31章 『遠雷』 Next is…

 結局はファスト国王の目論見通りだったのだろう。ゴウトたちは反論すら許されず、集めた聖剣をバロスに接収された。


「後は魔王がどう出るかだ。付き合わせて悪いとは思うが、私たちと来た以上は、お前たちも島に残ってもらう」


 ドイはそう言い放ち、騎士団と共に町へと消える。金王もいつの間にかいなくなっていた。仕方なく近隣の宿屋へ向かうゴウト一行は、そこで意外な人物と再会した。


「シバ! お前さんも来てたのか!?」


 かつてゴウトの剣を作った鍛冶屋のドワーフ、シバだった。


「ファスト国王の依頼で、聖剣の修復にな……もっとも、船酔いでずっと部屋で寝たきりだったがな……」

「戦闘があったのにか? 呆れたもんじゃな……」


 親しげに話すゴウトとシバを、ベルは遠目に見る。


「おい、あのドワーフ何者よ」

「シバっつう鍛冶屋だ。爺さんのバカでかい剣を作った」

「序盤のキャラっぽいな、俺知らねえや。しかし、ファスト国王もよく呼び出せたよなあ……ああ見えて手を出すとこ出して……」


 ベルが話しを詰まらせると、メラとキオは沈黙した。


「……なあ、これからどうすんだよ」

「ドイもさっさといなくなっちまったしな、かといってアイツがいないと帰る事も出来ない。ここに留まるしかないでしょ」

「ねえ、あのバロスって人、結局良い人なの? それとも悪い人なの?」

「今の所は分からないけど、とりあえず国王は悪い人よ」

「ただ分かんねえのは、あのバロスってのがあっさり引き受けちまった事よ。『帝王』つうぐらいだから、人の指図は受けないクチだと思うんだが。見た目もエラソーだし」

「そりゃあ、やっぱり武器だな」


 ゴウトと挨拶を終えたシバが、ベルたちの会話に参加する。


「『浄化じょうかの剣』そのものは、伝承で聞く限りでは強力な兵器だからな。多少の面倒事を背負ったとして、見返りは十分にあるだろうよ」

「面倒事って……魔王をまるまる相手にしてまでもか?」

「勉強不足だなエルフさんよ。『浄化の剣』ってのは、それはそれはおっかねえ代物なんだぜ?」


 シバはニヤニヤと笑いながら、話を続けた。


■■■■■□□□□□


「『浄化の剣』、あれは邪神を封印出来る唯一の武器であると同時に、この世のありとあらゆる生物を消滅させる事が出来る、最強の剣だ」


 魔導戦艦ガラクの一室にて、魔王は伝説の『聖剣』について淡々と語った。部下の魔族は今一つ理解出来なかったのか、改めて尋ねる。


「消滅というと?」

「この世界での『死』は来世……すなわち『ニューゲーム』が来るまでの待機時間に過ぎない。私やお前が死んでも、次の世界で復活出来る。それは分かるな?」


 部下は少し考えた。彼とて高等魔族、『魔物』よりも格上の『悪魔』と恐れられる翼人鬼ガーゴイルである。しかし人間並の知能はあっても、教養となると話は別だ。いかに敵の攻撃を避け、効率良く殺す術は知っていても、死んだ者がどうなるかなど知る由も無い。


 だが、長い戦いの日々で、彼はある単語を耳にした事があった。


「……もしや『リセット』と呼ばれるものですか? 私はてっきり迷信かと」


『リセット』とは自分が再起不能となったとき、あるいは人生の最期を迎えた際に訪れると言われる、人生のやり直しである。この世のありとあらゆる生命体は『ニューゲーム』を迎えるにあたって、自分の軌跡を最初から歩み直すとされている。


 ただ「失敗しても次がある」なんてものは敗者の泣き言に過ぎないし、ましてや死者がいつか生き返るなんて正気の沙汰ではない。この世の生は唯一のものだからこそ、命を持つ者は限りある時間と命を燃やし生きていく。ゆえにこの考えを否定する者も決して少なくはなかった。


「構わん。その『浄化の剣』というのは、斬った相手を完全に消すのさ。『リセット』も出来ず、防御も蘇生も不可能。何より、そいつは誰の記憶からも消えてしまうんだ」

「殺傷が目当てなら、通常の武器で事足りるのでは?」

「この世界は何周にもなぞられ、私たちは知らず知らずの内に学習して生きている。殺すのは今のそいつだけでない、次の世界の、そのまた次の世界の、全てのそいつを殺す事になる」


『リセット』を信じない魔族に『ニューゲーム』なんて到底理解出来ない。しかし魔王の熱弁には、今までと同じく心を突き動かす強さが感じられる。


「魔王様は信心深いのですね。私は『ニューゲーム』なんて信じません。今が全てだと思います」

「それが正常だ。ただ、何も恐れずに戦えるのは、死んでもこの世界に戻れる直感があるからだ。違うか?」


 魔王の言葉に、部下は思わず息を呑んだ。


「……分かりました。『聖剣』がいかなる物か分かりませんが、このウェブタク、命に代えてでも奪取してみせます」

「頼もしい限りだ。我が軍最速の男よ、お前には私と共に死線を越えてもらうぞ」


■■■■■□□□□□


「『ニューゲーム』だあ? いきなりカタカナかよ」

「そうだ。いつからか広まった一種の宗教みてーなもんだ。一般常識だぞ?」

「そ……そうだな」


 ベルは苦笑いを浮かべると、メラ、ゴウト、キオを引っ張り、シバを残して部屋を出た。


「何だよ『ニューゲーム』とか『リセット』とか、もろゲームの話じゃねえか。あいつら自覚あんのか?」

「半々じゃろ。女神の話では一部の者がそれに気付いてるらしいが……」

「オレは図書館で知ったが、彼らはこの世界そのものを『ゲーム』と呼んでいる。一説ではそこで人は転生し、まったく同じ人生を繰り返すらしい」


 極端な話だが、この世界の時間は限られたものであり、すなわち主人公がゲームをクリアするまでの期間、それこそ過去から未来までのありとあらゆる出来事が宿命付けられている。


 そして世界の構造、『ゲーム』の仕組みを完全に知らされたのは、物語の進行に関わる極少数の重要人物だけだった。彼らは自分たちの運命を呪いながらも、この世界が決められた運命を辿れる様に、役に徹する事を決意した。


 そして『ゲーム』を知らない大多数のキャラクターたちにも、せめて進行に支障をきたさない為にと、重要人物たちは宗教めいた形で、その概念を説く事にした。


 全ては、プレイヤーに『ゲーム』を完走させる為に。この世界が何事もなく、シナリオ通りに進行する為に。


「それで次の人生が『ニューゲーム』なんだ……でも一度クリアしたゲームって、二回目はあんまりやらないと思うけど」

「プレイ時間が長いRPGなら尚更な。これはオレの推測だが、もしゲームキャラがそれを恐れたら? 『エンディング』を迎えさせなかったら?」

「一部のキャラが、『ニューゲーム』に感付いてるって事か?」

「そうでなかったら、何で帝王や魔王が『浄化の剣』なんて武器を欲しがるんだ? 本当の勇者たちだって、合流前に殺されたんだぞ。もしかすると連中は……」


 全員が固唾を呑んで見守る中、メラは静かに語った。


「『ニューゲーム』を繰り返す中で、違う運命を築き上げようとしているのかもな」


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 同時刻、金王とドイはバロスに用意された、『審判の剣』内の特別宿舎にいた。


「しかし、あんたの所の王様も中々大胆だな。よくある中小国家だと思ってたが……」

「全ての物事に糸を張り巡らせて、自分一人で引っ張ろうとする方だ。これくらいで驚いていたら身が保たない」

「上司批判かい?」

「事実を述べただけだ。今回も結局の所、国王様の想定通りに動いている。こうしている内にも次の計画を練っているだろう」

「おっかねえなあ。そもそも王様は何がしたいんだ? いきなり同盟ふっかける事自体、挑発している様なもんだろ」


 その問い掛けに、ドイは少し沈黙した。彼とて国王の全てを理解出来るわけではない。自分が知らない打算があるにしても、大国相手にあの堂々とした態度は、さすがに良い結果をもたらすとは思えない。


「おそらくは……喧嘩を売ったのだろう。帝王と同じ、世界を視野に入れた方なのだからな」

「ほう……」


 金王は椅子に座ると、銃の手入れを始めた。つられる様に、ドイもまた椅子に座る。


「あんた、王様に忠誠を誓ってるかい?」

「……質問の意味が分からない」

「そうやって静かにしてるけど、本心はどうだ? 仕事だから従っているのか? それとも……」


 言い掛けた所で、ドイの剣が稲妻の様に走ると、金王の顎先に刃の先がそっと触れた。


「私は任務には忠実だが。私情に走らない事もない」

「へえ……意外に短気だな」


 ニヤニヤ笑う金王を見ると、ドイは剣を鞘に収め、出口へと足を向けた。


「一つだけいいか?」


 金王の一声が、ドアノブに手をかけたドイの動きを止めた。


「あんたが仕事熱心なのはよく分かった。だけどそれとは別に、あんた自身が何者にも左右されない、確固たる基準を持った方が良い」

「……基準? 何の事か分からないが、『信条プライド』なら持ち合わせている」

「それも悪くないが、あんた『故郷ルーツ』は無いのか? 自分が生まれ育ち、指標として頭の片隅に置いて、やがては帰っていく場所だ。国王なんかより、もっと重要な部分だぞ」

「……私の命は国王様に拾われた。それより前の事など、とうに忘れた」


 そう言い残すと、ドイは部屋を出ていった。


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 聖剣の修復が終わるまで、ゴウト一向はオルエルド帝国に滞在する事を許された。しかし特にやる事もなく、面々は平穏な日々を堪能する。


「だーっ、また負けた!」

「オッサン博打弱いな、現実に帰ったら絶対やらない方が良いぜ」

「るせー! 人の趣味に口出すな!」


 メラとベルは『鉄騎メタルライド』と呼ばれる賭博に魅了されていた。バイクの様な車輪駆動の機械に乗り込み、周回を繰り返しながら他の走者を蹴散らしゴールを目指すという、何とも物騒な競技だ。


 広大な競技場を鉄の塊が爆音を立てて疾走し、重金属がぶつかり火花を散らす。搭乗者は銃や槍を振るい辺りに魔法を乱れ撃つ。機械が轟音と共に爆発し、走者が空中に投げ出される度に歓声と怒号が場内を響き渡った。


「独裁国家のクセに、随分と過激なスポーツじゃねえか」

「鬱憤晴らしだろ。ここで戦いを見て興奮し、戦意をガス抜きしてやると、良い政策だよ」

「つまりは闘技場か。つくづくファンタジーってのは血なまぐさいぜ」

「それをオレたちは、コントローラーを握ってやる所だったんだぞ」


 ゲームの世界に入ってから忘れていた事だが、この世界のありとあらゆる事象と、生きとし生ける全ての者は、しょせんほんの微かなデータである。人々の歓声はランダムに組まれた音声で、飛び散る血や鉄の欠片も視覚エフェクトに過ぎない。


 しかし、それを外で見るか、中から自分たちで演じるかは大違いだ。人間でありながら半ばゲームキャラクターと化した彼らには、同じくゲームキャラクターたちの苦楽や概念を理解しつつあった。


「……それより、まだ続けるのか?」

「当然。ここにいる間、稼げるだけ稼ぐつもりだ。装備品のパワーアップが既に打ち止め状態なら、回復アイテムを買い込むに尽きる」

「回復アイテムね、俺はケチる方だが、確かにもう強い武器ってのは、伝説のアイテムぐらいなんだろうな」


 そう言うと、ベルは自分の弓を取り出した。


「こいつも、非売品の専用武器だからなあ……不足は無いんだが……」

「仕方ねえよ。後半から参戦するキャラは強化期間が少ないんだ。諦めろ」

「ちぇっ」


 ベルは弓を背中に戻すと、改めて選手の応援に戻った。


■■■■■□□□□□


 とある廃墟にて、竜人形態のキオをデオは息を呑んで見守っていた。


「はああああ……」


 整えられた深い呼吸と共に、キオは両腕を大砲の様に突き出し、握られた拳を開きながら叫んだ。


「ドラゴンレーザー!」


 その発せられた気合いに呼応する様に、キオの両手から、何と荒々しい巨大な竜の姿が!


「やはり出ませんか……」


 静止するキオを見るなりデオが淡々と告げると、キオは顔を真っ赤にしながら瓦礫の山から飛び降りる。


「その、『竜乱舞波ドラゴンレーザー』だっけ? そんな必殺技って本当に出るの?」

「文献では、人間の魔力を持ちながら、竜の力を手に入れた者だけに使える、専用の魔法の様です。もっとも強力過ぎる事から、満足に扱えた竜人は少なかったみたいですが……」

「じゃあパス! もっと簡単な必殺技を教えてよ」

「じゃあ、これはどうでしょう……」


 竜の体でありながらデオは手持ちの本を起用にめくると、一つのページを指さした。


「『かまいたち』?」

「はい。元々は魔物の名前らしいですが、鋭い風を巻き起こし、相手を切り刻む技ですね」


 デオは巨体に見合わず、小さな本を器用に読み上げていた。


「竜人は竜の武器である息を吐けない代わりに、圧倒的な機動力そのものが武器となります。敵陣を竜人で切り崩し、竜形態の火力で残りを制圧する……旧世界での戦場ではそのような運用をされていたそうです」

「うーん……つまり竜人は速いって事でしょ? でもそれが強いってのが、どうも分かんないや」

「速くて空が飛べる。敵の攻撃は一切当たらず、こちらの攻撃は一方的に当てられる。十分脅威ですよ」

「脅威かあ……」


 キオは鉄屑の山を降りると、目の前に置かれた、廃車らしき物体に目を付けた。


(音を超える速さで飛び、衝撃波を巻き起こす……とにかく飛べって事?)


 キオは何も考えず、短距離走のクラウチングスタートの構えを取った。そして廃車の横を素早く駆け抜けるイメージを抱くと、無心で飛び出す。


(あれが竜人……全身凶器の、古代文明が生み出した怪物……!)


 キオが少しの距離を飛んだだけで、辺りの鉄屑や砂塵が舞い上がり、建物の窓ガラスが一斉に砕け散る。その光景にデオは戦慄を覚えた。


■■■■■□□□□□


 オルエルド帝国の鍛冶屋。今となっては人間用の武器も減り、機人や鉄騎に使われる機械の生産や修復が中心となっていたが、工場の一角にシバは案内された。


 ゴウトはシバと共に、三つに別れた聖剣の欠片を抱えていた。あまりの巨体に前が見えず、一歩ずつたどたどしく歩く。


「何でワシまで手伝わなきゃならんのじゃ」

「仕方ないだろ……見ろよ、このデカブツを……っと!」


 そう言ってシバは、抱えていた巨大な刃物を床に置いた。ゴウトが持つ破片も合わせ、それらは縦に繋げただけでも、ゆうに大型トラック1台分はある様に見えた。


「規格外の大きさじゃな。こんなの直したって、さすがのワシでも持てないぞ」

「伝説では、怪力自慢の二人でこいつを持ち上げ、どうにか邪神にぶっ刺したそうだ」

「面積で見たって、二人で持ち上げられるもんじゃ……」

「いいから早くそいつらを炉に入れろ」


 言われてしぶしぶと、ゴウトは鉄の塊を無理矢理炉に入れる。最初こそ入りきらずにはみ出していたが、徐々に溶けて炉の中に沈んでいった。


「知らないぞ。勝手に形を変えたりして……」

「あいにく俺は現代人でね、貴重な遺産かもしれんが、現行技術に則ってやらせてもらう」


 炉の出口にはキラキラと輝く銀の液体が流れ出て、徐々に釜を満たしていく。それをシバはじっと見つめた。


「『聖剣』と言うだけあって、見た事のねえ材質だな……だがあんまり量はねえ。案外スカスカだったんだな」

「スカスカ? あんな巨大なのが?」

「ああ。とにかく大きく作り、相手を威圧する。あるいは実戦を想定されてない儀式用だったのかもな。どちらにせよ古い考えだ」

「古い考えって……あんたの巨剣はどうなんだ? でかくて重けりゃ強いって」

「バカ、俺のは実用性を追ってんだよ」


 その時、ポチャリと何かが落ちる音がした。見ると釜の中に、何やら四角い物体が浮かんでいる。こびり付いていた金属が流れ落ちると、その四角形はプラスチックか何か透明なもので覆われていて、中に精密機械が埋め込まれているのが見えた。


「何じゃこりゃ」

「さあな。ただ、あの高温でも溶けなかったんだ……」


 シバは道具を使って四角形を取り出すと、慎重に台へと下ろした。


「こいつは間違いなく、神様が作った代物なんだろうよ」


■■■■■□□□□□


「魔王様、魔導戦艦ガラクいつでも発進出来ますが……」

「慌てるな、使者を一人送っている。聖剣が完成しない事には、無駄足になる」

「そうですか……」


 部下の魔物は、少し苛立った様子で魔王を睨んだ。


「どうした? 落ち着きがないな」

「……私は魔王様を信頼しています。あなたが魔族を率いて、一族が平穏に暮らせる国を作る。その為ならこの命を預けられます。ただ……」

「どうして邪神に拘るか?」

「その通りです。何故あの様な、無差別破壊兵器に頼るのですか? 『浄化の剣』を手に入れて、あれが本当に操れると信じているのですか?」


 言いかけて、魔物はふと我に帰った。


「……少々口が過ぎました」

「気にするな。私とて最善の方法とは思ってない」

「それでは……」

「他に方法が無いのだ。エルフとの戦闘に、連日続く勇者の襲撃。こちらの兵力はもう、満足に戦える程残されてはいない」


 魔王は周りにいる魔族たちを見渡した。今残っている者は度重なる戦いで生き残ってきた猛者たちだが、それでも数はかなり減っていた。


 土地を奪うには、その土地の人間と戦い追い払うしかない。しかし全体数の減りつつある魔族たちに対し、人間の数は圧倒的だ。仮に一国を攻め落とした所で兵力は消耗し、それを立て直す暇もなく他の人間が攻めてくるだろう。


 だからこそ魔王は集めた仲間を温存し、慎重に慎重を重ねて、進攻先に『エルフの里』を選んだ。その時でも勝算は高くは無かったが、それでも魔王はあそこまでの大敗は想定していなかった。


 自分でもやけになっているのは分かっている。しかし、勇者は既に聖剣を集めてしまった。ならば細かい差はあれど、「勇者が邪神を倒す」という筋書に変更は無い。


 つまり、やれる事はとうに決まっているのだ。


(『ニューゲーム』か……最初からやり直せれば、運命も少しは変わっていたのか?)


 目標はオルエルド帝国。撤退が許される事のない、魔王軍最後の戦いが今始まろうとしていた。


■■■■■□□□□□


 鍛冶屋では聖剣の再生が続く。溶け切った聖剣は得体の知れない金属と、更に得体の知れない透明なブロックへと変貌した。シバは先ほど取り出したブロックをじっくりと見る。


「さて、これから打ち直しだが……問題はこの四角形だな。どうする?」

「どうするも何も、剣から出てきたんだ。何か神掛かった力でもあるんじゃないのか」

「あまり不純物は混ぜたくないんだがな……中途半端に埋め込むよりはマシか」


 シバは剣に施す装飾の類が大嫌いであった。無理に変形させた刃先などもってのほか、刀身に宝石など埋め込んである剣など、おおよそ実戦の妨げになる要素は除きたかった。


 しかし、まるで何かに命じられる様に、さしたる抵抗もなくシバはブロックを棒状の型に置くと、そのまま液状化した金属を流し込んだ。


「ふんっ!」


 まだ柔らかい金属に、シバが金槌を打ち下ろす度に、赤く燃えたぎる金属はどんどん小さくなっていく。


「やり過ぎじゃないのか!? 全部なくなっちまうぞ!」


 叩く音が大きいのか、意識を集中しているのか、ゴウトの叫びにシバは応えない。ただひたすらに、鉄を打ち続ける。


(しかし、あれだけ巨大だった剣が……)


 溶け切った巨剣は、素人目にもあまり量が多く見えなかったが、それらは打たれる度に更に面積を減らしていく。


(何だろう……小さくなる度に、まるで力が凝縮される様な……)


「凝縮」その単語が浮かぶと、ゴウトは急に何もかもを納得した気になった。


(そうだ……こいつはとてつもない)


 剣を打ち続けるシバは、窯の発する高温に汗を流しながらも、同時に突き刺さるような冷気を感じていた。


(剣が小さくなる度に、より力が強まっていく。まるで小さな器に、ありったけの酒を注ぐ様な……)


 シバは戸惑っていたが、その手を止めようとはしなかった。目の前で研ぎ澄まされていく剣が、武器職人の本能を焚き付ける。


 やがて剣に変化が起きた。急に光を帯びてきたのだ。それにつられて、シバの手が加速していく。


「おおおおお!」


 剣を打ち付ける度に光は輝きを増していく。やがて光は工場を支配するも、シバはその手を最後まで止めようとはしなかった。


■■■■■□□□□□


 完成した『浄化の剣』のお披露目に、シバ、ゴウト一行、金王、そしてドイが、『審判の剣』の特別宿舎に集められていた。緊張に包まれる中で、躊躇なく行動出来るのが子供の特権だ。


「で、これがその聖剣?」


 キオが何気なく机の上に置かれた、水筒ほどの大きさの長方形の物体に触れようとすると、シバが素早くその物体を遠ざける。


「迂闊に触るな。死ぬぞ」


 シバの目は至って真剣だ。キオは忠告に受け入れ、些細な好奇心を胸に戻す。


「なあ、あの形……」

「剣……には見えないな。どちらかといえば、機械のパーツのような……」


 新しく生まれ変わった『浄化の剣』を見て、メラとベルは驚いた。以前と比べ遥かに小型化しているのもそうだが、柄に当たる部分が刃より圧倒的に多く、例えるなら武器というよりも機械に挿し込む様な装置のように見えたからだ。これでは刺すことはできても、斬り付ける事などできやしない。ちっぽけな刀身を収めるべく、ジッポーライターのように取り付けられた鞘が印象的だった。


「その……えらく小さくなったな。それに形が独特というか……」

「勝手にこうなった」


 その言葉に、シバとゴウトを除いた人間が全員首を傾げた。しかし剣の誕生を見届けた二人にも、この形には納得していなかった。


「……出来た」


 話は少し前に遡る。光に包まれた金属を無心に打ち続ける内に、物体はシバの意思や力加減とは関係なしに、ひとりでに形を変えていった。


「何だこれは?」


 これは剣なのか? そんな疑問が浮かんだが、剣先を包む蓋を外し、剥き出しになった刀身部分を見るや否や、その物体に込められた威力や脅威を、二人は考えるより先に直感で理解する。


(斬るとか刺すんじゃなくて、刃に触れただけで消滅してしまいそうな……)


 ゴウトは現実世界の人間であり、生身の感覚を知っている。しょせんデータのやり取りでしかないこの世界において、おざなりにされた五感では何一つ感じる事は無いと思っていた。


 しかし、幾ら剣で刺されても痛みを感じない彼でさえ、この小さな刃先には、まるで高速で回転するノコギリの歯の様な、言われるまでもない危険性を感じていた。


「こいつは神様の作った武器か? オレは……オレは何もしてないぞ」


 放心した様にシバはその場に座り込む。彼は武器こそ完成させたが、そこに制作者としての意思を反映させる事は許されなかった。


 ただ、何かに命じられるままに無心に動き、結果としてこの不可解な兵器を完成させただけだった。

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