26章 『人形』 Instant Life

 ちっぽけな創造主よ、何故あなたは御身を見立てる、小さな人間を作り出す?


 自立するための両足、何かを掴むための両手、目の前を見据える両目。人としての機能を、どうして無機物に与えた?


 所詮は人形。人の姿をしていても、その者は決して動かない、話さない、感じない。そんな事はとうに分かり切っているはずだ。


 ちっぽけな創造主よ、何故あなたは人ではない人を作り出した?


 それで、自分が神にでもなったと言うのか?


■■■■■□□□□□


(理には適っているが……軽率だったか?)


 言い出しっぺではあるが、ゴウトは個別行動になった事を軽く後悔していた。身軽で魔法が使えるベル、最速で空も飛べるキオ、そしてバイク乗りで銃使いのチェイミー。比べてみると自分だけが明らかに鈍重で、芸も少なかった。


(もっとも……)


 ゴウトは剣を構えるだけで、人形の爆風を防いでみせた。このやり方は自分にしか出来ないだろう。背後にさえ気を付ければやられる事はないはず。しかし何かを見落としている様な、そんな引っ掛かりが心にあった。


(こんな人形には負けやしない。だがあの時、セラを倒せなかったのは……)


 背中に衝撃が走る。慌てて剣を引き、力任せに振り払うと、目の前に一人の女性が立っていた。


「お前は!?」


 その女性はカンフー映画に出てくる様な、ヒラヒラした長い拳法着に身を包み、ふるった剣を紙一重で避けながら、まったくの無表情でこちらを見据えていた。


(こいつは確か、セラの近くにいた……)


 ゴウトの視界から彼女が消える。次に彼女を捉えたのは、自身が吹っ飛ばされている時だった。距離が離れる事でスラッとした長い脚と、まるで一時停止した様に、空中でピタリと止まった姿が見えた。


(飛び蹴り? あんな風に……ああもキッチリと脚が可動出来るのか?)


 そして彼女は着地すると、そのまま足を止める事無く、ゴウトの周りを颯爽と走り始めた。


「あんた……人形なのか?」


 返事はなく、代わりに彼女の突きや蹴りが文字通り「飛んで」くる。それは同じ人間とは思えない、もはや拳銃なみの速度や威力であったが、ゴウトは剣を構える事で辛くも防御に成功していた。


(これじゃ反撃すら出来ん……縄を投げて捕らえられる様な相手でも……)


 互いに決定打に欠ける中、彼女が攻撃の手を止める。双方が数秒程睨み合った後、彼女は諦めた様にその場を離れていく。


「ん……ちょっと? どこに行くんじゃ!?」


 ゴウトの呼び声も空しく、彼女の軽快な足音だけが、城内に響き渡っていた。


■■■■■□□□□□


「えいっ! このっ!」


 可愛らしい掛け声とは裏腹に、打ち出される突きや蹴りは子供とは思えない、十分な速度と重さをもった「殺人術」と呼べる代物だった。実際、それは殴った柱にヒビを入れ、強く踏み抜いた床が歪んでいる所から、威力は容易に想像がつく。


 竜の有り余る力が凝縮され、人という殻をも突き破って発揮される。超人的な「竜人」の特性を持ってしても、急遽現れた謎の武闘家を相手にキオは苦戦を強いられていた。


(このお姉さん、ぼくよりは遅いはずなのに……動きに隙がない)


 キオの竜人としてのスピードは、自分の目や意識が追い付かない程に速い。何より空を飛べるという事は、圧倒的に有利なはずだった。


 しかし、それがこの狭い部屋によって止められていると、人形を追い掛けながらキオは考えた。


「うわっ!」


 数秒の思考、ふとしたよそ見で目の前に迫っていた壁を前に、キオは慌てて両足のかかとを地面に付け、戦闘機の着陸の如く急ブレーキをかけた。並走していた人形はそのまま壁を蹴ると、まるで忍者の様にそのまま駈け上っていく。


(やっぱり人間じゃない。今まで見てきた人たちとは動きが明らかに違う)


 特別な装備を身に付けたり、強力な魔法を使ってくるわけじゃない。ただ運動神経が自分よりずっと優れていて、あと一歩の所で手が届かない。それが不思議で仕方なかった。


(人って、この世界のキャラもそうだけど、やっぱり何かミスしたり戸惑ったりして、こんなにキッチリ動けるはずがないんだ)


 ふと闘技場で戦った『首切りイゾウ』こと、赤い忍者のロボットを思い出す。あの時自分は負けてしまったが、ひょっとしてあいつよりも、この人形が強いんじゃないかと思い始めていた。


(ぼくは……スピードだけなら勝っている。もっと広い場所に出れば……!)


 扉の位置を確認すると、キオは翼を開き、全速力でそこへ飛びだす。それに合わせる様に、人形もまた走りはじめる。


(逃げたら追ってくるんだ……そうだ! そのまま付いてきてよ!)


 カギがかかってるかもしれないので、キオは体当たりで扉を突き破る事にした。


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「またかよ!」


 寸断なく現れる人形を前に、ベルの弓を引く手は止まらない。反射的に腕が動き、放たれた矢は人形の足を正確に射ぬき、動きを封じる事に成功する。


 人形の行動パターンはいたってシンプル。敵と認知した敵に接近し攻撃を仕掛ける。そして攻撃を受け損傷し、攻撃方法か移動手段を無くした際に自爆という選択が下される。


 つまり相応の距離を保ち移動手段さえ封じれば、人形の自爆など恐れる事はない。それは弓矢という飛び道具を持つベルなら尚更であった。


(しかし、雑魚をいくら潰したって話にならんからな……)


 そんな考え事をしている矢先だった。


「うおっ!」


 ベルは情けない声を上げた。いきなり目の前の扉が壁まで吹っ飛ばされ、キオがとてつもないスピードで飛び出してきたのだ。


「キオ!」

「ベルさん! 一度広い場所に出て!」


 そう言いつつ、キオがそのままベルの横を通り過ぎる。その後を慌てて付いて行こうとしたが、突如目の前に格子が降ろされる。


「キオ! 待てって!」


 結局キオは振り返る事無く、そのまま迷宮の奥へと消えていった。


(分断された……やっぱ誰かが見張ってんのか)


 格子に手をかける。隙間も大きく、見るからに陳腐なデザインだが、こういうのは破壊不能と相場が決まっている。迷路の様に複雑なこの城で、ベルとキオは合流を失敗してしまった。


(しかしあいつ、何かから逃げていたな)


 その理由はすぐに分かった。廊下の闇から出てきた一体の人形、中華風のヒラヒラとした拳法着に身を包んだその女は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「はあん……中ボスってわけかい」


 すかさず吹き矢を取出して撃つ。そいつは難なく矢を素手で掴み取ると、大した力も入れずにへし折ってしまった。


(反応良いな……見たところ手ぶらだし、正真正銘の格闘家って事か)


 ベルは短刀を取り出すと、姿勢を低くして構えを取った。


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 勝負というのは、互いの力が拮抗している程長引くものだが、いざ蓋を開けてみれば「いかに攻撃を当てられるか」という一点に話は集約される。


 そしてどちらかの攻撃が決まった時から、その流れは一気に加速する。小さな傷は小さな負担となり、やがて負担はさらなる傷を招く。それを覆す巨大な反撃が無ければ劣勢のまま負けるしかない。


 丁度、今のベルの様に。


(とことん相性が悪いみてーだな)


 ベルはボロボロだが、向こうは傷一つ付いていない。こちらの攻撃は全て避けられるか、もしくは阻止される。それもほぼ確実と言って良いほどに。


(まるで格ゲーを最高難易度でやっている気分だ。理不尽さすら感じるぜ)


 何も格闘ゲームに限った話ではないが、コンピュータが動かす人間の対戦相手というのは、人間相手に手加減をしてゲームを成立させる部分がある。基本理念は「ある行動に対し、こういう対処をする」というものであり、この判断を鈍くすれば弱くなり、鋭くするほど強くなる。


 更に判断だけに留まらず、コンピュータには操作ミスという概念がない。必要に応じて的確に、かつ瞬時に高難易度のテクニックを披露する。人間には到底真似できない、百発百中の絶対的な技術があるのだ。


(ったく、ベリーハード所じゃねえよ。ロボットみてーにテキパキ動きやがって)


 ベルの静止を見兼ねてか、人形が大胆にも突進してくる。上段の突きから下段の蹴り、防御した所で寸分待たずに次の攻撃が来る。疲れを知らない人形の、機関銃かの様な乱打は止まらない。


(俺には爺さん程のパワーも、キオみてーなスピードもねぇ……あるのは……)


 ベルは目の前に火の玉を浮かべた。一瞬引いた人形にすかさず吹き矢を撃つ。炎の向こうで人形の胸に矢が刺さるのが見えた。


(今までのゲーム培ってきた、この「経験値」しかねえ!)


 人形は相変わらず無表情だが、動きに若干の戸惑いを見せていた。しばらくして動きを止めたかと思うと、また飛び込んでくる。


(まさか)


 ベルはもう一度、相手の攻撃が当たる寸前の至近距離にて火の精霊を呼び出す。するとまた間合いを空けようと人形は後方へ飛び退き、その隙に吹き矢が命中する。先程とまったく同じである。


(もしかしてパターンが、ハメが成立したのか!?)


 対戦用のコンピュータは、原則としてこちらの動きに合わせて行動する。つまり受け身において人間を凌駕するのだが、全くの鉄壁を誇るわけではない。


「パターン」それはある種の行動に対して起こす、特定の動作を指す。どんな時でも「これはこう対処する」という判断が下されてしまい、相手がそれを読んでいたとしても執行してしまう、条件反射に近いものである。


 そしてそれが分かってしまえば、決まった手順で相手を完封してしまう「ハメ」も、いかに相手が達人級の武術家であろうが決して絵空事では無かった。


(火を防ぐ手段が無いから、真正面から出されたら避けるしかない。それも出来るだけ距離を離すために、後方に大きく……)


 結果、彼女は攻撃を必要以上に大きく避けようとし、同時にしかけた吹き矢に対処しきれなかった。ベルがようやく導きだした、この冷徹な格闘精密機械ファイティング・コンピューターへの攻略手段だった。


(とはいえ、あんな矢じゃかすり傷にもならんな。人形相手に毒も効かないだろうし……!?)


 そこでベルは気付いた。人形の胸から流れだす赤い血に。そして同時に体中の力が抜けていくのを感じた。


「よくも私の娘を傷付けたわね」


 後ろから女の声が聞こえる。体が動かせないが、口振りからそいつがこの城の主であり、人形を操る本体だと分かった。


「彼女だけは特別で、とても精巧に出来ているのよ。あなたみたいに中途半端で、顔も醜いエルフと違ってね」

「うるせー……ブ男は俺だけだ、他の奴らは……関係ねえだろ……」


 今すぐ振り返ってぶん殴りたい。だが全身に力が入らず、足元から崩れていく。意識ももうろうとしてきた。


「安心しなさい。すぐには殺さないわ。お友達にもじきに会えるわよ」

(つまり殺すんじゃねーか)


 全てがゆっくりに感じる。意識を集中させて自分の体力を確認すると、まだ残っているのが分かる。


(こいつは……気絶か)


 そしてベルは倒れた。


■■■■■□□□□□


(皆は……まさかやられてしまったのか?)


 ゴウトは剣を構えたまま、恐る恐る歩いていた。あの人形の攻撃を受け切ったものの、反撃する間もなくどこかへ消えてしまった。


(迂闊だった。全員……そうでなくても二人以上なら、まだ勝機はあったろうに)


 この広い城内では合流すら難しい。そして互いの連絡手段が無い以上、頭のどこかで最悪の事態を想定しつつ、怯えながら進むしかなかった。


(しかし人形の姿も見えないな。数が尽きたのか、あるいは……)


 パチッ。


 背後から微かな音が聞こえた瞬間、ゴウトはとっさに前に飛びだし、慌てて後ろを振り返る。そこには手から電流を放出した女魔法使い、セラが立っていた。


「あら、見かけによらず機敏なのね」

「お前さん、いつの間に?」


 などと自分で言う側から、ゴウトは地面に小さく描かれた模様を発見する。それはファスト城や、魔法都市パステルで見かけたものと似ていた。


「そうか、確か『転移術てんいじゅつ』」

「物知りね。この城に初めからあったもので、改修して使っているの」


 ファスト城で見たワープ装置、あの人形もこれを使っていたのだろうか。ならば場内を自在に動き回り、仲間を襲撃した可能性は十分にある。


「団体行動を続けるならまとめて始末するつもりだったけど、勝手にバラバラになってくれたおかげで楽になったわ」

「なるほど。数が減ったきた所で直々に手を下しに来たんじゃな。やはりデク人形じゃ荷が重かったかね?」

「デク人形……ですって?」


 ゴウトがそう言うと、セラは愛想笑いを止め、見る見る内に顔を強張らせていった。眉間にしわを寄せ、歯を食い縛り、もはや和解も謝辞も許されないほどの、ありったけの敵意を見せ付ける。


「娘を侮辱するな!」

「おいおい、ワシは人形としか……」

「決めた、今殺す! バラバラにして殺す!」


 セラが叫ぶと、城が激しく揺れだした。


「こおおオオオオ……」


 先程の激昂と裏腹に、セラは両手を広げ、大きく深呼吸を始める。すると彼女の呼応に連動して、オーロラの様な光の帯が、彼女をゆっくりと包み始めた。


「……勘違いしてるかもしれないけど、『人形術にんぎょうじゅつ』はあくまで趣味。私自身、強いわよ?」

「そういうの、自分で言うのは格好悪いぞ」

「格好の問題じゃないわ。魔法使いは結論が先に浮かぶもの。私ね、あなたに負ける要素が全く無いのよ」


 そう言い切ると、セラはまた穏やかな愛想笑いを浮かべはじめた。とてもじゃないが戦う人間の顔には見えない。楽しくてしょうがない、そんな無邪気さすら感じさせる。


(相手の手の内が見えんが、どうせ私には近距離でしか戦えない!)


 先手必勝、考える時間が勿体ない。ゴウトは剣を振り上げそのまま飛び掛かった。


「ふふふ……」


 ガチィンと、鉄と鉄が激しくぶつかった様な重い音が聞こえた。見ればゴウトの剣は、彼女の纏った光の帯に食い止められている。慌てて剣を引き抜こうとするゴウトに、セラが落ち着いた様に右手を差し出す。


「あなただけじゃない。男は力で何でも片付くと思っている……おめでたいわね」

「何じゃと!?」


 彼女がそう言うと、手の先から光の粒が溢れだす。それはとてつもない量と勢いをもって、豪雨の様に吹き付ける。あまりの衝撃に、ゴウトは剣を持ったまま吹き飛ばされた。


(あの光は物質なのか? それを身に纏ったり、散弾銃みたいに放ったり……)


 自分の体を見る。浮き上がってくる数値は致命傷ではないが、予想以上に体力が削られている事を知らせた。


「力比べが好きなら、こういうのはどうかしら?」


 ブオン。


 低い音が聞こえたかと思うと、目の前に突如、巨大な光の球が見えた。反射的に剣を振り力任せにたたき割る。なかなかに頑丈だが辛うじて切り裂く事ができた。


 ブオン。


 だが剣を振り切った瞬間、その音が再び聞こえてくる。見ればまたも光の鉄球が、こちらに向かって迫ってきていた。


■■■■■□□□□□


「何か、見た事あるんだよね……」

「……」

「少しは喋りなよ……っと!」


 チェイミーは銃を構えると、近寄ろうとするメイフェイに向かって発砲する。しかし攻撃の度に「銃を至近距離で避ける」という離れ業を見せられ、彼女は内心焦りを覚えていた。


(死の武器商人「金王」特製、新商品の『散弾銃ショットガン』でも捕らえきれない……悪夢だわ)


 メイフェイの繰り出す突きや蹴りを、チェイミーは自身の跨る『鉄輪』を器用に乗りこなし、鉄の壁をもって全てを遮る。渾身の力で鉄の塊を殴っているはずなのに、メイフェイは一向に怯む様子が無い。


「しかし……キレのある動きや服装、何より素手で戦うってのが……」


 チェイミーは無言を貫くメイフェイに、なおも語り続ける。理由は二つ。意思を持つ相手ならば精神的動揺が誘えるかもしれないという淡い期待と、もう一つは相手に呑まれないよう、彼女自身の冷静さを保つ事であった。


「鮮やかな拳法……もうちょっとで……!」


 メイフェイが飛び蹴りを繰り出す。鉄輪で防ぐも、メイフェイは空中で姿勢を変え、もう一度蹴りを放つ。


(二段蹴り? 鉄輪を蹴った反動で!?)


 チェイミーは反射的に銃を両腕で構えるも、散弾銃はメイフェイの蹴りに耐え切れず、その銃身を大きくひしゃげる。鉄をも破壊する脅威の人体に、チェイミーはある人物を思い出した。


「この驚異の体術……そうだ! 大会で見た『千拳せんけんフルボ』」


 その名を聞いた途端、メイフェイの動きが止まった。


「やっと反応してくれたね……『機人きじん』でなく、かといって魔力で動かされている人形にも見えない。あなた、本当は人間じゃないの?」

「……フルボ」


 メイフェイが口を開く。それは発音のメリハリも、感情も込められてない棒読みだった。


「喋れるのね。フルボは素手で戦う猛者だった、あなたはどこか彼に似ている。彼を知っている?」

「フルボ……フルボ……」


 彼女は何かを思い出そうとする様に、同じ単語を繰り返す。そして畳み掛けるように、チェイミーは話を続けた。


「『千拳せんけんフルボ』その拳は豪雨の如く、瞬きの間に千の拳が敵を打つ。試合後に彼と少し話したわ。確か『ミヤギシキ』の師範と言っていた」

「ミヤギシキ……フルボ……フルボ!」


 彼女は突然叫ぶと、その場から走り去っていく。


(……何とか命拾いしたわね)


 一人残されたチェイミーは、破壊された銃を見ると深いため息を吐いた。


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「なかなか粘るじゃない。確かに体力だけは化け物ね」


 ゴウトはセラが放つ光の球を受けるので精一杯だった。剣を全力で振る事で、その塊は破壊する事が出来る。それでも寸分待たずに、次の球が目前まで迫っている。


 避けるにはあまりに幅が大きいし、少しでも触れようものなら、まるで巨大な鉄球に押される様な威圧感があった。


 実際、剣でたたき割る際に「もしこれに押し潰されたら」という恐怖が付いて回る。まるでボーリングのピンにでもなった気分である。


(少しでも肉薄せねば……ええい!)


 覚悟を決めて突進する。目の前にある球へゴウトは体当たりを仕掛けた。随分体力が減ったが、狙い通り球は軌道を変えて、ゴウトの後ろへ流れていく。そしてセラへ一歩近付く事が出来た。


「またそうやって、力任せで……」


 セラが素早く杖を構えると、間髪入れずに光の球が二つ現れる。


(連射!? だが、あれさえ凌げば……)


 だが、セラが続けて杖を振るうと、第二、第三の光の球が現れた。それらは壁や他の球に当たり、不規則な動きでこちらに迫ってくる。


 ブオン。ブオン。ブオン。前後左右から、あの不快な音が、死を予見させる不吉な重低音が聞こえてくる。


「さあ、ご自慢の筋力で凌いでみなさい。やってみなさいよ! さあ!」


 ゴウトはこの瞬間、魔法使いの恐ろしさというものを身をもって知った。いかに自分が怪力を持ち体力に恵まれていようが、膨大な魔力を前に近づく事すら許されない。何回この剣を振るえば彼女に届くのだろう。彼女の言った通りだ、勝てる要素が見当たらなかった。


 同時に、自分が「主人公」という恵まれた地位と能力を得ようと、どうにもならない事が存在するのを理解した。


(私一人じゃ……)


 それでも、両目だけはしっかりと開かれていた。死への恐怖に閉じてしまいたいまぶたを、半ば意地を持って無理矢理上げさせる。そして、防ぎきれないと分かっていても、自慢の大剣をありったけの咆哮に乗せ、とにかく目の前の光球に向かって振り下ろした。


「無理だよ。相性が悪い」


 聞き覚えのある女性にしては低めの声が、重低音を突き抜けて耳に響く。そして次の瞬間、ゴウトが目の前の光球を破壊すると同時に、周りの球も一斉に砕け散った。


 ゴウトは無我夢中で振り向く。そこには漆黒の鎧を着た騎士が、銃の様な物体を構え悠然と立っていた。


「……メラか?」

「待たせたな、爺さん」

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