3D章 『王道』 King Story

 ゴウトたちが奔走している間も、女神による世界改変は続く。「再生」の力は現実にも適用され、人類が何千年もかけて培ってきた文明は、彼女のきまぐれで次々と湾曲されていく。


(あの城は邪魔ね、山にしましょう)


 建造途中のタワー、その頂点に君臨した女神が眼下にある高層ビルを見下ろすと、右手をかざして念じる。すると巨大な矢印が空中に現れた。


「まただ! あの矢印が……」

「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」


 矢印の差し向けられた瞬間、そこにいた人々は悲鳴を上げる間もなく、辺りの空間もろともこの世界から消えた。そして丸ごと削り取られたその場所には、巨大な山が出現した。標高、面積はどれも一緒で、等間隔に綺麗に並べられていく。


 反撃は無かった。この世界の人々は、この攻撃の正体を理解する事が出来なかった。突如として襲い掛かる理不尽な災害に、身を守る手段も危機を知らせる事も出来ないまま怯えるしかなかった。


 そこにあった高層ビルや、中にいた人たちがどこに消えたのか、女神には知る由もない。そしてそんな事には気にも留めず、女神は地形操作を続ける。何も問題はない、何もかもが順調だ。そんな女神だが少しの杞憂はあった。


(しかし……ヅェーガーとソニアの反応が消えた。まさか反乱者、しかも二人を破る程の猛者がいるというの?)


 三天使のうち二人の敗走を、彼女は漠然とした形で認識する。邪魔になりそうなキャラは全員消したはずだ。あの主役であるゴウトでさえ、脱出不可能の檻に閉じ込めたはずだが……。


(閉じ込めた? 殺さずに、わざわざ閉じ込めた? 私が?)


 女神はふと、自分の行動に疑惑を覚えたが、すぐに考えを改めた。


(仮に勇者が復活して、何が出来る? たかが数人で私を止められるとでも?)


 都会と自然が混ぜられた、まるで模型の様に整然とした景色を女神が見下ろす。これこそが彼女の力、新世界の支配者の証である。三天使は所詮は尖兵、たとえ敗れた所で彼女の力の本質には支障がない。


(私一人いれば……いや、私だけが、この世界を制御出来るのよ)


 自分を作ったはずの神々の世界は、いとも簡単に沈黙した。女神は自分が神を倒し、名実共に本当の神に昇格したのだと、強く確信した。


■■■■■□□□□□


「何を手間取っている、相手はただの剣士だぞ!?」


 ファスト国王の怒号がまたも飛んだ。閑散とした銀行内では、無数の死体と紙幣が散乱している。死体は全て国王が率いた『魔騎士団』のものだ。


 魔騎士団は右腕に装着した『魔銃』を構え、どうにか照準を付けようとする。しかし機敏に飛び回るヤックとドイの動きに付いていけない。『魔銃』から放たれた火炎弾や氷結弾は空を切り、一人また一人と倒されていく。


「馬鹿な! 『銃は剣よりも強し』、極限闘技きょくげんとうぎでもそれは証明されたはずだ!」


 一人の騎士が混乱気味に叫ぶ。その男にドイは見覚えがあった。同じ騎士団ではあるが大した主義もなく、給料目当てに属していた者だ。


 聖騎士団は人それぞれだが、少なくとも大半が志のある仲間たちで構成されていた。何れかの形で騎士に憧れ、国を守ろうという意思があった。だからこそ団体の中で空気の違う団員は、嫌でも目についた。


「慣れない事をするからだ。今まで信じてきた剣を捨てて、強くなれると思ったか?」

「だ、団長……お願いします! 命だけは……」

「挙句、敵に命乞いか……情けない。『ニューゲーム』でやり直せ」


 ドイはためらう事無く剣を振り下ろす。それらの様子を、国王は奥の別室から監視カメラで眺めていた。


(まさか二人が追ってくるとは……ヤックを逃がしたのが仇となったか)


 かなりの人員がやられ、士気も下がっている。何より自分の命が危ない。国王は迷う事なく脱出を決意した。その直後に、部屋に団員が一人駆け込んでくる。


「国王様、部隊に壊滅的な被害が出ています! どうか撤退命令を……」

「無駄だな。あいつらは俺の首を狙っている。逃げるくらいなら玉砕しろ」

「そんな!」

「命令だ、聞こえなかったか?」


 すると騎士は、震える腕で国王に魔銃を向けた。国王は一瞬静止すると、何事も無かったかのように切り返す。


「今になって臆したか」

「あなたに従った我々にも非はあります。しかし今は、全滅だけは避けなければならないかと」

「なるほど。しかしだな、王はどんな時でも冷静でなければ勤まらん」

「……でしょうね。だから私たちは、あなたを信じて……」


 国王は素早く銃を取り出すと、言葉を遮る様にして、騎士に向けて銃を連射する。


「頂点に立つものは、第一に自分が主導権を握り続ける事。『王道』の一説だ、せめてもの『ニューゲーム』に役立てろ」


 国王は絶命する騎士を尻目に、荷物をまとめると裏口から銀行を後にした。


■■■■■□□□□□


 戦闘は終結を迎えつつあった。数を減らした魔騎士団は戦意を喪失。また、陣頭指揮を取っていた国王がいつの間にか戦線を離脱していたため、混乱した騎士たちは次々と逃走を始めた。


 彼らに国王に対する忠誠はない。あるのは高賃金と最先端の武具による、好条件での雇用関係でしかない。せっかく手に入れた拠点も、それを動かす者がいなければ機能はしない。


 最強の軍隊にもなりえた魔騎士団は、たった二人の騎士を前に破れ去った。そしてその敗因が不慣れや装備や、銃を生かしにくい閉鎖的な空間であった以上に、根本的な戦闘に臨む理由である事を、彼らは知らない。


 王を、父を止める。どこまでも追い詰めて、必ず自身の手で。


「魔騎士団とやらは壊滅か。ただ、見知った顔が少なかった気もするが……」

「ああ、そりゃ反発して逃げた奴も多いからな。国王に付いたのは僅かで、残りは傭兵を入れたとか何とか……」


 報酬によってどの勢力にも加担する傭兵だが、腕の立つ者ほど自分の力量を基に物事を冷静に見据え、主義に合わない仕事や、得体の知れない仕事には手を出そうとはしない。所詮は金でしか釣れなかった凡庸な人材が、そのまま魔騎士団の命運を決した。


「手段を選ばないのは国王『らしい』が、それにしては粗末だ。まだ何か隠してるんじゃないか?」

「考えても仕方ない。それよか早く捕まえないと、また何かやらかすぞ」


 二人はそのまま奥の部屋に進むと。倒れて動かない騎士と、散乱した書類や食料を見つける。二人はそれらが国王の形跡だと確信した。


「はっ……はっ……」


 一方で国王は表通りを避け、路地裏を走っていた。彼は少なからず動転し、そして事態を振り返っていた。


 練度不足とはいえ、魔騎士団は最新鋭の装備を持たせた、魔具を駆使する最強の部隊となるはずだった。最初に砦を構え、徐々に侵攻をする手筈が、たった二人に壊滅させられたのだ。この敗戦は致命的である。


(時期尚早だったか、俺らしくもない。だが、過ちを悔いるのはもっと『らしく』ない!)


 国王は壁に手を付き後ろを振り返った。そこにはドイとヤックの姿が見える。追撃は想定内だが、ここまで早く追い付かれるのも想定外だ。


「おやじさん……いやファスト国王さんよ、あんたは狂ってしまった。民も国も捨てちまったらおしまいだよ」

「おしまい? やっと神々の世界に来たのだ、これから始まるんだよ!」


 そう言って目を血走るファスト国王には、かつての聡明さは見えない。そして忠誠心をとうに捨てたドイとヤックには、彼の常軌を逸した行動が、既に狂気じみたものである事を認識した。


「お前らさえ……お前らさえ退ければ……!」


 国王が懐に手を入れた瞬間、二人は隠し持っていた『魔銃』を取り出し、国王の胸を撃ち抜いた。


「がぁっ!」

「不意討ちは何度もやるものじゃない。あなたに二度も殺されるのは御免だ」

「しかし、これでファスト国も終わりか。こんな形で国が亡ぶなんて……これが女神の気紛れか?」


 放たれた火炎弾を、国王は着込んでいた鎖帷子で一応は防いだ。しかし弾丸は止められても、魔力を帯びた火炎は防ぎようがない。灼熱が国王の全身を駆け回る。


(終わりは……無い! 貴様らさえいなければ、何度でも立ち上がってみせる!)


 国王は残った力を振り絞り、後ろ手に持った注射器を体にねじ込んだ。激痛を上回る何かが、自分が自分以上の存在になる、そんな快感が、体を瞬く間に支配していく。


(最後の賭けだ! この古代兵器『ドラゴンコピー』をもって、もう一度王を目指す!)


 かつて『旧世界』を崩壊させた『竜』。そして人を竜へと変身させる劇薬『ドラゴンコピー』。ファスト国王が費やした魔具や遺産収集の中で、彼が手にした最強のカードである。


 二人は国王を見て後退りした。国王の体は激しく痙攣し、元の体格を突き破る様に、違う生物の肉体が次々と生えていく。


「……王は誰よりも強くあれ。凡人には至らない、至高の強さを手中に収めよ……」

「まだそんな事を、あんたは死んだ! 肉体的にも社会的にも!」

「いいや、王は死なぬ! 俺もまた然り!」


 国王はよろめきながら立ち上がる。次々と変態を繰り返す肉体は、もはや人間とは呼べない物へと変わっていた。


「竜……か? こいつは……」

「分からないが、怪物には違いないな」


 鱗で覆われた巨体や翼、そして四本足の姿勢を見るなら、確かに竜と呼べなくはない。しかし顔だけは元の人間である国王のまま、威圧的な目で二人を見下ろしていた。


「圧倒的な力で、俺はもう一度国を作ってみせる。何にも負けない頑強な国を、何処よりも豊かな国を!」


■■■■■□□□□□


『ファンタスティック・ファンタジー』において、竜は地球を滅ぼした最強の生物である。戦艦級の火力と、有機生物で最も頑丈な装甲を持ち、巨体を生かした格闘戦もこなし、更に航空能力と高度な知能まで備えているのだ、科学兵器の一種の頂点と呼べるだろう。


 そして当然ながら、そんな規格外の怪物は到底個人で倒せる相手ではない。例外があるならキオの様に、中身が未熟な子供に対し、軍を率いて討伐を試みるぐらいだろうか。国王の変身を目の前にし、ドイとヤックの行動は一致した。


「どうやって倒す? 剣か? 魔法か!?」

「それを考えるために、まずは逃げるんだろ!」


 重量ある鎧甲冑を身に付け、騒音をたてながら街中を軽快に走る二人に、人々の注目が集まる。その視線には専ら「危険人物か否か」という警戒心が強い。人々は彼らを刺激しないよう、口々に囁いた。


「また『ファンタジー』かよ」


「ファンタジー」とは文字通り、ゲームや映画から飛び出してきた様な中世ファンタジー風の人物や生物を指す。この混乱の中、誰かが口にした単純にして的確な単語は、瞬く間に人々の共通言語として浸透していった。


「でも、かっこよくない? 王子様とスポーツマンって感じ」

「ねー。あんな美男子に言い寄られてみたいよねー」


 生きる世界が変われど美の価値観は共通だ。走り去るドイとヤックに見惚れている女性二人だったが、直後に自分たちを覆う影に人々は空を見上げ、辺りは絶叫に包まれた。


「またファンタジーだ! しかも……ヤバイやつ!」


 竜という風貌ですら危険合図なのに、顔はなぜかいかつい中年男で、不敵な笑みでこちらを伺っている。どう見ても善玉ベビーフェイスではない、誰が見ても明らかな悪役ヒールだ。


「騒がしいな、まるで悪魔か怪物を見たかの様に……不愉快だ」


 彼らの悲鳴は、あくまで人間性を保った国王の誇りと尊厳を傷付けた。国王は眼下の民衆めがけて急降下すると、粛正すべき野次馬たちを睨み付けた。


 竜の姿を見て人々は絶句した。ゲームや映画等で、ドラゴンという姿は漠然とイメージは出来ている。頑丈そうな鱗に、背中には翼が生えていて、見ようによっては爬虫類を巨大化させた様な生物……のはずだ。


 しかし、ドラゴンの長い首、その先端には人間の顔が付いていた。人間は首から下が人間でなくてはならない、常識だ。だからこそまったく別の生物にすげ替えてあるのは、想像以上に不気味で不快であった。


「ば……化物!」


 堪えかねた野次馬の一人が叫ぶ。脊髄反射だった。子供が飛行機を指差して叫ぶ様なものだ。対象が好奇心をくすぐるほど、人は目をそむけられない。


 それが、対象の機嫌を損ねる事であっても。


「化物? 最強の肉体に人の頭を取り付けた、最も理想的で、高尚な生物とは思わんか?」

「いや……近寄らないで!」


 錯乱した女性が、土道から拾い上げた石を国王に投げる。石は国王の体に当たり、彼は石の飛んできた方向を見た。


「まだ自分たちの立場が分かってないのだな。よかろう。王の力を見せてやる」


 国王が大きく息を吸う。勘の良い者であれば、これがファンタジー世界で最も恐れられる、高温を吹き付ける竜の息だと察して逃げる事ができた。だが、人間の顔である事がなまじ判断を鈍らせた。


 国王が大きく息を吐く。周りの空気がたちまち歪められ、気温が異常に上昇していく。まるでサウナ室に入り込んだ様な、不自然なまでの熱気だ。それがあまりに一瞬の出来事であり、人々は逃げるより先に戸惑ってしまった。


 直後、国王の口から火が吹き出し、大蛇の様に体をうねらせながら向かってくる。そこでようやく死を覚悟した人々は、せめて恐怖に耐えられる様に目を閉じた。


「……?」


 石を投げた女性は、しばらくしてある事に気付いた。正常な体、冷静な思考。あの視界を覆う程の炎の波に、自分は包まれて絶命したはずだ。


 その疑問は目を開ければ簡単に解決出来た。炎が裂けている。何かに阻まれ、二つに分かれて横を通り過ぎていく。鎧甲冑の男が自分たちを庇うように前にいる。


「逃げろ」


 鎧の男が語り掛ける。それは周囲の絶叫を飛び越え、女性の耳に届く。それは彼女にとって、救世主の声だった。


「あっちぃ!」

「俺たちとばっちりかよ!」


 裂けた炎は、ドイの構えた『氷の盾』に威力を削がれたとはいえ、高熱をもって野次馬たちを襲っている。


「バカヤロー! 早く逃げろよ! 死にたいのか!?」


 ヤックの怒声で、野次馬は我に振り返り、一目散に逃げた。


■■■■■□□□□□


「氷の盾で防いだとはいえ、人一人燃やせないとは。それが『王の力』か?」

「案ずるな、まだ調子が掴めないだけだ。貴様等を殺す分には問題ない」


 国王は不敵な笑みを浮かべると、二人にじりじりと迫った。圧倒的戦力差にも関わらず一思いに殺さないのは、やはり国王の虚栄心である。


「逃げ道は無いか……人助けしちまったもんな」

「騎士ならば当然の事。何も恥じる事はない」


 強がりや開き直りではない、自然と出た二人のやり取りを見かねると、国王は不快さに顔を歪め、片方の前足でドイを指した。


「ドイよ、お前のそういう生真面目な部分が目障りだった。部下の信頼も厚かったが、俺以上に人気者になったらいけねえよ」

「嫉妬とは見苦しい」


 反論する様に、続けてヤックを前足で指す。


「ヤック、逆にお前には誠実さが足りなかった。俺の言う事にもちょくちょく口を挟んだりもしたなあ……」

「何を言うおやじさん。肉親なら、身内の言う事は真摯に受け止めろよ」

「ふん。妻を亡くした俺には子供がいない。お前らを跡継ぎにしても良かった……良かったんだよ!」


 国王は後ろ足で立つと、二本の前足で近くにあった電柱を引き抜いた。完全に二足歩行に変わり、両手に持った電柱を振り始める。


「どっちも極端なんだよ! 折角拾ってやったのに、扱い辛い人間になりやがって!」

「育てたのはあんただろ、子は親を選べないんだから。好き勝手にやって、挙げ句に『気に入らない』だと?」


 二人は間合いを取りながら、魔銃を撃ち込む。効果は一向に見られない。


「あなたが日々語った『王道』を、私たちは理解出来なかった! だからせめて、忠実に動ける兵士となった!」

「王の道は覇者の道。自国の発展と民の幸せ、全てを発展、向上、維持させる。それだけを愚直に追えば良かったのだ!」

「だからって……魔法に手を染めたり、部下を殺したり、自国を放棄したり……何であなた程の人が!」


 一瞬、ドイの動きが止まる。そこに国王は間髪入れず尾を振り、体ごと吹き飛ばした。


「そういう甘さも気に入らんな。こんな状態で、まだ戦いに専念出来ないのか?」

「まだ……まだ分からないのか! そんなてめえみてえな親でもな……ドイはずっと信じてたんだぞ!」


 ヤックはドイの方を見た。国王を前にして、苦悶の表情を浮かべている。体の傷より、精神的に堪えているようだ。


「もう情も残ってねえ、呆れたよ。全力で殺す!」

「ほざけ! ならばお前を殺す!」


 国王の振り下ろした電柱が、その先から伸びる千切れた電線が、大地を打ち付け激しく揺らす。二人からすれば得体の知れない武器だが、その一撃が瀕死すらも許さない、必殺級の威力であるのは見て明らかである。


「何が王だ! 国をほっぽいて他国で暴れて、一体何が築けるってんだよ!」


 不意に離れると直撃をもらう。そう判断した二人はあえて国王に密着し、どうにか死角に逃げ込む事で攻撃と回避を成立させていた。


「国王とは国を治めてこその王! しかし魔物の脅威は相変わらず、人間は未だに共闘の姿勢を崩さない。不用意に戦争を仕掛けようものなら、一気に非難されるだろう」

「それがどう関係あるんだ?」

「まだ分からんのか!? あの狭い世界じゃ、二度と戦乱の世にはならん。つまりは、俺の国も頭止めって事だよ!」


 ドイは戦慄を覚えた。かつて国王が語った「神々との戦争」も到底理解出来るものではなかったが、彼は平和を取り戻しつつある世界で、なおも侵略による繁栄を目指したのだ。


 飽和状態にある世界で、繁栄とは限りある資源をより多く独占する事である。思えば魔王討伐も、「魔王と戦うファスト国」という誇示だけでなく、魔王に戦いを誘発させていた。


 そしてオルエルド帝国での一件、魔王の主張によれば自衛の為に群れていたに過ぎないとの事。それが事実であれば自ら率先して戦うつもりは無かったのでは?


(誰にも気付かれず、他人を戦わせて、自分だけが勝ち残る……!?)


 その時、ドイの目には国王が外見の印象とは別に、とてつもなく巨大な、底知れない闇が覆っている様に見えた。


「少なくとも、国にいた頃のあなたはまだ国を想っていた。こんな支離滅裂な侵略……魔が差したとしか思えない!」

「国王は一日中椅子に座っているのが仕事か!? 国王が動いて何が悪い! 新たな国を手に入れるまで、俺は俺の国のために戦う!」


 飛び掛かる電線を切り払い、ドイがどうにか飛び上がって国王の首に剣を突き立てる。しかし硬い皮膚は刃先を食い込む事さえ許さない。そして顔に近づこうものなら灼熱の炎が襲い掛かる。


「剣が駄目なら!」


 ヤックが『魔銃』を取り出し、ひたすら冷気を撃ちだす。


「こんな涼風!」


 国王の攻撃をかわし、ヤックが叫んだ。


「ドイ! 銃を冷気に変えろ! とにかく同じ場所を狙え!」


 ドイは言われるままに『魔銃』のツマミを冷気に切り替えると、国王の片足に放射し始めた。


「無駄だと言うのが分からんのか!」


 国王は冷えた片足を振り回し、二人をどうにか離そうとする。だが二人は銃を構え、ひたすら冷気を当て続ける。


(危険な賭けだが……信じてるぞドイ!)


 ヤックはドイの持つ氷の盾『永久結晶』を見た。炎を防ぐ有能な防具だが、特殊な製造法を用いる魔具らしく、逆三角という盾としては面積の少ない代物を、ドイは実に器用に使いこなす。


 幼なじみであり、そして同じ騎士団として嫉妬も覚えた才能だが、今となっては頼れる力であり、ヤックは改めてドイという男に感謝した。


(ヤックの考える事があれならば……あいつらしい力技だな)


 ヤックもまたドイを見返した。逃走中に彼が持ちかけた作戦は、一見無茶苦茶な様でいて理に適っている。よくもまあ、そんな考えを瞬発して出せるものだと素直に感心する。


 だからこそ、自分よりは国王に気に入られていたのかと、ヤックは少しだけ悔しい気分になる。しかし同時に、その相手がヤックならと誇らしい気分にもなる。


 ドイとヤックの動きが僅かに止まる。意志疎通の成功にして、作戦発動の合図だった。


「まどろっこしい!」


 国王は大きく息を吸うと、口を開き火を吹こうとした。


「今だ!」


 二人の声が合わさった。ドイは氷の盾を槍のように構えると、国王の大口めがけて投げ込んだ。


 逆三角の氷の盾、その頂点にあたる尖った角が、国王の喉に突き刺さる。肺から込み上げた高温の息を口内で塞き止め、行き場を失った火炎は国王の体内で噴出した。


「っ!」


 声にならない悲鳴を上げ、国王は顔中の穴から火柱を上げると、立ったまま静止した。


「……やったか?」


 あまりに一瞬の出来事に、仕掛けた側としても手応えが掴みにくい。


「分からない。しかし例の作戦、これで良かったのか?」

「ああ、あの盾が鋭い三角形で、やるならこれしか無いと思った」

「そうか。しかし惨いな……」


 国王の顔面は、灼熱の炎で融解していた。脳を失った生物に思考はおろか、体を動かす事は出来ない。


「国王の歪んだ誇りが、なまじ耐久力の無い人間の首を残しちまったのかもな」

「歪んだ誇り……人でありながら、竜の力を手に入れようとした罰なのだろうか」


(……勝手な事を言いやがって……)


 国王の足が、微かに動いた。


■■■■■□□□□□


「……これで事実上、ファスト王国は崩壊か。残された国民はどうしろってんだ」


 ヤックはやり場の無い怒りを、どこにぶつけて良いか分からなかった。自国の暴走は食い止めた、しかし何かが変わるわけではなく、自分たちの気持ちもまた、晴れる事は無かった。


「どこかで道を間違えたとしか思えない。かつて国王は『神々との戦争』を予見したが、こんな結末は予想してなかったはずだ」


 自国を捨て、信頼に足りえた聖騎士団や家臣たちも捨てて、そうまでして臨んだ異世界への侵略は、実に粗末な結果に終わった。常に冷静かつ策謀を張り巡らす、そんな「強さ」を持ったファスト国王らしからぬ最後だ。


「確かに、最後の最後で詰めを誤ったな」

「他の連中にしても、意気込んで来たのは良いが、勝手の分からない世界じゃいずれ野垂れ死にする。後続も死にに行く様なものだ……」

「ああ、これじゃ全滅するぜ」

「これも女神の意思なのだろうか?」


 ドイが不意に洩らすと、二人は思わず目を合わせた。


「だったら……止めるべきじゃないのか?」


 急いで立ち去ろうとした二人は、大きな足音に強制的に振り向かされた。顔の無い国王が、震える体でゆっくりと動き出す。


「この死にぞこないが!」

「待て」


 剣を抜くヤックを、ドイは手で遮った。


「王はもう戦えない」


 顔が無いということは、視界を映し出す目も、思考を判断する脳も無いという事だ。見れば国王は行方も分からず、ただただ前に歩こうとしていた。


「あのまま放っておくのか?」

「もうじき死ぬ。それは間違いない。間違いないが……」


 国王は両足を踏ん張り、前へ前へと歩きだす。


「……王たる者、地に足は着けず。最後の最後まで歩みを止めるなかれ」

「何だそりゃ」

「国王が常日頃口にしていた『王道』だ。今は、おそらく意地だけで立っている気がする」

「意地だと、最後まで見栄を張りやがって……まったく、『らしい』最後だよ!」


 国王の体が薄く透け始めると、大きな足音をたて、国王は消滅する。その光景に、ドイは自然と涙を浮かべた。


(なあ、おやじさんよ。俺にはよく分からねえけど、多分強がるばかりが王様の仕事じゃなかったと思うぜ?)


 そしてドイに見られないよう、ヤックもうつむくと、手の平でそっと涙を拭った。

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