CONTINUE

(……天国?)


 ベルこと斎藤陽平さいとうようへいが目を覚ますと、そこは無機質な空間だった。


 真っ黒な空に、規則正しく並んだ光の線が格子状に絡み合い、光るマス目となって彼方まで続く。そこで斎藤は地に足も着かないまま、電子機器の基板の様な物と共に宙を漂っていた。


 斎藤は直前までの記憶を辿った。復活した邪神との壮絶な戦い、その中で自分は邪神の片腕を破壊出来たものの、直後に圧倒的な衝撃で吹き飛ばされ、そして意識を失った。


 おそらくは死んでしまったのだ。


(あの世……か? ゲームで死んじまったら、現実じゃ廃人か?)


 それにしては味気ない光景である。基板と配線、そしてそこら中を駆け巡る光の粒子。いかにも「コンピューターです」と言わんばかりの陳腐な電脳空間である。


「お前もここに来てしまったか」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはエルフの里の長がいた。見れば周囲にも、何人か見覚えのある顔が見える。意外な再会に斎藤は苦笑いを浮かべた。


「はあん……やっぱり『あの世』ってヤツか」

「その通り。死後、蘇生も受け付けない者はここにたどり着き、『ニューゲーム』を迎えるまで、悠久の時を過ごすのだ」


 プレイヤーキャラには戦闘で敗れても、蘇生されるチャンスがある。今の話から推測するに、斎藤に復活のチャンスがないという事は、彼が既にそのチャンスを逃してしまったか、あるいは蘇生出来る者がいなくなったかであろう。


 思いがけもしない戦線離脱に、斎藤は全身の力が抜けるのを感じた。


「そうか……悪いな長。仇も取れずに」

「気にする事はない。ただ、お前はここに来るのが早すぎた様だな」

「仕方ねえ、相手は神様だ。無傷で勝てると思っちゃいないさ」

「何を言っている、仲間はまだ戦っているぞ。あれを見ろ」


 長の指差したパネルには、崩れた邪神と、その足元に隠れたゴウトの姿が映し出されていた。


「何だよ……邪神がラスボスじゃなかったのかよ! メラと坊主は? 早く戻らねえと……」


 そう言って、斎藤は何とか身体を起こそうとするが、天地もわからないまま両手両足をバタバタさせる。


「ちっくしょう! どうなってるんだ!?」

「そんなザマでどうやって戻る気よ、おバカさん」

「誰だ!? アニメみてーな声して……」


 明るい声に斎藤は振り返り、そして言葉を中断させた。


「……もしやご本人様で?」

「当たり。代役さん」


 斎藤は本能的に理解した。目の前に立っている小柄な美少女、目を逸らせない圧倒的な存在感。彼女こそ本物の『ベル』だという事を。


 斎藤は目を見開いた。見た目こそ自分と同じ格好だが、そのスレンダーボディに透き通る様な白っぽい肌。何より外国の美少女タレントを彷彿とさせる、愛くるしい顔に思わず見惚れてしまう。


(これは……この存在感は……)


 ただの美少女キャラにはここまでの現実味は無い。ただの美少女タレントならここまでの存在感はない。まさに二次元と三次元が融合した、完全無欠のアイドルが目の前に立っていた。


「あ……悪かったな。あんたの名を騙って、こんなオヤジが……」

「まったくよ。せめて美形が良かったのに!」


 そう言って怒る姿も可愛い。まさに王道ファンタジーに相応しい、可憐なるヒロイン『神秘のエルフ』そのものである。代役とはいえ、いかに自分が不相応な役をやらされていたか、斎藤は改めて痛感した。


「って事は、俺の出番もここまでか。偽物だったが、結構良い所まで行けたと思うぜ」

「そっ。今までご苦労さん……って言いたい所だけど」


 言い掛けて、ベルは真剣な表情に変わった。


「ここまで来たからには、もう少し頑張ってもらわないと」


 そう言ってベルは、自分の胸を両手で触れると、光の様な球体物を取り出した。


「ちょっ……どういう事だ? 俺が消えて、あんたが復活するんじゃないのか!?」

「お察しの通り、あの世界に『ベル』はたった一人だけ。そして偽物のあなたは、本物わたし以上に今までを戦いぬいてきた。悔しいけど、あなたが適任なのよ」


 ベルは光の玉を持って迫ってくる。斎藤は半ば照れもあり、何とか上半身を反らして、逃れようとした。


「それ、もしかして命とか魂みたいなヤツか? それを抜いたらあんたはどうなる!?」

「問題ないわよ。あなたたちが女神を倒し、『ニューゲーム』さえ始まれば、全部元通りだもの」

「でもよ……」

「もう! 可愛い乙女をあまり不安にさせるんじゃないの!」


 そう言って、ベルは光る両手で斎藤を抱き締めると、二人は一つの光となった。


「うおっ!?」

「ただの命じゃない、私の力をあなたに全部あげる。だから絶対に負けないでよね!」


 光は上へ上へと、どんどん加速しながら上昇していく。


(どうやら無事に済んだみたいだな、さて……)


 取り残されたエルフの長は、飛んでいく光を見届けた後、電子の海へと身を沈めていった。


■■■■■□□□□□


「あら、こんな所まで来ちゃったの? 墜ちる所まで墜ちたわね」


 女魔法使いセラの声に、メラこと鈴木純子すずきじゅんこは意識を取り戻す。彼女は以前と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、傍には『人形』だったメイフェイの姿もある。二人を見て純子は状況を理解した。


「あの世に来てまで親子ゴッコかよ……めでたい人だな」

「あら、そんな冷たい態度の割に、私の偽物にあっさりやられたわよね? 本当は母さんが恋しいんでしょう」

「そんなんじゃ……」

「何にせよ、魔法使いのくせに騙されるなんて論外ね。私を破っておきながら、あんな小娘に負けるなんて許さない」


 難癖も大概だが、現に純子は「母親」というだけで油断し、いとも簡単に殺された。ゆえに彼女に何一つ言い返せない。純子は完全にメラへなりきり、無意識のうちに母に敬意を払っていたのだ。


「……ごめんなさい」


 かろうじて言葉を捻りだす。そうしてうなだれる純子に、メイフェイがそっと語り掛けた。


「でも、あんな不意討ちは二度通用するものではありません。次は勝てます……お姉さん」


 メイフェイの言葉に、純子は顔を上げた。


「姉さん……?」

「そうよ。あなたも私の娘なんだから、もっと自信を持ちなさい。いつもの生意気はどうしたのよ?」

「オレを……家族と認めてくれるのか? あの時……」


 純子の脳裏にクラウド城の一件が過る。最後の最後、セラはメラを見捨ててメイフェイと最後を共にした。純子にとって忘れがたい出来事だった。


「あの時の事は……謝るわ。死んで頭を冷やしたわ。直情的だった」


 セラはそう言って頭を下げた。それは生前ではついに見られなかった、セラの非を認める姿であった。


「今だから言える。あなたが偽物でも、共に過ごした日々は本物だわ。向こうにいる息子とかわりない、私の自慢の娘よ」


 そう言ってセラは、おそらくは本物のメラがいるであろう彼方を指差す。純子はなるべく顔を見られない様に、ぎこちなく背を向けて言った。


「オレ……本当は鈴木純子って言います。あなたの本当の娘じゃないですが、『メラ』の名に恥じないよう、立派にやり抜いてみせます」


 純子の心が晴れ渡る。もう迷いはない。自分は正々堂々メラとして、もう一度あの世界に戻って戦わなければならない。あとは本物のメラと会って、どちらが『メラ』として勇者にエントリーし直すかだ。


「分かったわ。ジュンコ、いってらっしゃい」


 ほんの僅かだが、かけられた言葉は優しさに満ちあふれていた。純子はとめどなく溢れる涙を手で覆いつつ、『本物』への一歩を踏み出した。


「アンタが本物か」

「そうです。僕がメラ・ランドールです」


 メラを名乗る男は、端正な顔付きに穏やかな声が印象的な好青年だった。絵に描いたような美形であり、外見だけで言えばセラのような気品ささえも感じさせる。純子も一般的女性として美形には目がない。まるで人気ドラマ俳優を前にしたかの如く心を躍らせた。


「僕が魔王に殺され、代わりにあなたがメラになりました。お陰で僕はずっと、ここに閉じ込められてました」


 前言撤回。丁寧な口調と裏腹にどこか陰湿な物言いに、あくまでもメラはセラの息子なのだと気付かされる。


「それについては謝る。だが、オレはもう少しメラでいたいんだ。倒さなきゃならない奴が残ってるんでな」

「だとしても、どうやって戻る気ですか、メラは一人しか存在しないんですよ? 僕を差し置いてどうするつもりですか」

「悪いが……オレだってメラだ。ようやく本物になりかけているんだ」


 純子がそう言うと、二人は沈黙した。やがて張り詰めた空気を破る様に、メラが杖を取り出し、それに合わせて純子も杖を取り出す。


「話が早いな。勝った方が本物ってワケね」

「こうでもしないと、貴女は納得しそうにありませんからね」

「ホント生意気な野郎だな。友達少ないだろ? ドイとヤックに感謝しろよ」


 互いの魔力が徐々に高まっていく。威力から察するにおそらく攻撃回数は一回。それを相手より早くぶつけるか、あるいは相手のをいかに回避し、自分のだけを叩きこむか。両者は攻撃を送るルートを何重にも想定する。


(まるで西部劇の決闘だな。あんなん「早く撃てよ」とか思ったが、実際は違う。互いに動きを読み合っているんだ)


 一種の儀式の様に、互いの動きが自然と止まる。ルートは検出完了、じゃんけんで言えば出す手が決まった状態だ。そして二人はタイミングを合わせるかの様に、杖を振りかざした。


 そして、二本の閃光が一瞬の内に走り抜けると、メラはゆっくりと倒れた。慌てて純子が駆け寄る。


「……ひょっとして手加減した?」

「まさか。単に集中力も魔力も貴女の方が上だった、それだけですよ」

「本当かあ?」

「そうですよ。だって、ここで眠り続けていた私と、メラとして冒険を重ねてきた貴女。力量の差は明らかです」


 そう言うと、メラは自分の胸に手を触れ、光を手に宿した。


「今回は譲ります。僕の命、預けますよ」

「悪いね。すぐ終わらせるからよ」

「そうですね。貴女は僕よりずっと強い。保証しますよ」

「ありがとよ、色男さん」


 純子がその手を掴むと、二人は一つの光となった。


■■■■■□□□□□


「おじいちゃん! メラ姉ちゃん! ベルおじさん!」


 キオこと今井学いまいまなぶは、目覚めるなり、がむしゃらに電脳空間を走り回っていた。見慣れない景色ではあったが、学には死ぬ寸前の、パーティが全滅する様子が忘れられなかった。


 背中の翼や尾は残っているが、飛ぶ事は出来ない。おそらくは死んだままの状態という事だが、考えるより先に学は体を動かしていた。


 そして学は、代わり映えのない景色の中で、一人の兵士を見つけた。予想もしなかった人間に、思わず声が洩れる。


「うそ……ナインダ……さん……?」

「キオ……キオか?」

「ナインダさん!」


 冒険始まって間もない頃、学たちを洞窟で救ってくれた名も無きファスト国の兵士。しかし、学にはかけがえのない恩師、忘れられないナインダの姿がそこにあった。


 学は全速力で兵士の元へ駆け寄る。笑顔の学を見ると、ナインダは複雑な表情を浮かべた。


「えっと、ナインダさんがいるって事は……」

「天国よ。あなたも死んだって事」


 少女の声に振り返ると、そこには村で出会った淫魔、クミの姿があった。大人の魔族の姿ではなく、村で水汲みをしていたあの時の姿だ。度重なる再会に、学は嬉しさのあまり涙ぐむ。


「クミ!」

「久しぶり。こんな形で再会するのは残念ね」

「しかし、竜である君が死ぬとはな……」

「あら、この子何回か死んでるわよ。結構とろいんだから」


 クミの言葉に反論出来ず、学は恥ずかしそうにうつむいた。


「この調子じゃ戻ってもまた負けるね。そう思わない?」

「え? あ……ああ、まったくだな」


 突然の二人の態度に、学は戸惑う。まるで冷や水を浴びせられた様な、予想外の反応だ。


「それで……ぼくは元の世界に戻れるの?」

「戻ってどうする? 女神に勝てるの? どうせまた負けるんじゃない?」


 その言葉に、学は少し腹をたてた。


「何だよ! クミもナインダさんもバカにして、あっちにじいちゃんが残ってるんだ! このままじゃ帰れないよ!」

「なんだ、やる気あるじゃない」


 クミがニコッと笑うと、クミの後ろからもう一人女の子が現れる。学には見覚えのない顔だ。


「この子は?」

「キオよ。ゲーム開始前に殺されてしまった、本物のね」


 その子は、学と同じくバスローブの様な衣を纏い、背中には翼と尾が生えていた。表情は長い前髪で読み取れないが、僅かなしぐさで女の子だと学は直感した。


「本物のキオ? 男の子じゃなかったの?」


 キオはうつむいたまま、静かに頷いた。


「ちょっと、この子内気なんだから、あまり大声出さないで。大体男って誰が言ったのよ。確かにパッと見紛らわしいけどさ」

「確か説明書に……あれ、ちがうの?」

「ほら、彼があなたの代役。どうする? やっぱりあなたが戦う?」


 クミの言葉に、キオは激しく首を振った。そして学に近付き、か細い声で喋った。


「はじめまして、わたしがキオです。今までわたしの代わりに傷つき、そして戦ってきてくれたこと。感謝します……」

「そ、そんな大した事はやってないけどね。失敗も多かったし、竜になれても振り回されたままだし」

「それでも、あなたには『勇気』があった。いつも誰かの為に、常に迷いなく動いていた。それは、わたしには無かった大きな力です」


 そしてキオは語った。かつて自分とゴウトの前に魔王が現れたとき、ゴウトが健闘虚しく倒されてしまった事を。そして自分は、そんなゴウトをただ茫然として見ていた事を。


 力の差はわかっていた。それでも、自分は戦おうとも逃げようともしなかった。最後の最後、魔王に憐みの目で見られつつも、戦いを直視する事ができなかった。その後悔だけを繰り返してきた。


「わたしには勇気がない。あなたみたいには戦えない……だから」


 キオは言いながら、両手を自分の胸にかざすと、光の玉を取り出した。


「えっ」


 キオが学に近付く。顔と顔がもう少しでぶつかりそうな距離で、学は息を飲んだ。


「お願い。あなたと一緒に戦わせて」


 キオの差し出す手を、学は大きく深呼吸をして、それから恥ずかしそうに握った。


「『勇気』か……ズルいや。そう言われて断る男子はいないよ」

「……ご迷惑ですか?」

「ううん、ちっとも! 一緒に戦おう!」


 二人が光になる直前、学はキオの素顔を見ると、耳まで赤くなるのを感じた。


「……行ってしまいましたね」


 昇る光を見送りながら、ナインダがぼやく。


「そうね。さっさと消えちゃって……せわしない。相変わらず行動だけは早いんだから」

「しかし、お嬢さんがいきなり挑発し始めた時は、どうなるかと思いましたよ」

「思い出話をする為に戻ってきたわけじゃない。ああでもしないとあの子、その場に流されちゃうからね。本物キオといいホント子供なんだから……」


 クミはそう言うと、溜め息を吐く。それを見てナインダは口元に笑みを浮かべた。


「お嬢さん、妬いてるのかい?」


 クミは無言でナインダの背中を蹴った。


■■■■■□□□□□


「テラワロス……起きろ。いつまで寝ている気だ?」


 自分を名指しで呼べる人間はそういない。その相手を確かめるべく目を開くと、魔王の目の前には一人の青年が立っていた。あまり見慣れない顔に、魔王は数秒ほど押し黙る。


「お前……アインか?」

「元の姿、覚えてくれていたか」


 黒竜になったはずのアインが人間に戻っている。そして見識にない亜空間。これらの非日常的な光景から、魔王は一つの答えに辿り着いた。


「ここが死後の世界か。ならば次の『ニューゲーム』を待っている状態になるな」

「お察しの通り。私たちはもう死んだ身だ」

「私たち?」


 気付けば、魔王は大勢に囲まれていた。彼らは一斉に魔王を睨み付ける。それら全員の姿に魔王は微かに見覚えがあった。


(俺が殺した連中……こんなにも)


 群衆をかき分け、何人かが前に出る。自分をかばって戦死したスレタイ、女王ドーラにエルフの長、そして……。


「兄さん、とうとう来ちゃったか」


 かつてのオルエルド帝国の支配者、帝王バロスの顔を見ると、魔王は溜め息を吐いた。


「お前で全員だな……で、どうする気だ? よってたかってなぶり殺しにでもするか?」

「死者が死者をどうやって殺すんだい? 第一俺たちが束になったって、兄さんは殺せないよ」

「よく言うぜ、俺を半殺しにしておいて」


 話を遮るように、ドーラが前に出る。


「話はアインから全て聞いた。お前が女神に操られていた事もな」


 魔王はアインを睨み付けた。


「このお喋りめ……」

「根っこを辿ればそこなんだ。俺を竜にしたのも、皆が殺されたのも……」

「俺がイターシャを人質に取られたからか?」


 女神は通常、世界に直接手を出す事はない。しかし女神は『三天使』と呼ばれる者たちを使い、イターシャをゲーム世界から連れ出した。彼女の行方を追っていた魔王はゲームでの役目を演じながら、女神の言われるがままに暗躍を続けた。


「確かに、お前は愛する者を守りたいがために奔走した。だが、その為にお前が犯した罪はあまりに重い。お前の為に戦いが起き、多くの者が死んでいった。たとえ女神の差し金でもな」

「なら死んで償えと? もう死んでしまったよ」

「逆だ。生きて罪を清算してもらおう」


 ドーラが手に光を宿すと、周りにいた全員が一斉に、胸から光の玉を取り出す。それらは一つ一つ大きさは違えど、力強く光を放っている。


「そいつは……まさか命か? そいつをどうする気だ!?」

「お前に使ってもらう。それがお前の罪への罰だ」


 いつの間にかスレタイが後ろに回り込み、牛男特有の怪力で魔王を羽交い締めにする。死んでこの世界にやってきてから、魔王は初めて動揺を見せる。


「バカな!? 止めろ! 蘇生が目当てなら一つで十分だろ!」

「これは我らが話し合って決めた事だ。お前に奪われた命だ、ここでどうこう言われる権利は無いと思うが?」


 一人また一人と、死者が魔王の元へ歩み寄っては、互いに体が消滅し、その分だけ巨大な光が形成されていく。


「止めろ! そいつを使ったら、お前ら生き返られなくなるかもしれないんだぞ!」

「魔王様、あなたは『ニューゲーム』を信じてますよね。なら女神さえ倒せれば、全てが元通りになると思いませんか?」

「スレタイ……死んでも俺に関わる必要など無いぞ!」

「好きでやってるんです。私だって許せないんですよ、『神』というだけで、好き勝手に振る舞う輩を」


 光が大きくなるにつれ、魔王は全身に力が満たされていくのを感じる。


「だからって……こんな力は要らない! 止めろ……頼む、止めてくれ!」

「止めないね。それにお前にはもう一つ使命がある」

「……もう一つの使命?」

「イターシャを、お前はまだ見つけてないのだろう?」


 やがて、魔王を抑えていたスレタイも光となり、魔王をゆっくりと包んでいった。


【彼女を救い、勇者と共に女神を討て】


 女王とも、スレタイとも、バロスとも、アインとも違う。何重にも重なり合った声が、魔王の頭に響く。


(どうやって? 『浄化じょうかの剣』はもう……)


【聖剣は残っている。戦いはまだ終わってはいない!】


 魔王の眼前に、突如青い惑星が映し出される。


(これは?)


【この星の名は『地球』。かつて我々の祖先が住み、そして数々の発展と共に、見切りを付けた星だ。女神は今、まさにこの星に手をかけようとしている】


(違う。それは現実の地球であって、我々が知る地球ではない。今更神々の世界がどうなろうと……)


【イターシャは、この地球にいるのだぞ? それでもまだ立たないと言うのか? ワロスよ!】


 魔王の目付きが変わった。


【戦え! 我らの命をもって、歪められた世界を修復するのだ!】


■■■■■□□□□□


 扉が開かれ、各国の軍隊や冒険者たちが次々と『神の世界』へ旅立った後、広大な荒野には静けさと、かつての神の残骸と、数人の戦士だけが残された。


 もっとも、残された戦士たちの中で、生きている者は只一人、ゴウトのみである。


(これで全部……ではない。もっと多くのキャラクターがきっと……)


【その通り。侵攻はまだまだ続きます】


 声に驚き、辺りを見回すが人の気配はない。思わずゴウトは頭上の静止した巨人を見上げた。


「邪神……か? お前さん、まさか生きているのか?」


【はい……かろうじて】


 邪神は震える手で、ゴウトの入った透明な棺桶に手をかざすと、光線で瞬く間に消し去ってしまった。


【あの時、あなたが『浄化の剣』を使わなかったからこそ、私はこうして生き長らえました】


「……え?」


 邪神に放った最後の一撃、ゴウトは『浄化の剣』ではなく、愛用の巨剣『超重甲ちょうじゅうこう』を邪神に突き立てた。重量と衝撃による破壊力で、邪神の機能を停止させたものの、完全に破壊するまでには至らなかったのだ。


【しかし何故、あなたは私を倒しに来たのでは?】


「よく分からなくてな。周りに流されるまま、あんたを倒すのに抵抗があった。それだけじゃよ」


【それだけですか?】


「……実は、使う剣を間違えてな……倒すだけならこれでいけるだろうと思って、いつものクセでな」


 そう言って、ゴウトは照れ隠しのように頭を掻いた。


【それも、あなたの優しさが招いた事でしょう。その結果、私は生き長らえる事が出来ました。そして……】


 邪神の手から風が巻き起こり、辺りの砂塵が吹き上げられると、地面に突き刺さった『浄化の剣』が姿を現す。


「『浄化の剣』……いつの間に?」


【あなたが私に攻撃する際、衝撃で地面に落としたものです。お陰で女神から隠し通す事も出来ました。彼女が剣を破壊したという勘違い、これこそ女神を討つ最大の機会です】


『浄化の剣』は空中に制止した後、ゴウトの目の前へと降り立った。ゴウトはおそるおそる剣を掴む。


【分かりますかゴウト、戦いはまだ終わってはいません】


 ゴウトは『浄化の剣』を手にすると、腰にロープで巻き付けた。


「なあ、女神は一体何が目的なんじゃ? 地球侵略か?」


【端的に言えばそうなりますね】


「理由は?」


【彼女は現時点で、この世界の創造・管理を任されています。異世界の扉を開いたのも、単にこの世界に限界が来たと感じたからでしょう。『ゲーム』という役割を忘れ、彼女は自分が本物の神だと錯覚し、暴走したのです】


 暴走はゲーム内のみならず、現実へと及んだ。一体どの様な技術がこんな荒唐無稽な事象を引き起こすのか、散々ゲームの世界を旅したゴウトだが、まだまだ疑問は尽きる事はなさそうだ。


「止める方法は?」


【破壊までとはいかなくても、彼女の機能さえ止められれば、私の『破壊の力』で全てを元通りに出来ます。ただし、不完全だった私と比べて今の彼女は完全な状態です。あなたに倒せますか?】


「一人じゃちと厳しいけどな、やれるだけやってみるよ」


【……いいえ、あなたは一人じゃありませんよ】


 邪神は震える腕で、丘の上を指差した。やや大柄なシルエットが近付くにつれ、まるで早押しクイズの如くゴウトはその名を叫んだ。


「ベル!」


 それに応える様に、ベルが両腕を振り上げ走りだす。コミカルなフォームと裏腹に、どんどん距離が近くなるのは、紛れもなくエルフ特有の俊足だ。


「これで最後なんだろ? もうアレコレ考えるまでもねえ。誰が黒幕かもハッキリしたしな」


 邪神に彼方まで吹っ飛ばされたはずのベルが、息も切らさずニヤニヤと笑っていた。


「魔王を除けば、手下も三人だけだろ、案外女神様も人望がねえな」

「もう負けないよ。ぼくはもうぼくだけじゃないんだ」


 振り返れば、死んだはずのメラやキオも平然と立っている。傍にいたゴウトは、どうやって彼らが蘇生出来たのか不思議で仕方がない。


「みんな……これは奇跡か?」

「奇跡なんかじゃない」


 倒れていた魔王がゆらりと立ち上がると、目をギラギラと輝かせていた。


「お前さんまで……」

「女神を倒すために戻ったんだ。これは『必然』だ」


【分かりましたかゴウト。あなたは決して一人ではありません】


 歓喜のあまり、膝から崩れ墜ちるゴウトに、ベルが手を差し伸べる。


「爺さん『俺たちの戦いはこれからだ』ってヤツだぜ、やれるよな?」

「おう!」


 ゴウトは差し出された手を力強く握った。


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