3B章 『達人』 God Hand

『エンペラーフィスト』


 タルト社より発売されたアーケード用2D対戦格闘ゲーム。ストーリーは各国から選りすぐりの格闘家や戦士たちが、莫大な優勝賞金のかかった格闘トーナメントに参加し、最強の名をかけて戦うというもの。


 特徴としては一人用のゲームとしてやり応えがあるようにと、CPU(コンピュータ)が強めに設定されており、更にプレイヤーとの戦闘によって、行動パターンがリアルタイムで変わるというAI(人工知能)システムを搭載している。


 例えばプレイヤーが同じ攻撃を繰り返した場合、CPUはその攻撃にもっとも適した行動を取るようになり、ゲームでの基本的な攻略法「パターンを読んで相手の攻撃を封じる」「とにかく強力な必殺技、連続攻撃でごり押しする」といった事が困難になっている。また、一回戦からCPUはほとんど手加減しないので、初心者の場合、一撃も攻撃を当てられないまま負け、数分ももたずゲームオーバーになる事も珍しくなかった。


 この様に異常なまでの高難易度で知られるゲームだが、本作では各キャラのグッドエンディングを見るために、真のラスボスである「ヅェーガー」と戦う必要がある。彼と戦う為には、まずそれまでの試合で1ラウンドも負けず、かつパーフェクト(無傷で1ラウンドを勝つ)を最低二本取らなければならない。


 前述のAIシステムも災いし、ストレート勝ちを維持するのも至難の業なのだが、それすら乗り越えた僅かなプレイヤーたちを待っていたのは、当時のゲーム雑誌に「攻略不可」とまで言わせた、ヅェーガーの冗談じみた強さだった。


 開発者曰く「とにかく最強のゲームキャラを目指した」とされるヅェーガーは、単純に攻撃力や防御力が高いだけでなく、さまざまな武器を持って戦う事により全キャラクターの中でも最多の必殺技を持ち、さらにどの技も高性能を誇り、全ての距離において一方的に打ち勝つ攻撃手段を持っている。


 なお、このラスボスの未調整としか思えない強さに関しては、後年の開発者インタビューにて「テストプレイでは誰も勝てなかったが、いずれ勝てるプレイヤーが出てくると信じて、あえてそのままリリースした」と語られている。


 一度物好きが賞金を付けて、本作をやり込むゲーマー数十人を集め、ゲーム大会の余興としてヅェーガーの「討伐」を依頼するも、結局誰一人勝つ事は敵わず、開発者の願望通り「最強のゲームキャラ」という不動の名を与えられた。


■■■■■□□□□□


(つまらん世界だな)


 水晶玉を鷲掴みにし、ヅェーガーは道無き道を歩いていた。壁があれば壊し、誰かが阻むのならぶちのめす。女神の言う通り、彼はただひたすらに真っ直ぐ歩く。


(誰も俺を止められないのか? 神と呼ばれた人間ですら……)


 自分のいた世界ゲームを捨ててまで女神の誘いを受けたのは、さらなる猛者との戦いを楽しみにしていたからだ。プレイヤーによって動きこそ変わるが、10人程度との戦士たちとの戦いは飽きるほど繰り返したし、ゲームのジャンルが変われば強さの次元も変わるだろう。何よりも紛いなりにも「神」と呼ばれる連中なら、自分を満足させる戦いを見せてくれるかもしれない。


 しかし、「神」の使う飛び道具こそ厄介だったが、彼にとって重火器は初めて見るものではなく、その対処も簡単であった。結局はこちらの世界でも「最強」を覆す戦士は現れなかった。そう諦めていたのだが……。


「よう。迷子か?」


 声に振り向き驚いた。全滅したはずの勇者一行、その中の小太りエルフがこちらを見据えている。思わぬ再会に、ヅェーガーはつい口元が緩む。


「田舎者が、都会の歩き方も知らないのか?」

「ああ。強くなる以外興味が無くてな、いささか教養に欠けているのは自覚している」


 一般的な知識はあれど、ヅェーガーは戦うだけが全ての男。彼の人生経験には、自分を倒すために現れた戦士たちを返り討ちにしてきた、膨大な戦闘記録しかない。


「それじゃ仕方ないな。でもな、何も知らないからといって、世の中を好き勝手に歩いて良いわけじゃあない。俺たち日本人は『遠慮』と『思いやり』を重んじ、皆が丸くなる様に出来てるんだ」

「生憎、俺は『にほんじん』じゃないし、『遠慮』も『思いやり』も必要ないと考える。戦いには不要だからな」

「ほう。必要ない、言い切ったな。ハッキリ、俺の目の前で『必要ない』と。確かに聞いたぜ!」


 堪えきれなくなったベルは、弓を構え、歯を剥き出しにして睨み付けた。


和代かずよを泣かしただろ。もう謝ったって許さねえ。てめえには『遠慮』も『思いやり』も要らないからな!」

「はん! 面白い! ならばその怒りで、俺を倒してみろ!」


 ヅェーガーは動じる事無く、背中の大籠から一本の槍を取り出す。


「ROUND ONE FIGHT!」


 双方の合意が確認されると、試合開始を告げるアナウンスが、どこからともなく聞こえてきた。


■■■■■□□□□□


 ベルが弓を引こうとするが、慌てて後ろへ退く。見ればヅェーガーの槍が、轟音を立てて目の前まで迫っていた。


(ウソだろ!? あの距離から届くのか!)

「どうした! まさか『遠慮』しているのか?」


 ベルは弓を構えたまま、ひたすら退いた。ヅェーガーは巨大な槍を振り回し、かつ軽快なフットワークで迫る。ただでさえ長い槍が、踏み込む勢いで更に飛び出す。弓で一方的に攻撃できるはずの遠距離で、ベルは回避に次ぐ回避を強いられていた。


「ねえ、弓は諦めたら?」


 もう一人のベルの声が頭に響く。そうだ、自分一人ではない。二人の精神で戦っているのを忘れていた。


(相手に合わせろってのかよ?)

「だって槍でしょ、近付いたらあんなの邪魔な棒切れよ」

(それもそうだ!)


 ベルは弓を背負うと、槍を掻い潜り、吹き矢を吹いた。


「それもつまらん」


 ヅェーガーは何の躊躇もせず、手に持っていた槍をあっさり手離すと、懐から短刀を取り出し矢を防ぐ。そしてそのままの勢いで前方へと飛び込だした。分厚い刀身はまるでナタの様にも見える。ベルは反射的に短刀を取り出す。


(防御は……ダメだ、力負けする!)


 ベルはとっさに身を屈め、ヅェーガーの足元目がけ短刀を振った。


「きぃええええ!」


 咆哮と共に、振り払った短刀が足を捉える瞬間、まるでコマ撮りの様に、さっきまであったはずの足が消えた。直後、ベルの頭上を影が覆う。


 宙に浮いた人間が、明らかに違う軌道を描いて飛翔する。それはアクションゲームで見慣れた「二段ジャンプ」と呼ばれる、極めて非現実的な動きであった。


「どうやら『つまった』様だな」


 宙を舞うヅェーガーが、そのままベルの背中をナタで切りつけた。慌てて短刀を振り回し、どうにか距離を離す。


「さっきから、つまるだのつまらんだのって、そういう意味かよ!」


 ヅェーガーの行動にはいわゆる「詰まり」がない。一撃を与えるまで何通りもの動作をこなし、時には武器を捨ててまで行動を繋げようとする。いわば連続技コンボだ。


 さっきは辛くも一撃で済んだが、もし直撃を許せば、怯んだ隙に次々と攻撃を食らうだろう。防御に回った所で、相手の任意で攻撃を止められるのだ。最悪、足が棒になるまでなぶり殺しになるかもしれない。


(防御したら削り殺され、避けそこねたらハメ殺しか。運動神経にゃ自信はあったんだが……)

「ほんと頭堅いわね、エルフは弓だけじゃないでしょ」

(弓以外に……そうか魔法か!)


 ベルは再び弓を構えると、周囲に風が吹き始めた。


「心地良いそよ風だな。汗がひんやりとして気持ち良いぜ」

「ゲームキャラが気取るな。てめえは視覚と聴覚が全部だろ!」

「ああ。だから女神様はこの世界を変えた後、俺たちを人間にしてくれると言った」


 ベルは耳を疑った。


「とんだメルヘン野郎だな……なあ、二次元がどうやって三次元になるんだ?」

「ならば聞こう。今のお前は人間か? なら家で眠っている本体は何だ? 良い実例じゃないのか?」

「屁理屈言うんじゃねえ、確かに今の俺はゲームキャラだ。でもな、てめえら倒して人間に戻るんだよ!」


 風が一層強くなり、ヅェーガーの前髪を掻き上げる。


「だったらその風で、俺の『流鋭闘法メガドライブ』を破ってみろ!」


 ヅェーガーは槍を取り出し、先程と同じ様に突きを繰り出した。


「ここまではさっきと同じね、どうする?」

(風で縫い付ける!)


 ベルが意識を集中させると、小型の竜巻がヅェーガーを取り囲んだ。四方に渦巻く風圧が体を縛り付け、槍は思う様に前へ進まない。


「風でつめるか。なら……!」


 ヅェーガーは槍を地面に突き立てると、風に巻き上げられる様に空高く飛んだ。ベルはすかさず弓で狙い撃つが、ヅェーガーは二段ジャンプであっさりと避ける。


(まさか三度ジャンプはあるまい。その長い滞空時間で、この矢が避けれるか!)


 放たれた矢はヅェーガーを目がけ飛んでいく。そして命中する寸前、またもヅェーガーは不規則な軌道で姿を消した。


(今度は何だよ!?)


 ヅェーガーの手には鞭が握られていた。鞭は信号機に絡み付き、彼はそのまま弧を描くと、勢いよくベルに飛び蹴りを放った。


「うおっ!」


 慌てて両腕で防御するも、跳ね返ったヅェーガーはそのまま建物の壁に張り付く。手にはいつの間にか鉤爪が付いていた。


「さすがRPG出身、噂には聞いていたが打たれ強いな。大抵の奴なら二、三回こづけば倒れるんだが」


 彼がいた格闘ゲームの世界では、どんな猛者でも数回の攻撃で倒れていく。それは彼の常識外れの攻撃力が生み出す光景だが、RPGではキャラクターの成長要素がある。


 ベルは長い冒険の末、並の人間以上の耐久力を手にしていた。それこそがかろうじて、ヅェーガーの想定外の長期戦を可能としていた。


「そういうてめえは、格ゲーキャラかと思ったら、アクションゲームみたいに動き回るな。ズルくせえ」

「最低限のアクションと武器がありゃ、人間はどこまでもやれるのさ」

「だからてめえ、ゲームキャラだろ!」


 身体能力の差が大き過ぎる。かつて闘技場で目にしたどんな戦士よりも強いヅェーガーを前に、ベルは不利を自覚しつつも精一杯強がってみせた。


■■■■■□□□□□


 一方、国王の思いがけない出征により、ほぼ無人になったファスト城にて。倒れた騎士に向かって、若い男が声をかけていた。


「起きろ……ほら起きろって」


 誰かに呼び掛けられ、ドイは薄らと目を開ける。最後に見た光景「国王に射殺された」という衝撃よりも、目の前にいた人物にドイは驚く。


「……ヤック? 生きていたのか!」

「勝手に殺すなよ、まあ殺されそうにはなったがな。どうやら出陣前で、追撃が来なかったのが幸いだったぜ」


 ドイはふと、ヤックの手に小さな袋が握られているのを見つけた。


「それは、まさか『神の息吹』か? そんな貴重な蘇生薬を……」

「あの時、お前のおつかいで買ってきたやつだ、メラには必要無かったからな。金持ち相手に高く売る事も出来たが、取っておいて正解だったぜ」


 ドイは自分の体を見ると、銃で撃たれた傷口は塞がっており、床には排出された弾丸が転がっていた。どんな原理か知る由もないが、死んだ人間をも蘇らせるとは、さすが幻の秘薬といった所か。


「しかし……お前もバカだなあ。わざわざ2度も殺されに行って、こうなるのも薄々感付いていただろ?」


 その言葉に、ドイは黙って頷く。


「それでも……父親の様に思っていた。出来れば、最後まで信じていたかった。それだけだ」

「父親ねえ。なら絶縁状を叩きつけられた様なもんだ、もう拘らなくて良いだろ?」

「そうだな……もう拘る理由もない」


 ドイはよろよろと立ち上がる。まるで肩の荷が降りた様に、何だか体が軽く感じる。説明の出来ない解放感を味わいつつも、ドイにはまだやるべき事があった。


「ヤック、お前はこれからどうする気だ?」

「『神々の世界』なんてどうでもいいが、やられた分はきっちり返さないとな。とりあえず国王をぶん殴りに行く」


 国王が消えた今、ファスト王国は事実上崩壊した。もともと国王一人の力で成り立っていたような国だ、誰かが代わって再建する事はできないだろう。


 ならば、せめて自分たちは国王の暴走を止めなければならない。母国を捨て、異世界への侵略を強行した国王を裁かねばならない。それがせめてもの、血の繋がりは無いが「息子」であった人間の義務だ。


「それ、面白そうだな」


 そしてまた、私怨がまったく無いと言えば嘘になる。ドイは自分が国王を殴り飛ばす様子を想像すると、ほんの少し口元が緩んだ。


「だろ? ただし顔面は早い者勝ちな。やるか?」

「ああ」


 差し出されたヤックの手を、ドイは強く握り返した。


■■■■■□□□□□


 ベルとヅェーガーの決闘は尚も続く。一瞬で片が付くようにも思えた激しい攻防は、異様なまでに長引いていた。


 瞬間的な攻防である格闘ゲームのキャラクターと、攻撃力や防御力といった、パラメーターによる持久戦が主なRPGのキャラクターによるぶつかりあい。双方共に今まで対峙した事の無い強敵相手に、未体験の戦いを強いられる。


 格闘ゲームはこんなに長くは戦わない。RPGならここまで攻撃が外れる事はない。互いに決定打を欠く中で、戦いは我慢比べの領域に差し掛かりつつあった。


「はあっ……はあっ……」


 ゲームキャラとはいえ、その体は決して無敵ではない。痛みは感じないが血を流し、疲れは感じないが体の動きは鈍くなる。ベルはヅェーガーの猛攻を一身に受け、体力を減らし続けていた。


「タフだな。タフ過ぎる。俺もいつ逆転されるか分かったもんじゃない」


 そう言いつつも、ヅェーガーにはまだまだ余裕がある。何しろ彼は攻撃をまったく受けていない。辺りにはヅェーガーの使った武器が散乱しており、その数だけヅェーガーを更に加速させていた。


「マナーの悪い野郎だな、こんなにゴミを撒き散らして……」

「心配するな。お前を倒した後で回収するさ」


 ヅェーガーは腰から短剣を引き抜き、ベルに飛び掛かる。距離も遠く、何より相手が武器を使うのが見えているのに、ベルは防御だけで手一杯だった。


 突き出されるナイフはまるで閃光の様だ。空を切り裂き、銀の光が飛び出したかと思うと、遅れて冷たい風音が聞こえる。かろうじて防御が間に合っているが、攻撃が更に速くなるなら、直撃を受けるのも時間の問題だった。


(速すぎる! もう魔法じゃ足止め出来ねえ!)

「慌てないで。相手が速くなった分、やり方はあるはずよ」

(それは分かってる。耐久力はたかが知れてるんだ、何か一撃さえ加えられれば……)


 ヅェーガーの投げた短剣が頬を擦り、ベルの体力を示す数字がまた減った。


(回復もそろそろ尽きる、どうする!?)


 身構えるベルに対し、ヅェーガーは黙って立っているだけだった。その静まり返った空間に、ベルは嫌でも警戒心を張り巡らせた。


「……へっ、どうした? ネタ切れか?」


 ベルはわざと強がってみせる。大抵のゲームでは、敵が無防備な状態は次の攻撃の発動準備だ。こういう時にこそ、相手の手の内が見えないのが恐ろしい。


「中々粘るな。まさか『流鋭闘法メガドライブ』を凌ぐとは思わなかった。今まで戦ってきた連中の内じゃ、お前ナンバーワンだよ」


 身構えるベルに向かって、ヅェーガーは突然語りだした。


「凌いだ……さっきのナイフが最後の武器ってか? 誰が信用するかよ」

「いやいや、俺は嘘は嫌いなんだ。ほれ、武器を使い尽くし、すっかり手ぶらなんだぜ」


 そう言って、ヅェーガーは両手をブラブラと揺らした。身にまとった衣服にも、もはや武器を隠すスペースは無いように見える。


「な?」

「な? じゃねーよ。何が言いたい」

「いやね、ここまで頑張ってもらったからには、せめて楽に倒れてもらおうと思ってな。予告をさせてもらう」


 ヅェーガーは人差し指を天に向けて突き出した。


「一撃、とびっきりの一撃だ。防御も回避も不可能。必殺必中の一撃をお前に捧げよう」

「KO予告かよ、カッコ付けやがって。武器も無しにどうする気だ?」

「武器ならあるさ。もうとっくに気付いているだろうがな」


 ベルが瞬きをした一瞬、目の前にヅェーガーが現れた。まるで映画のコマ撮りか、はてまた超能力者の瞬間移動か。納得のいかないスピードである。


「次は当てる」

「うわぁっ!」


 ベルが短剣を振り回すと、ヅェーガーは目の前から消える。そして振り回した短剣にもまた、ベルは違和感を覚えた。


(動きが明らかに鈍い! さっきから敵が速くなっていると言うより……まさか!)


 周囲に散らばった武器を見て、ベルは瞬時に悟った。


(『処理落ち』か!)


 ゲームでは、画面内にキャラクターや障害物などのオブジェクトを置くだけでもデータを使う。その個数があまりに過剰な場合、ゲーム全体の処理が追い付かなくなり、まるでスローがかかった様にゲーム自体のスピードが遅くなる場合がある(シューティングゲームなどで、画面中が敵の弾で埋まる時などが有名)。


 ヅェーガーの使った武器の一つ一つが、ベルだけでなく空間そのものを遅延させる。その中でヅェーガーだけが、その支配から逃れて自在に戦場を駆け抜けた。


(人が消えた? バカな!)


 普通、物体がどれだけ高速移動しても、肉眼で負えない事はない。新幹線や音速を越えるジェット機が、まったく見えないなんて事があるだろうか?


 例外があるとすれば銃弾や野球のボールなどだ。視認し辛い小さな物体がトップスピードで突っ込んでくる。しかし今動いているのは2メートルは超えるだろう大男だ。そんなインチキ臭い動きを……。


(するだろうな。ゲームだし)


 ベルは諦めて、どうしようもない現実を認める事にした。


「何よ、あんただってゲームでしょ? 人間みたいな考え方は止めたら?」

(分かってる。これはゲームだ。プレイヤーがクリア出来ないゲームはない。破れないのは俺の力量不足か、もしくは……)

「バランス調整ミス?」


 ズバリ当てられた。膨大な数程存在するゲーム全体で見ればほんの僅かではあるが、誰もクリア出来なかったゲームは少なからず存在する。大抵は致命的なバグによるゲームの進行が止まる事だが、中には過剰な難易度により、正攻法で突破出来ないゲームも存在した。


(ゲームキャラのくせに、専門用語使いやがって……まあそんな所だ)

「で、そこまで分析が出来てる以上、破る手立てがあるの?」

(こう見えても、仕事帰りはゲーセンで対戦に明け暮れた身だ。格ゲーは大好きでよ!)


 ベルは弓を持つと、ボクシングの様な構えを取った。


「何する気?」

(攻撃は必ず真正面から来る。あんだけ動き回る奴だが、横や後ろからの不意打ちは一つもなかった。それがあいつの方針ポリシーだ)

方針ポリシー? 不敗の格闘王が、そんなつまらないボロ出すと思ってるの!?」

(出すね。「人間になりたい」なんて思う奴なら気取りもするし、決め技も勝ちポーズも用意するさ)


 周囲の風を切る音が、やがて止まる。ベルは歯を食い縛った。


(来るぞ! 一発勝負だ、意識を集中させろ!)

「もうっ。こうなったら当たって砕けろよ!」


■■■■■□□□□□


 ベルは両腕を縦に揃え、完全に防御の姿勢に回った。その直後、とてつもない衝撃が襲い掛かり、両腕が無理矢理こじ開けられる。見ればヅェーガーの足が見えた。


(強烈な飛び蹴り……『ガードクラッシュ』か!)


 昨今の格闘ゲームでは、一定数の防御ガードの限度を越えるとキャラクターが堪え切れず、強制的にガードを解いてしまうシステムがある。それは二人の戦いとて例外ではなく、ベルは無防備な姿を晒した。


「今更そんなんで防ごうなんざ、十年早いんだよ!」


 誰かから聞いたうんちく。「バイクから転倒したライダーは、急に周りの時間がゆっくりに感じ、受け身を取る余裕さえあった」。ならば、このスローモーションはエルフの集中力が導く新境地か、はてまた生身の人間もゲームキャラも関係ない、意識ある者が感じ取る死へのカウントダウンか。


 開いた両腕の先には、背を向けるヅェーガーが見えた。人間の頑丈な箇所の一つ、背中を勢いに乗せて叩きつける、ゲームで見慣れた中国拳法の奥義、それも一撃必殺級のものだ。


(そう来たか!)


 ベルは弾かれた両腕を懸命に上げながら、直撃の瞬間を待った。鋼鉄の背中が自分の脂肪に食らい付き、激しく揺らす瞬間。気が遠くなるのを堪えて、ベルの両腕はようやく背中の弓へ届く。


 不思議な瞬間だった。一方的に動けるはずのヅェーガーまでが、一緒にスローにかかる。ベルはそのまま取り出した弓を、ヅェーガーの首へかけた。


「けえええ!」


 魔法が解けた様に、ベルは奇声を上げながら吹き飛ばされる。しかし弓を持つ手だけは離さない。エルフの里の育った強靭な植物、その蔓から作られた弦がヅェーガーの首を前から締め付け、顔面を蒼白に染め上げる。


「……かはっ!」


 やがて衝撃に耐えられず弦が切れると、ベルは後方に振り落とされ、ヅェーガーはその場に倒れた。


「KO!」


 どこからともなく、英語のアナウンスが鳴り響く。しばらくして、ベルがよろよろと立ち上がる。


「……ゲームへ帰るんだな。お前にも家族が……いや、多分いねえか」


 締まらない勝ち台詞と共に、ベルは気だるそうに右腕を天に向かって突き上げた。


■■■■■□□□□□


 ベルは倒れたヅェーガーを見下ろし、そして自分と見比べる。気付けば体力は僅か一桁、魔法を使うには肉体に負担がかかり過ぎる。つまり、戦う気力も逃げる余力もない。


(立つなよ……次はねえんだ)


 起死回生のカウンター。ヅェーガーの思わぬ攻撃方法に、慌てて「弦を首にひっかける」という手段に変えたものの、こんな奇策は何回も繰り返すものではない。ましてやこの戦いが2本先取などであったら、もう2度と勝てる気がない。


「ぐ……がはっ!」


 血を吐くヅェーガーを見て、思わず体が硬直する。そしてヅェーガーは大の字で寝たまま、静かに語り出した。


「まさか『絶無流鋭闘法テラドライブ」まで破るとはな……大した男だ」

「メガの次にテラとかよ……てめえの遠慮のない必殺技が、そのままてめえに返ってきたんだ」

「『遠慮』……そうか、『遠慮』をしなかったから負けたのか」


 一瞬、ヅェーガーは呆気に取られた様に目を丸くさせると。たまらなくなったのかクスクスと笑いだした。


「無敗の格闘王が、全力を出して負けた。滑稽だな」

「バーカ、さじ加減の問題だよ。あんな大技に拘らなくても、てめえは通常技で俺を十分なぶり殺しに出来たんだからな」

「……するかよ、そんなつまらない戦い方は……」


 ヅェーガーはまた血を吐いた。ベルは彼の容態を見るに、これが回避出来ない強制イベントだという事に気付いた。


「なあ、人間になって何する気だったんだ? ゲームの中じゃあ、負け知らずのチャンピオンだったんだろ?」


 素朴な疑問ゆえに、自然に出た言葉だった。


「別に、今まで通りケンカして……『神々の世界』なら、何かが変わると思った。それだけだ」

「じゃあ知ってるか、現実じゃそんなに武器は持てないし、空を飛んだり跳ねたり出来ないんだぜ? 第一、何の理由もなく人を襲ったら、それこそ犯罪者でつかまっちまう」


 ヅェーガーは茫然としていた。現実は彼の想像外に窮屈で、「強いだけ」では何も埋められない世界だった。


「……何だいそりゃ。騙される所だった……」

「騙された後だぞ。どうせ女神に丸め込まれたんだろ。頭悪いと人生損だぞ、たまにはパズルゲームでもやれや」

「そうだな。戦いだけだなんて、つまらないからな……」


 ヅェーガーは喋り終えると消滅した。この世界で「詰まった」彼は、再起を目指し、いつの日か蘇る事だろう。


 しかし、かつて彼に倒された戦士たちも、その無念を晴らすべく修行へと明け暮れる。再戦の時は近い。敗北の日もそう遠くないだろう。


 だが、そのとき、かれのほんとうの戦いがはじまるのだ。


           to be continued『EMPEROR FIST 2』

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