DISC 4

27章 『親子』 say MaMa

 ゴウトとセラの1対1の戦い、セラの放つ大量の光球に為す術も無かったゴウトは、意外な人物の姿と自身が窮地を脱した事に驚いていた。


「……本当にメラなのか?」

「おいおい、まだボケ気味なんだな」


 嫌味に聞こえない軽口、低めながらハッキリと聞こえる芯の通った声、それは間違いなくメラこと、鈴木純子すずきじゅんこその人であった。


「修行は終わったんじゃな……」

「ああ。あと先に言っておくけど、このタイミングは狙ったわけじゃないからな。ホントな」


 そう言って見上げると、セラの目の前をあの中国人形が立ちはだかっていた。


「……どうしたのメイフェイ、そこをどきなさい」

「……フルボ」


 彼女がその言葉を告げると、セラは怪訝な顔を浮かべた。


「……誰か余計な事を吹き込んだ様ね。しばらく眠ってなさい」


 セラが指を鳴らすと、糸が切れた人形の様に、彼女はその場に倒れこんだ。


「さてと、改めて……」


 セラがまた光の球を作り出す。


「メラ! あの球は……」

「分かってるよ。力任せでよく凌いだもんだ、後はオレに任せてくれ」


 言いながら、メラは光る手をゴウトにかざした。優しい光が、ゴウトの傷を見る見るうちに癒していく。以前のメラでは使えなかった回復魔法だ。


「一人でやれるのか?」

「おいおい、親子の感動の再会なんだ。部外者は外してもらうのがマナーじゃないかい」

「……分かった。あまり無理するんじゃないぞ!」


 迫る光球を前に、ゴウトは走り去っていく。彼の離脱を見届けたメラは改めて、銃の様な黒く長い物体を構えた。


「同じ魔法使い相手に、こんなコケ脅しが通用するかっての!」


 メラが素早く念じると、銃から発射された光の弾丸は巨大な光球に命中し、次々と破裂させていった。それを見てセラは拍手を送る。


「お見事! 初歩はしっかり学んだみたいね」

「バカにすんなよ。あんなスカスカの球、ちゃんと見ればどうってことない」


 セラの光球にはもちろん弱点があった。大部分を魔力で硬質化する事で、重量と破壊力を秘めた鉄球として使っていたが、彼女は量産を重視すべく、半ば縞模様みたいに「硬い」部分と「柔らかい」部分を織り交ぜていた。


 ゴウトはその怪力を生かし、力付くで硬質化した部分ごと破壊していたが、同じ魔法使いなら弱点を見抜き、最小限の力で攻撃を相殺する事が出来るのだ。


「それにしても良かったのかしら? 仲間が多いほうが弾除けにもなるわよ」

「自惚れるなよ。アンタを倒すのはオレだ。最初からそう決めてあんだよ!」


 魔法使いを征するには魔法使いしかいない。何より、セラを倒すのはメラの悲願でもある。強い意地と覚悟を持って、メラは今この場に立った。


■■■■■□□□□□


「しかし、魔法使いになれたと言うのに、随分と窮屈そうな格好ね」


 メラが着込んだ漆黒の鎧を見る。あの時と変わらない、国から支給されたであろう異質の鎧。もし彼女が真の魔法使いになっているのなら、あのような肉弾戦を想定した鈍重な鎧を着ている意味が無い。


 考えられる理由は二つ、あの鎧が見た目に反した性能を秘めており、有効と踏んで着たままになっているか、あるいは脱ぐに脱げない事情があるかだ。


(試してみるか)


 セラは杖ではなく、空いた片手をメラに向ける。ビー玉ぐらいの小さな光球が勢いよく飛び出すと、メラの認識よりも早く鎧に命中した。


 ピシッ。


 氷にヒビが入った様な微かな音と共に、光球は鎧を傷付ける事無く消滅する。それを見てセラはニヤリと笑った。


「その鎧、魔法を防ぐ力があるのね。確かに戦士が着れば便利な防具でしょうけども、魔法使いが着るには不便じゃないかしら?」

「余計なお世話だよ。物は使いようって言うだろ」

「はいはい、よーく分かったわ」


 セラは改めて杖を構える。


「あなた、まだ修行が終わってなかったのね」

「……嫌味ったらしいったらありゃしないな。性格悪い上に、頭も冴えていやがる」


 セラの言う事は全て合っていた。聖騎士団で禁忌を犯したものに与えられる黒の鎧こと「魔封じの鎧」は、かつて魔法を使ったメラに与えられた枷でもある。そしてメラにはまだ、この魔封じの鎧の持つ呪いを断ち切る程の魔力は備わっていない。あくまで魔法を使っても支障をきたさない程度に、身動きが取れる様になっただけだ。


 隠していた秘密が暴かれて動揺しない人間はいない。人目に映らない仮面の向こう側でメラは歯を食い縛り、セラを睨み付ける。


(予感は正しかった。修行を中断してまで駆け付けたのは間違いじゃない。あのままだったら爺さんは確実にやられていた)


 過ぎていく過去や、出くわしてしまった脅威は悔やんでも仕方がない。問題なのはそれらに対し、どう向き合うかである。


 だからメラは精一杯強がり、一歩も下がる事無く言ってみせた。


「……丁度良かった。アンタを倒せば免許皆伝、オレは本物の魔法使いになってやるよ」

「私を倒す……あなたが、私を?」


 セラの顔が見る見るうちに強張っていく。それは誰が見ても明らかな、怒りの炎に身を焦がす、戦う人間の表情である。


「やれるならやってみなさいよ! 半端者の小娘が!」


 先手を打ったのはセラだった。彼女が杖を振りかざすと、メラは足元が後ろから強い力で引っ張られるのを感じた。両足が完全に宙を浮き、地面が目前まで迫ってくる。メラはふとネロの言葉を思い出した。


「腕の立つ魔法使いほど、予兆の分かりやすい、派手で大がかりな魔法には頼らない。もっと地味で目立たない、それでいて実戦的な魔法を好むだろう」


 ネロの教えの通りだった。故にメラは自分でも驚く程に、冷静に物事を考え、戸惑う事なく次の行動に移れた。


(足払いなら……流れに逆らわず!)


 メラは片手を突き出し、そのまま地面に手を付きながら逆立ちの様な姿勢を取った。そして杖から発砲しつつ、ぐるんと一回転して前方に着地する。


「やるわね」


 セラは一連の流麗な動きに、驚きと感嘆を覚えたが、飛んできた『魔弾まだん』を避けると、すぐに間合いを詰め始めた。


「おっと」


 接近を試みるセラを前に、メラは魔弾をばら撒きながら距離を離す。溢れだす弾丸は近距離ではかなりの命中率を誇るが、一度距離さえ取ってしまえば弾同士の間隔も開き、命中率も格段に下がる。


 つまり現状で、メラは近付かれない様に弾幕を張るので精一杯であり、同時にセラもまた、直撃を受けない程度に距離を保つので精一杯であった。


(銃を模倣した杖……見た目通り、魔弾の射出に特化してるみたいね)


 魔力を集中させ、固形物として実体化し打ち出すのが、『魔弾』と呼ばれる初手の魔法である。これは火や水といったものでも発動可能だが、単純に硬質化を求める場合は光が最も加工しやすく、そして有効だとされている。


 特に魔力を調整をしない場合、魔弾は小石程度の飛び道具でしかないが、発射速度や連射能力を上げれば銃火器の様な火力を持ち、質量や硬度を上げればセラが使った様な鉄球にもなる。


(最も単純なぶん、魔力消費も少ないし隙もそうそうないわね)


 初手の魔法とはいえ、使い手のセンスや魔力によって幾らでも変わる光の魔法。メラがその技術に入れ込んだ事を推測し、そしてその得意距離を攻略する必要があると、セラは考えた。


 一方で執拗に迫るセラに対し、メラは魔弾を乱射しながらどうにか距離を置こうとする。相手に手の内を読まれようが、それが最善の策なら止めないわけにはいかない。


(手から火花を散らしてる。大方スタンガンみたいなもんか)


 メラは修行の中で、魔法使いが主に三種類に分かれる事を知った。大掛かりな魔法で、仲間の支援を基に大火力をもって戦局を制する『遠距離型デストロイヤー』と、自身を強化させて、相手に素早く接近して仕留める『近距離型インファイター』。両社の中間である『中距離型オールラウンダー』である。


(相手は明らかに近距離型……それも一撃必殺狙い。好戦的な性格がよく出てるぜ!)


 この世界で電撃ほど有能な技はない。鉄を貫き、ほとんどの生命体の活動を一撃で静止させる。火や水をぶつけるより遥かに効率的であり、あらゆる天変地異を操るとされる魔法使いが、真に恐れられる理由の一つでもある。


 当然、メラも電撃は使える。だがセラの身のこなしや間合いの詰め方を見るに、接近戦では分が悪いであろう事を直感していた。


(魔法使いは速い、セラなら格別に。捕まったら終わりだ)


 メラの魔弾はセラには届かない。だが、セラの両手も魔弾に阻まれメラに届かない。しばし鬼ごっこが繰り返された後、痺れを切らしたのかセラが口を開く。


「大口叩いた割には、逃げ回るのね」

「あいにくオレは慎重でな。じれったいなら、自慢の人形を使ってもいいぜ?」


 互いにどうにか状況を打開しようと挑発をする。このまま走り回るのは、両者にとって好ましくない状況ではあった。そして……。


「……言うわね」


 セラの自尊心がメラを上回った時、彼女はメイフェイの下へ駆け付けると『起動』の信号を送った。


「フルボ……フルボ……」


 言葉を遮るように、セラがメイフェイの頭に手をかざし、微かな電流を流す。


「愛しい娘よ、真っ直ぐに戦いなさい」

「二対一か……さすが魔法使い、フェアプレイもへったくれもねえな」

「卑怯だと思う? そう思う内は、まだまだ立派な魔法使いにはなれないわよ。うふふふふ……」


 あっさりと手の内を変えるセラを前に、メラは武者震いの代わりに舌なめずりをする。


(だが好都合だ、もう可能性はアレしか残っていない!)


■■■■■□□□□□


 ぎこちない様子で立ち上がったメイフェイだが、セラが何かを吹き込むと、すぐに戦闘体勢に入った。武道家らしい隙のない動きでメラに接近する。


「彼女は私の最高傑作……最も強く美しい、至高の人形なのよ!」

「そうかい……そりゃそうだろう……よっ!」


 メイフェイの打撃をメラは杖を構えて必死に食い止める。元剣士としての剣術の覚えが、かろうじてメイフェイの連撃を防ぐ防御手段へと繋がっていた。


「判断能力もっ……思考速度も……並の人形じゃあない……っと!」

「あらあら、褒めても手加減しないわよ」


 セラはニコニコ笑いながら、杖に魔力を集中させていた。少しでもメラが止まれば、迷わず魔弾で狙撃するつもりだ。格闘する二人の周りを、杖を構えながらゆっくりと回る。


 接近戦で釘付けにして、強力な一撃を見舞う。魔法使いにとっての必勝戦法。セラがメラを睨み付けると、それに気付いてか彼女はニヤリと笑ってみせた。


「だって、彼女人間だもんな」


 思いがけない一言。その一言でセラは一瞬思考が飛んだ。それはメラが杖を捨て、両手でメイフェイのこめかみを捕えた瞬間でもあった。


「さ、お姫様。いいかげん目を覚ましな」

「さ……触るな! その手を戻せ!」


 メラはメイフェイの頭にありったけの魔力を送り込むと、メイフェイは糸が切れた人形のように、足元から崩れ落ちた。その時セラは狙撃姿勢を解き、我も忘れてメラへ駆け出す。


「なるほど……そういう事か」


 メラの言葉は、怒りに燃えるセラには届かない。直後、メラの着ていた鎧にヒビが入り、中から光が溢れだす。


「オレの修行は、たった今完了したんだな」


 メラが発した爆発的な魔力に耐え切れず、漆黒の鎧は音を立てて亀裂を生み出す。やがて炸裂音と共に、鎧は勢い良く弾け飛んだ。


「うおおおお!」


 セラは防御する事無く、弾丸の様に射出された破片を全身に浴びた。


「……もうバレてんだよ。結局強い人形が作れなかったアンタは、人をさらって洗脳した。人形の様に精密に動き、恐れを知らない最強の戦士を作るのにな」


 鎧が砕け散ると、メラは道着の様な簡素な服装になっていた。しかしほどばしる魔力が彼女を包み込み、一回りも二回りも大きく見せる。


「……違う……メイフェイは……」

「人形は役立たずだった。それが結論だろ? 人形王さんよ」

「違う! 黙れ!」


 セラは傷の手当ても痛みも忘れ、怒りに身を任せて杖を振り上げた。


■■■■■□□□□□


「とある武道家の一族?」


 手枷をチェイミーに外されながら、ベルは声を上げた。


「大会に『千拳せんけんフルボ』っていたでしょ。男で、素手で戦ってた奴」

「言われてみれば、そんなのもいたような……」

「彼には失踪した姉がいて、彼女を探す旅の真っ最中って話。戦ってわかったけど、あの人がそのお姉さんじゃないかしら……ああもう」

「そうか、それでアイツ他の人形と違って血ぃ流して……うおっち!」


 手枷を外すのが面倒になったチェイミーは、辛抱仕切れず銃で手枷を撃ち壊す。手枷の取れたベルは、尻から勢い良く地面に落ちた。


「てんめ! もちっと丁寧に降ろせよ! そして銃を使うなら最初からやれ!」

「一々うるさいわねー。エルフのくせに太ってるから悪いのよ」

「デブは関係無いだろ!」


 そんな二人の喧騒を尻目に、ゴウトは辺りを見回していた。


「どうした爺さん?」

「心なしか、人形の数が減ってきた様な」


 言われてみれば先ほどまでの喧騒はいつの間にか治まっている。それに反応が鈍くなっているのか、発見されても簡単に振り切れたりと、人形の精度が落ちている様に思えた。


「顔知らんけど、今メラってのが戦ってるんだろ? 集中してて人形どころじゃないとか」

「そういうもんかね」

「……後はキオだな。別の場所にいるんだろうよ、爺さんが探してきたら?」

「何じゃ、また別行動か」

「俺はこいつと宝探し。剣見つけても取られないようにな」

「何よ、信用ないわね」


 言われてチェイミーはぷくっと口を膨らませた。ベルの軽口に対するお返しといった所か、本心で怒っている様には見えず、むしろ愛嬌さえ感じさせた。


「まあ良かろう。まだ他の人形もいるし、セラと出くわす可能性もある。くれぐれも気を付けてな」

「そっちもな。やる事やったら、皆揃ってボス戦だ」


 ゴウトたちは互いに顔を見合せると、二手に分かれてその場を離れた。


■■■■■□□□□□


 セラが杖を振り回し、所構わず火や雷を撃ちまくる。勢いこそあるが冷静さと慎重さを欠いたその乱射は、メラには脅威に映らない。


「これだけの魔力があって……随分つまらない事に費やしたね」

「黙れ! 黙れ!」


 煽れば煽る程に、セラの攻撃はどんどん激しくなるが、それがメラを捉える事はない。予兆も大きく見た目に派手な魔法は、どこからどういう攻撃が出てくるか丸わかりの、おおよそ実用性に欠けるものだった。


(これが莫大な魔力を持ち『人形王』と恐れられた人……人形一つ見破られただけで……呆気ない)


 メラも当初はメイフェイを人形だと信じていたが、ここへ辿り着く前に少しでもセラの弱点を探ろうと、かつてセラがバハラで築き上げた『魔法ギルド』に寄る事で、その正体を知る事となった。


心滅術しんめつじゅつ?)


 廃墟で見つけたその書物には、人の感情を消し去り、術者の意のままに操る魔法『心滅術』について書かれていた。


 余計な感情を捨てた人は、物事に躊躇や遠慮を覚えず、目的遂行の為だけに最短距離で動こうとする。感情が無いだけなら機械と同じだが、人間と機械では行動力も、その幅も段違いだ。旧世界の人間はかつてこの術を使い、軍事力や労働力の増加を試みたが、絶大な効果を上げる一方で非人道的な手法に多大な非難を浴び、それが禁呪として後世に伝えられた。


 人はあらゆる生物の中でも、自己鍛練で強くなる特性を持つ。しかし優れた戦士と言えど、喜怒哀楽でその力は不安定に揺れ動く。心は人の弱点であり、そして機械には持つ事の出来ない最大の武器でもあるのだ。


「あらよっと」


 駆け寄ってくるセラに、メラが足をかける。大した力は入れていない。それで彼女が勢い良く転ぶ様を見て、メラは心底悲しさを覚える。怒るセラは見慣れたものだが、怒りのあまりに我を見失うセラは初めてだ。


「きさま……小娘の分際でええええ!」

「どうした? 自分の思い通りにいかないのがそんなに悔しいか? そりゃそうだ。陳腐な言い方をすりゃ『オレはあんたの人形じゃない』からな」

「知った口を!」


 セラは心を武器に出来る優秀な戦士だったが、今の彼女にかつての聡明さは無い。人形に歪んだ夢を抱き、そして振り回された者の末路がそこにあった。


「はぁ……はぁ……」


 闇雲に魔力を浪費したセラは、息も切れ切れに、血走った目でメラを睨み付けていた。精も気力も果てて、心なしか老けた顔に、かつての美貌は見られない。


「もう止めてくれ……勝負は決まっただろ?」

「まだよ……私には人形が……」


 セラは指を鳴らすと、通路からぞろぞろと人形が現れる。しかし魔力が足りないのか、肌は完全な人間になりきれず、動きもどこかぎこちない。


「今のアンタじゃ人形操作は無理だ! オレが吹き飛ばした鎧の破片が、今もアンタの体に食い付いて魔力を吸い続けている。それすらも分からないのか!?」

「生意気言うんじゃないよ……私の『人形王にんぎょうおう』とまで呼ばれた底無しの魔力、お前如きの策で攻略出来るものか……」

「この救いようの無い意地っ張りが……止めろよ……!」


 堪らずメラは叫んだ。


「止めてくれよ母さん! このままだと死んじゃうよ!」


 言われて、セラは一瞬茫然とした表情を浮かべる。


「母さん……母さんね……あははは……」


 渇いた笑いを上げると、セラは血走った目でメラを睨み返した。


「気安く母さんなんて呼ぶな! メラの名を騙った偽物め!」


 その一言にメラは絶句した。


「私の人形はお前のためじゃない。行方不明となったあの子を探し、守るためだ! 思い上がりもいい加減にしろ!」

(知っていた? メラが息子であると?)

「小娘め、どこまでも人を馬鹿にしやがって……目障りだ! バラバラになっちまえ!」


 セラは震える手で、集合した人形たちに号令を送る。だが不完全な魔力は人形を制御出来ず、彼らの暴走を招いた。


「……何をしている? 敵はあっちよ! 早く攻撃しなさい!」


 人形たちはフラフラとした足取りで、セラを囲んでいく。あまりの光景に、メラは何もできないままそれを見守る。


「どうしたの!? 私の言う事を聞きなさい! 創造主に逆らうつもり!?」


 その時、一体の人形がぼそりと呟く。


「仲間の……仇……」

「母さん!」


 それが合図だったかの様に、人形たちは次々と自爆を始めた。


■■■■■□□□□□


 間一髪、メラは体勢を屈めて魔力を振り絞り、全身に防護壁を張る事で爆発を耐える事が出来た。立ち込める粉塵と硝煙を払うため、メラは風の魔法で辺りの空気を一掃する。


(まるで爆心地だ……ゲームじゃなきゃ骨すら残ってないな)


 振り向けば自分のいる場所を除いて、周りの床や壁がえぐられているのが見える。そしてバラバラになった人形の四肢や体に紛れて、地面にうずくまる黒焦げの物体を見つけた。


「母さん!」


 地面にうずくまった黒焦げの正体、一人はセラであり、もう一人はセラを庇おうとしたメイフェイだった。


「……メイフェイなの? もう何も見えないわ」


 温かいぬくもりの中で、セラが囁く様に声を上げる。防御の間に合わなかったあの大爆発で、即死を免れた原因を彼女は直感していた。


「はい……私です」


 メイフェイもそれに応える様に微かな声を上げた。悲しいかな、どれだけ鍛え上げた肉体をもってしても、人一人が覆い被った所で大爆発から人を守る方法など無い。それがメイフェイには悔しくて仕方なかった。


「私がもっと強ければ、こんな事には……」

「……どうしてなの? 私はあなたを操っていたのよ? 助ける義務なんてないわ」

「私の望みは強くなる事。形はどうあれ、あなたは願いを叶えてくれました。義務はありませんが、義理なら十分あります」

「怒らないの? 私はあなたの人生を奪ったのよ?」

「……そんな気持ちは、とうに忘れました……」


 それ以上、メイフェイが喋る事は無かった。しばしの沈黙の後、おそるおそるメラが近づく。


「……母さん」

「近寄らないで」


 セラは震える手を、メラの前に突き出した。


「『浄化じょうかの剣』は地下牢に隠してある。早くしないと魔王が来るわよ。さっさと持って出ていきなさい」

「母さんは? 早く手当てしないと……」

「私はもう疲れたわ。あなたの言う通り、今ではつまらない事に時間を費やしたとも思うわ……でもね」


 セラとメイフェイの体がじょじょに光に包まれていく。転位術てんいじゅつが発動しようとしていた。


「お陰で『娘』に会えたわ」

「母さん! 行かないでよ! ねえ!」

「さようなら。精々私に再会しないよう、死力を尽くしなさい」


 そう言うと、まばゆい光の中で、二人はメラの前から消え去った。


■■■■■□□□□□


 話は過去へ遡る。パステルを追放され、人形術に没頭するあまりメラにも愛想を尽かされたセラは、バハラの路地裏で大暴れする女性を見つけた。彼女は見慣れない動きで、面白い様に戦士や荒くれものを倒していく。


(素手で剣を叩き折り、鎧兜を付けた男たちを圧倒している……魔法も武器も使わず、あそこまで戦える人間がいるのか!?)


 セラの視線に気付いたのか、彼女は一人の男をセラの方角へ吹き飛ばした。そこで両者は初めて目を合わせた。


「何か御用でしょうか? 助太刀や心配なら間に合っております」


 彼女の名前はメイフェイ。武道家を名乗る彼女は自分の力に限界を感じ、道場を飛び出したと言う。彼女に興味を持ったセラは、しばらく自分の城に匿う事にした。


「筋力も敏捷さも、ある地点から先に進めないんです……『ミヤギシキ』は確かに優れた武術ですが、補うにしたって限界があります」

「それは、体力的には女性は男性に比べて不利よね」

「そんなのは問題じゃありません。もっと根本的な……種族としての問題です」


 彼女は悩んでいた。拳法を極めたものの、より高度な技を繰り出すには肉体が追い付かない事。年齢的に今が絶頂期であり、それがいずれ衰えてしまう事。若くして格闘術を極めた彼女の結論は、「人間は弱い」というものだった。


「で、どうしても武器や魔法は使いたくないと」

「武道家というのは、生身でどこまでの次元に立てるかを生き甲斐とします。素の肉体で無ければ意味がありません」

「つくづく変り者ね。でも嫌いじゃないわそういうの」


 セラはニコリと笑ってみせた。


「もし、武器も魔法にも頼らず、あなたのありのままで先に進む方法があるとしたら?」

「まさか」

「あるのよ。限界を解く、とっておきの方法が……」


 そしてその日、メイフェイは心を捨てて、この世界の誰よりも強い人間となった。そのはずだった。


「……あの時、あなたは何も聞かず即答してくれたわね」


 クラウド城の秘密部屋。扉も窓もない密閉された空間で、セラは息も絶え絶えにメイフェイを抱きしめ、子供をあやす様に片手で頭をなでていた。


「心を奪ったとはいえ、あなたは私の元から離れる事も出来た。他の人形みたいに、意思は残っていたのだから……」


 そう、結局のところ操っていた人形でさえ、自分が魔力で支配していただけに過ぎなかった。人望がない自分がこの結末を迎えるのも、自分の魔力が及ばなかっただけだ。


 だからこそ、メイフェイの本心が嬉しくて仕方なかった。この娘と引き合わせてくれた神に感謝さえもしていた。


(それに、息子にはきっと『ニューゲーム』で会える。そうしたら次はもっとうまくやってみせるわ)


 ひどく眠たい。疲労と幸福を同時に感じながら、セラはゆっくりと目蓋を閉じる。


「……あなたはいい子ね。私なんかには勿体ないくらい……」


 セラの意識が遠退いていく。やがてメイフェイの頭をなでる手が止まると、辺りは静寂に包まれた。

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