34章 『前夜』 Last Night

 この夜が明けたのなら、私たちはどこへでも行こう。


 この夜が明けぬのなら、私たちはいつまでも待とう。


 この夜が愛おしいのなら、私たちは出来るだけ起きていよう。


 この夜が憎らしいのなら、私たちはすぐにでも眠りに就こう。


 まだ分からないのなら、夜をじっと過ごそう。


 まだ分からないのなら、夜をさっさと済ませよう。


 さあ、そうこうしている内に、夜明けはもう来てしまったぞ。


■■■■■□□□□□


 魔王と帝王の一戦、そして帝国崩壊から一晩が経った。宿屋から出たゴウトたちは心の整理もできないまま、暗雲の空の下に立ち尽くしていた。


「色々メーワクかけたな。俺はこの国を立て直す。邪神はお前らに任せたぞ」


 そう言って、早々に立ち去ろうとする金王に、慌ててゴウトが声をかける。


「立て直すって……宛てはあるのか?」

「金ならあるさ。一応『金王』で通っているからな。やれる事はやってみせる。デオ、行くぞ」


 言われて、小型竜はキオとの雑談を止めると、慌てて金王の後に付いた。


「……で、お前らどーすんだ?」


 金王の視線の先には、ドイとガーゴイルの姿があった。現場に倒れていた二人は蘇生を受け、宿屋を出た後も放心状態から抜け切れていなかった。


 ほかに残されていたのは帝王と思しき巨大な機械の残骸と、無数に放置された魔力で出来た魔王の死骸だけである。帝王はさておき、魔王は生死不明にして行方不明となっていた。


「あの場で何が起きたのかは分からないが、あの国王が引き金になった。違うか?」

「……おそらく」

「それでも戻るのか? お前を殺した人間の下に」

「……他に宛てが無いからな。どっちにせよ、お前たちを送らねばならん」


 出航前と明らかに変わった、生気を感じられない弱々しい声を、ドイは何とかして捻りだしていた。


「そっちは?」


 魔物は沈黙を貫いていたが、しばらくして立ち上がった。


「助けてくれて感謝する。私は仲間の元に戻る」

「人間と戦う気か?」

「必要とあれば。魔王様と別れてしまった以上、私たちなりに生きる道を探すつもりだ」


 魔物は倒壊した『審判の剣』に向かって歩きだす。それらを見送ると、ゴウト一向は聖騎士団と共に、港へと向かった。


 そして、金王は魔物を後を追って走り出した。


「……よう」


 歩いていた魔物の前を、金王が遮る様に立ち止まる。


「会談に居合わせた商人だな、何の用だ」

「確かウェブタクさん……だったな? 率直に頼もう。力を貸してくれ」

「どういう意味だ、戦いは終わっただろう」

「いいや、終わっちゃいないさ」


 言いながら金王は、突然懐から拳銃を取り出し発砲する。魔物が振り向くと、機人が煙を立てて地面へと落下した。


「こいつらは主を失って暴走しつつある。人間とも魔族とも違う、不老不死の鉄の悪魔だ」

「なるほど。で、我々魔族が戦うとして、お前たち人間は何をもたらす?」

「『故郷ルーツ』だ。この国は流れ者が集う土地、人間も魔族もエルフもドワーフも、何だっている」


 言われて、魔物は周囲を見渡した。人間が、魔族が、様々な亜種族たちが、いつの間にか自分を囲んでいた。


「まさか……!?」

「そうだ。帝王も目指していたのさ、人間と魔族が共に生きる『楽園』をな」


 かつて魔王が目指した理想郷、知らず知らずのうちにそこへたどり着いていたウェブタクは、その光景に打ちのめされていた。


 それは幾度もの戦いと旅の果てに魔王軍がようやく掴んだ、誰からも迫害されない場所であった。


■■■■■□□□□□


「任務は完了した。オルエルド帝国とは同盟を組むも、その後の戦闘で壊滅。聖剣は無事完成し、以降もゴウトたちに運用を委ねる」


 船に戻ったドイの淡々とした報告に、騎士団は動揺を隠せない。


「戦闘……一体何があったのですか?」

「破壊された『審判の剣』と点在する魔物は、一体何なのですか?」

「何故聖剣を、一介の冒険者に渡してしまうのですか?」

「ドイ団長!」


 困惑した騎士たちから質問が矢継ぎ早に飛ぶ。


「全ては国王様のご意志だ。我々が知る必要は無い」

「しかし……」

「もう一度言う、我々が知る必要は無い」


 そんな一件もあってか、帰りの船旅は重い沈黙に包まれていた。船員たちやドイの配下の騎士たちは、遠目に起きていた戦争を目の当たりにした上で、沈み込むドイに話し掛ける事が出来ない。


 ドイは、あの日国王が仕掛けた「暗殺」を部下に話さなかった。そんな事で混乱を招くわけにはいかず、またドイ自身も、あれは「切り抜けられなかった自分が悪い」と思い込みたかった。


(そうでなければ、私が国王様に殺されるなんて……!)


 気まずい空気の中、船員たちは仕事で気を紛らわし、ゴウトら四人は眠る事も出来ないのに寝具に突っ伏したりと、何とか時間を費やそうとする。


(きっと、終わりの時が近付いているのだろう)


 ゴウトは虚ろな瞳で天井を見上げた。今後の予定だけは決まっている。あの時、崩れゆく塔から黒竜に乗って、どこかへと飛び去った魔王を追う事だ。


【全てを失った魔王は、半ば自暴自棄になって『絶対荒野ぜったいこうや』へ向かいました。邪神が封印されたこの地で、彼はいよいよ復活の儀式を行うつもりです】


 女神はそう語った。『浄化じょうかの剣』を手にできなかった魔王に、邪神を制御する事は出来ない。部下をこの地に捨て置いてでも魔王は単身動きだしていた。そしてこちらが後手で動いている以上、どう考えても魔王に追い付けないだろう。


 つまり、邪神の復活はどうあっても阻止できない、決戦は避けられないものとなった。元々倒すのが目的であったとはいえ、ゴウトはその重圧をひしひしと感じていた。


(老若男女。こんな取り留めもない私たちが『神』になんて勝てるのか?)


 ゴウトは『浄化の剣』を引き抜いた。こんな剣が、剣と呼ぶのも抵抗のある奇妙な道具が、本当に邪神を倒す武器となるのだろうか? 不安と疑問は尽きる事が無かった。


■■■■■□□□□□


「女神様の話を鵜呑みにするなら、邪神を倒せばエンディング。俺たちはやっと帰れる……で良いんだよな?」

「だったと思う」

「少し気が早いけど、これでようやく帰れるんだな」


 ゴウトは部屋に籠もり、メラもどこかへ消えてしまったので、キオはベルの部屋にいた。


「……ベルさん、変な事聞いていい?」

「変かどうかは俺が決める。言ってみろ」

「ベルさんは、やっぱり元の世界に帰りたい?」


 キオは一瞬、聞いた後で自分が怒られるのではないかと身構える。


「だから変な事って先に……」

「やっぱりって、お前まさかここに残りたいのか?」

「……本当の事を言うと、ちょっとだけ。終わらないゲームってのも、悪くはないのかなって」


 そう言ってキオは、力の無い笑みを浮かべると、ベルは目の色を変えて言った。


「……正直よ、俺も少しは帰りたくない。そういう気持ちは確かにある」

「えっ?」


 キオは意外な返答に驚いた。


「そりゃ現実には家族がいる。一秒でも早く帰りたい。だけどそれとは別に、一秒でも長くここを堪能したい。皆には悪いけど、そう考えちまう自分がいる」


 ベルはシナリオの進行上、一番最後の仲間となった。それはゴウトたちに合流する前に、一番長くこの世界で、たった一人で暮らしていた事になる。


「このゲームが、どこの誰かが作った物かは知らない。だけど俺が今後生涯を尽くす中で、こんなゲームは絶対に現れない事は分かる」

「絶対に?」

「絶対にだ。空を飛ぶ車が実用化されるくらい、これから数十年じゃこんなゲーム作れっこない」


 ベルは窓の外を見た。揺れる船内からは青く澄み渡った海と、生き生きと泳ぐ魚群が見える。


「立体を見るんじゃなく、パッドやキーボードで操るんじゃなく、自分自身がカーソルとなるゲーム。しかもゲームの中で生きられるゲーム。『仮想現実バーチャルリアリティ』とでも言うのか。陳腐で誰もが一度は考える、ある種の理想郷だよ」

「理想郷……それってつまり、夢の場所って事?」

「ああ。誰もが夢見て、そして絶対存在しないと分かっている場所、それがここさ」


 ベルの目はどこか虚しそうになるも、言葉だけは饒舌になっていく。


「何せ剣と魔法のファンタジーさ。俺みたいな中年オヤジが森を駆けるエルフに。鈴木はド派手な魔法使いに。爺さんは誰もが恐れる剣豪に……どっかの大企業の社長になったり、超人気のアイドルと結婚するよりも有り得ない、まるでおとぎ話だ」

「あり得ない、って事?」

「ああ。おまけに俺らはケンカが強くて、悪い奴をぶっ飛ばすとお金がもらえる。そしてお咎めナシだ」

「夢の様な生活だね」

「そうだ。それにな、目を覚まさなければ、ずっとこの夢を見ていられるんだぜ?」


 キオは口を真一文字に閉じ、ベルの話をじっと聞いた。


「坊主、お前はまだガキだ。夢も時間もやれる事だってたっぷりある。どっかの社長になる事も、可愛いアイドルと結婚出来る可能性も何だってある。だけど、俺たちみたいに時間を使っちまった大人には、もう夢を見る事も許されねえんだ」

「……だから、この世界に?」

「会社クビになって、ムシャクシャして買ったゲームに閉じ込められ、そん時はスゲェはしゃいだよ。でも爺さんと出会って、早くゲーム止めろって叱られてな……」

「夢から覚めろって事?」

「そうだ。夢を見ようとして何度も寝るなんて、それこそ時間の無駄だからな。分かってる……それは分かってるんだ!」


 ベルはキオの両肩を掴むと、まるで何かから逃れるように、一層早口で喋りだした。


「なあ学、終わらないゲームってきっと、やっちゃいけないんだ。息抜きで遊ぶにしたって、いつまでも続けられやしない。働いて食わなきゃいけないし、食わせなきゃいけない。だからこんな世界……こんな世界なんて……!」


 キオは急に本名で呼ばれ、何よりベルの豹変にとにかく驚いた。自分より遥かに年上で、体も大きいはずの『大人』が、まるで教室の花瓶を割ってしまった男子の様に、何をすれば良いかも分からず慌てふためいている。


 だけど、子供に大人の苦労なんて分かる訳が無い。子供が大人の言う事を分かれば、きっとそいつは子供じゃない。だから学は子供らしく、自分が思った事だけを正直に口にした。


「大丈夫だよ、きっと帰れる。おじさん悪い人じゃないもん」

「俺が……悪くない……?」


 キオがニコリと笑うと、ベルは全身から力が抜けたように、その場で膝を崩す。そしてキオに顔を見られないよう、ベルは地面にうずくまり、小刻みに体を震わせた。


「……りがとう……」


 ベルの震える微かな声を、キオは聞き取れなかった。


■■■■■□□□□□


「……からかいに来たのか」


 ドアが開く音を聞くなり、ドイは振り向きもせずに言った。


 反対に、ドアを開いたメラの視界に入ってきたのは、椅子に突っ伏しながらも、異様な殺意を張り巡らせているドイだった。


「まだ沈んでるのか。そんなに落ち込むなら、とっとと辞めればいいのに」

「馬鹿を言うな……十年以上は経つだろう。私は国王様に拾われ、忠義を尽くしてきた。今だってな」

「健気だねえ。殺されてもまだ国王を裏切れないってか、感心を通り越して呆れるよ」

「お前に何が分かる? 私とヤックがどういう思いでやってきたのか、途中からのこのこと来たお前に?」


 ドイは口調を次第に荒げて、隠しきれない怒りを徐々に見せていた。メラはニヤニヤしながら話を続ける。


「分かりたくもないね。大方孤児か何かで、国王に命を救われたんだろ? 相手がクズで残念な人生になったな」

「黙れ!」


 ドイは怒号と共に、稲妻の様に剣を走らせた。驚異的な速度と威力だが、メラは前もって攻撃を予測し、易々と杖で防御する。


「怒るって事は図星って事だ。その正直さをちったあ国王に向けたらどうだ? ストレスは体に毒だぞ?」

「またわけの分からない事を……今も昔も、貴様は災いを呼ぶ。あの時の事、忘れたとは言わせないぞ」


 ドイは剣を構えながら語りだす。今よりおよそ十数年前、ドイがメラという見習い騎士と出会って間もない頃、まだヤックが騎士見習いとして、ドイの後を追って入団する前の話である。


 いつかの村長の昔話のように、メラはまた過去の切り抜かれたゲームのワンシーンへと旅立つ。そしてメラの失われた記憶がまた一つ、呼び戻されようとしていた。


■■■■■□□□□□


「このっ……!」


 ファスト王国聖騎士団、その訓練場において、二人の若い騎士が練習試合をしている。しかし名目上こそ『練習』ではあるが、これは双方の合意で行われたものではない。


「いい加減にしろワルロ! これ以上は命に関わる!」

「訓練ってのは、命を張ってこそ効果があるものだろ!?」


 大柄な鎧騎士が、ありったけの力を込めて剣を振り回す。それは模擬戦用の、切れ味や硬度をわざと落としたなまくら刀とはいえ、直撃すれば鎧の上からでも十分な傷を負わせられる威力を持っていた。


 しかしもう一方の騎士にはかすりともしない。それは傍目からは高度な技術、類い稀のない身体能力にも見えたが、それを相手する当の本人はある違和感を覚えていた。


(こいつは……訓練して出来る動きじゃねえ!)


 そして大柄な方の剣が虚しく空を切った瞬間、鋭い一撃が彼の意識を奪った。


「しかし、最初にけしかけられた時はどうなるかと思ったぜ。団長にも知られなかっただろ?」

「ワルロの横暴はいつもの事だろ、毎度やられっぱなしにはいかないさ」


 二人の騎士の卵が場内を歩く。うち片方は大柄な騎士と死闘を演じたメラという男だった。入団間も無い彼にはまだ戦士としての風格は感じられず、町中にいる若者とかわりない、未熟さとあどけなさを残していた。


「魔法!?」

「バカ! 声が大きいよ」


 メラは男を物陰に連れていくと、小声で話を続けた。


「僕は元々魔法使いなの。使わなくなってから大分経つけど」

「それでこっそり自分を強化して戦ってたのか、そりゃ強いわな」

「奥の手だよ。あの時は本気で殺されると思ったからさ」

「ま、あいつなら構わないか。皆の目の前でボコボコにされるのは良い見物だった」


 その日、半ば強引に仕掛けられた模擬戦にて、メラは魔法を密かに使いワルロを圧倒した。メラとて魔法は二度と使わないと決めていたが、それを破る程にワルロは危険な男であったし、傲慢な彼の鼻をへし折りたい、そんな甘い誘惑にメラは屈した。


 結果、メラは仲間たちが見守る中で華麗なる勝利を掴み取り、反対にワルロは無様な敗北と、体の傷以上に癒える事のない屈辱を味わった。


 だが、このままで終わるわけが無い。メラもそれだけは知っていた。ワルロがやられたままの男では無い事を。


■■■■■□□□□□


 聖騎士団は一般兵よりもさらなる位に就くエリート軍隊である。彼らは厳しい訓練と紳士としての品格と教養を積み重ね、更に歳をとり前線から退いた、先代騎士たちの厳格な審査を乗り越えて、ようやく編成される。


 未知の才能を秘めた若者たちは宿舎に集められ、青春を謳歌しつつも、王国最強の戦士『聖騎士』の一員を目指して、日々を過ごしていた。


「ドイよう、あのメラってガキ、くせえぜ」


 ワルロはドイの部屋を訪ねていた。ドイは同世代の人間で、最も聖騎士に近いとされる男。剣術や格闘技、戦闘においての指揮にも長けており、何より法と厳格さを規律とする聖騎士団を体言した、完璧主義の男である。


 将来を有望視された者には、善悪問わずに人間が寄り付く。彼は同じ聖騎士見習いでありながら、既に仲間から相談を受ける身にもなっていた。


「臭いのはお前自身だ。飲酒、暴行、女遊びもやっているらしいな。いくらお前が才能溢れるからといって、何をやっても許されると思うな」

「今はそんな事関係ないだろ」


 ワルロは鼻息荒く語った。机にかけた太い右腕から汗が流れ、彼の口からは酒の香りが漂う。ドイには彼が同世代の人間には思えなかったし、その品の無さから同じ聖騎士になるとも思いたくなかった。


 しかしドイには、聖騎士団を束ねる団長という夢がある。ゆえに誰とも公平に接してきたし、そんな彼だからこそ、ワルロも自分のやり場のない思いを唯一伝える事が出来た。


「先日の試合か。自分の負けを棚に上げて、相手に難癖を付けるのか?」

「悪いのか!? 俺があんな女々しい奴に負ける、有り得ないんだよ。腕力も体力も技量も、どれも負けるはずが無え」

「ならば何故負けた? 全てが下回る相手にだ。精神で覆せる様な戦力差でも無いだろう」

「戦って分かった、あれは人間の動きじゃない。何か神掛かった力を借りた、そんな感じだった」


 その言葉に、ドイは投げ遣りな態度を改め、急に目を見開く。


「……魔法とでも言うのか? まさか聖騎士団の中で、悪魔の力を使ったというのか?」


 魔法は悪魔の力。誇り高き人間を貫くファスト聖騎士団において、それは存在すら許されない最大の禁忌である。


「とにかく今夜、俺が奴の化けの皮を剥ぐ。あんたも真実を見届ける義務はあるだろう、未来の団長殿」


 そう言ってワルロは、歯を剥き出しにして笑った。


■■■■■□□□□□


 そしてその夜、ワルロの醜い嫉妬心は、最悪の形で幕を閉じる。


「はぁっ……はぁっ……」


 息を荒げ、体に付けられた切り傷や打撲の痛みが、炎の熱気に乗せられメラを包み込む。騒音に目を覚まして駆け付けた一部の者は、その惨状に絶句した。


「魔法だ……! こいつ魔法を! やっぱり悪魔だ!」


 火だるまになりながら、ワルロは叫ぶ。それは悲鳴にも歓喜の雄叫びにも聞こえた。彼は自身の敗因が魔法だと知り、ちっぽけな自信と誇りが守られた事に安堵すると、そのまま骨になるまで燃え尽きた。油に火を放つだけではこうはならない、異常な火力はまさに魔法としか思えなかった。


「メラ! これはどういう事だ!?」


 駆け付けたドイが殺気立った様相でメラを問いただす。


「あいつが……ワルロが僕を殺そうと……」


 メラは弁明した。就寝している所を襲われ、着のみ着のまま部屋を脱出した自分は、やむを得ず魔法で応戦した。しかし死の恐怖に駆られた自分の魔力は、相手を撃退するに留まらず、命を奪う結果に終わってしまった事を。


 弁明はどうにか聞き入れられた。ワルロの素行は教師たちにも知られており、メラの正当防衛も認められた。しかし問題は『魔法』を使った、その一点に尽きた。


「国王様! あの者は禁忌とされる『魔法』を用いたのです。そして現に、仲間を一人殺しました」


 国王の間にて、ドイは今回の事件を刻々と説明する。


「メラが『魔法』を使った、それは確かなのか?」

「多数の目撃者がいます。メラは道具も使わず、ワルロを焼き殺したのです。彼は危険です、すぐにでも追放を!」

「ワルロを焼き殺したか。強さは申し分なかったが、つまらぬ事で人生の最後を迎えたな……」


 悪魔の力と同胞殺し、誰もが彼の人生の終わりを予想した。しかし騎士団追放を求めたドイの言葉と裏腹に、ファスト国王は意外な裁きを与える。


「お前の精神は黒く塗り固められた。いつか白い精神を取り戻す日まで、お前は黒き騎士となれ」


 ファスト王国の聖騎士団は、歴代において色を尊重する。『白』を潔白と無垢なる力とするなら、『黒』は欺瞞と汚れた精神を表す。メラは以降も騎士の修行に励み、晴れて聖騎士団の一員となれたが、黒の鎧を脱ぐ事だけは許されなかった。


 ゆえに仲間たちはメラを「同胞殺し」「禁忌の魔法使い」と畏怖を覚え、彼は騎士団で孤立した。そしてドイはそんな彼への罰を、納得する事はなかった。


■■■■■□□□□□


「禁忌を破り、同胞を殺し、それでも騎士団に残り、挙句裏切って……我儘が過ぎるんだよ!」

「まるで学級委員だな。そんなにガチガチな規則に縛られたいかい、もっとも……」


 メラはニヤリと笑った。先程の話を聞く中で、またも記憶が蘇ったのだ。


「国王は、『聖騎士団』なんかどうでもいいんだぜ?」

「戯れ言を!」

「だったら真相を教えてやるよ。国王はオレを罰さない代わりに、魔法研究の協力を求めたんだ。いつの日か剣術バカの聖騎士団を切り捨て、より強力な魔法部隊を作るためにな」


 先代と違い、伝統や規律に縛られない国王は、表向きでこそ聖騎士団を厳しく律していたが、その裏で禁忌とされる魔法に興味を示していた。


「まさか……」

「気付かなかったなんて言わないよな? 大臣の魔法研究に、魔具の発掘や精製。お前だっていくつか試作品を渡されて戦ったはずだ」


 ドイの脳裏に、かつてキオと対峙した際に使われた氷の盾や銃が浮かんだ。持ち主の技量を問わず、かつ自然の摂理を超越した魔法の武具。それは騎士団で修練を積んだ、どんな技術にも適用されない未知の領域だった。


「あれは……対魔法の戦術の一環だ! 時代の移り変わりに合わせ、仕方なくやっていただけだ!」

「違うよ。魔法に対抗するんじゃない、魔法を組み込む事で、魔法の常用を目論んでいたんだ」

「そんな事をする理由が無い!」

「元々、聖騎士団は先代が作った古い部隊だ。歴戦のつわものや伝統なんて、現国王には鬱陶しいだけ。ただお前やヤックの忠誠心が便利だっただけだ」


 両者の温度差が激しくなっていく。感情で押し流そうとするドイと、事実のみを冷静に伝えるメラ。しかし不動の真実は感情の火を消し、ドイという男を混乱に陥れようとする。


 だからこそドイは、自分を囃し立て、ある一つの答えから目を逸らそうとする。


「それは! 国王様は我々を忠実な駒として……」


 思いがけもしない言葉が不意に洩れる。その直後で、ドイは自分が口にした単語を心より後悔した。


「よく分かってるじゃないか。駒として酷使して、駒として見殺しにする。今回のお前みたいにな」


 核心を突いた言葉に、とうとうドイは言葉を詰まらせる。


「違う! 断じて……断じて!」


 ドイはひたすら叫んだ。それは自身の半生を、その道義を必死に信じようとする、愚直な男の悲痛な願いであった。

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