すと、一筋の稲妻が学に向かって放たれた。
(もうダメだ! よけられっこない!)
何重にも取り囲む火の玉と、発射された極太の稲妻。数十人分のテンドウの一斉射撃が、学を徐々に包囲し……そして消えた。
「……え?」
あれほどあった火の玉は数個だけ残り、巨大な稲妻は瞬時に消えた。学もテンドウも、何が起きたのか理解出来なかった。
「学! 何だか分からないけど、絶好の機会です!」
(う……うん!)
テンドウが見せた一瞬の戸惑い。学は加速を付けて、静止したテンドウめがけて体当たりをしかけた。一瞬にして吹き飛ばされ、間もなくして次のテンドウが補充される。
「こうなったら連続攻撃だ! 反撃の間もなく倒してやる!」
テンドウの復活範囲は死体からそう離れていない。それに「空中から落下してスタート」という準備運動のオマケ付きだ。
つまりテンドウを倒した後、次のテンドウを見付けしだい倒す。俗に言う「パターン」の成立である。
(何故だ!? 火炎はあんなに出せたのに、稲妻は一瞬の内に消えてしまった)
テンドウは知らなかった。元来自分のゲームでは、何発も火の玉や稲妻を重ね打ち出来ない事を。せいぜい画面上に3~4発程度が限界であり、仮に撃てたとして、何かしらの不具合を起こす可能性がある事を。
反撃が間に合わない。落下中か、着陸しても札に手をかけた瞬間、学の攻撃で命を落とす。膨大な命が、湯水の様に消えていく。
(こんな……こんな事が!)
テンドウは気力を振り絞り、学の攻撃を受けつつも、「輝きの札」を使った。全身が光に包まれ、致命傷にも関わらずテンドウは死を免れる。衝撃波に学はたじろぎ、辛くもテンドウは距離を離す事に成功する。
「こいつはどうだ!」
テンドウは「飛竜の札」を使った。巨大な竜が手の平から現れ、学に向かって突撃する。テンドウの最後の切り札、ゲーム内でも一つしか出現しない必殺級のアイテムだ。
(やられる! どうしよう!?)
「竜には竜を、『あれ』しかないです!」
(『あれ』って……まさか!)
「子供には無理だけど、二人なら出来ます!」
(それなら!)
学は両腕を突き出すと、大砲の撃つかの様に両手を開く。キオの「せーの」という合図で、ありったけの声で叫んだ。
「ドラゴンレーザー!」
竜人の爆発的な魔力が噴出した。学の両手から深紅の竜が現われると、金切り声にも似た雄叫びを上げながら猛進する。竜は竜を食らい、そのままテンドウを飲み込んだ。
■■■■■□□□□□
「うっ……」
竜人のみが扱える極大魔法「ドラゴンレーザー」。元来、成人した者だけがようやく撃てるこの大技に、学の体は反動で腰が抜けた。
(これで倒せても、もう追う事は……)
見れば深紅の竜はうなりを上げ、テンドウの体を何度も何度も突き破る。しかし光に包まれるテンドウは、僅かに竜から体を押されるだけで絶命しない。
(これなら耐えられる! 無敵が切れる前にもう一度札を……)
竜の暴走は止まらない。テンドウは身動きが取れないまま後退し、やがてビルと背中合わせになる。そしてテンドウの体はビルに叩きつけられ、じょじょに埋められていく。
(まさか……無敵を解除出来ない!? 体が固定される!)
壁の中に閉じ込められる。あってはならないバグは本来ならテンドウの死因となる。しかし無敵のテンドウにはその死すら許されない。そして竜が消滅すると、テンドウは半身ビルに埋められた状態になっていた。腕や顔だけが競り出ていて、相変わらず光に包まれている。学はおそるおそる近付いた。
「……お兄ちゃん?」
「……完敗だ。私はもう動けない」
テンドウの手だけが握ったり開いたりするが、それ以上の動きは見られない。
「もしかして……バグってる?」
「『ばぐ』が何なのか分からないが、多分お前の言う通りだ。きっと不正をした罰なのだろう」
テンドウの手が「あっち行け」と言わんばかりに、ひょこひょこと動く。
「私にはもう、何もできない。女神の後を追うなら急ぐんだな」
「あの……お兄ちゃんはどうして女神に従ったの?」
テンドウは一瞬困惑した顔を見せるが、やがて諦めたように語りだした。
「人間になって、普通の人生を送りたかった」
学は何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
「そんなに強くて……主人公なのに?」
「強くて、主人公だから戦わされる。そんな人生でもか?」
「それでも……ぼくが会ってきた人たちはみんな戦った! たとえ自分が無名のキャラだったり、敵だったとしても、不満を言わずに戦ってきた!」
「違うな。出番が少ないからこそ、自らの宿命に殉ずる事が出来た。格好付けたかっただけだ」
「違うよ!」
反射的にテンドウの顔を殴り付けるが、光るテンドウにダメージは無い。その代わりテンドウの体はまた少しビルの外壁へと埋め込まれた。
「……気は済んだか?」
「まだだよ! 女神を倒したら……ビルから引っこ抜いて続きからだかんね!」
そう言って、学はその場を後にする。
「続きか、あるといいな……」
一人残されたテンドウは、ふと元の世界を思い出していた。
「私を愛してくれてありがとう。何度も傷つき助けてくれてありがとう。今度はどうか、自分を愛してください」
命を賭してまで助け出した最愛の人。
「兄さんには最後まで勝てなかったな…でもいいんだ。僕はそんな世界最強の男の弟として、胸を張って生きていける」
共に育ち、何度も技を競い合った弟。
「何度も殺し、殺され、お前との戦いはもう疲れた。どうやら我輩も休む時がきたようだな」
何度も対峙しては打ち倒し、やがて奇妙な友情さえ芽生えた宿敵。そしてあの世界で生きていた全ての人々。彼らの顔が次々と浮かんでは消えていく。
「あなたは十分頑張りました。その運命から解き放たれる時が来たのですよ」
女神に声をかけられたとき、少なからず心が揺らいだ。そして彼らに背中を押される形で、ようやく自分は自由の身になれた。他人に導かれる死の運命から逃れられたはずだったのに。
(そうか、続きはもう……)
ここには救うべき世界も守るべき人もいない。そんな自分はこれからどこへと行くのだろう。不死身のテンドウは力なく笑うと、瞳を閉じて眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます