33章 『倒壊』 All Zero

 近隣の宿屋にて、窓をずっと眺めていたメラは、『審判の剣』の一室から火柱が上がるのを見た。それをきっかけに、頂上付近に町を周回していた機人きじんがどんどん集まっていく。


「……本当に始まりやがった」

「ん? 一体何が……ああん!?」


 窓を見たベルは突拍子もない声を上げた。それに驚き、部屋にいた全員が食い入る様に窓を見る。


『審判の剣』の刀身と思われる箇所、すなわち塔のほぼ全身から砲弾の嵐が吹き荒れる。その猛攻を受けて、空中に停滞していた魔王軍の戦艦は色鮮やかな光線で反撃を始める。


 衝撃音。爆発。飛び散る破片。何かしらの攻撃で空けられた大穴。帝国の象徴とも呼ぶべき『審判の剣』が攻撃されている。一方で攻撃を仕掛けている戦艦にも火の手が上がる。あまりの光景に一同は絶句した。


「何だよあれ……戦争じゃねーか!」


 やっとの事でベルが口を開く。突如始まった大規模な戦闘、そのあまりの理不尽さに困惑と憤りを覚える。


「和平交渉は失敗みたいだな。多分国王がちょっかいでも入れたんだろ」

「ちょっかいって……それでああなっちゃったの!? そんなのただのケンカじゃない!」

「確かにケンカだな。問題なのは戦争になっちまうぐらい、双方の力が強かった事だ」


 両軍の撃ち合いは続く。やがて空を飛んでいた機人が集まり、蜂の巣の様に戦艦へと群がる。それを突破するように、戦艦から魔物が次々と飛び出し『審判の剣』への侵入を試みようとする。


「それよりどうする? 聖剣はおそらく魔王の手の中じゃぞ。今から行って間に合うか?」

「相手は高層ビルに閉じ込められた様なもんだ。逃げ口が無ければまだ追い付ける」


 改めて窓の外を見る。戦艦と『審判の剣』の戦闘は継続中だ。戦艦が身動きも取れず、不恰好な接近戦を強いられているのは、おそらく大将の魔王がまだ戻っていないからだろう。


「聖剣もそうだけど、あそこにゃドイもいる。奴が死んだらオレたち出られないぞ!」


 言いながら、メラは杖を取り出し宿を飛び出す。ゴウトたちも武器を手に取ると、慌てて後を追った。


■■■■■□□□□□


 兄弟の対峙は続く。魔王の先制攻撃こそ許したものの、機械の体を持つ帝王には致命傷を負わせるには至ってない。むしろ殺気を持って浴びせられた一撃は、帝王に反撃の意志を持たせていた。


「俺は兄さんと違って、剣も魔法も覚えが悪かった。手先が器用なのが唯一の取り柄でね……」

「結果、その機械まみれの体になったと」

「そうさ。俺にはこれしか道が無かった」


 駆動音を立てながら、バロスの体に埋められた機械はその形態を次々と変えていく。腕を伸ばせば、幾つもの銃口が枝分かれしつつ飛び出し、全身が鉄で覆われながらバロスはどんどん巨大化する。


 膨張する機械の体と、その隅々に仕組まれた火器の数々。彼は機人の技術を解明すると同時に、古代技術を全て自らの肉体へと施した。そして戦乱渦巻くエルド国で戦い抜き、頂点へと立った。


「さっき、兄さんは俺を殺そうとした。幾ら血を分けた兄弟でも、あんな殺意を向けられたらおしまいだよ」


 巨大なフラスコの様な、頭部を覆う強化ガラスの向こうで、帝王の冷たい視線が映る。彼の視界には魔王の姿と、同時に目まぐるしい早さで更新されるテキストがあった。


【目標補足:人間と魔族のハーフ】

【肉体レベル:8。人間以上、大型魔族以下と推測】

【武装:腰にある剣と、肉体表面から多量の魔力を感知】

【目標、ある程度の脅威と認識。武器制限レベルを7まで解除します】


 伸ばした腕から無数の銃が生えてくると、それらは意志を持った様に魔王に狙いを付ける。


「随分と物騒な物が出てきたな。俺一人殺すのに大層なこった」

「武器制限レベル7……これは複数の上級魔族や、大隊を相手にする時の装備だよ」

「何だ、俺はその程度か。なめられたものだな」

「……安心してほしい。評価は臨機応変だ」


 バロスはそう言うと、ためらいもなく引き金を引いた。雷鳴の様な轟音と、気が狂いそうな振動が体を揺さ振る。何十にも括り付けられた銃身が一気に加熱して、バロスは微かに熱を感じた。


 しかし、火気にまみれた鉄の塊の、その内側に残された生身の体は、いたって冷静に戦況を把握していた。


(兄さんは素早いからな、退路を上手く断たないと)


 弾を撃つ度、次の一手が浮かび上がる。バロスはその淡々とした感覚に戸惑いつつも、どこか納得していた。


(ああ、俺は本当に兄さんと戦ってるんだな)


 国をかけた戦いであるのに、帝王はどこか愉しさを覚えていた。


(ゴーレム並の耐久力? 違う! 足の生えたバリスタ砲? それも違う!)


 魔王は戦慄を覚えた。先程までいたはずの血を分けた弟は、前代未聞の怪物に変貌してしまった。攻撃力、防御力共に、今まで戦ってきた敵の中でも規格外の強さだ。そんな化け物じみた鉄の塊が迫ってくる。


 勿論、ただ逃げているだけではない。相手は全身鉄なのだ。だから得意の電撃魔法でもたたき込めれば良いのだが、残念ながら先程無効なのが判明した。


(伝説の『絶縁体』か……雷を封じる古代技術とは聞いていたが)


 文献で存在こそ知っていたが、いざ電撃が目の前で四散する様子を見て、魔王は衝撃を受けると共に、珍しい物を見た様な感動と興奮を覚えていた。帝王のけた外れの軍事技術は、魔法使いの最大の武器である電撃すらも克服したのだ。


(打つ手が無いとはいえ、まずは逃げないとな!)


 魔王はバロスの足元に手を向け、魔力を集中させる。すると円の形で床に亀裂が入り、バロスは自重で下の階に落ちていった。


「バロス! 確かに防御力は申し分ないが、今後は軽量化が課題だな!」


 そう言って高らかに笑う魔王だったが、しばらくして穴から見慣れない細長い物体が飛んできた。それは鋭角かつ素早い動きで、真っ直ぐこちらに向かってくる。


(何だあれは?)


 魔法都市「パステル」へと流れ着き、様々な知識と膨大な魔力を身に付けた魔王でも、今自分に向かってきている古代兵器「熱誘導式追尾ミサイル」の正体までは分からなかった。


(魔法で迎撃するか? いや、危険過ぎる!)


 直感で魔王が部屋を飛び出すと同時に、背後でミサイルが着弾し、大爆発が巻き起こった。


(火薬物! 人を追尾する爆弾だと!?)


 何重にも束ねた銃もそうだが、バロスの武装は予想を遥か上回る。魔王はとにかく、この場を離れる事を優先させた。


■■■■■□□□□□


「ひでーな……見境なしだ」


 ベルが走りながら言った。『審判の剣』に近付く程、辺りに魔物の死体と機人の残骸が増えてくる。


 見上げれば、戦艦からあふれ出る魔物と、撃墜され火の玉となって地面に降り注ぐ機人が映る。砲弾と光線がぶつかり合う度に、断末魔と共に炎が燃え上がる。


「何つうRPGだよ……こんなのただの殺し合いじゃねえか!」

「間違いなく中もダンジョンになってるだろうな。回復アイテムを買い込んどいて正解だぜ」


 メラは走りながら、道具袋から薬草や薬ビンを取出し、仲間たちに放り投げる。


「今までよりも過酷で、長い戦いになる。無駄遣いすんなよ!」


 同時刻、『審判の剣』内にて。数日前に訪れたはずの秩序ある空間は既になく、そこには機械仕掛けの王と魔族の王が死力を尽くす、凄惨な戦闘が繰り返されていた。


「下せ! 『審判の剣』で正義を示すのだ!」


 バロスは叫びながら、炎に包まれた道を歩いていた。体に取り付けられたあらゆる探知機が魔王の現在地を追跡し、バロスは着実に距離を詰める。


(足が遅いのは認める。だけど、兄さんに逃げ道なんて無いんだよ)


 バロスは銃弾を装填しながら、ゆっくりと廊下を練り歩く。帝王には走り回る事は出来ないが、走り回る必要も無かった。


「ちぃっ!」


 魔王は締め切られたシャッターに蹴りを入れる。執拗にやれば壊せない事は無いだろうが、そんな時間と魔力は今は無い。


(出られさえすれば、空でも黒龍アインが迎えに来るんだが)


 戦艦『ガラク』は塔に密着したまま、おそらく交戦状態へと突入している。連中にはいざという時に離脱を命じているが、あの機動力と機人の猛追ではそれすらも怪しい。


(頼むから無茶はするなよ。いくら船があっても、乗組員がいなけりゃ話にならん)


 その時、階段下からガチャリと、鉄の鳴り響く音が聞こえた。それは一定の間隔を保ち、段々音量を上げていく。


(相手もまた、俺たちと同じ『怪物』だからな……!)


 足音の正体はやはりバロスだった。階段から巨大な鉄人が上がってくると、魔王は覚悟を決めて剣を構える。


 バロスは決して走らない。魔王もまた逃げようとしない。両者の意志が通じ合った瞬間、まるで打ち合わせた様に二人は静止した。


 そして、互いに睨み合ったまま、微動だにしない。闘志と気迫が炎に交わり、辺りをじりじりと焦がしていく。


【目標補足しました。攻撃を開始します】


 先に動いたのはバロスだった。そもそも彼の方が攻撃の射程範囲が上であり、一方的に攻撃する権利があった。


 コンピュータ制御のもと、狭い廊下に所狭しと打ち込まれる弾丸。そんな死の嵐を前にしても、魔王は少しも動かない。発射されたら死が確定する状況で、魔王はとうとう剣を構えたまま一切動かなかった。


(馬鹿な。死ぬ気か?)


 騙したり、何か策を発動するにしても、いくら何でも行動が遅すぎる。バロスはそう思った。そして一度思った以上、そこから先の考えが一切浮かばなかった。


 そして弾丸の嵐が魔王を襲い、彼の体を粉微塵にして吹き飛ばしても、バロスは思考を停止させたままだった。


(馬鹿な……これでは……)


『魔王』の最後にしてはあまりにも呆気ない。その考えが正しいと気付くのに、そう時間はかからなかった。


【熱源接近、回避が間に合いません。耐熱シールド展開します】


 突然あらぬ方向から飛んできた火球が、瞬く間にバロスを包む。直撃は防御壁によって免れ、すぐに消化装置が作動するものの、バロスは状況を把握するのに数秒を要した。


「『教授』、こいつは何だ?」


 疑問を微かな音声入力にかえ、機械に全身を包んだ肉体を制御するコンピュータ『マスターシステム』こと『教授』へ問い掛けると、再びバロスは魔王を見た。


 剣を構えたまま、体中が穴だらけになっても彼は静止している。これはおそらく幻覚だ。しかし幻覚が血を流し、ましてや内臓を曝け出すだろうか?


【解析結果、熱反応あり、生命反応あり、照合の結果、彼は魔王「テラワロス」です】

「馬鹿な!?」


 直後、同じ構えを取った魔王たちが、物陰や廊下の奥から次々と現れ、瞬く間にバロスを囲んだ。


■■■■■□□□□□


「ったく、無駄に高い建物作りやがって!」

「これゲームなら相当タルいぞ、こんな冗長なダンジョン……」


 ゴウト一向は辛くも『審判の剣』に突入する。しかしエレベーターが破壊されたビルでは、階段を使って黙々と昇るしかなかった。


 火の海に包まれた通路に、見境無く暴れ回る魔物と、侵入者鎮圧の為に辺りを徘徊する機人の群れ。双方を相手にしながら、一向は慎重に進む。


 注意すべきはやはり機人だった。小さな体には中々攻撃が当たらず、武装である光線は殺傷能力に長けており、回復アイテムの消費の激しさに一向は神経をすり減らす。何より……。


「この様子じゃ、いつ倒壊してもおかしくないな」


 相変わらず建物の振動と、天井から落ちてくる瓦礫の破片は止まらない。これが演出なのか、それとも時間制限で進行するイベントなのか、さすがのメラとベルでも検討が付かなかった。


「その間、ドイさんを助けて『浄化の剣』を取り戻す……間に合うの?」

「この窓さえ破れれば、脱出は簡単なんだが……ゲーム的に無理だろうな。最悪、剣を諦める事も……」


 言い掛けた所で、メラは奇妙な物を見かけ足を止める。床に突っ伏すように魔王が倒れている。体は散弾銃を受けたかの如く穴だらけで、一部は欠損までしている。


「魔王!?」

「いや……これは魔法だ」

「魔法? どう見ても死体じゃねえか。ほら、触る事だって出来る!」


 ベルはそう言って、魔王の体をペタペタと触る。ゲームとはいえ、むしろゲームだからこそ、抵抗もなくやれる事だろう。


「だから、よく出来た偽物って言えば分かるか? 原理もやり方も検討付かないが、どうにか『戦うイメージ』を実体化させて、単なる幻覚を超えて存在しているんだ」

「何で分かるんだよ」

「あの死体から魔力がプンプン漂ってるからだよ。死体は魔力を垂れ流したりはしない」


 言われてベルは、改めて魔王の死体を見た。確かにボスキャラにしては呆気ない倒され方だ。


「偽物……変わり身の術どころじゃないな。ひょっとしてスゲー技じゃねえのか?」

「ああ、いつもなら電撃と剣で片付ける男だ。奥の手を出す程追い詰められてるんだろう」


 その時、通路の奥から鉄の軋む音が聞こえてきた。ゴウトたちは自ずと身構え、音の方へ目を向ける。そして物音の正体に息を呑んだ。


「ハリネズミ」第一印象はまさにそれだった。全身からおびただしいまでに生えた銃身は、肌の露出を一切許さず、外界との接触を明らかに拒んでいる。完全に生物を殺す為だけの無慈悲な兵器の姿がそこにあった。


 その正体が誰か分からないまま、ハリネズミは重い足取りで、一歩ずつこちらに歩み寄ってくる。彼が一声発する事で、中身が帝王だという事に一行は気付いた。


「……ファスト国から来た者よ、随分な災厄を背負ってきたものだな」

「やっぱりか……悪いとは思うが、オレたちは完全に無関係だ。おそらくドイも……」

「だろうな。あの男は部下も気にせず、無差別な殺戮に乗り出した。生き残ったのは俺たち兄弟だけだ」

「相手は魔王か……なあ、肉親なら尚更だ、こんな戦いすぐ止めろ! こんな事をしても国王を喜ばせるだけだぞ!」


 その言葉に、帝王はしばし沈黙するが、切々と語り始める。


「……今更『ごめんなさい』で済ませられると思うのか。互いに死傷者も出てしまったんだぞ。どんな顔をして降りれば良い? こんな姿で何が出来る?」


 淡々とした口調と裏腹に、今にも泣きだしそうな悲痛さが伝わってくる。その言葉を聞いて、メラはこの戦争がどちらかの敗北でしか終結しない事を悟った。


「……これを持っていけ」


 帝王はそう言うと、銃身を一部引っ込めて、『浄化の剣』を取り出した。


「いいのか?」

「こうなってしまっては、もう交渉道具ですらない。兄さんの手に渡るぐらいなら、お前たちに使ってもらうさ」


 ゴウトは聖剣を受け取ると、帝王を前に、つい言葉を洩らした。


「……なあ、こうなったのもワシらのせいか? それとも元々こういう筋道だったのか?」


 帝王はまたも沈黙する。そして、淡々と語った。


「私たちがどうなろうと、全ては神様の意思に過ぎない。それに戦う事を選んだのは私たちだ。お前たちを責める道理なんて無い」

「神様……じゃと?」

「我ら神の子。この世に生きとし生ける者、神には決して逆らえはしない……魔王も帝王も例外ではないさ」


 それだけ言い終えると、帝王は騒音を立てながら去っていった。その背中を一向はただただ黙って見送る。そして一段と激しい揺れが建物を襲うと、ようやくメラが口を開いた。


「……そうだ、あいつはドイが死んだと言った。この近くにいるって事だ」

「でも死んじまったなら、もう手遅れじゃないのか? 船はあるんだから奪っちまえば」

「いや、ドイ程の人間なら蘇生のチャンスは十分ある。場合によっちゃ仲間になってもおかしくない立ち位置だからな……」

「それよりも、止めないの!? あの人たち兄弟なんでしょ、あのままケンカしたらどっちか死んじゃうよ!」


 キオの言葉に、一行は歯を食い縛って無視する。ベルだけが重い口を開いた。


「……坊主、あんなボスクラス同士の殺し合い、お前なら止められるか?」

「ぼくは……でも皆が力を合わせれば……」

「やなこった。あんな兄弟喧嘩に首突っ込むなんて、それこそ命の無駄遣いだね」

「そんな言い方!」

「黙んな」


 耐えかねたメラが両者の間に入った。


「剣は手に入った。後はドイを回収して、巻き添えを食わない内に逃げるしかない」

「お姉ちゃん……」


 メラは中腰になり、キオの肩を両手で掴むと、真っ直ぐにキオの目を見つめた。


「いいかい、バカと戦争には付ける薬が無い。それをゲームだから露骨にやっている。誰かが戦い始めたら、誰かが勝つしか治まらないんだよ」

「そんな……」

「恨むなら、こんな筋書きを用意したシナリオライターと、ここまでの惨事に仕立てた二人の戦闘力を恨みな。オレたちは最初から入り込む余地なんてなかったんだ」


 キオにはメラの言い分が分からない。何故戦いを止めたらいけないのか、物事を「良い」「悪い」の二次元論でしか、キオは判断出来ない。


「じいちゃんはどうなの? こんなの間違ってるよね!?」

「……気持ちは分かる。だから覚えておくと良い、この世にはどうしようもならない事が存在するのを。それを見極めるのが大人じゃ」

「どうしようもなくないよ! ゲームだよ? 自分の力で解決するんじゃないの!?」

「……いいから行くぞ。早くしないと全滅じゃぞ」

「じいちゃん!」


 キオのやり場のない怒りと叫びが、灼熱の廊下に響き渡った。


■■■■■□□□□□


 帝王が一室に入ると、部屋には魔王たちが待っていた。全員が剣を構え、一斉に鉄の塊を睨み付ける。どれが本体なのか、魔力に乏しい帝王には判別も付かない。


 幾つもの瞳が、剣の柄を握る何本もの手が、鋼鉄の城をいかに攻略しようかと何重ものの殺意を向ける。しかし分身したとはいえ、剣まで増やせるわけではない。決め手は本体による直接攻撃、それも魔法という事だけは分かっていた。


(肉弾戦が狙いか。何人かが壁になって、強引にでも攻撃する気だな)


 兄は昔から退く事を知らない。昔、自分がいじめられた時も前衛として立ち、相手が何人いようが、自分より年上だろうが、傷だらけになって立ち向かったものだ。


 そんな事をふと思い出すと、帝王は少し笑みを浮かべた。かつて守られていた自分が、今では兄を追い詰めているのだ。それがどこかおかしくもあり、嬉しくもあった。


【目標、攻撃能力および危険度計測不能。武器制限レベル、無制限に解除します】


『教授』がそう告げると、帝王の体はまたも音を立てて変形した。八割以上を機械と化した肉体には既に痛みは無いが、上半身に裂け目が入ると、中から大型ミサイルの弾頭が姿を見せる。魔王の群れはおろか、『審判の剣』もろとも崩壊させる大量破壊兵器、帝王の最後の切り札であった。


「それがお前の切り札か」


 魔王が一斉に喋りだす。もちろん、本体を探る事なんて出来ない。


「兄さん、これを使ったら全部終わる。最後の警告だよ」

「今更脅迫か。まあいい、俺もさすがに疲れた。早く聖剣を出せ。今なら見逃してやる」


 帝王は思った。ああ、やはり兄さんは変わらない。どんな相手でも引かない、怖じ気付かない。自分を貫き通す。こうなる事も目に見えていたのに。


 どうして俺は、この人に喧嘩を売ってしまったのだろう。


「兄さん……」


 言葉が出た瞬間、建物全体を衝撃が走った。壁が崩れ、巨大な何かがこちらに迫ってくる。それが決闘の合図となった。


「ぬあああああっ!」


 一斉に襲い掛かる魔王と、部屋を埋め尽くす弾丸の嵐。乱れ散る血と肉のシャワーが、炎熱と怒号に消されていく。


 発射された弾丸の放熱と、山の様に浴びせられる火の魔法は、とうに消化装置の限界を超える熱量を帯びていた。灼熱の業火に包まれ帝王は気が遠くなっていく。


(やっぱりな……)


 帝王は薄ら笑いを浮かべながら、残された力を振り絞り、前方目がけてミサイルを発射する。かつて全身火器の体から、『百銃の王』と恐れられた帝王最後の咆哮は、『審判の剣』の壁を突き破り、海へ向かって突き進んでいく。


【肉体ダメージ、修復不可能なレベルに達しました】


『教授』の声がどこからか聞こえる。


【通信継続不可、機能を停止します】


 強制停止の音声が聞こえる。それは自身の生命維持を停止させる、最終通告でもあった。


【お役に立てず申し訳ありません。あなたの再起を心より願います】


 思いがけない一言を聞き、帝王は目を丸くさせた。そして同時に死への恐怖が和らぐのを感じていた。


「……ありがとう」


 その言葉を最後に、帝王の生命維持装置は機能を停止した。


■■■■■□□□□□


 ゴウトたちも、国民も、辛くも地上で生き延びた魔物たちも、全員がその光景に釘刺しになっていた。


 総攻撃を一身に受け続けた魔導戦艦『ガラク』は機関部を破壊され、推進力を失いゆっくりと落下を始める。墜落先に『審判の剣』を選んだガラクは、その身と引き替えに塔の上半身を全てもぎ取っていく。


 巨体同士の衝突。爆発が爆発を呼び、大きな衝撃波を幾度も経て、辺りはようやく静寂を取り戻す。


「『審判の剣』が……折れちまった……」

「帝王様が敗れた……」


 死傷者、および行方不明者多数。一般市民にまで被害を出したこの戦いは、壮絶な相討ちと共に、一旦幕を引く結果となった。


「……あん?」


 ゴウトたちに救出され、ドイと共に蘇生魔法を受け、命を吹き返した金王は、『審判の剣』の惨状を見て溜め息を吐いた。


「戦って、負けちまったか……」


『審判の剣』はバロスが築いた一大要塞。彼の安否がどうなろうと、その建物が破壊されたこと、それ自体がオルエルド帝国……いや、エルド国の、もう何度目か分からない終焉であった。


「帝王……あの人死んじゃったの?」

「さあな。ただ、戦争はこれで一旦終わりだ」

「一旦終わり? これで終わりじゃないの?」

「そりゃあそうだ。戦争ってのは、簡単には終わらない様に出来てるんだよ」


 金王の言う通り、帝王の死によって、この日オルエルド帝国は滅亡した。そして機人の制御塔でもあった『審判の剣』の倒壊は機人の暴走を招き、以後、エルド国の人々は鉄の悪魔との対立を余儀なくされる事となる。


(……今度の政権は、長く保つと思ったんだがな)


 大惨事を前に、事態を収拾するべきはずの治安部隊は動かない。大破壊の後始末を、誰も付けられはしない。誰の支配下でもなく、誰の庇護もなく、国民はただただ茫然と立ち尽くす。


 この国が再び新たな王を決めるべく、戦乱の時を迎えるのはそう遠くない未来の話である。刀身が折られ、炎と瓦礫にまみれた『審判の剣』は、まるで新たな戦いに向けての狼煙の様にも見えた。

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