35章 『邪神』 Orignal Sin

 船が港に着くと、ドイは黙ってゴウトたちを送り出した。


「……やっと下船か」

「爺さん、帰りも船酔いかい」


 フラフラと歩いてくるシバに、ベルは軽口を叩く。それはどうにか場を和ませようとする、彼なりの思いやりの様だった。


「なあメラ、その……このまま行かせて良いのか?」

「学生の卒業式じゃあるまいし。言いたい事は言い切ったさ。後はあいつの好きにすればいい」


 メラは立ち去ろうとするドイの背中を見送りながら言った。


「まさか……アイツあのまま国に帰る気か? あんな仕打ちを受けてまで?」

「サラリーマンなら、どんな仕打ちを受けても会社にしがみ付くだろうよ。何にせよオレたちの関わる事じゃない」


 ベルは言葉を失った。今の自分にならよく分かる、ドイはおそらく国に帰り、残酷な現実を突き付けられるだろう。


【斎藤君、君はもう我が社の人間ではない。残念だが、君を助ける義理も義務もない】


 思い出したくもないあの日、元上司の言葉が不意に頭をよぎる。きっとドイも忘れたくても忘れられない、生涯のトラウマとなるような言葉をかけられるのだろうか。


 すでに手駒として殺された後だというのに。


「……仕方ない。俺たちには関係ない事だ」


 正論だが本心ではない。ドイは敵ではないが、きっと同情するに足りる運命が待っている。だからこそベルは一秒でも早く忘れようとした。


「しかし……」


 片やどうしても割り切る事の出来ない、歯切れを悪くするゴウトに、メラはやや苛立った様に続ける。


「ラスボスもエンディングも目の前なんだ。とっとと邪神を倒して日本に帰る。忘れちまったか?」

「ワシは……」


 困惑するゴウトをかばう様に、キオが前に出た。


「お姉ちゃん、ちょっと言い過ぎだよ。少しは思い出とかさ……」

「そんなまやかしに取り付かれる前に、とっとと帰ろうって言ってんの」

「でも……」

「いいから。オレたちはもうこのゲームをやり過ぎてるんだ」


 そう言って水晶玉を取り出し、一人歩き出すメラを見ると、三人は慌てて後を追った。


■■■■■□□□□□


「ここが決戦の舞台か」


 水晶玉に導かれるがまま、歩き続けること数時間、ゲーム内にしておよそ数日で、一行はおどろおどろしい場所へと辿り着く。


『絶対荒野』は丁度、世界地図で見るなら真ん中に堂々と位置していた。何かの爆心地にも見える巨大なクレーターを中心に、草木も生えない不毛の大地が続く。その名の通り再生も望めそうにない土地であった。


「物騒な場所だが……自然が無いのは大丈夫か? 立ってるだけで毒を食らうとか無いよな?」

「このゲームを作った奴が良識的なら、そんな過剰な難易度にはならないはずだ」


 事前に仕入れた情報では、かつての人々はこの地で邪神と戦い、封印に成功したらしい。以降はそこに監視塔を建て、各国の人間が眠りについた邪神を監視し続けたというが、長い年月によって監視塔は全て無人の廃墟と化していた。


 耳を澄ましても動物の気配はおろか、風の音さえ聞こえない。メラはふと、昔通っていたピアノ教室にあった、防音処置の施された空間を思い出した。


「いかにも大ボスの前って感じだ……邪神も魔王も見えねえけど」

「ゲームなら、プレイヤーが駆け付けた所で復活の儀式とかするだろ。逆に言えばこっちが出向かない限りは何も起きない、まだ心の準備はたっぷり出来るわけだ」


 話し込むメラとベルに、ゴウトが恐る恐る口を挟む。


「それで、作戦は?」

「普通のRPGなら、ボスは防御力も体力も高くて長期戦になりやすい。だから技や魔法を節約して戦うが……それで勝てる相手でもないだろう」

「俺は短期戦を所望する。各自最強の技をありったけブチかまし、消耗したら逃げ回る」


 ベルの大胆な提案に、キオが疑問をぶつけた。


「効かなかったら?」

「効くさ。俺たちの攻撃はさておき、爺さんの剣は確実にな」


 皆の視線が、ゴウトの腰に掛けた『浄化じょうかの剣』に集中する。


「勇者の一撃を入れるまで、俺たちは何度でもぶつかる。いいな?」

「それでも……ダメだったら?」


 キオの言葉に、ベルはニヤリと笑ってみせる。


「もうどうしようもないさ。クソゲー掴まされたと思って、諦めろ」


 クレーターに近付くと、突如上空から風が吹き付ける。見上げれば黒竜に乗った魔王が見える。ベルはメラに囁いた。


「先手必勝。召喚前に叩くか?」

「何を今更……やるだけ無駄だろ」


 魔王はゴウトたちの姿を確認すると、何も語ろうとはせず、足元にあるクレーターの中心地に向けて巨大な光弾を放った。


「先制攻撃か!?」

「いや……あれは」


 舞い上がる粉塵の中から、銀色の巨大な球体が姿を現す。その頂上に黒竜が降り立つと、魔王は剣を振りかざし叫んだ。


「災いなる者。よこしまなる者。無慈悲なる正義をここに示し、全てを壊す創造の光を放ちたまえ!」


 魔王が球体に剣を突き刺すと、辺りが激しく揺れ始める。そして球体から、透き通る様な女性の声が聞こえる。


【Good morning "Fantastic Fantasy" Let's begin DESTROY & CREATE】


 流暢な英語は、機械音声に乗せられて辺り一面に轟く。そしてパソコンの起動音の様な、場違いにも思える爽やかなジングルが鳴り響いた。


「グッドモーニング……ラスボスが言うセリフじゃねーな……」


 人でも魔物でもない、遠い昔の支配者が残した機械仕掛けの神の言葉。神秘さも余韻も何もない、ただただ無機質な音声にメラは不気味さを感じた。


【Please waiting……BATLLE DATA Loading now……】


 球体はその後、音を立てて目まぐるしく姿を変えていく。表面が開き、そこから何かが生え、独りでに巨大化・変形を繰り返し、具体的なデザインを形成していく。その光景に魔王を含む、全員が息を呑んで見守る。


「こいつが……邪神?」


 やがてゴウトたちの目の前に、まるでロボットアニメのような外装に身を包み、両目を閉じた、巨大な女性が片膝を着いた姿勢で出現した。


■■■■■□□□□□


「巨大な……女神?」

「そ……想像していたのと違うじゃねえか、相手は巨女かよ」


 困惑するゴウトたちを見ると、邪神は目を閉じたまま語り掛けてきた。


【私を呼び覚ましたのはあなた方ですか?】


 穏便な口調に、思わず返答に詰まる。すると邪神は痺れを切らしたのか、右手の人差し指をかざす。するとメラの中で、説明の付かない直感が働いた。


「飛べ!」


 メラの掛け声で、一同がつられる様に飛び退く。直後、邪神の指から発された光線は地面に当てられると、ゴウトたちの背後に溶岩の様な火柱を上げる。その光線はとてつもない速度で地平線の彼方まで続き、一直線に地割れを作り上げた。


「……は?」


 攻撃と呼ぶには生温い、圧倒的な破壊を前に一同が言葉を失うと、邪神は再び問い掛ける。


【答えてください。私を呼び覚ましたのはあなた方ですか?】


 どうやらこの神には知能があり、人間との意思疎通を試み、幾分かの節操は守るらしい。


 とはいえ、威嚇にしては度を過ぎた攻撃を前に、戦う覚悟を決めていたゴウト一行は萎縮してしまう。


(私たちが戦おうとする相手は、こんなにも……)


 少し遅れて『神』と戦うという行為の恐ろしさ、無謀さに怯え、体が支配されようとした時、それを破る者がいた。


「……そいつらは違う! 起動させたのは俺だ!」


 魔王が急に叫ぶと、メラは金縛りが解けた様に正気へ戻り、ゴウトに耳打ちした。


「様子がおかしい。魔王は邪神の命令で動いてたんじゃないのか?」

「それは、やっぱり上司は怖いものじゃろ」

「あれは……そんなんじゃない」


 メラの指摘通り、魔王は随分と緊張した面持ちでいる。それは単に、相手が人知を越えた『神』である事以外に、他の理由を抱えている風にも見えた。


【何故私を呼び覚ましたのですか? 私に出来る事は破壊だけです。あなたは私を必要としているのですか?】

「あなたを召喚した理由は……」


 魔王は剣を引き抜くと、瞬時に何百体にも分身し、邪神に飛び掛かった。


「あなたを壊す為だ!」


■■■■■□□□□□


【戦うのですね。ならば容赦はしません】


 邪神はうろたえる事無く、ゆっくりと立ち上がると、両手を前へと突き出す。すると放射状に溢れだす光の矢が、次々と魔王の体を貫いていく。


「うおおおおっ!」


 僅か数秒で、無数の魔王が泡の様に散っていく。全身火器と化した邪神は、まるで航空機を寄せ付けない戦艦の様だった。


「アイン!」


 魔王が剣を振りかざすと、黒竜が素早く彼の身をさらう。そのまま黒竜は邪神にまとわり着く様に空を飛び始めると、魔王は剣を収めて魔法による砲撃に移った。


「爺さんどうする!? 何か知らないがチャンスじゃねーのか?」

「それはそうじゃが……」


 困惑するゴウト一向を見て、魔王の一体が叫んだ。


「何をもたついている!? 早く『浄化の剣』を邪神の背に刺せ! 他に倒す方法は無い!」


 魔王の声援を受け、更に混乱が増す。邪神をわざわざ復活させ、自ら戦いを挑む。理由は分からないが、魔王は邪神を利用しようとしていたのではないのか?


「分からん! 何故あいつが手助けをするんじゃ!」

「俺だって分かんねーよ! ただ分かる事は一つ!」


 メラとベルが武器を構え、邪神に突撃する。


「神様にケンカ売っちまったんだ! もう引き返せやしない!」

「良いのか? それで本当に良いのか!?」


 叫ぶゴウトの肩をキオが叩く。見ればキオは竜の姿になっていた。


「じいちゃん! ぼくが掴んで飛ぶから、空から飛び降りて!」

「キオ! お前まで……」

「あいつを倒したら女神様が帰してくれるんだよ? 今だけはしっかりしてよ!」

「しかし……」

「もう!」


 渋るゴウトに、キオは前足で体を鷲掴みにすると、無理矢理背中に乗せて飛んだ。


■■■■■□□□□□


「風の精霊よ! 土の精霊よ! 火の精霊よ! その他モロモロの精霊よ!」


 ベルはがむしゃらに精霊魔法を連発した。荒れ果てた大地では、自然の精霊の力は弱くなる。しかし術者の身を媒体にするなら幾分か負担は掛かるものの、威力の変わらない魔法を使う事が出来るのだ。


 ベルの全身から火や竜巻が吹き荒れ、邪神の放つ光線や銃弾、爆弾等といった攻撃を、逐一相殺する事に成功していた。


【何故あなた方は戦うのですか? この私に、『神』に本気で勝てると思うのですか?】


 それは圧倒的な力を誇る神特有の慈悲深さか、あるいは強者ならではの自信や驕りか。しかし先程宣戦布告を渡された以上、それは降伏を誘う言葉にも、動揺を生み出し隙を伺う言葉にも取れる。


「そんなワケねえよ! だが、こっちはやるかやられるかだ、あんたの右腕ぐらいはもらうぜ!」


 精一杯の強がりをありったけの怒号に乗せて、ベルの火力が一層増す。それを見るとメラも魔力の制御を止め、全身の魔力を杖に集中させた。


「だったらオレは左腕を!」


 杖の先から豪雨の様に光弾が飛び出し、邪神の外部装甲を少しずつ削り取っていく。装甲の下には人間の皮膚を模した外装が、更にその皮膚の下にはぎらついた鋼鉄の板と、血管のように張り巡らされた電線が見えた。


【私にはこの戦闘が理解出来ません。しかし私を壊すと言うのなら、私はそれに抗ます】


 邪神はそう言うと射撃を中止する。そして片膝と両手を地面に着けると、まるで短距離走の様な構えを取った。その時真正面にいたベルは、まるで走行中のトラックの前に立つような、絶対的な「死」を直感した。


(クラウチングスタート!? まさかこいつ、走る気か!?)


 僅かな時間の硬直。隙だらけの無防備な姿は攻撃する絶好の機会にも見えたが、一連の行動を理解した者は、攻撃を止めて全力で退避を始める。


「アイン! すぐに離れろ!」

「上空へ逃げるんじゃ! この位置は轢かれる!」


 魔王につられたゴウトの叫び声に、キオは慌てて高度を上げる。その直後、辺り一面の空気が、微かに震えた気がした。


【Ready.】


 短く区切る様に呟いた単語、そして邪神は地面を蹴りあげると、上体を垂直に反らし、規則正しいランニングフォームで走りだした。


「巨人はのろま」とは、誰が考えたウソだろう。特撮に出てくる怪獣も、巨体を誇る伝説のプロレスラーも、皆鈍重な動きをしていた。そして見ている人間には、何故そんな鈍重な攻撃が当たるのかが不思議に思えた。


 だが、少し考えてみれば分かる事だ。別に素早くなくても、あのサイズで動き回る事自体、それ自体が脅威なのだ。どれだけ俊足を誇ったとしても、人間の全力疾走など巨人の一歩で追い付かれるのだから。いくら長身を生かしたリーチの長い蹴りを放とうが、巨人には決して届かないのだから。


 故に、巨人はその動きを制限しなければならない。観ている人間が認識出来る様に、あくまで「楽しませる」為に。


「うわああああ!」


 悲鳴にも似た絶叫を上げ、ベルは必死に逃げ回っていた。巨人の拳が執拗に自分を狙う。風の精霊を全開にし、ひたすら突風で体を巻き上げて逃げる。


 振り下ろされる拳が、地面を次々と陥没させ、土砂と粉塵を巻き上げていく。誰が見ても分かる圧倒的な破壊力、直撃は死を意味するだろう。


「死にたくねえ! 死にたくねえよ! けどよ……!」


 ベルこと斎藤陽介さいとうようすけの脳裏には、何故か愛する妻より先に学の姿が浮かんでいた。斎藤夫妻に子供はいない。自分の収入と家計を考え、子作りに踏み切っていなかったのだ。


 しかし、自分の死を目前にして、斎藤は自分の子孫を残していない事に気付く。理屈ではない。ただただ本能で「しなかった」事を後悔する。だが……。


(子供か……悪くない!)


 そう思うと、不思議と心が落ち着いた。あれほど押し寄せていたはずの恐怖が自然と消え去った。ベルは逃げるのを止めると、迫りくる邪神と向き合い、迎撃の構えを取る。


 構えそのものに意味はない。ただ、神と対峙する覚悟が決まった。その意思の表れだった。


「て……てめえを倒せばエンディングなんだろ? オラ! チキショーめ! やってやらぁ!」


 なけなしの暴言で己を奮い立たせ、更に全身の魔力を引き出す。火、水、風、土、いかなる自然の力でも、結局は邪神に致命傷を与える事は適わなかった。つまり、この地の精霊では勝てない。ならばどうする? 何をもってして神に敵う?


(地球の力じゃなく……宇宙の力を使う……?)


 ベルは自然と、意識を空よりも高く、大気圏の向こう側へ移していた。こんな概念や使い方は前例が無い。しかし、今なら不思議と出来る気がする。その思いに比例して、更に魔力が高まっていく。


「オヤジ!」


 メラが叫ぶ。もうベルの窮地には間に合わない。邪神の拳がベルを捉えようとした瞬間、空から一筋の線が邪神の腕を貫いた。


「どうだ! 大気と大地の精霊のコンボ、地球上近くの隕石を呼び寄せる。名付けて……!」


 大気圏を突き破る流れ星。サッカーボール程の宇宙鉱石が邪神の腕を一撃で粉砕すると同時に、邪神の巨大な足がベルを包む。


「スタァ……」


 そしてベルは、そのまま地平線の彼方まで蹴り飛ばされた。


■■■■■□□□□□


(勇者は何をもたついているんだ!?)


 魔王は舌打ちしつつも、必死になって精神統一を続ける。自分の戦意が衰えない限り、この幻覚魔法『複写戦士トレスファイター』は何人でも繰り出せる。これで自分の分身を大量に映し出し、それを隠れ蓑にして攻撃や逃亡するのが主な使い方だ。


 そして今、黒竜から降りた状態で魔王は分身を試みている。複写出来るのはあくまで一種類、「アインから降りた魔王」でなくてはならない。


 この、一見総攻撃に見えるやり方は、たった一人での攻撃に過ぎず、あくまで邪神の目を反らすだけの心細いものであった。


「おい、魔法使い」


 不意に魔王の内の一体から話し掛けられ、メラは少し返事が遅れた。


「……要件は手短に」

「邪神を倒すには、奴の背中に『浄化の剣』を刺す。それは分かるな?」

「バカにしてんのか」

「まあ聞け。俺の分身魔法、実は他人を映し出す事も出来る。これで勇者を一辺に出せば……」

「お前の分身ってよく出来た飾りだろ。全部迎撃されて終わりじゃねえか?」


 分身は所詮見せ物に過ぎない。本物と同じ触感や臭い、そして汗や血といった生物特有の新陳代謝を再現出来ても、攻撃力と防御力は皆無に等しい。精々弾除けになるかならないか程度である。


「さっきまではな。あの太ったエルフが片腕をもぎ取ってくれたおかげで、今は火力が半減している」


 見れば、邪神の主な攻撃は手に集中していた。指先から光線や炎を繰り出し、目をつぶっているとはいえ、邪神は明らかに目視でこちらの動きを追っている。何かしらの器官でこちらの位置を把握しているのは間違いない。


 そして、先程の隕石を食らった為か接近戦を警戒し、距離こそ保たれつつも、走って追われる様な事は無くなった。


「俺たちが陽動して、勇者が討つ。どうだ?」

「……他に無さそうだな」


 メラもまた覚悟を決めて「奥の手」を解除する。腰から取り出した数種類のパーツを杖に取り付けると、元々銃に似せたデザインの黒い杖は更に面積を増やし、物々しいデザインへと変形する。


 そして、魔力を回復させる薬瓶を束ね、肩から斜め掛けに垂れ下げると、メラは杖を邪神へと向ける。


「フルパワーだ!」


 ありったけの魔力を込めて、巨大な光弾を連射する。数秒で魔力が尽きると、間髪入れずにメラは薬瓶を一本飲み干す。そしてまた、メラは飛翔しながら寸分の休みなく砲撃を続けた。


■■■■■□□□□□


「もっと寄れないか!?」

「これ以上は無理だよ!」


 キオはゴウトを乗せ、必死に邪神の頭上に張り付いていた。弱点らしき背中の穴は見えるが、近付こうものなら嵐の様な弾幕と、巨大な腕が迫る。


「まるでキングコングじゃな……本当に勝てるのか?」

「勝つんだよじいちゃん! だって、ここで負けたらぼくたちの旅は何だったの? 今まで会ってきた人たちは!?」


 ゴウトの脳裏に今まで出会ってきた人々が浮かぶ。剣を直してくれたシバ、剣を教えてくれたズパー、そして剣を託したドーラ。いかに恵まれた力を持っていたとしても、彼らの導き無くしてこの場には立っていなかっただろう。


 また、孤独を紛らわそうとした亡霊のタイドや、国の繁栄を願った帝王バロスなど。自分たちと関わってしまったが為に、その運命を大きく狂わせた者たち。彼等の屍を乗り越えてまで旅をして、その末に邪神がいる。


 全てはゲームをクリアし、仲間と共に日本に帰る為。ならば今まで行ってきた戦いと冒険の日々は、今まさにこの瞬間に辿り着くまでの、決められた「過程」に過ぎなかったのだろうか?


「あっ!」


 周りを見ると、いつの間にか自分たちがたくさん宙に浮かんでいた。この幻覚が見せる通り、自分には幾つもの選択肢があったのでは? そんな事をゴウトはふと思った。


(邪神を倒す……奴は無理矢理叩き起こされて、わけも分からないまま倒される……本当にそれでいいのか?)


 見る見る内に高度が下がる。やがてゴウトたちは剣を構え、邪神に向かって飛び降りていった。何人ものゴウトが空中で消し炭にされ、あるいは地面に叩きつけられていく。その中にたった一人、本当のゴウトがいた。


(決めるんだ。決めるのは、私だけなんだ!)


 彼は飛んだ。この旅を終える、最後の一撃を見舞うため。


■■■■■□□□□□


 目覚めたての邪神は、状況を把握出来ていなかった。身体そのものが精密なコンピュータであり、その巨体を完全に稼働させるには時間がかかっていた。


 ゆえに、起動時間の最中でもあった邪神は、思考力の鈍さ、そして判断力でもある処理能力の低さに体を縛り付けられ、曖昧な意識のままに戦闘を続ける。


(何故、この者たちは私を破壊しようとする? もし私が敗れようものなら……)


 その時、邪神の背中に衝撃が走る。装甲で覆われた全身の中で、唯一装甲の薄い箇所、加熱した体内を換気する為の排熱口に、機能停止の恐れがある強力な一撃が加わるのを感じた。


【があっ!?】


 奇声だ。まるで電流が全身を走り抜け、体がバラバラになりそうな感覚に襲われる。


(割れる……体が割れる。感じる、私の力がみるみる内に消えて……)


「オオオオ!」


 ゴウトは雄叫びを上げ、力任せに剣を邪神の背中に押し込んだ。邪神が態勢を崩し、何度も振り落とされそうになるが、柄を握り締め必死にしがみ付く。


(私が負ける……いけない……理由も分からずに……)


 邪神は片腕で頭を抑え、やがて片膝を着くと完全に動きを止めた。先程までの戦闘が嘘の様に、辺りが静寂に包まれる。


「……攻撃が止まった?」


 メラがぼそりと呟く。魔力は尽き果て、杖は想定外の魔力に耐え切れず、今にも壊れる寸前である。見渡せば魔王が立っているが、彼もまた疲労によって肩を揺らしていた。


【その通り、邪神は倒されました】


 透き通る様な女の声が聞こえ、一同は反射的に身構える。邪神と同じ声の持ち主は、空に浮かんだ一人の女神だった。


【彼女が倒され、私は力を取り戻す事が出来ました。これでようやく身動きが取れます】


 女神は瞬きを一切せず、両目を見開いて口元に笑みを浮かべた。その姿は今しがた倒された邪神とうり二つだった。


【改めて勇者よ、大義でありました。感謝します】


 理由は分からない。しかしゴウトは、戦闘が終わってもなお、緊張を張り詰めた視線で女神を睨み付ける。


「じいちゃん……」


 そしてキオも、そんなゴウトの側で身構えたままだった。

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