ENDING

 かつて邪神が封印された絶対荒野。そこで不完全ながら復活を遂げた邪神との死闘を制したゴウトたちの前に現れたのは、今までゴウトたちを導いてきた女神であった。


(何だあいつ……まるで邪神を人間のサイズにした様な……)


 突如現れた女神を前に、メラは杖を構えたままだ。確かに邪神を遥かに小さくした印象だが、邪神を相手にした時の猛威は消えていない。むしろ邪神を上回る、底知れぬ力を感じる。


(こいつが……五体満足の『神』のスペックかよ!)


 女神をハッキリと見上げ、ゴウトたちはその姿に邪神の面影を見た。美形の顔立ちは瓜二つで、違いと言えば体の大きさと、せいぜい目を開いている事ぐらいか。口角を上げ微笑む姿は気品にあふれ、神々しさと、そしてどこか冷徹な印象を感じさせた。


【さて、これでもう『浄化じょうかの剣』は不要ですね】


 そう言って女神は、手を触れずに邪神の背中から剣を引き抜くと、そのまま粉砕してしまった。


「あっ!?」


【この『浄化の剣』は対邪神用の最終兵器。邪神亡き今となっては、平和を脅かす武器でしかありません】


 砕けた『浄化の剣』の破片が反射しあい、煌めく粉雪の様に降り注ぐ。その光景と言動に、ゴウトは胸騒ぎがした。


(平和を脅かす武器……邪神は本当に倒れたのか? いつか封印が解けた時の、いわば保険の為の武器ではないのか?)


【安心しなさい。私がいる限り邪神は二度と蘇りません。私がこの世界を正しく導きましょう】


 その言葉で、一同は確信を抱いた。


「ねぇじいちゃん……あの神様、何か変だよ……」

「ああ。『世界を正しく導く』などと堂々と言いおった」

「それって良い事じゃないの?」

「マンガやドラマに出てくる悪い連中は、皆口を揃えて『良い世界を作ります』とか言うものじゃろ? その良い世界が、みんなにとっての良い世界なのかは分からないのにな」


 その時、魔王が沈黙を破るように叫んだ。


「もういいだろ女神よ! あんたの指示で全部やった! 早くイターシャに会わせてくれ!」


 突然の懇願だった。『魔王』と畏怖され幾多の敵を退けてきた、歴戦の強者が声を大にして叫んでいる。その光景に、ゴウトたちは嫌な方向に推理を働かせる。


「女神さんよ、あんたは……邪神が勇者たちを殺して、代わりにワシらを呼んだ……そう言ったよな?」


【はい】


「じゃが、今魔王は『あんたの指示で』と言った。これは本当か?」


【はい】


「じゃあ……あんたがこの世界を救うと言ったのは、嘘だったのか?」


【いいえ。ただし考え方が違いますね】


「そんな事はどうでもいい! 女神よ、イターシャを返してくれ!」


 何が起きているのか分からない。ただゴウトたちは二つの真実を知った。一つは邪神は倒すべき相手ではなかったこと。


 そしてもう一つは、本当の敵は別にいたという事だった。


「勇者も殺した! 邪魔になりそうな連中も大体片付けた! 邪神も聖剣も消滅した! これ以上何が望みだ!?」


 魔王がまくしたてる様に自白する。彼は邪神とは無関係で、本当の依頼主は女神だった。そしてゴウトたちは、彼に乗せられた形で邪神を倒した事になる。


【そうですね……血を分けた兄弟まで殺したあなたは、本当によくやってくれました】


(やってくれた?)


 次の瞬間、女神は一瞬にして魔王の目の前に現れる。魔王は反射的に分身を繰り出し、反撃に転じた。


「これが貴様の答えか!」


 魔王が一斉に剣を振り下ろす。しかし女神は何の迷いもなく、魔王の本体に渾身のボディブローを入れていた。


【私は邪神と違って目が行き届いてます。あなたが幾ら増えても、本体は見失いません】


「チキショオ……てめえ最初から……」


【あなたは本当によく働いてくれました。『ニューゲーム』ではきっと、良い人生が待っていますよ】


 女神はゆっくり腕を引き抜くと、魔王の腹には鎧ごと貫かれた、小さなトンネルが出来上がっていた。


「キオ! 逃げろ!」

「え? あ……」


 メラが叫び、キオは一瞬動きを止めた。その一瞬、背後に女神が回り込む。


【一人で逃げる事に躊躇した……あなたは仲間想いですね】


 キオは竜人になって逃れようとしたが、それよりも早く女神の手がキオの翼を捕えた。


【その優しさ、忘れませんよ】


 そう言うと女神は、キオの翼を力任せに引き裂く。辺りに血のシャワーが吹き荒れた。


「キオーっ!」


 ゴウトは素手のまま、女神へ殴りかかろうとするが、女神は苦もなく空へと逃れる。


「キオ!」

「じいちゃん……これで終わったの? ぼくたち帰れるの……?」

「待ってろ、すぐにあいつをぶちのめして、復活させてやる!」


【それは困りますね】


 女神が穏やかな笑みを、今となっては無慈悲な視線を、容赦なくこちらへ浴びせかける。


【あなた方の役目は、もう終わったのですから】


 それは出会った時からずっと変わる事のない、優しい口調だった。だからこそゴウトは思い知った、彼女が最初から決して「慈悲」などで自分たちと接していた事などなかったという事を。


「貴様……貴様ぁっ!」


 そしてキオの死を目の当たりにし、ゴウトの怒りは頂点に達した。足元に落ちていた石を持ち上げると、女神に向かって投げつける。女神は僅かな動きで石を軽々と避けた。


【あなた方には感謝しています。神々の世界から来た、異国の勇者たちよ】


「その代償が……これかよ? どうして殺した! 何のために!?」


 メラが飛び上がり女神のこめかみに杖を突き付けるが、すかさず女神は突きつけられた杖を握り、力任せに振り払う。メラはそのまま地面へ叩きつけられた。


「目的は何だ!? オレたちを呼んで邪神を殺して、一体どうするつもりだ?」


【私は『創造の女神』。この狭い世界を解放し、更なる次元へと導くのが私の使命です。そのためにどうしても邪神……つまり『破壊の女神』を倒す必要がありました】


 女神はそのまま空を飛びながら、静止した邪神の肩に乗った。


【役目は違えど、彼女は私の姉妹。同等の力を秘め、互いに干渉し制御しあう私たちは、どちらかが欠けない限りその力を完全に発揮出来ません】


「だから邪神を叩き起こし、オレたちに倒させたのか? 自分が自由になる為だけに!?」


【それも目的あっての事です。私はあくまで封印された身。いかなる事があっても『邪神を倒して女神を解放する』という、シナリオの手順は守らなければなりません。だから出来る範囲で、あなた方の旅案内をしてきました】


 ここでゴウトたちは大きな疑問を覚える。邪神を倒して女神を解放するのは、おそらくゲームにもある筋書であり、それは勇者たちがいずれ達成する事である。


 ならば、何故女神はわざわざ勇者たちを殺し、戦闘に縁もない現代人を呼び寄せたのか?


【もちろん、これは大きな賭けでもありました。元来勇者ではない、平凡なあなた方に勤まるか心配でしたが、見事期待に応えてくれましたね】


 まるで心を読むように、そう言って女神はそっと微笑んだ。


■■■■■□□□□□


「キエエエエ!」


 突如奇声が聞こえる。見れば黒竜が魔王を掴み、飛び去ろうとしていた。その上空を大柄な男が遮る。


「脳天直撃!」


 男はそう叫ぶと、背中から槍を取り出し黒竜を頭から串刺しにする。その光景に釘付けになっていると、メラの耳元を聞き覚えのある声が囁いた。


「私の私の可愛いメラ」


 全身に悪寒が走りぬける。メラは半ば反射的に振り向くと、そこにはセラの姿があった。突然の事にメラは一瞬混乱に陥る。


「バカな……あんたは」


 言葉を遮る様に、セラの爪がメラの腹部を貫く。しかし体のダメージよりも、まだ思考が追い付かない。メラは攻撃された事よりも、「死んだはずの母親」と相対する事に気を取られていた。


「嘘だ……あんたはオレが……」

「そう、あなたに殺された。だからこれでおあいこね、うふふ」


 メラは最後の一瞬、セラの体が小さくなり、まったく別の若い女性に変身するのを見た。


(メラが……あっさりと死んだ……)


 ドサッと、何かが落ちる音にゴウトは振り返った。そこには邪神に地平線の彼方まで蹴り飛ばされたはずのベルと、水晶玉を握り締めた、帽子を深々と被る男がいた。


「我が走り、無限大なり。せめてもの情けだ、友の骸は拾っておく」


 得体の知れない戦士たちにゴウトが身構えると、子供をあやす様に女神が語り始めた。


【彼らは私の忠実なる三天使。ヅェーガー、ソニア、テンドウと言います。そう怯えないで、あなたたちも見知った仲です】


 テンドウと呼ばれた帽子の男が前に出ると、ゴウトは反射的に殴り掛かった。しかしテンドウは差し出された拳を手に取ると、僅かな動作でゴウトの体を宙に浮かべてみせた。そのままテンドウは老婆に姿を変えてみせる。


「久しぶりだねゴウト殿、水晶玉を返してもらうよ」


 声と姿は忘れやしない。あの日あの時、現実世界でゲームを売っていた老婆だ。彼女は地面に伏したゴウトから水晶玉を奪い取ると、元の帽子男に戻った。


【全てが終わった以上、この水晶玉は返してもらいます。あなた方にはもう必要ありませんから】


「それは……ワシらが日本に帰る為の物じゃ!」


【そう。これはあなた方のいる『現実』の世界と、私たち『ゲーム』の世界を結び付ける、いわば架け橋の様なものです】


「返せ……日本に……帰る為の……」


 地面に倒れたまま、ゴウトは動けなかった。仲間を殺され、愛する孫を殺され、あれ程大事にしていた水晶玉さえも取り上げられ、心がとうに折れていた。


「……どうした? ワシが残っているぞ!? やれよ! 皆は殺してワシはやらないのか!?」


 ゴウトは自暴自棄になっていた。人間として生を受けて数十年、ここまでの絶望は未体験のものだ。この埋めがたい怒り、悲しみ、憎しみは、とてもじゃないが直視出来るものではない。どんな感情で処理をすべきかが分からない。


 だからこそ、ゴウトは致命的な失敗を犯した。


【勇者よ、あまり死に急ぐものではありません】


 女神はゴウトの前に手をかざすと、見る見る内に周りを壁の様な物で覆った。人一人がかろうじて入れる縦長の空間、まるで電話がない電話ボックスの様だ。ゴウトは力任せに叩くが、透明な壁はビクともしない。


 ここでゴウトはようやく正気に返る。彼は逃げるべき時に逃げなかった。そして、おそらくは最後であった逃走経路さえも封じられてしまったのだ。


「出せ! ワシだけこのままか!?」

「爺さんよ、剣士が剣を取り上げられちゃ、死んだも同然だぜ」


 ヅェーガーと呼ばれた戦士が、ニヤニヤしながら近寄ってくる。彼はどこからともなく大金槌を取り出すと、壁を思い切り叩きつける。ゴウトは咄嗟に身構えた。


「ま、見ての通りだ。力じゃどうにもならんよ」


 鳴り響く衝撃音と裏腹に、壁は歪むどころか傷一つ付かなかった。衝撃に耐えきれず柄が折れた大金槌を捨てると、戦士は女神の下へ歩いていった。


【せっかくここまで来たのです。あなたには歴史的瞬間に立ち会っていただきます】


「歴史的瞬間じゃと?」


 もう反抗する手立ても無い。そして女神がやろうとする、おそらくは「悪い」事を、ゴウトはただただ見守る事しか出来ない。


(どうしてこんな事が……邪神を倒してしまったから……それがこんな事に!)


 ゴウトはふと邪神に目をやる。しかし眺めた所で、巨大な鉄人は微動だにしない。


「もしも邪神を倒さなければ」そんな事ばかり、ゴウトは何度も何度も繰り返し後悔していた。


■■■■■□□□□□


 三天使と呼ばれた者たちが、ゴウトたちから奪った水晶玉を三つ、等間隔で三角形に並べる。


「女神様、これでよろしいですか?」


【ええ、そのぐらいで丁度良いです。離れてください】


 ゴウトの隣に、ソニアと呼ばれる若い女性が寄りかかる。近くで顔を見る事で、ゴウトはある違和感に気付いた。


「ん? お爺ちゃん、アタシの顔を見ても無駄よ。そこから出してあげる力も義理も私にはないの」

「いや……顔の造りがその、この世界の人間と違う気がしてな」


 言われてソニアは一瞬キョトンとした表情を浮かべると、ニッコリと笑った。


「意外と勘が鋭いわね、その通り。アタシたち三人はね、違う世界からやってきたの」

「じゃあ、同じ地球……人?」

「違うよ。他のゲームからやってきたの」


 不可解な答えだが、ゴウトは確かに納得した。作り手が同じである以上、この世界の住人はある程度似た雰囲気を持つ。三天使はその雰囲気とは少し離れた、不思議な顔付きや輪郭をしていた。


「しかし、ゲームからゲームに移り住むなんて……」

「非現実かしら? 今までゲーム漬けだった人が、何かおかしくって? アナタだって今は立派な『ゲームキャラ』じゃない」


 ゴウトは言葉を詰まらせた。勇者の肉体にすっかり慣れてしまっていたが、ふと寝たきりの生身の肉体を思い出す。あれが本体と定義するなら、今の自分は現実味のないゲームキャラと言えるだろう。


「仮にそうだとして、お前たち……一体何をする気だ?」

「アナタたちがここに来た時の、逆をやるだけよ」

「逆……逆じゃと!?」

「そうよ。神々の世界への旅立ち、新世代の始まりよ」


 女神が水晶玉に手をかざすと、青くまばゆい光を放ちながら、水晶の間に光の線が結ばれていく。巨大な三角形は、次第に見慣れた光景を映し出した。


 電柱が見える。車が見える。一軒家やビルが見える。町行く人や、リードに繋がれた犬や飼い主が見える。その全てがこちらを見返し、茫然と好奇心の視線を送る。


「に……日本!?」

「へえ、『にほん』って言うんだ。綺麗な国、アタシ好きになれそうよ」

「まさか……まさか! 止めろ! 彼らは関係ないじゃろ!?」

「関係あるわよ。神様はアタシたちの世界を好き勝手にしてきたんだ。今度はアタシたちが好きにしたって構わないでしょ?」

「ゲームが人間に逆らうというのか!?」


 ソニアは、まるで子供の様に、無邪気な笑顔で答えてみせた。


「違うわよ。今までは人間がゲームを遊んでいた。これからは人間がゲームに遊ばれるのよ」


■■■■■□□□□□


 その日『FANTASTIC FANTASY』の空に、一つの映像が映し出された。そこには女神が、穏やかな笑顔を浮かべていた。


【この世界に生きる全ての者よ、私はこの世界の創造主である『創造の女神』です。今からする私の話を、よく聞いてください】


 町行く人々は、突如頭上に現れた女神に、瞬く間に心を奪われた。


「あれが女神様……何と美しく、神々しい……」

「神様はいたんだ、我々を見守ってくれていたんだ!」


【私たちは今まで、この『FANTASTIC FANTASY』という狭い世界に押し込まれ、神々の世界の人間たちによって、その生活も人生も生死さえも、全て定められていました】


「何が狭い世界だ。上から物を見やがって」


 ファスト王国の城にて、玉座の間のファスト国王は不敵な笑みを浮かべながら、城の窓から女神を見上げた。


【変えられない人生を全うし、『ニューゲーム』を迎えては同じ運命を辿る……記憶こそ残りませんが、あなた方の中にはずっと消える事のない、未練と後悔が眠っているはずです】


「そうだっ! オラァずうっと酔っ払いか? このニューゲームも酔っ払いか!? いつまで酔っ払いなんだァ?」


 町外れのゴミ捨て場に埋もれた男が、空の酒瓶を振り回しながら叫ぶ。街行く人々は彼の名前も過去も一切知らない。そして、おそらくはそういった概念すら存在しないのだろう。


【ですが、そんな呪われた宿命は今日限りです。私は『神々の世界』への扉を開きました。向こうには我々の知らない膨大な土地や文明、そして何より私たちを縛り付ける『役割』がありません。そこで望むなら一国の王にも、英雄にもなれるのです】


「神々の世界……我々をここに閉じ込めた神の、その領域に行けるのか?」

「膨大な土地、一体どれ程の規模が待っているのだろう」

「『役割』が無い……俺は何をしても許されるのか? 力さえあれば、王にでもなれるのか?」


 人々は女神の言葉に耳を傾け、まだ見ぬ『神の世界』に思いを馳せる。農民も、冒険者も、兵士も、王族も、悪党も、善人も、魔族も、あらゆる者に野心が目覚めようとしていた。


■■■■■□□□□□


「……ドイか」


 ファスト国王は、城内へと帰ってきたドイを見て、眉一つ動かさなかった。


 そしてまた、ドイも何一つ語ろうとしなかった。


「どんな手を使ったかは知らないが、とにかく生きてここに戻ってきた。やはり優秀だな」


 その言葉を聞いて、ドイは歯を食い縛りながら黙っていた。納得がいかない。かといって、自分には語る言葉がない。忠誠と別離の間で、ドイの心は揺れ動く。


「丁度良い。これから我々は神々の世界へと向かう。お前も付いてこい」

「神々の世界へ攻め込む!?」


 やっとの事で声が出る。女神の言葉はドイにも届いた。しかし、国王が野望に身を任せ、この土地を去るなんて考えもしない事であった。


「そうだ。お前には以前より話していたはずだが?」

「国を……民を置いて異世界へ侵略するというのですか?」

「この世界は既に限界を越えた。もはや領土争いをした所で、資源もたかが知れている。それよりも神々の世界には、我々の知らない技術も財宝も山程眠っているのだ」

「無謀過ぎます! そんな得体の知れない土地に……」

「やれやれ、ヤックと同じか。ここに帰って来たから、少しは期待したのだがな」

「ヤックと同じ……?」


 ドイがほんの少し、気を取られた瞬間だった。国王はすばやく銃を取り出し、ドイに向けて連射する。金王特製の高級拳銃、放たれた弾丸は鉄の鎧をいとも簡単に貫通した。


「こ……国王さ……」

「安心しろ。お前がいなくてもやれるさ」


 国王が合図をすると、見慣れない武装をした男たちが次々と現れる。鎧というより衣服に身をまとった軽装の彼らは、騎士とも一般兵にも見えない。


「魔法及び魔具戦術部隊……『魔騎士団』とでも名付けようか。きっと聖騎士団の何倍も強いぞ?」


 国王は高笑いをしながら、玉座を静かに立ち上がる。兵士の一人が傍へ駆け付けた。


「国王様、いつでも出れます」

「そうかい。なら行こうじゃないか、神々の面を拝みにな」


 国王はマントを脱ぎ捨てると、部下が鎧を持ち出し、国王に素早く着せる。それは大将が陣頭指揮を取る為の、守備力を最重視し装飾を抑えた、実戦用の鎧であった。


「国王様、命令を」

「よかろう。目標地点は神々の世界、必要とあらば神をも殺す……作戦名『ラグナロク』を、今ここに発動する!」


 ドイは遠退く意識の中で、血気にはやる男たちの咆哮を聞いた。


■■■■■□□□□□


「ファスト国の連中も動き出したらしいぞ!」

「ボンヤリしていられんな、少しでも早く、より多くの領土を手に入れねば」


 ありとあらゆる人間が、ゴウトと邪神の残骸を尻目に、次々と巨大な三角形へ飛び込んでいく。ある者は覇者となるため、ある者は自由を夢見て、ある者は単なる好奇心に突き動かされて。


 皆が「ここから出られる」というだけで浮かれていた。誰一人、神々の事など気にしていなかった。思いだけが先走り、それだけで足を進めさせた。


「止めてくれ! 彼らは何も知らない! 戦いを知らずに生きてきたんじゃ!」


 ゴウトの叫びは届かない。女神の封印を直に受け、邪神の残骸に埋もれた彼に誰も気付かない。ちっぽけな神様は、それでも壁を叩き、叫び続ける。


「こんな……こんな終わり方なんて……」


 やがて、ゴウトはその場に突っ伏した。この世界における主役は不老不死。イベントもなく自殺さえ許されないまま、勇者だけが時間に取り残され、悠久の時をただ一人過ごす事だろう。


 そして、カメラアングルはゴウトから徐々に離れ、人波が押し寄せる『絶対荒野』を映し出す。やがて勇壮なオーケストラがどこからともなく流れだした。


【こうして、邪神の束縛から解かれた女神様は、新時代の扉を開き、人々を導きました■】


【神々の世界へ旅立つ人類には、この旅は決して順風なものではありません。きっと幾つもの困難や、戦いが待ち受ける事でしょう■】


【これから皆は手を取り合い、神様という強大な敵に立ち向かわなければなりません。それは大変苦しいものになりますが、決して絶望的ではありません■】


【何故なら、勇敢なる女神様の下で、私達たち一つになれたのですから■】


【我らは女神の子、電子世界『FANTASTIC FANTASY』の住人。どうか一人一人が混沌の未来を照らす、希望の子供たちである様に……■】


                     『FANTASTIC FANTASY』FIN■



■■■■■□□□□□


「ウソよ……」


■今までの記録を保存し、ゲームを終了しますか?


 はい

→いいえ


「香! まだそんな所に!」


 今井省吾は叫んだ。寝ている義父の枕元の水晶玉が光り、どこからともなく裂けた空間から、中世ファンタジーの様な格好をした武装した人間や、神話に出てくる様な怪物が次々と現れているのだ。


 そんな支離滅裂な状況下で、妻はTV画面の前で、ひたすらコントローラーを握り締めている。


「お父さん! 学! 早く目を覚ましてよ!」

「香、今はそれどころじゃ……」


 省吾は香の肩を掴むが、香は乱暴に手を振り払うと、ひたすらTV画面を睨み付ける。


「こんな所で終わるわけないじゃない……」


 香は、断片的ながらもゴウトたちの冒険を見守っていた。手も触れてないのに勝手に進む、父と我が子の旅路。時にあぶなっかしい場面も、二人の仲間と協力して道を切り開く。


 そうして、いずれ二人は旅を終えて帰ってくると信じていたのに。あまりにも呆気ない最後であった。


「早く避難しないと……変な奴らが……」

「どこへ? ゲームのキャラクターなんて誰が倒せるっていうのよ、警察? 自衛隊? 米軍? もうどうにもならないわよ」

「だからって、ここにいるわけには……」

「二人が目を覚まさないって事は、まだ向こうの世界にいるのよ! だったら逃げるわけにはいかないじゃない!」


 香は叫び、繰り返される選択肢をひたすら拒み続けた。


「『いいえ』よ! まだゲームは終わっちゃいない! 勇者が死ぬRPGなんて、あるわけが無いのよ!」

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