28章 『集結』 Get Ready?

 仲間は揃ったか?


 もう離れる事はないか?


 ならば今こそ断言しよう。


 最強のチームがここに誕生したと。


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 ゴウトたちは『浄化じょうかの剣』の一部を手に入れると、速やかにクラウド城を後にした。セラとの戦闘の結末をメラ以外に見届けた者はいないが、辺りに鎮座するかつて『人形』であったのだろう人型の何かが、その創造者であったセラを失った事を暗示させていた。


「改めて見るとスゲェ大軍……やっぱり大ボスだったんだな」

「今まで戦ってきた敵では、魔王と並ぶ強敵じゃったな。メラが来てくれなきゃどうなっていた事やら……」


 メラに会話を振ろうとするが、彼女は俯いたまま無言を貫く。彼女がセラを倒した事は間違いなさそうだが、その時何があったのかはゴウトたちの知る由では無い。


 ただ、彼女の背中がいつもよりも小さく見えた気がした。


「やっと出れたー!」


 外へ出た一向は、霧に包まれ閉鎖的であった城からの解放感に満たされていた。キオが竜に変身し、羽を豪快に羽ばたく。その光景に一同は、ようやく戦闘空間から離脱した事を把握した。


「やれやれ……っと、そこのあんた、そういやまだちゃんと自己紹介してなかったな。俺はエルフのベルだ。妙に口数少ねえけど、話すの苦手か?」

「ベル……ねぇ……」


 メラは疑るような目でベルをじっと見た。やがて視線は出っ張った腹に移る。


「……こりゃベルじゃなくてドラだな」

「……んだと?」


 咄嗟に吹矢を構えるベルを、ゴウトは慌ててなだめた。


「おい爺さん、こんな無礼者が仲間っつーのかよ!? なんで初対面でいきなり軽口叩かれるんだ!」

「落ち着け! 無礼者はお前とて似たようなもんじゃろ!」


 ベルを羽交い締めしつつ、距離を離そうとするゴウトを見ながら、メラはキオに尋ねた。


「あれが新しい仲間?」

「そうだよ。口は悪いし見た目もヘンだけど、悪い人じゃないよ」

「でも、良い人でもないと……」


 メラの一言でベルはより口調を荒げた。


「大体爺さん、あんな城の中でワンサカ泣いてたのが頼りになんのかよ!? 見た目も暗いしよう!」

「……あん?」


 メラの目付きが変わると、彼女はおもむろに杖を取り出す。


「聞いてりゃさっきからネチネチと、小うるさい野郎だな。文句がありゃ堂々と言えよ」

「上等じゃねえか。一目見た時から、何かてめえは気に入らねえ」


 ベルはゴウトを振りほどくと、弓を構えた。


「見た感じこっちが年上だしな、上下関係ってのをキッチリ教えてやる」

「御託は良いからかかってこいよ、センパイ」


 そしてゴウトが制止する間もなく、二人は戦闘を開始した。


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「じいちゃん! ケンカ止めないの?」

「戦いの後だ、互いに疲れているし、殺しあいにはならんじゃろ……っと」


 ゴウトはそう言うと、諦めた様に剣を下ろし、地面にあぐらをかいた。


「座んないでよ! そういう問題じゃなくってさ!」

「何も握手して『よろしくね』ってだけが始まりとは限らん。昔のドラマなんか若者が殴りあって、原っぱを背に友情が芽生えるなんてザラじゃぞ。いざとなれば止めるから、好きにやらせなさい」

「もう、知らないよ?」

「何あれ、仲間割れ?」


 振り向くと、金銀や宝石等を鉄輪に積んだチェイミーがいた。


「そんな所じゃな。そっちは宝探しが終わったのか?」

「ええ。主もなくなった以上、資源は有効に使わないとね」


 そう言って彼女は金貨や宝石を鷲掴みにすると、にこりと笑う。


「そういや、城の幽霊とやらはどこに消えたんじゃろうな」

「あの人に蹴散らされたか、もしくは始めからいなかったか……まぁ、別にいると決まってたわけじゃないしね」

「ふうむ……所詮は噂か」

「さてと」


 彼女はエンジンを噴かし、ゴーグルを着ける。


「短い間だったけど、一緒にいて楽しかったわ。お互いに良い旅になるといいわね」

「お姉ちゃん、また一人になるの?」

「まあね。今までもそうだったし、多分これからも……」


 そう言ってチェイミーは俯く。それを見て、ゴウトは笑って声をかけた。


「そういや、ヤックが随分入れ込んでたみたいじゃが、相手をしてあげないのかね?」


 名前を聞いた途端、彼女は急にむせ始め、苦笑いを浮かべた。


「お調子者だがやる時はやる男じゃぞ」

「ま、縁があればね……さよならっ!」


 そう言って彼女は、その場から逃げる様に去っていった。


「行っちゃったね」

「ああ……不思議な子じゃったな。明るく振る舞う中に、どこか陰がある様な……」


 明るく愛想も良かったが、どこか淡々とした印象が彼女にはあった。あえて言えば最後にヤックの名を聞いて取り乱した表情、あれこそ彼女が初めて見せた素の感情のように見えた。機会があれば彼女と旅をするのも面白そうだと、ゴウトは思った。


 そして振り返れば、メラとベルの戦いは続いている。疲労は当然だが双方技量も戦法も似ているためか、互いに決定打を欠いたまま持久戦に入りつつあった。


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「そういやまだ名前聞いてなかったな……っと!」


 半ば怒号に言葉を織り込みつつ、ベルは弓を引いた。


「何だ、ケンカをするのに名前が必要なのか? やり口が一々ケチ臭い、陰気なオッサンらしいな!」


 まるでクレー射撃の様に、連射される矢を魔弾で全て撃ち落とすと、メラはお返しに巨大な魔弾を一発放った。


「年下のくせに礼儀を知らないヤローだな! 言われた事を素直に答えりゃ良いんだよ!」


 ベルは風の精霊を呼び、足元に爆発的な風を作り出し、空を飛んで魔弾を避ける。


「歳は関係ねーだろ! それにヤローだぁ? オタクが性別の区別も付かねえか? テメエの眼鏡はちゃんとレンズ入ってんのか!?」

「心の問題だよ! そんな言葉遣いで女と見られたいのか? 悔しければ二次元でも見習えよビッチが!」

「言わせておけば! こう見えてもオレは結構上品で通ってんだぞ。そもそも女らしい女とか、童貞丸出しの妄想抱いてんじゃねえ!」


 メラの杖から繰り出される魔弾の乱射を、ベルは宙を自在に舞いながら避ける。そしてまたベルの弓を、メラはジグザグに走って避ける。


「残念! あいにく俺は既婚者だ! 第一、上品で通ってるってどこの話だ? 風俗か? (AV)女優か? おら言ってみろよ!」

「なっ……ホステスだよ!」


 一瞬言葉を詰まらせたメラが怒号を上げると、彼女はより一層攻撃を激しくする。その様子をひたすら見守るゴウトに、キオがおそるおそる話し掛けた。


「じいちゃん……」

「何じゃ?」

「おじちゃんの言う『女優』って? もしかしてTVに出たりするの?」


 言葉の前後を察するに、ベルの言う『女優』が恐らく一般的なものでない事を悟ると、ゴウトは穏やかな笑みを浮かべて言った。


「……そうじゃな。メラは美人だし、何かモデルさんとか、そういうのをやってるかもしれないよ」

「じゃあ『ふうぞく』って? 何であんなに怒っているの?」

「あー……それはじゃな……その……」


 言葉を詰まらせながら、ゴウトはこれ以上、二人の口からどんな発言が出るのか、怖くなってきた。


(ったく、一人でフワフワ浮きやがって……見てろよ)


 メラは杖に魔力を込めながら、宙を舞うベルを睨み付けた。


「第一嫁ってアレか? 好きなアニメのキャラとかじゃねえのか? ちゃんと現実にいんのか!?」

「いるってんだろ! こんな俺を愛してくれた、世界一の女だよ!」


 その言葉に、メラは思わず言い放った。


「だったら、早く帰ってやれよ! 待たされるほうの身にもなってみろ!」

「なっ!?」


 思いがけない返しにベルは身を硬直させた。そしてメラが杖に溜め込んだ魔力を放出すると、まるでロケットの様に、一瞬にして彼女は空へ飛び上がった。


「何が世界一の女だ! ならそいつを待たせてるお前は、世界一のクズだよ!」


 ベルは動揺して構えが取れない。そしてメラは彼の頭上へ到達すると、その無防備な頭部を目がけ、思い切り杖を振り下ろした。


(あいつは……俺なんか待っちゃいないよ……)


 ベルこと斎藤陽平さいとうようへいは思い返す。かつて彼が所属していた会社は、度重なる業績不振の皺寄せに対し、人件費の大幅カットという判断を下した。人員の大量解雇、すなわちリストラである。


 斎藤は可もなく不可もない、至って普通の会社員だったが。勤務期間に対して突出しない能力、特別に親密とは呼べなかった上司とのありきたりな人間関係では、会社に残る事は許されなかった。


 中途半端な在席期間と今一つのキャリア、再就職の道は困難を極め、費やされた時間の中で彼が積み上げていった貯金と、決して手放すまいと誓ったはずのコレクション、大切なゲームやビデオや玩具が減っていった。


「大丈夫。きっと仕事見つかるよ。今までやってこれたもの」


 何の宛てもない彼への、何の確証も無い妻の励ましが辛かった。


(あの日、俺は誘惑に負けてゲームを買っちまった。そしてワケも分からないまま閉じ込められた。だけど俺には分かる。もう神様が言ってるんだ)


 こんな時になっても働きもしない、ゲームに遊び更ける様なクズは現実に帰ってこなくていいと。


「おじちゃん!」

「ベル!」


 無防備に落下するベルを見て、ゴウトは叫んだ。


(落ちる……いくら頑丈なゲームキャラとはいえ、この高さなら防御力関係無しに死ぬだろうな)


 死ぬとどうなるのだろう。現実なら天国か地獄に連れていかれると言うが、ゲームの世界にもそういうものがあるのだろうか。


 ゴウトたちの話によれば、仮に死んだとしても蘇生処置を受ければ現実に帰れるらしいが、その時家族は待っていてくれるのだろうか。


 彼を夫と認めてくれた、この世でたった一人のかけがえのない妻、和世かずよは……。


(そうか。帰ろうと思えば帰れるのか……あの姉ちゃん、魔法使いだって言うしな)


 メラの言葉が突き刺さり、ベルは心持ち落下速度が上がる気がした。もうすぐ死ぬ。蘇生魔法をかけられたらしめたもの、自分は現実に帰れるんだ、と。


(そういや、坊主は一度戻ったんだよな)


 ふとキオの事を思い出す。あの歳の子供が、祖父だけを頼りにこの世界に留まった……父親や母親を振り切って? 一体何のために? ベルは疑問を覚えた。


(まさか、俺たちのために?)


 答えが出ると同時に、心の中で何かが燃え上がる。現実世界に戻ってどうする? 自分だけがのうのうと生きるのか? 一族の仇も打てず、僅かな仲間さえも見捨てて、何一つ為せないまま、自分だけが帰るのか?


(ふざけんな、そんなみっともない真似が出来るか。社会にもゲームにも負けてられるかよ!)


「お前はお前の仲間を探し、本当の世界を目指せ。ここは、お前がいるべき場所じゃない」


 脳裏にエルフの長が過る。彼女が残した最後の言葉、今ならその意味がよく分かる。彼女の一言一句が、彼に力を与えてくれる。


(そうだ。俺は、この世界を救って、仲間たちと生きて帰ってみせる!)


 ベルはようやく覚悟を決めた。帰る為に、成すべき事を成し遂げる事を。


「風の精霊よ!」


 地表すれすれで、ベルはふわりと浮いた。その目は闘志に溢れ、異様なまでに漲っている。


「へえ、玉はしっかり付いてたみたいだな」

「ふざけんな。おかげで無駄死にする所だったじゃねえか」


 メラの軽口に、ベルは飄々と返してみせる。それはいつもの、不敵さを身にまとった陽気なベルだった。


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「しかし気に入らねえな。人を試してんのか喧嘩売ってんのか」


 ベルはそう言いながらゆっくりと着地した。頭を冷やしたのか弓を下ろした姿に、交戦の意思はもう見られない。


「いや、すまない。むしゃくしゃしてて、ちょっと八つ当たりも兼ねた」

「ストレス発散かよ……分かんねえ奴だな」


 突然戦いを止めたかと思うと、両者顔を見合わせ笑いだす。その光景にキオは首を傾げた。


「あの二人、急にケンカを止めちゃったよ?」

「ワシに聞かれてもその、困る」


 気付けば打ち解けつつある二人の会話も、すっかり弾んでいる。


「……あんたさっき『待たされる身』とか何とか言ってたな、もしかしてそっち側なのか?」


 言われてメラは「しまった」と言わんばかりの表情を浮かべると、面倒くさそうに頭をボリボリと掻いた。


「……彼氏がいんだよ。どうしようもない奴だけど」

「へえ、意外……でもないか。黙ってりゃ上玉だもんな」

「内面で損してるのは百も承知だよ」


 顔立ちこそ美人だが、口の悪さと気性の荒らさが引っ掛かる。彼女と釣り合うにはよほどの男か、あるいは特殊な人物でないと駄目だろう。僅かな手合いの中で、ベルはメラにそんな印象を抱いた。


「顔だけが取り柄で、俳優になるのが夢なんだと。ただ努力と勉強嫌いでね……家事もろくに出来ない野郎だ」

「作家や俳優のタマゴに入れ込む女性が世にいるとは聞いたが、実在するとはな……別れないのは母性本能って奴か?」

「ズケズケとハッキリ言うね、その通り。我ながら不思議に思うよ」


 顔も口も悪いが、良くも悪くも嘘を吐かない。自分にも似たそのストレートなベルの性格に、メラは少し好感を寄せた。


「でもな、そんなどうしようもない男でも、オレにとって大切な人なのさ」


 メラはかつて洞窟で倒れ、現実世界に戻った時を思い出していた。


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「離せってんだろ! 途中で止めるワケにゃいかねーんだよ!」

「嫌だ! もうそんなゲームは止めてくれよ! 頼むから僕を一人にしないで! な!?」


 話は過去に遡る。ファスト国王の依頼で向かった洞窟で、大臣との戦闘で死亡し、その後魔王から蘇生処置を施されたメラこと鈴木純子すずきじゅんこは、起きるなり同棲相手の佐山亨さやまとおるに羽交い締めを受けていた。


「説明しても理解出来ないだろうがよ、仲間が向こうで待ってんだよ!」

「それでまた気絶しちゃうの? そんなのダメだって!」


 長身と体格の良さと裏腹に、なよなよとした言葉遣いの通り、佐山にはまるで力が無かった。見掛け倒しもいいところだが、そこに純子は男としての頼りなさと「自分が面倒を見ないとダメだ」という母性本能を覚えるのであった。


 男の全力とは思えない、振りほどこうと思えば簡単に振りほどけてしまえる弱弱しい力。しかし密着した彼から伝わる体温、そして懸命に彼女を離さんとする非力な力が、彼なりの「必死さ」を感じさせていた。その感触に純子は力を奪われ、幸せな気持ちに包まれつつあった。だが……。


「気持ちはありがたいけどもっ!」


 純子はどうにか後ろ足を上げ、亨の股間に渾身の一撃を見舞わせると、やっとのことで捕縛を逃れる。こんな事をしなくても力付くで何とか出来たが、あえて危害を加えたのは、自身の意思をより強固にする為だ。


 彼と過ごす日々は夢のようだ。しかし今はゲームの向こう側に大事な仲間たちがいる。見るからにゲームなんてやった事のなさそうな年寄りに、そんな年寄りに甘える子供。きっと二人だけじゃ生きては帰れないだろう。放っておくわけにはいかない。


 あの二人にだって、現実には家族が待っているはずなのだから。


「じ……純……」

「……次はしっかり抱き留められる様に、筋トレをサボらない事ね……」


 一秒でも長く留まるのは危険だ。純子は亨に近付き「必ず戻るから」と耳打ちすると、頬に軽くキスをして、急いでTVの前に戻った。


(水晶玉が光ってる、やっぱりこれが!)

「純子!」


 亨の声に、純子は身悶えしつつも、無理矢理笑顔を作ると、陽気な声で言ってみせた。


「必ず帰ってくる! だから待ってて! 信じて!」


 床に落ちていた水晶玉を迷わず拾い、純子は強く念じた。


(コンティニュー!)


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「たく、ノロケか知らんがニヤニヤしやがって、さっきまで殺気立ってた奴とは思えんな……」


 言われてメラは、自分の口角が上がっている事に気付いた。照れ隠しにわざとらしく咳をすると、真顔に戻る。


「……とにかく分かったろ。オレやアンタ、爺さんやまなぶだって家族がいる。いつまでもこんな世界にいるわけにゃいかないってな」

「それはそうだけど……ったく、ケンカ売っておいて勝手に終わらせやがって、さっぱり分かんねえよ!」


 言いながらベルは右手を差し出す。


「改めて、斎藤陽平、もといエルフ族のベルだ。世話になるぞ」

「そっちこそ、切り替え早えんだな。気に入った」


 メラはニヤリと笑いながら、その手をがっしりと握り返した。


「鈴木純子、魔法使いのメラだ。こちらこそよろしく」


 その光景を、ゴウトとキオは呆然と眺める。


「じいちゃん、何か仲直りしたみたいだよ」

「『雨降って地固まる』。うーむ……青春じゃのう」

「そっか、あれが青春なんだ」


 なぜケンカが始まって、なぜ仲良くなったのかはよく分からない。だけど本音のぶつけ合いは人間関係を深めるらしい。キオはそういうものだと、理屈でなく感覚で理解を試みた。


【話は終わりましたか?】


 タイミングを見計らったかの様に、突如女神の声が頭に響き渡る。相変わらず感情の起伏を感じさせない、綺麗ではあるが無機質な声だった。


「な、アンタ聞いてたのかよ!? 盗み聞きたぁ趣味悪いな……」


【これで戦士は全て揃いましたね】


「無視かよ!」

「オヤジ、ツッコミうるさい」


 一々食ってかかるベルを、メラは冷静になだめる。


【どうやら『浄化の剣』の破片も手に入った様ですし、最後の破片の場所を話します】


「最後? 次で終わりって事?」


【その通り。破片が全て揃い『浄化の剣』が再生する時、あなたたちの旅は終局を迎える事でしょう】


 仲間が揃い、いよいよ最後の目標を言い渡される。それが本当に最後となるのか分からないが、ゴウトたちはこれからの冒険が、より困難を極める事を予感した。


■■■■■□□□□□


 一方で、ファスト王国のファスト城、玉座の間にて。


「『オルエルド帝国』、そこに最後の聖剣の欠片がある」


 ファスト国王の口から出た地名を、ドイは自信が無さそうに返した。


「『オルエルド帝国』というと……あの孤立した島国ですか? 名前ぐらいしか分かりませんが」

「ああ。邪神封印に力を尽くした後、他国との交流を完全に絶った謎の国だ。今やどんな国に発展したのかも分からん。だがお前にはそこに行ってもらう」

「分かりました。それで、その国は本当に何も分からない『謎の国』なのですか?」

「情報があまりにも少ないのだ。交流を断っている以上、その国に入れた人間は少ない。同時にその国から出たという人間も聞いた事がない」

「交流を断つとは……完全に自立しているという事でしょうか?」

「あの島で全部がうまく治まっているんだろうよ。最近になって分かったのは、機械的な技術に優れている、という事ぐらいか」


 そう言って王は、一枚の写真を差し出した。そこには赤装束をボロボロに切り刻み、機械の体を曝け出した人形が写っていた。


「この前バハラで行われた闘技大会で、ヤックが撮影したものだ。参加者の一人で、後でオルエルド帝国で作られたものだと分かった」

「これは『機人きじん』でしょうか? それに作られた? まさか、人が運用したなんて話は……」

「分からん。これが遺跡を発掘して使った物なのか、もしくは自国で開発された物なのか……どちらにせよ、想像以上の技術大国と考えていいだろう」


 王は『飛び声の月』を取り出すと、ドイに手渡した。


「魔王もおそらく総力を結集して攻めてくる。勇者共が聖剣を完成させ邪神を倒すのが理想だが、最悪の場合お前が回収しろ」

「それならヤックが適任では?」

「あいつは連中に情が移りすぎた、何をしでかすか分からん。これ以上関わらせるのは危険過ぎる」


 国王は淡々と話した。あれほど信頼を寄せていたはずのヤックさえも信用していない、その結果、特殊任務が自分に回された。それがドイには悲しかった。


「……国王様は、一体何が目的なのですか?」

「前にも言ったはずだ、我々の世界はいずれ、神々の世界へと踏み出す。その時まで、余計な戦力を割くわけにはいかんのだ」

「では、『その時』とは?」

「分からん。だがもうすぐだ。聖剣が復活する以上、邪神もまた確実に蘇る。そして邪神との戦いの果てに、世界の『革新』は待っている」


 国王は懐から拳銃を取り出すと、布で丁寧に銃身を拭き始める。


「お前も覚悟しておけ。これからが聖騎士団の修羅場だぞ」

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