DISC 3→4
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■あなたには、冒険を終える覚悟が出来ていますか?
→はい
いいえ
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◆18章『秘境』
静けさは時に心の平穏ではなく、目に見えない不安を掻き立てる。見知った人間が突如として、目の前からいなくなる恐怖。当たり前の日常だと認識していた光景が、何の前触れもなく崩される恐怖。原因不明にして真相不明の、不可視の『経過』だけが通り過ぎていく恐怖。
ベルが里を出てから一ヵ月は立つだろうか、いつもの「腕試し」と飄々と出ていってから、今日まで帰って来ていない。無論、外出期間は予測不能なのだが、今回はいつにも増して不安だった。
(お前の有り余る自信は、裏付けされた実力あってこそ……そうでは無かったのか?)
好奇心旺盛で、人一倍活発なベルは私の悩みの種の一つだった。我々エルフはその恵まれた容姿と、突出した魔力で知られていたので、人間や魔族から狙われる事も少なくはなかったのだ。
中でもイターシャの失踪、通りすがりの人間との駆け落ちは忘れがたい悲劇であり、同時に一族にとっての重い規律となった。もう我々は二度と離れない、そう誓ったはずだったのに……。
「長! 見慣れない男が!」
ある日我々は、ベルの身なりをした人間の男が、里の入り口で倒れているのを見つけた。顔つきは醜く、とても同じ種族には見えなかった。だが……。
「よくぞ帰ってきてくれましたね。ベル」
「ベル……それが俺の名前か……?」
「ええ。百発百中の弓と、数多の精霊に愛される。『
「へっ……えらく説明口調だな……」
私は彼をベルと認めた。そうでなければ、とてもじゃないがベルが消えてしまった事に耐えられなかったからだ。
「長!?」
当然の様に傍のエルフが声を荒げた。
「もう、一族が一人でも欠ける事は許さん。ベルという名は知れ渡っているが、顔を知っているとなれば数は減ってくる」
「しかし、素性の分からない者を……確かにベルと言われれば、その様な気もしてきますが……」
「ならばそれで良い。本当のベルだって生きている。この世界のどこかできっと……」
半ば自分に言い聞かせる様に、私はそう言った。この男をベルだと思い込む事で、ベルの死から目を背けようとしたのだ。
【エルフの里にて、長】
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◆19章『抗戦』
『永久機関』という言葉がある。外部からのエネルギーに頼らず、自ら生み出すエネルギーによって、理論上永久に動き続けると言うものである。例えば、用意した水で水車を回し、その勢いで装置を動かし、桶で水すくい上げてまた流す、といったものである。
しかし、これが子供の考える様な絵空事であるのは、少し勉強すれば誰にでも分かる事だ。エネルギーは消費するもの。いつまでも続く様に思える強大な力でさえ、悠久に近い時の流れの前に、あるいは別の障害に阻まれ、その力を殺されてしまう。
『ずっと止まらない振り子』、『落下し続けるボール』、そんなものは永遠に存在しないと思っていたが、進歩し続けた我々の科学力は、とうとうその領域に達した。
「『
強化ガラスの向こうで博物館の展示品の如く、ジオラマの様に設置された巨大な樹を前に二人の科学者が佇んでいた。片方は名前を聞き、思った事を素直に話す。
「自身の力で繁栄する有機物と、絶対的な耐久力を持つ無機物を融合し、文字通り永久に朽ちない樹だ……他に何と呼ぶ?」
「自己再生する上、放置したら辺りをジャングルに変えちまうんだろ? 立派な科学兵器じゃねえか。どうせならもっとドスの効いた名前にしようぜ」
半ば冗談のつもりで、一方は軽口を叩いてみせる。しかしもう片方の科学者は真顔で受け流す。
「決めたのは私じゃない」
「そうかい……」
二人は改めてその樹を見た。うねる機械の蔓に思わず鳥肌が立つ。いくら弾丸さえも弾き返す強化ガラスとはいえ、長く根強く反発する植物の力に耐えられるのだろうか? 互いに分かっていても口に出す事は阻まれた。
「……『環境改善装置』だか何だが知らねえが、とんでもないものを作っちまったんじゃねえか?」
「かもな」
「こいつを運用し、仮に暴走したとして、止める手段はあるのか?」
「無い」
意外な返答に、科学者は思わず言葉を詰まらせた。
「えらく正直だな……自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「科学者というのは、半ば自己満足も多い職業だ。やりたい事だけを追求し、結果がどうなっても構わない。そんな無責任な奴だっている」
「そんな身勝手な。化学は人を幸せにするためのもの。自分の欲求を満たすものじゃないだろ?」
「わかっている」
よく見ると、その科学者は額に、薄らと汗をかいていた。
「お前……」
「そうだよ。私だって無責任だった。自分の欲求に負けてしまった。結局、言われるままにこいつを完成させてしまったんだからな」
二人は改めて永久樹を見た。機械仕掛けの植物は何も語らない。ただ黙して強化ガラスに向かって懸命に蔓を伸ばしていた。
【年代、場所不明。ある一室にて】
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◆20章『追跡』
森林の奥で、マントに身を包んだ男があぐらをかいたまま目を閉じている。近くに添えられた松明が、男の顔や姿、腰に下げた剣までをも鮮明に照らしだしていた。
(奴が魔王か?)
(間違いない。情報通り、部下も付けずに一人でいる)
男たちは互いに確認を取ると、仲間を分散させ、包囲網を崩さないように、ゆっくりと近付いた。
「何か用か?」
近付いた男を前に、魔王は目を閉じたまま口を開いた。そこに驚きは無い。元々不意討ちが通じる様な相手ではないと分かっている。
「魔王だな? 命をもらいに来た」
「なるほど」
初対面の相手だというのに、随分と攻撃的な口調である。魔王が目を開くと、鎧に身を包んだ戦士や、杖を持った魔法使いらしき者、ありとあらゆる種類の冒険者が自分をすっかり取り囲んでいた。
「……また賞金稼ぎか。こういう事は、算段を立ててからやるものじゃないか?」
「援軍を呼ぼうとしても無駄だぞ。お前の行動は調べがついている。夜に仲間の魔物と距離を置くのは、寝首をかかれない為か?」
「……身辺調査済みか。名を売るのが仕事とはいえ、個人の自由もあったものじゃないな」
薄ら笑いを浮かべる魔王に、冒険者の包囲網は徐々に狭まっていく。
「観念しろ『魔王』。お前の強さは強力な魔物を率いてこそ、同じ人間である以上、この人数を突破する事は不可能だ」
「それも調べがあっての事か?」
「そうだ。俺の仲間がお前との交戦で得た、命懸けの情報だ」
「良いだろう。ならばその『情報』で私を倒してみろ」
「なめるな!」
戦士たちが一斉に武器を取り出し、鉄が擦れ合う音と、魔法使いたちによる、魔力によって繰り出される天変地異が大地を揺らす。しかしそれらの騒音は、魔王が放った一発の雷によって全て沈黙してしまった。
「……馬鹿な、こんな事が……」
全身を雷が突き抜けるも、辛うじて一命をとりとめた戦士が、か細い声で口を開く。
「さて情報の答え合わせだ。一つ、私が部下と離れるのは、そのほうが仲間を気にせず戦いやすいから。私自身、まとめて戦うのが得意だしな」
「じゃあ、その人間離れした強さは何だ……?」
「そいつは……そうだな、私を最初に『魔王』と呼んだ奴にでも聞いてみるんだな」
そして、虫の息の冒険者たちを見下ろしながら、魔王は腰にかけた剣をゆっくりと引き抜いた。
【森林にて、勇者一向と魔王】
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◆21章『魔導』
私の名はファスト国王。『一国の王』という肩書きは立派だが、この世界における私の役割は微々たるものであった。
「森に住む巨人を退治してはくれまいか?」
城へ訪れたゴウトに魔物の討伐を依頼する。無事仕事が完了したら、報酬を渡してそれっきり。ゆくゆくは世界を救うであろう英雄ゴウトの壮大な冒険、そのちょっとした繋ぎでしかない。
何とも馬鹿馬鹿しい話である。一国の主であり、軍事力も十分持った私が、何故他人の力を頼る必要がある? そしてそれだけの出番が終われば、私はただの置物に変わるのだ。
(たったこれだけの人生が、永遠に続くのか……何度も、何度も、何度も!)
恨みつらみだけが積み重なり、上辺だけの笑顔と裏腹に私の魂が薄れていく。それでもせっかく与えられた『王』の位こそが、いつの日か訪れるかもしれない世界制覇への夢こそが、最後の心の拠り所だった。
そんなある日の夜、私の寝室に「女神」と名乗る者が現れた。名の通り、この世界の創造に関与する者らしい。
【緊急事態です。邪神が暴走し、勇者を殺しました。今、世界の均衡が破れつつあります】
「どういう事だ? 勇者は死なないはずじゃないのか?」
【新たに現れる勇者たちによって、この世界は変革を迎える事でしょう。それでもあなたは一国の王として、自分の役目通り、彼らを助けてやってください】
女神は一方的に話すと、姿を消してしまった。
(変革を迎える? それに勇者が死んだ……筋書通りじゃなくなったという事か!?)
胸の高まりを覚え、私は居ても立ってもいられなくなり、急いで服を着替えると、周りの目を忍んで外へ向かう。
(入口の大正門……いつもならここから先へ進めないが)
意を決して、第一歩を踏み出す。何も起こらない。続けて二歩三歩と歩みだす。何も起こらない。やがて私は、両足で駆け出していた。
(……外に出れた)
振り返って見れば、私を閉じ込めていた城がそこにあった。私を阻んでいた見えない壁が、その日から消えてなくなっていたのだ。
「お……おお……おおおおお!」
気付けば目からは涙が溢れ、口から歓喜の声が漏れていた。長年忘れかけていた感情が蘇るようだった。
私はもはや座っているだけの国王ではない。自分の意思で、自分の足で動ける。
その気になれば一国の主に留まらず、新時代の覇者にだってなれるのだ。
【ファスト城前にて、ファスト国王】
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◆22章『目標』
太古より、人間は自身の生活を補助するために様々な道具を作り、高度な文明を築き上げてきた。それは人間に大きな進化をもたらし、やがて全ての種族の中でも群を抜く器用さと、他の種族さえ支配出来る程の頭脳を手に入れた。
そして進化し続けた人間は、俗に『
それは当時頭打ちとされていた科学に、人間の未知の潜在能力が加わる事で、鉄と科学の時代に終止符を打ち、柔軟な思考が人間を更なる次元へと導く『魔導時代』を迎える事になる。数多の魔具が生まれては消えて、その度に人間は急激な繁栄と進歩を繰り返した。
だが、それも今となっては大昔の話であり、数多の魔具は遺産として、今も地中深く眠っている。過去に何が起きたのか分からないが、ある日それらが地上より一掃され、魔具を精製する設備も技術も失って以来、今の我々に魔具を作る力は残されていない。幸運にも魔具を発掘した者が、大いなる力を手にしているのが現状だ。
中でも、神々が作ったと言われる魔具は、別格の能力を持つという。もしそれを手にした者は、世界を変える力を手にするかもしれないと人々は噂する。
そして、私はその可能性を否定しない。
根拠はある。私が知るのはある水晶玉だ。それらは圧倒的な通信能力を持ち、世界中のどこにいても他者と繋がっていられるらしい。一見すると大した能力に思えないが、持つべき人間に持たせれば絶大な効力を発揮するだろう。
何故ならば、古来より人は他者との通信をもってその絆を広げ、そして強める事でその時代を生き抜いてきたのだから。
【パステル図書館所蔵『魔導の時代』より】
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◆23章『死守』
「こっちはもう保たない!」
「死んでも食い止めろ!」
各国が掻き集めた選りすぐりの軍隊。飛び交う弓矢や、投石機から発射される岩石。更に人の手によって操られた竜の火炎放射。この世界で考えられる最大戦力は今、たった一体の巨大な存在に向けられていた。
そいつが振り上げる両腕は、何百何千の兵士を叩き潰し、そいつが発する正体不明の熱線は、地平線の彼方まで悠々と焼き払う。理不尽なまでの戦力と無慈悲なまでの徹底さを併せ持ったその存在を、人は邪神と呼ぶ。
そんな地獄と化した地上を、崖の上から巨大な鉄の塊を抱えた、二人の屈強な男が見下ろしていた。
「邪神め……俺たちをゴミみたいに殺しやがって」
「そこが狙い目なんだろ。そのゴミみたいなちっぽけな俺たちが、ヤツに致命傷を食らわせる」
再び邪神に目を移す。全身から火や雷を噴き、周囲を囲う各国の軍隊が紙くずの様に消し飛んでいく。邪神はほぼ無傷であったが、必死の抵抗を前に身動きを取れずにいた。
各国が多大な犠牲を払いつつも、邪神を必死に食い止めているのは、全てこの『
女神が指示した邪神を倒す方法、それは不意を打つため、崖のある土地まで邪神を追い込み、崖から剣を抱えて急所目がけて飛び降りる。乱雑な作戦ではあるが、魔法でも機械でも動かせない程の巨大な剣を運用するために、各国より怪力自慢の兵士が二人選ばれた。
「ゲイン・クラック」と「グランド・ダウン」。この二人が剣を抱えて飛び込む。邪神を倒せるかは定かではないが、この高さから飛び降りたあとの救済措置はない。邪神を倒せようが倒せまいが、二人の人生の
「……なあグランド」
ゲインの呟く様な言葉に、グランドは耳を傾けた。
「もし、俺が『死にたくない』って、この場で逃げ出したらどうする?」
どうしてそんな言葉が出たのか分からない。しかしグランドは、笑ってこう切り返した。
「なあに、ここまで来たんだ。あとは俺一人でも十分だよ」
「……お前一人で? こいつを一人で抱えようってのか?」
「ああ。そしたら『英雄』の名は俺一人のもんだ。そいつも悪くない」
そう言ってニヤニヤ笑うグランドを見て、ゲインは溜め息を吐いた。
「止めた」
「考え直してくれたか」
「ああ、てめえ一人じゃ失敗する。それだけは御免だ」
「決まりだな……じゃあ行こうぜ、兄弟」
二人は顔を見合うと、剣を抱えて走りだす。目指すは邪神、死して得るのは最大級の名誉のみ。
誰もが成し得なかった、前人未到の「神殺し」となる為に。
【約80年前、邪神討伐】
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◆24章『記憶』
「そういえば母さん、今日僕のパソコン使った?」
夕食の時間、夫の
「え、ええ。悪いとは思ったけど……」
「今まで全く興味なかったのに?」
「え、ええ……少し勉強しようかと」
意地悪そうに尋ねる勝治を前に、香はとうとう観念した。
「……まどろっこしいわね。気付いてるんでしょ?」
「まあね。実はさっき立ち上げたら、インターネットに検索履歴が残っていたんだ。ゲームの攻略ページがね」
「学が調べてたのよ。そしてその後、学はまたゲームの世界に戻っていったわ……」
「そうか……」
二人はまた沈黙に包まれる。やがて沈黙を破る様に、勝治が切り出した。
「……これはまだニュースになってないし、ネット上の根も葉もない噂でしか無いが、どうやら他にもこのゲームで昏睡状態に陥っている人がいるらしい」
「えっ?」
「状況から察するに、お義父さんや学は帰る方法があるにも関わらず、またゲームの世界へ戻っていった……多分その、他の人を見捨てられないんじゃないかな」
「自分たちが帰る為でなく、皆を助ける為に……」
「心優しい二人の事だ、そう考えたら気が楽になれたよ。二人はゲームに逃げ込んだんじゃない、あえて戦いに行ったんだ。ってね」
勝治は随分と落ち着いた様子で語りだす。医者も投げ出した原因不明の昏睡、これをゲームと結び付けるのは荒唐無稽だが、状況証拠が揃っている以上は、そう思う事でしか現状を理解するしかなかった。
二人はゲームに選ばれた。そしてゲームをクリアすれば現実に帰れる。そう願うしかない。そうでなければ彼らの冒険は報われない。
「父さんは心配じゃないの?」
「ゲームの腕は分からないけど、二人なら間違った判断はしない、そう信じているからね。だから母さんだって、学を引き止めなかったんだろ?」
そう言われると、香は涙腺が一気に熱くなるのを感じた。
「違う……私、本当は止めたかった。せっかく学が帰ってきたのに……」
「でも、その時はお義父さんが眠っていたんだろ? だったら引き止めるのは無理だった。あんまり自分を責めるんじゃない」
「そう思いたい。そう思えれば楽なのに……」
香は箸の手を止めると、嗚咽に耐え切れず、自然とすすり泣いていた。
【現実世界にて、今井夫妻】
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◆25章『草原』
「テツ!」
「大丈夫、かすり傷だ」
テツは私が知る限り、最も強くて頼れる男だが、それ故に他人に迷惑を掛けまいと嘘を吐く癖がある。私は座り込んだ彼に黙って肩を差し出すと、テツは何も言わず私の肩にもたれかかった。
「……足を引っ張っちまったな」
「違うよ。あたしが勝手に付いてきているだけ、足を引っ張ってるのはあたし」
「なら、それを止めなかったのは俺の責任だ」
二人は倒れて動かなくなった『
「あんな奴らが出てくるとはな……甘く見ていた」
「でも、何とか撃退出来たじゃない」
「その『何とか』がまずいんだよ。俺たちは紙一重で助かっただけ。今日で分かっただろ、『
『冒険家』とはテツが自分で名乗りだした職業だ。『冒険者』は人が足を踏み入れた迷宮や洞窟へ足を運ぶもの。『冒険家』は人知の及ばない未知の場所へ挑むものだという。大きな違いはないテツの屁理屈のようなこだわりだが、あたしはそんなテツの思い込みが大好きだった。だからこそ彼に付いていった。
そうして最後まで付いていけたらいいと、そんな事ばかり考えていた。
「でも、テツとなら……」
「俺はもう、お前を守れる自信が無い。チェイミー、お前の『冒険』はこれで最後だ」
テツの言葉に、私は鈍器で殴られた様な強い衝撃を受けた。一瞬、何を言われたのかさえ理解出来なかった。
「……とにかく脱出が先だ。あれ見ろよ、車輪が二つ付いている。乗り物かもな」
テツの言葉が耳に入らない。今にも泣きそうな私を見て、テツは心底困った表情を浮かべる。
「……言い過ぎたよ。でもな……!?」
言い掛けてテツは、急にあたしを突き飛ばした。直後、けたたましい音と共に、テツの体に無数の穴が空く。その向こうで倒したはずの機人が、火を噴く腕を構えていた。
私は無我夢中で、倒れこむテツを抱き抱えた。頭上に弾丸が飛び去っていく中、私は何度も彼の名を呼んだ。
「ほらみろ……『何とか』ならない事だってあるんだ……」
「テツ!」
「逃げろ……俺の事はもう忘れるんだ。生きてりゃ良い事なんて腐る程ある……」
後のことは正直覚えていない。気付けばあの車輪の付いた機械にテツを乗せ、私は地上へ戻っていた。
あれから結局、私は『冒険家』を辞めないでいる。普通の人生を手に入れてないし、今後も手にする事はないだろう。テツの言い残した「生きてりゃ良い事」が何なのかさえ分からないまま、あてもない旅を続ける。
(テツ、あなたの冒険は私が引き継ぐ。だからいつか会えたら、私を誉めてよね……)
テツは自分の事を忘れろと言ったが、彼ほどの偉大なる男を忘れられるわけがない。あの日のテツがこの胸に生き続ける限り、私は今日も走るのだ。
【遺跡にて、チェイミー】
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◆26章『人形』
生活を補助し、時に外敵を排除する武器となる。そんな万能の魔法でも中には過剰な威力や効能を危険視され、その存在を封じられる『
魔法使いたる者、一度はその圧倒的な力に魅入られるが、大体は痛い目にあって猛省するか、もしくはその威力を制御出来ずに、身を滅ぼすかが大半だ。まっとうな人生を送りたいなら、『魔法』という奇異な能力を身に付けてしまった者でも『禁呪法』にだけは触らない事、それが私たちの常識だった。しかし……。
(この本は……まさか!?)
図書館で偶然見つけた一冊の本、それは物体に魔力を送り込み、仮初めの生命を作る、まさに『禁呪法』と呼ぶべきものだった。供述によると旧世界の人間は幾つもの人形を作り出し、労働力や兵器に充てていたらしい。未完成の術でありながら、その能力は絶大だった。
(凄い! もしこの力を使いこなせれば……!)
人の手を一切汚さず、人工の生命を無尽蔵に費やせる。心を持たない人形は生物と違って遺恨を生まない。私がこの『
だが、頭の堅い他の連中はこの術を忌み嫌い、やがて私の研究を危険視すると人形や施設を手当たり次第に破壊し、仲間を次々と捕らえ、そして私をパステルから追放した。
しかし研究施設こそ失ったものの、私は解放感に満たされていた。同意を求めるだけの弱い仲間はもういらない。頼れるのは自分自身のみ、これからは己の身一つでやり遂げるのだ。
それに、人形の改善点も見つけた。魔力を送り込んだだけの人形は、生産性こそ高いが能力は低い。魔力を暴走させて爆弾にはなるが、兵士としての運用はあまりに粗末なものだ。問題点がわかればあとは解決するだけ、私は未来の展望に心を躍らせていた。
「……母さん、母さん」
幼い我が子の声に、私は振り返った。
「……ああ、ごめんねメラ。少し考え事をしていたわ」
「これからどうする気だい?」
「まずは新しい家を探すのよ」
誰にも知られず、そして研究が存分に出来る場所がいい。邪魔者さえいなければ、この『人形術』は確実に完成する。そうなれば……。
「……怒ってるの? 母さん、怖い顔してるよ」
「少し疲れてるのよ。メラはどう?」
「僕ならまだ大丈夫」
「ふふ……頼もしいわね」
完璧な人形、それはこの子を守る最強の守護神となるだろう。それこそが、私が追い求める最大の魔法なのだから。
【約十年前、セラとメラ】
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